これからは名前で
永遠たちが“守護者の家”に帰還した時には、既に時刻は午後八時を回っていた。
「皆さん、今日は本当に大変でしたね」
担任の白坂菖蒲は、居間のソファにぐったりとした様子で腰を沈める第四班の面々を見回しながら労いの言葉をかけた。
「ようやく片付いたと思ったら迷宮管理局に直行して事情聴取。さらに隠し施設の件で質問攻め食らって長引く羽目に。もう疲れた……このまま寝たい……」
晶葉がクッションに顔を押しつけながらぼやいた。
リジーと合流した後の流れを、永遠たちは正確には記憶していない。ラドリーとマフールは既に連行された後だった。その後、セシリーはすぐに病院へ搬送された。医者が簡単に診たところ、命に別状はなく後遺症もないだろうと答え、ジャイルズとローニャは安堵した。
永遠たちは王都へ帰還すると、すぐに迷宮管理局への同行を求められ応じた。到着してからは激動だった。シーリアの口から冥樹内部に秘匿された施設が存在したことが告げられ、報告を受けた上層部は大騒ぎだったという。《メイリム都市迷宮》の攻略が始まって以来、初めての発見だ。しかも、それを発見したのは結成から一月も経たないクランだという。主任情報官のアナリス・コートは報告を受けた後、乾いた笑いを浮かべた。
この新発見はすぐさま文化保存局にも伝えられた。聞き取り調査には大急ぎで駆けつけた文化保存局の職員数名が同席した。彼らは興奮した様子で矢継ぎ早に質問を浴びせてきたが、先に行った事件の取調べで集中力が尽きていた永遠たちには辛い時間だった。結局シーリアが日を改めることを提案して、その場はお開きとなった。
「こっちに来てから一番濃い一日だったな……」永遠は歩と顔を見合わせた。どちらも疲れきった顔だった。
弦巻梓が言った。「でも、大手柄じゃないですか! 今まで誰も知らなかった秘密の施設を見つけるだなんて!」
「この件で第三層の一部が封鎖されるみたいだね。今度は全体的な封鎖じゃないから不満は出てこないと思うけど」
一二三は迷宮管理局でシーリアから聞かされた話を伝えた。
「私たちは明日また聞き取り調査のため迷宮管理局へ赴く予定です」
杏樹はメイドの猫田真琴から受け取った温かいお茶を口に含んだ。
「これ物凄い発見なんでしょ? 何か褒賞とか貰えるの?」図師心がわくわくした様子で訊ねた。
杏樹が答えた。「少し先の話になりますけど、国から勲章が授与されるだろうと」
「勲章! そこまで凄い扱いなの?」
「都市迷宮の研究史において偉大な発見だ。迷宮探索に注力する王家にしてみれば勲章くらい与えるのは当然なのだろう」
「偉大な発見か……全然実感ないな」
永遠は因幡の言葉を聞いて、どこか遠い世界の出来事のような感覚を覚えた。自分がその当事者だとは到底思えない。今日体験したことは本当に歴史的瞬間だったのか。別の出来事と取り違えているのではないかと訝しく思えた。
すると、晶葉と一二三が呆れた表情を見せた。
「なに他人事みたいに言ってんのよ」
「最初に冥樹の中に隠された空間があるって思いついたのは君でしょ」
「え?」
永遠は一瞬二人の言っていることが呑み込めなかった。
「誰が一番功労者かというと……」
皆の視線が永遠に集中する。
永遠は途端に恥ずかしくなった。
「いやいや! 待てって! 別に俺一人で見つけたわけじゃないんだ! 実際に発見したのは佐藤さんだし……」
「そりゃないでしょ。そもそも久住くんが言い出さなかったら、私も隠し施設なんて探そうとは思わなかったよ」
「いや、でも――」
なおも食い下がろうとする永遠だったが、そこへ因幡が口を挟んだ。
「己の功績を認めないことは、他に功績を挙げた者への侮辱に繋がるぞ。貴様自身がどう思おうが貴様が他の誰よりも速く真実への道を見出した。それが揺るがぬ事実よ」
「そーそー。大人しく受け入れちゃいなよ」
歩は永遠の肩を小突いてにやにや笑った。
因幡は言った。「お前一人が舞台に立つわけではない。表彰されるのは俺たち第四班全員だろう。そこは安心しろ」
「ジャイルズたちも一緒に表彰されるのかな?」
「どうかしらね。ジャイルズのスキルが発見の糸口になったのは確かだけど。名前くらいは残ると思うけど」
晶葉と真夏が話していると、心が思い出したように言った。
「そういえばジャイルズって奴と喧嘩してたんでしょ。もう仲直りはしたの?」
「ああ、事情聴取が終わって帰る時に謝罪してくれたよ」
永遠はちらりと因幡の顔を見た。
迷宮管理局を出た後、ジャイルズは開口一番謝罪した。以前の出来事、今回の一件に巻き込んだこと。すべては自分の浅慮が原因であると認め、何の言い訳もなく頭を下げた。これにはローニャも驚いた顔をしていた。
永遠たちはその時既にジャイルズを赦す気になっていた。彼と一緒に行動したのは精々三時間弱だったが、人となりは理解できた。ジャイルズ・ブラックは過ちを犯すことはあれど、それを反省し後悔できる人間だ。共に死線を乗り越えたことは赦す理由として十分だった。
しかし、ジャイルズの方は今回の失敗を深刻に捉え、赦しの言葉を簡単に受け入れようとしなかった。今まで強気だった反動なのか、自罰的な方向へ偏っているように見えた。さらには元々探索者として行き詰まっていたこともあり、これを機に辞めることもほのめかしていた。そんなジャイルズを見た永遠たちは、セシリーとローニャが語った“三年七割の法則”を思い出した。
ジャイルズにどう言葉をかけるべきか皆が頭を悩ませていた時、因幡が動いた。彼はジャイルズの前に立つなりこう言った。
「ジャイルズ、貴様の『生命探知』の練度はなかなかのものだった」
「は?」と、ジャイルズは呆気にとられた表情を浮かべた。
「獲物の居所を把握することは勿論、ミズヌシの核の正確な位置をも特定できるほどの精度。あれがなければミズヌシを追跡するのは難しかったろう。あれは貴様が惜しみなく努力を重ねたことの証明だ。随分文句を言っていたわりには、人に誇れるだけの力を持っていたではないか」
真っ向からの称賛の言葉をかける因幡に、ジャイルズはしばらくの間何も言えなかった。自分は一度この男を公衆の面前で侮辱したというのに、何故こいつはそんなに簡単に自分を認めることができるのだろう。
「此度の一件、解決できたのは貴様の力あってのことだ。それを否定するのは俺が赦さん。如何なる失態を演じようとも、これまで積み重ねてきた過去と経験をなかったことにすることは罪だ。赦されないと真に思っているのであれば、これ以上赦されない真似をするな」
因幡は王の威厳を以って断言した。きつい調子であるにもかかわらず、彼の言葉には優しさが滲み出ていた。
その言葉がジャイルズの中にしっかり沁みるのに、しばしの時間を要した。
「そうか」
ジャイルズはぽつりと呟いた。それから自分の掌をじっと見つめた。
「今までやってきた意味はあったんだな……」
ジャイルズは体から何か悪いものが抜け落ちたような様子だった。それを見て永遠たちは、もう彼の心配をする必要はないと悟った。
歩が言った。「なんにせよこれからまた大変になるね」
「こっちに来てから大変じゃなかった時期ってあんまりなくない?」
真夏の言葉に皆が苦笑した。
壁にもたれかかってこれまでの話を聞いていたミラ・バルトハイムが言った。
「今回の一件で《悠久の城》の名は王都中、いや王国中に知れ渡る。元々注目されやす狩ったのに加えて目に見える功績を打ち立てたとあってはな」
「《青嵐》が関わっているのを承知で干渉してくる奴の一人や二人出てくるでしょうね」
レイチェルが付け加えると、真夏は「うへえ」と表情を歪めた。
ミラは深刻そうな面持ちで考える。
(単に優秀な人材が欲しい探索者程度なら私たちがいればどうにもでもなるが、貴族や大商人となると流石に手に余るな。やはり王家の後ろ盾が必要だ)
ミラはデリア・サイレムを見やった。
「デリアさん」
ミラが名前を呼ぶと、デリアは頷いた。
「わかってるわ。私の方からあっちに話をつけておくから後は任せて」
「お願いします」
ミラは溜息を吐いた。
(さて、面倒なことにならなければいいが……)
夜が更ける頃、永遠と杏樹は中庭で夜空を見上げていた。
「隠し施設に勲章か……たった一日でとんでもないことになったな」
「本当ですね。私も表彰されたことは何度かありますけど、流石に勲章をいただいた経験はないので……」
「ある方が凄いよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「久住くん」
「ん?」
杏樹は座ったまま、永遠に頭を下げた。
「今日は助けてくれてありがとうございます。久住くんがあの時動いてくれなければ、私は多分死んでいたでしょう」
「ああ、あれか。何も考えないで動いたんだけど、結果的にうまくいってよかったよ」
「まさか他の人のスキルを使うなんて思いもしませんでした。でも、これでこの前気にしていたことは解消されたんじゃないですか?」
「まあな」と、永遠ははにかんだ。
杏樹は微笑んでいたが、その顔に唐突に影が差した。
「久住くんは――本当に凄いですね」
杏樹は顔を背けた。
「現状に満足せず、何か自分にできることを探して、見つけ出すことができた。誰にでもできることではありません。本当に――それに引きかえ私は――」
「……水城さん?」
永遠は杏樹のただならぬ雰囲気が気になり声をかけた。すると、彼女ははっとしていつもと変わらない顔つきへと戻った。
「ああ、いえ。すみません。変なこと言っちゃいました」
杏樹は誤魔化すように笑った。
「そろそろ部屋に戻りますね。久住くんも疲れているでしょう。ゆっくりお休みになってください。それでは」
「うん、おやすみ」
杏樹は寮へ続く道を歩いていく。永遠はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
それからすぐに歩が中庭に表れた。
「あ、トワ。ここにいたんだ」
歩は先程杏樹が座っていた椅子に腰を下ろした。
「綺麗だね、星空」
「ああ」
二人はそのまま無言で星を観る。不思議と心地よい時間だった。
「トワ」
「なんだ?」
「ありがとね」
歩は穏やかな表情だった。
「君は僕の在り方を肯定してくれた。汚らしいと思っていた僕の本質を悪くないと言ってくれた。それがどれだけ意味のある言葉だったのか、口で説明するだけじゃわかんないだろうね」
「まあ、俺が知らないだけでお前にもいろいろあるんだろうな」
永遠は友人の事情を深掘りしようとは思わなかった。それは歩が自ら望んで語る内容だ。
「僕はさ、この世界に来て皆と一緒に頑張れば、皆と同じようになれるかなって期待してたんだ。でも、そんな必要は最初からなかったんだ。今のままでやっていってもよかったんだ。変わらなくても認めてもらうことはできる」
「お前ほど頭が良くて器用な奴なら、俺がいなくてもいつかは自力で気づいてたんじゃないかとも思うけどな」
「かもしれないね。でも、僕は君がいてよかったと思ってる。君がいいと言ってくれた。その一点だけでも価値があるから」
「そうか。じゃあ、素直に礼を受け取っておくよ」
そこで歩は「あっ」と何かに気づいたように声を上げた。
「そうそう。ついでに一つ頼みがあるんだよね。ほら、僕はトワのこと名前で呼ぶけど、トワは僕を苗字でしか呼んでくれないでしょ。これからは名前で呼んでくれない? 折角友達になったんだから、もっと距離感詰めよーよ」
「お前は元から距離感詰めてるだろ。名前呼びか。妹以外じゃ初めてだな」
「お、じゃあ僕が第一号ってこと?」
「そうなるな」
永遠は何度か声を出して調子を整えた。
「これからもよろしくな歩」
「うん、末永くね。トワ!」
名前で呼び合う二人は旧来からの親友同士のようだった。
永遠の体が温かな光に包まれる。それは帆足歩が心を開いた証だった。
「ふん。簡単な答えを見つけ出すのに随分と回り道をしたな」
その声に二人が振り向くと、いつの間にか因幡が木に背を向け立っていた。永遠はこいつ格好つけた振舞いを狙っていたなと思ったが口には出さなかった。
歩は言った。「まったく、本当に簡単だったよ。わかってみればなんてことない話だ」
「それがわからない人間が存外多くいるものだ。特に貴様のように頭の回る人間ほどな」
「因幡自身もそうだったもんね」
「まったくだ。王ともあろう者が他者からの言葉でようやく自覚できた」
歩が指摘すると、因幡は肩をすくめた。
「帆足、前にも言ったが貴様は俺と似ている。それ故に俺と同じ過ちを犯しかねん。同じ轍を踏むなよ」
「うん」
「そして久住。此度の貴様は望外の働きを見せてくれたな。貴様がいなければあの結末はありえなかったろう。この俺からも称賛の言葉をくれてやろう」
「どーも」
「歴史的発見によって俺たち第四班が世間の注目を浴びることになった。これは俺の望みを叶える上でも都合が良い。顔と名前を売る絶好の機会だからな」
二人はかつて因幡が語った夢を思い出した。
「成程。確かに今回の件で、君の名前が広く知られるね。名を残したい、の第一歩かな」
「これはほんの足掛かりに過ぎん。因幡七曜の飛躍はここから本格的に始まるのだ。感謝するぞ久住。そういうわけで貴様には言葉以外にも褒美をくれてやらねばな」
「褒美って?」
永遠が訊ねると、因幡は言った。「此度の一件で貴様の人となりは十分に知れた。今後は俺がささやかながら手を貸してやる。貴様の『絆』の力には俺も一目置いている。俺が力を添えてやれば、貴様はより高みに上がれるだろう。咽び泣いて喜べ!」
永遠の体に再び力が満ちる感覚が訪れる。
「やれやれ。随分テンション上がってるな」
「嬉しいんじゃないかな」歩が理解を示すかのように言った。
「嬉しいって?」
「石動天馬の生き方が肯定されたような気がするから」
「成程。そうかもな」
因幡は永遠と歩の関係に、自分と天馬の関係を重ね合わせたのだろうと二人は考えた。かつての自分たちは、今の永遠と歩のように見えたに違いないと。因幡は永遠よりも天馬の方がはるかに優れていると言うであろうが。
「おっと、大事なこと忘れてた」
歩はそう言って親友を見た。
「実は僕もう一つ隠してることがあってさ。それも話しておきたいんだよね。今となっては隠す必要もないことだから」
「隠してること?」
「うん。作家の七海旬っているじゃない。あれさ――」
◆◆◆◆◆
【出席番号二番:因幡七曜 絆獲得】
【出席番号三十番:帆足歩 絆獲得】
【未獲得の絆 残り三十六個】
長引きましたが第三章完結です。
途中で新作ミステリー小説のプロットづくりや執筆に取りかかったために、更新が一ヶ月以上空くことがありました。大変申し訳ありません。
次章、第四章は『アトリエ大作戦』。
魔法道具職人見習いの少女が亡き父が遺した新作魔法道具の設計図。父の後を継いで完成させたいと願う少女のために《悠久の城》が協力を申し出るが、その裏には正体不明の魔法道具職人“玩具屋”の影が……。
意外な秘密を抱える永遠のクラスメイトたちの思惑も交錯し、物語は予想だにしない方向へ向かう。
どうぞご期待ください。




