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獲物を追跡せよ

 ラドリーとマフールをシーリアに託し、永遠たちはバハロスに跨り再び空へ飛び立つ。

 目指す先は、セシリーとローニャが待つ場所だ。

 この時、ジャイルズの『生命探知』は、巨大な反応が二人と接触していることを彼に示していた。ジャイルズの全身に汗が滲み出る。彼はその不快感を全く意に介することなく、心の中で二人の無事を願った。

 だが、その願いが叶うことはなかった。

 一直線に目的地へと向かった彼らが目にしたのは、セシリーがミズヌシに呑み込まれる光景だった。


「あ――」


 衝撃の余り、ジャイルズは口から声にならない音を漏らす。一方、セシリーと仲の良い杏樹は一瞬目を見張った後、余計な感情を振りほどくかのように首を振り、眼下の光景を目に焼きつけようとした。晶葉と真夏も顔を強張らせていただけで、取り乱すような真似はしなかった。

 レイチェルは冷静な目で見下ろし、未だローニャが危機にあると判断した。彼女はバハロスに何事か囁くと、ハバロスは大きく鳴いた。同時に、バハロスが急降下する。ミズヌシは闖入者の気配を感じ取ると、大きく横に飛び跳ねた。バハロスは、ローニャとミズヌシの間に割り込むように降り立つ。まだ混乱しているローニャはバハロスとミズヌシを交互に見つめることしかできない。


「ローニャさん!」


 杏樹が呼びかけると、ローニャははっとした。


「杏樹ちゃん! ジャイルズ!」


 ローニャはバハロスに乗る杏樹と、ジャイルズの姿を見た。ジャイルズは不安と安堵が入り混じった表情を返した。

 ミズヌシは突如現れたバハロスに対して強い警戒心を示すように、全身を震わせる。

 レイチェルはミズヌシを観察した。


「随分と動きが素早いのを見るに、やはりシーリアさんが予測していた通り変種と見てよさそうですね」

「変種ってのは、普通の魔物とは違うってことですよね?」と、永遠が訊ねた。

「ええ。稀に発生する通常個体とは異なる性質を持つ個体が“変種”と呼ばれます。下層の魔物でも変種となると危険性が増すので、発見次第情報を共有しなければいけません。ミズヌシは二十層クラスの魔物ですから、変種となるとおおよそ三十層クラスと推定されます」

「もっと危険になってる……」

「尚更放置してはおけない存在になりましたね。ここで仕留めます。そうでなければセシリーさんも助けられません」


 ジャイルズは正気に戻った。


「そうだ! セシリーは――」


 ジャイルズが言いかけた瞬間、ミズヌシが再び跳ねた。その巨体が素早く永遠たちから遠ざかっていく。

「逃げた!」と、真夏が叫ぶ。

 ミズヌシはそのまま荒れ果てた路へと突き進み、地面の裂け目から水が流れ込むように中へと潜り込んだ。

 永遠と歩は十分に警戒しながら裂け目へと駆け寄っていく。


「地下に逃げたのか?」

「下水道かな? 暗いけど広そうだね」


 歩が裂け目を覗き込みながら答えた。


 杏樹たち女子三人は、ローニャを囲んでいる。


「怪我はありませんか?」

「う、うん。私は平気だけど……でもどうして杏樹ちゃんたちが?」

「あんたらがヤバいからって助けに来たのよ。もう大変だったんだから」

「まあまあ。まだ混乱してるんだから小言は後にしようよ」


 ローニャの顔がすっと青ざめた。


「ああ、でもセシリーちゃんが、セシリーちゃんが」

「ローニャさん、落ち着いて」


 杏樹が静かに言った。


「でも私、セシリーちゃんの言うこと聞かなくて。危ないって、ずっと、何度も言ってたのに。それなのに私が」


 ローニャは順序だてて話すことができず、頭に浮かんだ言葉を次から次へと口に出すしかなかった。目には涙が溢れ、ぽろぽろと滴が垂れ落ちる。感情と思考の整理がつかない幼馴染を前にして、ジャイルズはどう対応していいか分からずおろおろした。

 杏樹はそんなローニャをしばし見つめると、一度大きく息を吐き出した。

 次の瞬間、ぱんと乾いた打撃音が響き渡る。

 二人の様子を眺めていた晶葉は思わず目を丸くした。杏樹がローニャの頬を(はた)いたのだ。叩かれたローニャは何が起きたのか理解できず、呆然としている。他の者も晶葉と同じような反応を見せたが、レイチェル一人だけが感心したように頷いていた。


「ローニャさん。今は気を保つべきときです。なすべきときに何も成せなければ、すべて失います。貴女がしっかりしないでセシリーさんが助けられるんですか?」


 普段とはまったく異なる顔つきと声色を見せる杏樹に、ローニャは数度瞬きを返すと、「ああ」と弱々しく掠れた声を漏らした。それから袖で涙を拭うと、小声で謝罪の言葉を口にした。ようやく落ち着きを取り戻したローニャを見て、杏樹は優しく微笑んだ。


「杏樹、ああいうこともできたのね……」

「ちょっと意外だね」


 晶葉と真夏は、友人の思わぬ一面を目の当たりにして驚きを表す。永遠もまた初めて目にした杏樹の厳しさに彼女が持つ強さの一部を垣間見た気がした。そして、永遠の隣で、歩は何とも言えない表情を浮かべながら杏樹を見つめていた。


 杏樹はレイチェルへと顔を向けた。


「レイチェルさん、今からセシリーさんを救い出すことはできますか?」


 レイチェルは、杏樹の視線を真っ直ぐ受け止める。


「ミズヌシは獲物を取り込んだ後、すぐには消化しません。獲物が持つ魔力を時間をかけてゆっくり吸収する性質を持っているからです。消化するまでの時間に個体差はありますが、セシリーさんの生存を考えるなら二時間が限度です」

「まだ望みはあるってことだね。今から追跡する?」


 一二三が言うと、ローニャは力強く頷いた。

 そこへ永遠が口を挟む。


「でも、相手は変種なんだろう? バークさんたちと合流するのを待つのはどうだ?」

「いえ、その間に完全に見失ってしまっては時間の猶予も無意味です。ここは拙速を優先すべきかと。救助は早いに越したことはありませんから。真っ向から戦えるのは私とバハロスくらいですが……セシリーさんの救助だけを考えるなら、皆さんでもやりようはあると思います」

「腹くくるしかないってことか」

「だね」


 永遠は覚悟を決めた。歩も短い言葉で同意する。


「レイチェルさんが可能性はあると言うなら、私はそれを信じます。やりましょう」

「ま、ここで何もしなかったら夢見が悪そうだし、体張るとしましょうか」

「私のスキルも役に立てる場面があるはずだよきっと!」


 杏樹、晶葉、真夏もやる気を見せた。一二三は何も言わなかったが、柔らかな笑みを浮かべる様子から同じ考えを持つ子とは明らかだった。


「皆……ありがとう」


 ローニャが今度は嬉しさから涙を流す。ジャイルズは少し離れた場所から、皆のやり取りを無言で見ていた。


(何やってんだ俺……)


 ジャイルズは、自分と永遠たちとの差を改めて思い知らされた。それは実力の差ではなく、精神の差だ。

 危難を前にしても心が折れることなく思考を巡らす。時には叱咤してでも正気を取り戻させる。ジャイルズにはできないことを、歳が然程変わらない《悠久の城》の者たちは当然のようにやってのけた。そんな彼らを前にして、ジャイルズは昏い感情が胸の奥底で燻るばかりだった。侮っていた人間に助けられる屈辱。この期に及んでそんな感情を抱く自分への嫌悪感。自分と他者への悪意がどろどろと混ざり、表現し難い怒りが生まれる。

 短い時間に、あまりに多くのことがあった。セシリーとローニャの危機。ラドリーとマフールの裏切り。何を考えればいいのか、何をすればいいのか、ジャイルズには判断がつかなかった。

 感情の反芻を抑えられない。ジャイルズは勢いに任せて叫びたい気持ちに駆られた。


「何を突っ立っている」


 突然声をかけられたことに、ジャイルズは咄嗟に反応できなかった。

 彼は唐突に夢から醒めたばかりのような面持ちで、視線をきょろきょろさせる。そうして、隣に立つ因幡の存在に気づいた。


「貴様のもう一人の幼馴染が懸命に奮い立っているというのに、お前は何を考えている? 今、貴様がなすべきことは何だ? 理解していないとは言わせんぞ」

「俺は……」

「大方プライドを捨てきれずに迷っているのだろう。それでいて、このままでいいのかとも考えている。そんな貴様に一つ忠告してやろう。心から望む行いは、恥辱に塗れてもやれ。行動する権利は常に手にあるとは限らん。何もせずに二時間経てば、あの女は死ぬのだからな」


 ジャイルズの体が一瞬震えた。


「友を助けられなければ貴様は生涯後悔するだろう。今この時だけは、体裁をかなぐり捨ててでも手放したくないものを掴むべきだ。なに、今更名誉の一つや二つ失うことになんの躊躇いがある?」


 因幡はそう言って自嘲気味に笑った。永遠、杏樹、歩の三人は、以前因幡が語った石動天馬の物語を思い出し、彼の心境に思いを馳せた。

 ジャイルズはしばらく放心したような表情を貼りつけていたが、やがて静かに息を吐くと、引き締まった顔を見せた。


「はっ、わざわざ言われなくたって分かってるよ。こんな状況で自分を見失うほど柔じゃねえ」

「そうか。まともに見られる顔になったのなら、それでいい」

「ああ。でも――気にかけてくれたことには一応感謝しとく」


 ジャイルズは早口で言ってから顔を背けた。因幡は珍しく穏やかな微笑を浮かべた。


「ええと、レイチェルさんだっけ。すぐに追跡を始めよう。今ならまだ追えるはずだ」

「そうですね。貴方のスキルならまず捕捉できるでしょう。皆さんも準備はいいですね?」


 永遠たちは揃って頷いた。

 レイチェルは不敵に笑った。


「ここからは時間との勝負です。確実に獲物を追い詰めていきましょう」




 バハロスの上で密着する探索者たちは、風圧をその身に浴びながら真下に広がる景色に目を配る。

 彼らはミズヌシが逃げたと思われる方角へ向けて移動していた。《メイリム都市迷宮》後かに広がる水路は広大で、ミズヌシがどこへ逃げたかは分からない。だが、ジャイルズの『生命探知』はその程度は問題にならないほど広範囲を探知することができる。三層のエリアを大きく雑に塗り潰すようにバハロスを飛ばせば、すぐにミズヌシを範囲内に収めることができると考えたジャイルズは、レイチェルにバハロスの操作を頼んだ。

 そして、彼の考えは成果を得た。


「見つけた!」

「どこですか?」

「ここから西側に真っ直ぐ。冥樹に向かってる」


 飛び立ってから僅か五分程度で、ジャイルズはミズヌシの反応を捉えた。間違えようのない巨大な反応。それが迷宮中央部へと向かって動いていた。


「周囲に他の探索者はいますか?」

「大丈夫だ。誰もいない」

「それは結構。バークさんたちならともかく、三層レベルの探索者ではどうにもなりませんからね」


 一先ず差し迫った危険はないと分かり、レイチェルは安心した。

 後方に座る真夏が質問した。


「ミズヌシを見つけたらやっぱりハバロスで討伐するんですか? 確かバハロスは五十層の魔物なんですよね。あのミズヌシが三十層レベルなら勝てるかな?」

「いえ、ミズヌシは弾力のある体に核が守られているので、それを真っ向から打ち破れるような火力がないと討伐は難しいですね。バハロスはどちらかというと空を飛びながら、遠距離から攻撃するのを得意とする魔物で、一点突破するような攻撃はできません。だからといって負けることもありませんがね。お互い決め手に欠けたままずるずると時間だけが過ぎていくことでしょう」

「あ、そうなんだ。でも、それならどうしてミズヌシは逃げ出したのかな? 負けることもないなら私たちに襲いかかるのもありだったんじゃ?」

「ミズヌシは基本的に一度に一体の獲物しか捕食しないんです。一度獲物を呑み込んだら消化を優先して戦うことはまずありません。それに捕食後は流石に動きも鈍りますからね。だから戦うより逃げることを選んだのでしょう」

「動きが鈍ってあの速さなのか……」


 永遠は巨体の割に俊敏なミズヌシの動きを思い返した。


「ジャイルズ、ずっとスキル使いっぱなしで疲れない?」


 ローニャが心配そうに訊ねた。


「平気平気。お前が調合した魔力補給剤も予め飲んだし、しばらくは持つさ」

「無理だけはしないでね」

「心配すんなって。精度を強くしなきゃ消耗はそんなに……え?」


 会話の途中で、ジャイルズは驚愕のあまり声が上擦った。


「どうかしたの?」と、一二三が訊ねた。

「消えた……」

「消えたって?」

「ミズヌシの反応が突然なくなった」


 永遠は一瞬何を言っているのかと理解が追いつかなかった。同様の考えを抱いた者は他にもいたらしく、困惑する空気があたりに漂った。


「俺にも分かんねえけど本当に消えたんだ。今まで探知範囲内の中心近くにあったのに、それが突然ぱっと消えて……」

「何か消えるような予兆はありましたか?」と、杏樹が訊ねる。

「いや、特に何もなかった」


 続いて、レイチェルが質問した。


「反応が消えた場所はどこですか?」

「冥樹沿いの道路だ」

「ああ、あそこですか……建物が少ない開けた場所が多い区画でしたね」


 歩が言った。


「開けてるなら隠れられる場所は少ない。でも、あったとしてジャイルズのスキルから逃れる術はないよね」

「にもかかわらず、反応が消えているというのは解せんな。そのスキルの探知範囲は横に広げられるだけか? 縦方向への探知ができないのなら、上下の階層へ逃げたということもあり得るが」


 因幡の言葉に、ジャイルズは否定を返した。


「俺のスキルは俺を中心に球体状の探知範囲を生み出すんだ。上だろうと下だろうと何かがいれば逃がさねえ」

「その上で、範囲内にいたミズヌシが突如消失した、か。何かからくりがあると見るべきか」

「あのミズヌシって変種なんだよね。探知から隠れられる能力を持っていたってのはどう?」と、真夏が考えを述べた。

「そんな能力を持っているならば、最初から探知に引っかからないだろう」

「それもそっかあ」


 因幡が否定意見を口に出すと、真夏はあっさり取り下げた。


 皆が不可解な事実を前に黙り込む。永遠は頭を掻き、歩は冷徹さを感じさせる瞳を開きながら思考する。杏樹はローニャに気遣うような視線を向けた。

 その時、一二三が口を開いた。


「そういえば……ミズヌシはバークさんたちが数日間探しても全然見つけられなかったんだよね」


 レイチェルははっとした。


「ええ、その通りです」


 彼女は一二三が何を言いたいのか、すぐに理解した。


「いくら狭い場所に入り込めるからって一切姿を捉えられないのは変だって聞いたよ。だから、もう他の階へ移動したんだろうって。でも、そうじゃなかったとしたら? ミズヌシには追跡から逃れる何らかの手段があって、それを使ってずっと三層に潜伏していたってことは考えられないかな?」

「つまり、今回の事件における不自然な点の答えがそこにあると」

「うん。その何かが分かれば、ミズヌシがどこへ消えたかも突き止められるかもしれない」


 レイチェルはここ数日の間に耳にしたミズヌシにまつわる話を思い返した。そして、《鋼鉄拳》のメンバーが酒の席で語っていた話が脳裏に浮かんだ途端、目つきを鋭くさせた。


「冥樹の傍……」

「何か気づいたんですか?」


 杏樹が期待を込めて訊いた。


「三層を捜索した人たちによれば、ミズヌシの痕跡自体はあったそうです。ただ、それが冥樹の近くに集中していたそうで……」

「それってこの辺りのことだよね」と、歩が言った。

「ええ、そうです。ミズヌシは冥樹の近くに頻繁に現れている。しかし、誰にも目撃されて(・・・・・・・・)いない(・・・)


 レイチェルは周囲を見回した。


「つまり、ミズヌシ消失の原因はこの場所そのものに隠されている可能性があります。それもスキルによる追跡から逃れられるような性質を持つ何かが」

「場所そのもの……」


 永遠はレイチェルの言葉を繰り返した。


(スキルによる探知から逃れるような何か。場所そのものに隠された性質。建物が少ないってことは、建物の中に秘密があるって可能性は薄いな。じゃあ、この三層特有のもの? それなら既に知れ渡っているはずだ。じゃあ、冥樹の近くってことに意味がある? 冥樹に探知を妨害するような性質‐―それも誰も知らないような何かがあるってことか? 状況的に冥樹が鍵を握っているのは間違いないように思えるし……ミズヌシは、それを利用して身を隠して――)


 永遠の思考が光に包まれた。それは暗闇の中に雷光が煌めき、ほんの瞬く間だけ世界が照らされたような感覚だった。冥樹とミズヌシ。二つのキーワードが想像もしない形で結合した。


 永遠は雄大に佇む冥樹を見上げた。


「久住くん。どうかしましたか?」


 杏樹が永遠の異変に気づき、声をかけた。


「……レイチェルさん、一つ訊きたいんだけど。冥樹ってさ、中に入れるの(・・・・・・)?」

「入れる、ですか?」

「冥樹ってこれだけ幹が太いなら、どこかくり抜いて空間とか作れるんじゃないかって」

「いえ、そんな話は今まで聞いたことがありません。過去数百年の探索史においても冥樹内部に空間なんて一度も発見されていません。というより、そもそも冥樹の表面は非常に硬くてくり抜くなんてできないんです。様々なスキルや特殊な素材を用いた道具で試してみても、まったく歯が立たなかったと云われています。まさか――久住さんはミズヌシが冥樹の中に逃げ込んだ(・・・・・・・・・・)と考えているんですか?」

「でもさ、それしか思いつかないんだよ」


 何の根拠もないにもかかわらず、永遠は謎めいた確信を抱いていた。


「もし、この近くに冥樹の内側に入り込める入口のようなものがあって、ミズヌシがそこから出入りしていたとしたら、迷宮内をいくら探し回っても見つかるはずがない。そして、冥樹の内部がスキルで探知できないような空間――例えば、樹海で磁気が強くて方位磁石が働かないみたいに、正しい探知結果が出ないような所だったとしたら、ミズヌシの反応を見失うこともありうるんじゃないか?」

「それ想像に想像を重ねただけなんだけど」


 晶葉が半信半疑といった様子で言った。


「冥樹の中に空間があるってのもそうだけど、スキルで探知できなくなるってのも都合が良くない?」


 真夏も同意する。

 永遠は反応があまり芳しくないことに、やはり無理があるかと考え直そうとした。

 しかし、そこで杏樹が口を開いた。


「でも、実際にミズヌシの反応が消えているんですよね。ミズヌシが突然どこかにワープでもしたのでない限り、探知範囲内のどこかにいるはずなんです」

「事実だけを見れば、探知から逃れられる場所がどこかに存在するとしか思えない」と、歩も言った。

「ねえ、レイチェルさん。もし仮に、冥樹の中に空間があるとして、そこにあるものを探知できなくなるってありうると思う?」


 歩に問いかけられたレイチェルは、ゆっくり言葉を選んだ。


「……そうなる可能性は高いと思います。冥樹は大量の魔力を内部に保持していることが判明していますから、空間があるならそこは魔力で覆われた場所になります。そして、スキルとは魔力を操作して、肉体を強化したり、特定の現象を引き起こしたりする技術です。スキルを魔力の濃度が異常に濃い場所に対して発動する場合、効果が減衰してしまうという事例が過去に確認されているので、それと同じことが起きているとするなら……」


 レイチェルは考える。永遠の仮説は現段階ではこじつけもいいところだ。何か有力な証拠があるわけでもない。

 しかし、レイチェルはこの考えを否定できなかった。彼女の頭の中ではシーリアの言葉が蘇っていた。《悠久の城》の人々がこの世界に来たことには、何か意味がある。その言葉が落ちないしみのようにまとわりつく。

 レイチェル・ハンターは論理的な思考を好む人間であった。しかし、この時の彼女は自らの直感を信じようとしていた。


「ジャイルズさん、ミズヌシの反応が消えた場所を教えてください」

「ええと、ここから――」


 ジャイルズの指示に従って、レイチェルはバハロスを飛ばす。

 レイチェルの中に、期待と好奇心に似た感情が膨れ上がっていった。

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