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 シーリアが“守護者の家”を訪問するより時は遡る。

 ジャイルズ・ブラックたちは《メイリム都市迷宮》に到着した後、真っ直ぐ第三層へと向かった。規制が解除されて最初の日ということもあって、迷宮内には早速後れを取り戻そうとする下層探索者でそこかしこで狩りに勤しんでいた。ジャイルズは必死で武器を振るう彼らに、余裕のある眼差しを向けた。

 三層へ到着すると、ラドリーは勿体ぶったようにこの層へ来た目的をセシリー・ブランドンとローニャ・メルネスに明かした。話を聞いた二人の反応は対照的だった。


「コガネドリ? 本当なんですか?」


 セシリーは露骨に疑うようにラドリーとマフールを見た。


「嘘じゃねえって。実際に羽を見せてもらったんだ。間違いない」

「凄い! コガネドリの羽って一本手に入れただけでも億万長者になれるって話だよね?」


 ローニャが興奮のあまり、息を震わせた。彼女の瞳には輝かしい未来へ期待する色が満ちている。


「羽が手に入れば俺らとお前たち三人で山分けしても十分な額になる。不満はないだろ?」

「待ってください。コガネドリが三層に“住み替え”していたのは、ミズヌシが“住み替え”していたあの日と同じなんですよね? その話、迷宮管理局には伝えましたか?」

「伝える必要なんてないだろう? ミズヌシとコガネドリに関連性なんてないんだからよ。同じ日に“住み替え”が重なったのはただの偶然さ」


 セシリーの問いに、ラドリーは滑らかな口調で答えた。


「そうだよ。それに迷宮管理局に報告してコガネドリの話が広まったらどうすんだ? 他の奴等に横取りされちまったら俺らの取り分が減るじゃねえか。大した問題じゃないし話すことないさ」

「いいえ、これは只事ではありません。妙な色気は出さずにすぐに引き返して――」


 セシリーが強硬に反対しようとした時、ジャイルズが彼女の両肩を正面から掴んだ。


「セシリー、これはチャンスなんだ。俺たちこのままだと永久にうだつの上がらない探索者暮らしを強いられるんだぞ? 金があれば当座は凌げるし、装備を調えてもっと上に行けるかもしれないんだ。今こそ攻め時なんだよ」

「攻め時……」


 ローニャが口の中で小さく反芻した。


「コガネドリを狩って十分な量の羽を手にする。それで終わりだ。難しい話じゃない。迷宮管理局に報告するのはその後でもいいだろ? なに、その時になって初めて知ったふりをすればいいんだ。誰にもばれやしない」


 セシリーはジャイルズの表情に、焦燥と渇望を読み取った。彼は不敵に笑っていたが、額にじんわりと脂汗が浮かんでいる。彼は明らかにセシリーが賛同することを望んでいた。

 故郷では尊大に振る舞い、そのくせ侮られることを異様なほどに恐れる。調子の良いことばかり口にするが、決して努力は怠らない。セシリーから見た幼馴染のジャイルズ・ブラックという男は、相反する性質が互いを際立たせ、非常に不安定な内面を抱え込む人間であった。探索者になることを決めた時、セシリーが彼についていくことにしたのは、彼を一人にするとどうなるか分からなかったからだ。今のジャイルズを見れば、その懸念は正しかったとセシリーは確証が持てた。


「……一つだけ約束してください。もし、何か異常があれば――たとえそれがどんなに些細なことであろうとも、その時にどんな事情があろうと必ず撤退すると。何を置いても人命を優先すると誓ってください」


 ジャイルズは安心したように微笑んだ。


「そんなことくらい守るって。俺だって命は惜しいから無茶をする気はねえよ」

「それならいいのですが」


 二人の遣り取りを眺めていたマフールが口を挟んだ。


「話はまとまったか? そろそろ行くぞ」

「ああ、分かった」


 ジャイルズは軽やかな足取りで、ラドリーとマフールを後についていく。その後ろにローニャが続き、最後にセシリーがやや距離を置いて歩き出した。


 マフールは後ろからついてくる三人を一瞥すると、ラドリーに小声で話しかける。


「やっぱりセシリーは疑ってるな」

「あいつは警戒心が強いからな。だが、なんだかんだ言ってジャイルズには甘いから、最終的に折れることは予想済みだ」

「この後は予定通りに?」


 ラドリーは含み笑いを見せた。


「ああ。ジャイルズを駒にするにはセシリーもローニャも邪魔だ。消えてもらうことにしよう」




 “守護者の家”の庭に降り立った巨大な鳥の上からレイチェル・ハンターは、地上に集まった七人の生徒に声をかけた。


「こんにちは皆さん。どうやらただならぬ事態が起きたようですね。まさかシーリアさんから助力を求められるとは思いませんでしたよ」


 シーリア・ラングは、久住永遠たちの顔を見回した。


「もうご存じかと思いますが、レイチェルさんのスキルは『鳥使い』。その名の通り多種多様な鳥を操ることができるのですが……勿論鳥の魔物であっても例外ではありません。このようにいざという時の移動手段として《青嵐》では魔物の飼育も行っています。ちなみにこの鳥は《メイリム都市迷宮》の五十層に棲息する凶鳥バハロスという魔物ですね」

「魔物でも使役できるんだ。帆足くんの『テイミング』と似てるね」


 佐藤真夏が帆足歩の顔を見た。


「類似のスキルではありますが違いは大きいですよ。効果だけ見るとあらゆる魔物を使役できる帆足くんの方が上のように思えますが、その分制約も強いでしょう? レイチェルさんのスキルはそういった制約が少なく、自分より格上の魔物でも鳥であれば簡単に使役できるんですよ」


 永遠は納得した。歩の『テイミング』はどんな魔物でも使役できる代わりに、発動条件が厳しい。対象が自分と同程度以下の強さであること。そして、一定時間使役したい対象に触れ続ける必要があること。これらの条件は対象の危険度が増すほど、達成が困難になる。相手が上位の魔物であるほど、使役には大きな危険が付き纏うだろう。しかし、シーリアの口振りから察するに、レイチェルの『鳥使い』にはそのような制約は無さそうだと永遠は考えた。それが彼女のスキルの強みなのだろう。


「興味深い話ではあるけど、今は急いだ方がいいかな」


 一二三護がシーリアの顔を見やると、彼女は頷いた。


「そうですね。朝早く出発したならとうに探索を始めているでしょう。私たちが辿り着くまでに最悪の事態が起きないことを祈るしかありません」

「さあ、乗ってください。ちょっとスピードを出すので、振り落とされないようにベルトを着けてくださいね」


 バハロスの体には頑丈な皮の装具が巻かれており、その背中部分には永遠たち全員が悠に乗り込めるだけのスペースが用意されていた。そこには簡易的な座席と落下防止用のベルトが複数備え付けられ、乗り心地は悪くなさそうだった。


 全員が乗り込むと、レイチェルの命令に従いバハロスが飛び立つ。永遠は浮遊感に包まれながら小さくなる地面に目を落とす。本館からメイドの猫田真琴が現れ、彼らを見送るように手を振っているのが目に映った。永遠は彼女に軽く手を挙げて応えた。


「ジャイルズたちは恐らく三層にいるはずです。三層の休憩地点が外と接続されていますから、そこから乗り込みましょう」


 竜晶葉が怪訝な顔をした。


「この鳥で直接迷宮に乗り込むの?」

「問題ありませんよ。迷宮は広いので、空を飛んで上層から進入することも認められています。他にも移動手段はあるのですが……それはまた別の機会に説明しましょう」


 話をしている間に永遠たちは二十メートルほどの高さまで上昇していた。彼らの視界の遠く、湖の中央に《メイリム都市迷宮》が佇んでいる。


「それでは手早く済ませてしまいましょう。私が抜けた穴をソニアさんが頑張って埋めてくれているので、早いところ戻らないと! 時間をかけすぎると恨めしそうに小言を言われますからね!」


 レイチェルが冗談を飛ばすと、バハロスは迷宮のある方角へと羽ばたいていく。




 ジャイルズたちのコガネドリ狩りは順調に進んだ。

 最初にジャイルズが『生命探知』のスキルを使い、周囲にいるコガネドリの気配を把握する。スキルを十分に鍛え上げた彼にとって、探知した生物がどのような姿形をしているか知ることなど造作もなかった。彼は付近に隠れているコガネドリを次々に見つけ出すと、仲間たちに場所を教えた。その後は簡単だった。地上にいるコガネドリはラドリーとマフールが斧と小剣で、木の上に停まっている個体はセシリーが弓で仕留めた。


 狩りを開始してから一時間足らずで、彼らは目覚ましい成果を挙げていた。


「今、あの木のてっぺんに停まってる。まったく動かないからこっちには気づいてない」


 ジャイルズが新たに見つけたコガネドリの位置をセシリーに教えると、彼女はその方角を凝視して枝葉の陰に僅かに見える獲物の姿を確認した。セシリーはコガネドリを凝視して息を整えると、弓を引く。彼女の弓は王都の武具店で購入した魔法道具で、魔力を込めるだけで飛距離が伸びる特徴があった。品質は高いとはいえない代物だったが、几帳面なセシリーはきちんと手入れをして使っていた。


 真っ直ぐに飛来した矢は、コガネドリの胴体に命中した。体を支える力を失ったコガネドリが枝から落下する途中で淡い光を放ち消滅する。地に堕ちたのは残された魔力資源の塊だけだった。


「よし!」


 ジャイルズが満面の笑みを浮かべ、魔力資源を回収する。


「セシリーちゃん凄い!」

「いやあ、やっぱセシリーは弓の扱いが巧いな。お陰で楽ができる」

「俺とラドリーは近接専門だから地上付近にいる奴しか狙えないからなあ」


 マフールは小剣を触りながら言った。


「これで六匹目だよ! コガネドリの羽が六本! これだけでどれくらいの額になるのかな?」


 ローニャは興奮を抑えきれない様子で手をぶんぶんと回す。ジャイルズは魔力資源を皮の袋の中に詰めるとセシリーを振り返った。


「ほら、何も問題ないだろ? お前は心配し過ぎなんだ」


 セシリーは何も言わなかった。狩りを始めてから懸念していた異常はどこにも見られない。獲物の珍しさを除けばいつもの通りの探索だ。ここに至るまでの道中でも不審な点はなかった。それでもなおセシリーの胸中には不安が燻っていた。


「さてと、良い感じになってきたところだが――一度休憩を挟もうかと思う」

「もう休憩かよ? 折角体が温まってきたところだってのに」


 ジャイルズが不満そうに声を上げた。


「こういう時こそ一度時間を置くのが大事なんだよ。その方が頭も冷静になるだろ?」

「まあ、いいけどよ」


 ジャイルズは袋の中の成果に目を落とし、その場は納得することにした。


「私も一度休憩を挟むことに賛成です。確かここから一番近い休憩地点は……」


 セシリーが地図を確認しようとした時、ラドリーが待ったをかけた。


「いや、休憩地点まで向かう必要はないだろ。この辺りに魔物は少ないみたいだし、適当に広い場所で休めば十分だ。五人もいるから万が一魔物が寄って来ても不味い事態にはならないさ」

「でも、この辺りにどっか休める場所ってあったか?」

「果樹園の前に開けた所があったろ? あそこなら丁度いいんじゃないか?」


 マフールが指差したのは果樹園の入口がある方角だった。


「そういえばそんな場所あった気がするな。じゃ、そこにするか」


 一同はラドリーとマフールを先頭にして歩み出す。

 道中、魔物に襲われることはなかった。ジャイルズは念のため『生命探知』を発動させ、自分たちに近づく気配を探っていたが、狩り損ねたコガネドリのもの以外は一つもなかった。今日は魔物の数が妙に少ないなとジャイルズは不思議に思った。しばらくの間、調査班以外の探索者は迷宮に入っていなかったので、魔物は狩られず数が増えているのではないかと事前に予想されていたからだ。だが、ジャイルズはたまたま自分たちが遭遇しなかっただけだろうと解釈した。


 ローニャがジャイルズの袋を見ながら言った。


「……それにしてもこの羽どれくらいで売れるかなあ。お金が沢山入れば実家に仕送りもできるよね」

「ローニャのところは大家族だからな」


 ローニャの家族は両親に弟二人、妹三人の大所帯だ。祖父から受け継いだ小さな工房を経営しており、家族で協力しながら生きる糧を得ている。ローニャの調合の知識は、家業の手伝いをする中で学んだものだ。工房は地元に馴染んだ昔ながらの店として地域住民から親しまれているが、経営は良好とはいえなかった。そのため、今はローニャと十四歳の長男が、外に働きに出ている。


「弟や妹たちのためにも私が頑張らなきゃ駄目だよね。将来のことを考えるとこれを山分けした額じゃ足りないし、私たちの装備も整えなきゃ。こんなチャンスがまだ訪れるかも分からないし、この機会を絶対に逃がすわけにはいかないよ。この後も頑張ろうね!」

「そうそう。お前も火がついてきたじゃねえか」


 ジャイルズはにっこりと笑い、ローニャの背中を軽く叩いた。

 セシリーは幼馴染二人の様子を見て、何とも言えない表情を作る。


(早めに切り上げようとは言えない空気ですね……)


 果樹園前に到着すると、ジャイルズたちは適当な場所に腰を下ろした。

 ラドリーとマフールはジャイルズたちの注意が向いていないことを確かめると、きょろきょろと辺りを見回す。そして、低木が茂り視界の悪い場所を見つけた。


「マフール、この辺りがいいんじゃないか?」

「そうだな」


 マフールは腰に提げた鞄の中から紫色の液体が入った瓶を取り出すと、蓋を開ける。それから身を屈めると、瓶を低木の枝の隙間に置いた。


「これでよし、と」

「後はジャイルズを連れ出して……」


 ラドリーはジャイルズの元へ向かう。


「ジャイルズ、後でいいからちょっと付き合ってくれないか?」

「何かあったのか?」

「さっき周囲の偵察に行った時に妙な亀裂を見つけたんだ。どうも中に空間がありそうだからちょっと穴を開けて中を探ってみようと思ってな。ただ、音に反応して魔物が来るかもしれないから、お前に警戒してもらいたいんだ」

「亀裂ねえ。まあ、いいぜ」


 ジャイルズはコガネドリ以外に興味はなかったが、儲け話を教えてくれたラドリーの機嫌をとるためにも引き受けようと考えた。

 ラドリーはセシリーとローニャの方を向いた。


「二人はここで休んでいて構わないよ。どうせしばらくは魔物も来ないだろうから」

「あまり長引かないようにお願いしますね」

「安心しろ。そう時間はかからないさ」


 ラドリーの声に含まれた意味深な響きに、セシリーが気づくことはなかった。




 三層の休憩地点に、凶鳥バハロスが降り立つ。

 周囲の探索者たちは何事かと思い、バハロスとその背中に乗る集団へと視線を向けた。


「はー、こんなに早く迷宮に着けるなんて便利よね。皆これで迷宮に行けばいいのに」


 晶葉は体を解すように首と腕を回した。


「魔物を使役できるスキル持ちは数が多くないので無理ですね。それに積載量ではリオさんには敵わないので、普段使いはできません。そこは彼の方がずっと便利です」


 杏樹は前に座る永遠の背中に声をかけた。


「久住くん、酔ってませんか?」

「酔ってはないけど、飛んでる途中で下を見たせいかちょっと心臓がバクバク言ってる」


 高度数十メートルの高さから地上を見て恐怖心が湧き上がっていた永遠は、バハロスが固い地面に降り立った時、ほっとした。


「落ちたらと思うと恐怖心が湧いてくるよね」

「風も強かったねー」


 一二三と真夏も気持ちは分かると言いたげな顔をしている。一方、歩と因幡は平然な顔をしていた。


 集まった探索者たちがバハロスの登場に騒ぎ出す中、永遠たちの元へある一団が駆け寄ってくる様子が見えた。永遠たちはその一団の先頭に立つ男に見覚えがあった。クラン《鋼鉄拳》のバーク・カリオンだ。


「レイチェルさん、それにシーリアさんも。なんでまたここへ……」

「おや、バークさんも来てたんですか。後ろにいるのは調査隊に参加していた人たちですよね? もう調査は終了したはずでしょう?」


 シーリアが訊き返すと、バークは釈然としない顔を見せた。


「そうなんですが……なんというか、しっくりこなくて。はっきり言葉にできないんですけどね。嫌な感じが纏わりつくみたいで他のことに手がつかないんです。あいつらも同じ気持ちだったらしくて、じゃあもう少し自分たちで調べてみようってことで」


 シーリアは《鋼鉄拳》の直感と職業意識に好感を抱いた。


「それは心強い。実は私たちもその件で来たんです。皆さんはジャイルズ・ブラックのチーム、それにラドリーとマフールを見ていませんか?」


 バークは何故そんなことを訊くのかと思ったが、すぐに思考を切り替えると後ろの仲間たちを見た。

 ローガンが手を挙げた。


「それなら俺が見ましたよ。確か北東地区の方へ向かってましたね」

「北東地区といったら、かつて農業が盛んだったと云われる場所ですね。あの周辺でコガネドリがいそうな場所ってありましたっけ?」


 シーリアはレイチェルに訊ねた。レイチェルは過去に閲覧した探索報告書の記憶を辿り、必要な情報を抜き出す。


「一番可能性がありそうなのは果樹園跡地ですね。背の高い樹が多く、コガネドリの生態に適しています」

「では、そこへ向かいましょう。バークさん、私たちは果樹園跡地へ向かいます。皆さんも後から来ていただけませんか。もしかしたら人手が必要になるかもしれません」


 バークはその言葉でただならぬ事態が起きていることを察した。彼はすぐに了承すると、仲間たちに指示を出す。

 バハロスは再び飛び立ち、北東を目指す。永遠はほんの僅かな時間で地面から離れたことを残念に思った。

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