女三人、疑念を抱く
迷宮の入場制限が解除されることが発表されてから二日後、王都メイリムの中心部に近いライラード公園に王都の民が集まっていた。この日、公園の敷地内では、王都の各地から集まった大道芸人や音楽家による見世物や公演が行われた。
ライラード公園は、王都メイリムが誕生する前からあった自然を残したまま造成された場所だ。公園ができて間もない頃、数多の芸術家たちが湖や森林に集まり、豊かな自然に囲まれながらインスピレーションを発揮させたと云われている。公園が芸術家たちは僅かな金を出し合い、公園内で定期的に発表会を開くようになった。中には露店で自らの作品を販売する者もいた。この集まりは王都の民の目に留まり、興味本位で訪れた客がちらほらと訪れるようになった。やがて、噂を聞きつけた有名芸術家のパトロンが未来の巨匠を探し求めるようになると、王都の金持ちの目を惹く場として認知されるようになる。集まりで名を売ることに成功した者が現れると、その流れは加速した。いつしかこの集まりは、ライラード公園の正式行事として広く知られるようになった――というエピソードが、伝わっている。
この日、《悠久の城》の佐藤真夏もまた、発表者の一人として小さなステージに立っていた。真夏は人生を謳歌しているように瞳を輝かせ、心地の良い歌声を披露している。ステージを囲む聴衆は、彼女の声色に聞きほれていた。
アマチュアのシンガーソングライターである真夏は、この世界へ渡ってから趣味に打ち込む余裕がなく、不満を抱いていた。これについて仲間たちに打ち明けたところ、祖父江信宏と樹神透から《悠久の城》の名前を市井に売り込む機会だと、ライラード公園でのイベントを教えられた。
祖父江と樹神、これに森重秋音を含めた三人は、《悠久の城》の好感度向上のため、中小のクランやフリーの探索者相手に積極的な営業活動に奔走していた。現在、《悠久の城》への印象はプラスとマイナスが半々といったところだ。前回久住永遠たちが遭遇したような無用なトラブルにこれ以上巻き込まれないためにも、探索者界隈で早急に地位を確立させる必要があったのだ。
結論から言えば、この活動は上々の成果を挙げた。才能ある者への嫉妬はあれど、近づいてその恩恵に与れるならと態度を変える者。《青嵐》や《狐火》等の上位クランへの顔繋ぎを期待する者。純粋に憧れを抱く者。経営者の卵三人は、そういった芽の出ない探索者たちをターゲットに絞り、言葉巧みに交友関係を広めていった。その最中、三人はある探索者からライラード公園で開催されるイベントの存在を教えてもらった。彼らは市井にも名を広めるため、《悠久の城》から誰か参加させられないかと頭を突き合わせていた。真夏が相談したのは、正にそのタイミングであった。
かくして、佐藤真夏は《悠久の城》芸能部門代表として、イベントで歌唱力を披露することとなった。
「ご清聴ありがとうございました!」
歌い終えた真夏が満面の笑顔で手を振ると、聴衆が沸き上がった。彼らはステージの前に設置された箱の中に次々とおひねりを投げ込むと、満足気な表情でその場を後にした。
ステージから降りた真夏は、ステージの脇にいた友人たちの元へ向かう。水城杏樹、竜晶葉、湧井穂菊、夏目緑たち《悠久の城》の仲間四人。これにセシリー・ブランドンとローニャ・メルネスが加わっていた。
「すごーい! 真夏ちゃんこんなに歌上手だったんだ!」
ローニャが興奮して小さな腕をぶんぶんと振り回す。
「これは……十分にお金をとれる水準ですね。本職の方ですか?」
「ううん、アマチュアだよ。動画の再生数とチャンネル登録数には自信あるけど!」
「本当に良い歌を聴かせていただきました。招待してくださって光栄です」
「ふふーん」
真夏はセシリーに胸を張った。
穂菊が感動に震えながら叫ぶ。
「最高! まさか夏天堂ピンクの歌を生で聴けるなんて!」
「夏天堂ピンク?」
杏樹が見知らぬ名前に首を傾げた。
「今動画サイトで滅茶苦茶人気の歌い手なの! 私もチャンネル登録してるわ! まさか、真夏さんのことだったなんて!」
「へー、ただの趣味かなと思ってたら、そんなに凄かったのね」
晶葉は自己紹介で歌が趣味だと答えた真夏の姿を思い出し、予想外の人気に感心の息を漏らした。
「こっちにはパソコンもマイクもないけど、小さなステージ一つあれば歌うには困らないね。満員御礼でどや顔決められるってもんだよ」
「祖父江に頼んで、『マーケット』で音響機器買えるようにしてもらえないかしら」
「頼めば了承してくれると思いますよ。弦巻さんも飼料や肥料の購入を頼んでましたから」
それから真夏たちは、おひねりの箱を覗き込み、中身を確認した。大小様々な硬貨が重なり、山を作っている。真夏が箱を抱えると、ずっしりとした重さが手に伝わった。
「副収入として悪くなさそうね」
「お金は沢山あって悪いことはないからね!」
「本当。心底同意するわ」
晶葉は一人で納得するように言った。
「探索がないと稼ぐこともできませんから、こういう時は他に特技を持っている人が羨ましいですね」
杏樹の言葉に、穂菊が返した。
「スキル持ちは食うに困らないと教えてもらったけど、力仕事しかできないとそれはそれで困ることあるもの。図師さんみたいに生産系スキルを持ってる人たちは有利よね」
《悠久の城》に所属するメンバーの中に生産系スキルを持つ者は、図師心をはじめとして数人いた。彼女たちは探索や訓練の合間に工房へ赴き、魔法道具を製作する練習を自主的に実施していた。
緑が言った。
「でも、一昨日迷宮の入場制限が解除されると発表されましたから、他の探索者はほっとしてるでしょうね」
「一週間くらいかかったわね。結局“住み替え”したっていう魔物は見つからなかったんでしょ?」
「まあ、何事もないならなんでもいいけど」
晶葉はもう興味がないと言うように、ミズヌシの話題を頭から取り去った。
「でも、うちらはミラさんたちの予定合わなくて、探索再開するのはもうちょっと先になりそうなんだよねー。また日を改めて歌おうかな」
「セシリーさんとローニャさんは、すぐに迷宮へ入るつもりですか?」
「うん、ジャイルズがもう計画立ててるらしくてね。ラドリーさんとマフールさんと一緒に、三層に行く予定なんだ」
「ああ、あの二人ですか。気の良い人たちでしたね」
二人と面識のある緑が微笑んだ。
「新人に優しい人たちなんだよ。皆の力にもなってくれるよ」
ローニャもまた気楽そうに応じる。しかし、セシリーは疑いに瞳を細めていた。
「……正直私は怪しいと思っているのですが」
「え、なんで?」
ローニャがきょとんとする。
「確かのあの二人は新米探索者には気前が良いことで知られていますが、良くも悪くもビジネスライクで損をする真似に走るような人たちではありません。ご存じのとおり、私たちはジャイルズの悪評が原因で落ち目です。確かにスキル持ちのジャイルズが役に立つのは事実ですが……だとしても、あの二人がジャイルズのリスクを許容するとは思えません」
「もう、セシリーちゃんは心配のし過ぎだよ。別に悪い噂なんて聞かないじゃない」
「そうそう。私はそいつらのことよく知らないけど、考えすぎもよくないんじゃない?」
「そうでしょうか……」
ローニャと晶葉に諭されても、セシリーは不安を燻らせるように呟いた。
杏樹はジャイルズ・ブラックの現状が気になり、訊ねてみることに決めた。
「ところで、ジャイルズさんの様子は如何ですか?」
「ああ、この前のことならもう気にしてなかったよ。ここ数日は機嫌良くて、私たちもほっとしてるんだ」
「良かった。因幡くんも特に問題なさそうだから、もう大丈夫とみていいかな?」
真夏が安心したように言うと、杏樹はほんの一瞬、誰の眼にも気づかれないほど僅かに頬を緊張させた。
「……そうですね。因幡くんは大丈夫だと思います」
彼女の脳裏には、因幡ではないもう一人の男子生徒の顔が浮かんでいた。
「いつか一緒に探索に行ける日が来るといいねー」
「そうだねー」
真夏とローニャが呑気に語り合う様子を見つめながら、杏樹はどうしたものかと悩んだ。
杏樹たちが“守護者の家”に帰還したのは、日が落ちかける頃だった。
「ただいまー」
一階ラウンジでは、複数の生徒が談笑して寛いでいた。久住永遠と織田晴臣が、最初に五人を出迎えた。
「おかえり。ライブはどうだった?」
晴臣が訊ねる。真夏はピースサインを作った。
「大盛況! 《悠久の城》の良い宣伝になったんじゃない?」
「そいつは結構。名前を知ってもらうことと、好印象を抱いてもらうことは、マーケティングにおける基本中の基本だ」
「ザイアンス効果は偉大です。佐藤さんには引き続き《悠久の城》の宣伝と広報を担当してもらいましょうか。クランの経営が軌道に乗れば、新しい収入源としても期待できそうです」
祖父江信宏と樹神透が結果を聞き、満足そうに笑う。晶葉は胡乱な目で二人を見つめた。
「あんたたちは金儲けができて心底嬉しそうね」
「当然だ。金は最も視覚的、数量的に理解しやすい富の形。成功を体感するには欠かせん」
「お金を厭う人間がお金に愛されることはありません。僕が幼い頃に学んだ理念です。竜さんは、あまりお金儲けが好きではなさそうですね?」
晶葉はその問いには答えなかった。その代わり、廊下の奥から聞こえてきた誰かが小走りするような音と声に反応して、視線を向けた。
「なんかバタバタしてるわね」
「訓練の再開はまだ先になるけど、予め準備しておこうって工房組が頑張ってるんだ」
永遠が回答した。
《悠久の城》は、早急に迷宮探索に必要な装備品や消耗品を揃える手間に追われていた。魔力資源を売却して得た金で購入できる分については、管理人のデリア・サイレムの伝手を頼りに信頼できる商人から確保していた。ここで図師心たち生産系スキルを持つ生徒たちが声を上げた。彼女らは装備品を購入する際に、古くなったものや壊れたものも安値で引き取った。スキルを鍛え上げる練習台とするためだ。生産系スキルは実際に物を作る作業にかからなければ、成長は望めない。そこで使い道のなくなった装備品を使って構造や性質を調べつつ、スキルの実験に使うことにしたのだ。工房は俄かに活気づいていた。
「工房の方は図師様が差配なさっています。今はまだ手探りの状態ですが悪くないかと」
祖父江と樹神に茶菓子を運んできたメイドの猫田真琴が言った。デリアの補佐として事前に工房の掃除と器材の手配をした彼女は、設備が十全に稼働していることにささやかな達成感を抱いていた。
杏樹が永遠に訊ねた。
「それで、探索の再開はいつ頃になるか分かりましたか?」
「ああ、それなら今応接室にミラさんが来てるよ。白坂先生と今後のスケジュールの相談してる……と、噂をすれば」
永遠の視線に釣られて杏樹が西側の廊下を見ると、白坂菖蒲とミラ・バルトハイムがやって来るところだった。杏樹はミラに挨拶をした。
「先生、予定はどうなりましたか?」
「《青嵐》が今取り掛かっている別件が長引きそうで、最低でも一週間は空きます。その後のことは、また状況を見て話し合うことになりました」
菖蒲は残念そうな表情で晴臣に答えた。
晴臣は親に菓子をねだる子どものような淡い期待を込めてミラを見た。
「あの、俺たちだけで行くって駄目ですか?」
「我々がお前たちに強制する権利はまったくないが、心配になるというのが本音だ。過保護かもしれんが、迷宮に慣れるまでは新人探索者は監督者と一緒にいた方がいい」
「駄目かー」
晴臣は肩を落とした。
「デリアさんに頼めたらいいんだけど……」
永遠が目線で真琴に訊くと、彼女は否定の意思を見せた。
「デリア様はあくまで管理業務に専念し、直接的な指導はしないとの方針を出されています。特別な事情がない限りは動かないでしょう」
「ただ、有益な話を話してもらうことはできるだろう。迷宮探索の第一人者だ。話一つでも値千金だ」
《累月》の黄金期に名を連ねるデリア・サイレムの話を聴けるなら、大金を払ってもいいという人間は山ほどいるだろうとミラは思った。
永遠は顎に手を当て考えた。
「じゃあ、しばらくは時間空くな。どうしようか……」
「私は徳山様と共同で、迷宮産の食材を用いた料理の研究に勤しむとしましょう」
「私は積んでる本を読破しないと……」
「俺は……黛たちと自主練するか」
皆が今後の予定を決める中、穂菊が言った。
「うーん、セシリーさんとローニャさんが羨ましいわね。制限が解除されたらすぐ迷宮行くらしいわ」
「そうなんだ?」
「ラドリーさんとマフールさんという二人組の探索者と臨時で組むそうです」
杏樹が説明すると、既に面識のある祖父江が口を挟んだ。
「あの二人か。探索者になって三年目と話していたが、三年であの様子ではそれほど実力があるわけではなさそうだ」
ミラは「ふむ」と小さく呟いた。
「私は接点が薄いからよく知らないが、リオが言うにはそこそこやれる奴等ではあるらしい」
「へー」
樹神は興味なさそうに返した。彼の頭の中は知らない探索者の話題より、《悠久の城》の今後の経営方針をどうするかでいっぱいだった。
「それじゃあ私はお暇するとしよう。もし今の仕事が早く片付けば、すぐに連絡する」
「はい。無事にうまくいくことを祈っています」
ミラは別れを告げると、“守護者の家”を後にした。真琴は玄関の外に出て、ミラの後姿を見送った。
一階ラウンジにいた生徒たちはそれからすぐに解散すると、建物のあちこちへ散らばっていった。永遠と杏樹は寮へ帰るため、連れ立って歩き出した。
「……」
並んで歩く二人の姿を、二階ラウンジから無言で見下ろす少女がいた。
少女はしばらくその場に佇んでいたが、やがて溜息を吐くと踵を返した。
ミラ・バルトハイムが“守護者の家”を辞した後、白坂菖蒲はクランマスター用の執務室へと移った。
一年四組の中で唯一の大人としてリーダーに推薦された菖蒲は、デリア・サイレムからかつてのクランマスターが使っていた執務室を宛がわれた。執務室は、暗い色合いの壁紙と木の板が張られた床が静謐な印象を与える部屋だった。年季の入った机や椅子からは木の香りが漂い、壁際の棚には過去に《累月》のメンバーに授与された勲章が、大事そうに飾られている。学校の校長室にも似た雰囲気の部屋を、菖蒲は存外気に入っていた。
菖蒲が椅子に腰かけると、木が軋む音がした。
(それにしても、あの質問……)
菖蒲は天井を見上げながら、十分ほど前にこの部屋でミラから投げかけられた質問を思い返した。
今後の予定について話し合い切り上げようとした時、ミラはふと思いついた顔で菖蒲に訊ねた。
「白坂先生。一つ伺いたいのだが……貴女たちが元いた学校は、優秀な学生が通う名の知れた学校だったらしいな?」
「え? はい、そうですけど」
菖蒲は唐突に悠城学園の話題を出されたことに困惑しつつも、冷静に答えた。
ミラは真っ直ぐ見据えながら、続けた。
「一つ気になったことがあってな。これまで見てきた限り一年四組の生徒たちは皆冷静で、この世界に突然迷い込んだにもかかわらず順応しているように見える。年齢の割に大人びている者が多いというか……もしかして、この学級は貴女たちの学校の中でも、特に優秀な者ばかりを集めたのだろうか?」
「いいえ。違いますよ」
菖蒲は否定した。
「新入生のクラス分けは、学年主任の先生や他のクラスの担任の先生たちとの協議で決めました。だから、特に優秀な子が集中しているわけではありません。他所の学校なら成績上位者だけで固めたクラスもあるでしょうけど、悠城学園にはありませんから」
「ならば、悠城学園の合格者自体が高い基準で決められているということは?」
「それもないですね。勿論悠城学園が東京――私たちの国の首都でも有数の進学校であることは事実ですけど、他の進学校と明確な差異があるとは思えません。入試の内容も難しいといえばそうですが、それは他の学校出も同じですので……」
「では、一年四組の生徒が揃って優秀なのは、偶然才能ある者が集まっているだけか?」
菖蒲は躊躇いがちに答えた。
「……そうなりますね。確かに、物分かりの良い生徒が多いなとは思いますが」
「ふむ……いや、答えてくれてありがとう。ずっと気になっていたのでな」
「いえいえ」
ミラはそこで質問を打ち切った。菖蒲は何故ミラが奇妙な質問をしたのか、その意図に凡そ察しがついていた。
(あの質問は、私たちの身元について探りを入れる意図があったのでしょうね。あちら側からすれば、私たちは明白に怪しい存在です)
大量の漂流者。全員に覚醒したスキル。何か裏があると考える者がいても不思議ではない。結成したばかりのクランにシーリア・ラングが専属職員として付いたのも、同じ理由だろう。
(といっても、私が知る限り生徒たちに裏なんてないんですよね。疑われても答えられることなんて皆無なんですけど)
菖蒲は四組の生徒たちに顔を次々に思い浮かべた。リーダーシップに優れた織田晴臣と水城杏樹。冷静沈着な陶山千紘。ムードメーカーの帆足歩と小松茶々。皮肉屋だが時折寂しげな目つきを見せる稲荷貴恵。癖が強いが、誰もが菖蒲にとって大切な生徒であり、護るべき対象だった。
(ああ、でも今年の入学者といえば――)
だが、ある生徒の顔を想像した時、菖蒲はミラの質問に対して明かさなかった事実があることに気づいた。
(彼は入学に際して少しばかり問題となった生徒でしたね。まあ、これはみだりに口外していい話でもないので、語る必要はないでしょう。ましてや、本人の知らない場所で勝手に明かすなど以ての外です)
久住永遠と水城杏樹は寮までの道程を歩みながら、予定について話し合った。
「織田は自主練か……俺はどうしようかな」
永遠は、訓練が再開されるまでの期間をどう過ごすべきか考えあぐねていた。
「そうですね……『絆』による身体強化の練習はどうですか?」
「んー。やらないよりましだろうけど、なんというか性に合わないんだよな。体を強化して敵を殴るっていうのが。元々アグレッシブな性格じゃないし」
永遠の回答を聞いて、杏樹は笑った。
「ああ、それは私も分かります。私の『聖痕』も身体強化して攻撃するタイプのスキルですけど、自分で違和感覚えてます」
「『絆』を紡ぐと力が増すのは分かってるけど、他に伸ばせる方向とかないかな……」
一年四組の生徒と絆を紡ぐことで力を得る。絆の数だけ力が増す。永遠のスキルは単純だが、それ故にどのように成長させればいいのかアイデアが浮かばなかった。効果が具体的なスキルと異なり、漠然とし過ぎて何から手をつけていいか分からなかったのだ。仕方なく、彼は力を得るという言葉をそのまま優れた身体能力を得ることと捉えて使っていた。
「スキルは様々な方向に成長させられる、とは教えてもらいましたけど、元々のスキルが漠然としている場合は難しいですね。スキルは発現と同時にどのような効果を発するか決まるといいます。ですが、その効果の解釈次第では思いもよらない使い方もできるとも教えてもらいました」
「祖父江の『マーケット』なんかは分かりやすい例だよな。単に“その場にいながら商品を購入できる”ってスキルを、地球の商品を買えるスキルとして特化させた。じゃあ、『絆』はどういう形で成長させるのがいいんだろう?」
「“絆を紡ぐと力を得る”ですか――」
杏樹は力という言葉の意味を広く捉えることができれば、新しい活用方法を発見できるのではと考えた。
「ちょっと焦るな。今のところ紡いだ絆は星加と猫田さんの二つだけ。このペースで大丈夫かな?」
「約一ヶ月で二人は早いと思いますよ。絆を紡いだとみなされるには、相手側が心を開かないと駄目なんですよね? 寧ろ、凄いことですよ」
「でも、四十人も対象者がいるなら、まだまだやれるんじゃないかとも思えるんだ。もしかすると、もっと大勢と絆を紡ぐことを前提としたスキルかもしれないし」
永遠は思いの外自分が積極的になっていることを自覚して、内心驚いた。ほんの少し前まで、ぼっちを自称していたとは考えられない振舞いだった。それはスキルによって力を得たという成功体験が背中を押したのか。永遠は人と深く接することが前ほど窮屈ではないと感じていた。
(強くなってただ終わりというだけじゃない。まだ、先を目指せるはずだ)
絆を紡ぎ、力を得る。では、力とは何か?
永遠はそこに糸口を見出そうとした。
「ねえ」
突然背中から声をかけられ、永遠と杏樹は立ち止まった。二人が振り返ると、そこに立っていたのは意外な人物だった。
「淡路さん?」
杏樹が目を丸くした。
淡路祐希は不機嫌そうな表情を浮かべ、すたすたと歩み寄ってきた。
「えっと、何か用?」
永遠は思わず声を上擦らせた。淡路祐希はこの世界に来てからというもの、まともにクラスメイトと交流したことのない生徒だ。常に何かを警戒するように目つきを鋭くさせ、話しかけてもろくに受け答えしない。口の悪い稲荷貴恵とは異なる意味で、問題ありと認識されている。そのような彼女が自ら他者に声をかけるなど、初めての出来事だった。
祐希は射貫くような視線で二人を見つつ訊ねた。
「あんたたちが仲良くしてる現地の探索者たちが、明日迷宮に行くそうだけど。ラドリーとマフールって二人組と一緒だってね」
「ええ……そうらしいですけど、それが何か?」
杏樹は相手の真意が掴めず、様子を窺うように答える。
祐希は数秒沈黙した後、言った。
「あんたの友達に忠告しといた方がいいわよ。あのラドリーとマフールって奴等、根っからの悪だから。付き合えば間違いなく痛い目に遭う」
「え?」
杏樹は思わずぽかんと口を開けた。
祐希は続けた。
「朗らかで人当たりの良いように見せて、他人を利用することに躊躇いがない。あいつらはそういう手合いよ」
彼女はそう言うと、もう用は済んだとばかりに背を向けた。
「じゃ、ちゃんと伝えたから。後で知らなかったなんて言わないでよ」
祐希は何事もなかったかのように歩いていく。
永遠と杏樹は唐突に現れ唐突に去る少女を見つめ、ただ立ち尽くすしかなかった。




