成果なし
クラン《鋼鉄拳》のクランマスターであるバーク・カリオンは、《メイリム都市迷宮》の第三層にいた。バークは困惑した表情で頭を掻いている。
「どういうことだ……?」
バークの言葉に、前方の地面を調べていたクランメンバーのアインとローガンが答えた。
「全っ然見つかりませんね」
「ああ、この階層にいたのは確かだ。なのに、なんで見つからないんだ?」
ローガンは不機嫌そうに周囲を見回す。彼の視界に人の気配が消えた廃墟の群れが映る。彼に返事をしたのは静寂だけだった。
(おかしい。こんなことあり得るか? 探知系のスキル持ちも総動員しているんだぞ?)
アインとローガンが第三層でいるはずのないミズヌシを発見したのが、五日前のこと。その後、バークが速やかに迷宮管理局にその事実を報告し、局は直ちに入場規制を発令した。そして、“住み替え”したミズヌシの捜索を、上層到達の実績を持つ探索者たちに委託した。委託されたのは、第二十五層に到達した実績のある探索者だ。《鋼鉄拳》も委託されたクランの一つだ。ライアック・バルトハイムとは一つ違いのバークは四十層まで到達したベテランであり、ミズヌシを発見したアインとローガンも彼に次ぐ実力者だ。五日前、彼らは《青嵐》と《狐火》と同じように、新人探索者の指導のため下層探索に同行していた折りに、問題に遭遇した。
バークは第一発見者を擁するクランとして、意欲的に捜索する姿勢を見せた。ミズヌシを発見しながら討伐できずに見逃してしまったことは、《鋼鉄拳》の落ち度だった。失敗を清算するために、バークは自分たちの力だけで解決したかった。
彼はクランの持てる力を惜しみなく出すことにした。ミズヌシがどこに隠れようとも見つけ出せるように、見えない場所に潜む生命体の位置を特定できる探知系のスキルを持つメンバーも複数同行させた。変種と思われるミズヌシが通常の個体より強力である可能性を考え、バークと同程度の力量を持つ幹部も出した。誰が見ても万全の体制だと頷ける編成だった。
ところが、五日間、どれだけ第三層を巡ってもミズヌシの姿は見当たらなかった。
(ミズヌシは狭い場所でも核が通れるならどこでも入り込める。古い水道管の中に潜んでいる可能性もあるから、探知系のスキルで地中や壁の中も入念に調べさせた。だが、どこを探しても見つからない)
ミズヌシの最も厄介な性質は、核が入り込める大きさであれば狭い場所でも移動することができる点だ。そのため、壁の中や地下の空洞部分の捜索は地上部分よりも重点的に行った。しかし、得られた成果はミズヌシがそこを移動した痕跡に過ぎなかった。
アインがぼやくように言った。
「痕跡自体はあちこちで見つかってるんですけどね」
「特に多く痕跡が残されているのは、冥樹に近い区画だな。この辺りを根城にしているはずなんだが……」
ミズヌシが移動した際に地面や壁に残したと思われるゲルの一部は、第三層の各地で発見されている。それらの痕跡は迷宮中央に佇む冥樹の周辺を取り囲むように多く残されていた。この事実から、ミズヌシは特に冥樹の周辺で活発に動いていると予想された。
(痕跡の量からして頻繁に表に出ているのは揺るぎない。だというのに、誰一人として目撃者がいない。何故だ? これは何を意味している?)
バークはミズヌシとは何度も戦った経験がある。専門家ではないが、その性質は理解しているつもりだった。だが、彼が持つ常識はどれも今回の事例には当てはまらなかった。
「バークさん、どうします?」
アインの問いかけに、バークは考える素振りを見せたが、やがて諦めたように口を開いた。
「……ここで悩んでいても仕方がない。一先ず迷宮管理局に報告しよう」
「――というわけで、この五日間どれだけ三層を捜索しても“住み替え”したミズヌシは発見されませんでした」
迷宮管理局王都本部の一室で、シーリア・ラングは主任情報官アナリス・コートに、《鋼鉄拳》からもたらされた報告の内容を説明した。今年で三十五歳になるアナリスは、砂糖のたっぷり入った紅茶のカップを執務机に置くと、小さく唸った。
「ふーむ、おかしな話ねえ。ミズヌシがいたのは間違いないのよね?」
「ええ、回収された試料を研究所で分析してもらいました。分析を担当した職員によれば、ゲルの乾燥具合からして少なくとも昨日まではいたはずだ、とのことです」
「で、昨日までの調査では見つかってないと」
「ええ……十チームで三層全体を探索させましたが、誰一人としてミズヌシに遭遇していません。念のために二層も調べてもらいましたが、こちらには痕跡が一切残っていませんでした。二層には下りていませんね」
アナリスは先祖の白銀狼から受け継いだ艶やかな銀髪を撫でながら、難しい顔を作ってみせた。
「そもそも、二十層から三層まで下りてくること自体が変よねえ。その間も目撃されてないんでしょう?」
「ですね。今のところ目撃したのは《鋼鉄拳》の二人だけです」
「そのミズヌシ、変種の可能性が危惧されてるのよね。もしかして透明になる能力とか持ってないかしら?」
アナリスは変種の魔物が、通常の個体にはない性質を獲得している可能性を指摘した。それに対して、シーリアはゆっくりと首を横に振った。
「姿を消して移動していると? それならバークさんたちが襲われていないのは不自然だと思いますよ。見えないだけでいるというなら、被害の一つや二つ出ているはずです」
「うーん。このまま何も見つからなければ、もう上層に戻ったとみなして制限を解除せざるを得ないわねえ……」
シーリアは同意した。
「下層の探索者たちの不満も溜まっていますから、あまり解除を先延ばしにはしたくないですね。ですが、何も分からないままというのが不安です」
「貴女はどう思う?」
アナリスは透き通るような青い瞳で、シーリアを見据えた。
「どうと言われましても……引っ掛かる部分があって嫌な感じがするとしか言えません」
「この前の氾濫みたいに?」
シーリアは片方の眉をぴくりと動かした。表情に変化はないが、僅かに不快感が滲み出ているのをアナリスは見逃さなかった。
「貴女は《悠久の城》が関係していると思う?」
アナリスは切り込むように問いかけた。シーリアは誤魔化すのは得策でないと考え、正直に答えることにした。
「根拠のないただの勘ですが。ただし、彼らが何らかの陰謀に関わっているとは考えていません。彼らはただ巻き込まれただけでしょう」
「それもまた根拠のない勘ね。随分入れ込んでいるじゃない?」
「任務を疎かにはしていませんよ。その上で下した結論です」
アナリスはにんまりと面白そうな笑みを浮かべた。
「貴女を専属職員に任命したのは正解だったわねえ。今までは探索者課の窓口業務が多くてあまり楽しくなさそうだったけど、ここ最近は活き活きとして肌に艶が出てるじゃない?」
「そうですか? 自覚はありませんが……」
「やっぱり貴女はこういう仕事が似合ってるわ。私の後を継ぐなら貴女が一番ね。貴女の姉はあんまり可愛げないし」
「姉さんとは比べないでください。あれとは」
迷宮管理局の探索者課職員にして《悠久の城》の専属職員――真の身分をアナリス・コート直下の秘密情報官とするシーリア・ラングは、苦手意識を持つ姉を話題に出されて心底嫌そうな顔を見せた。今は任務で王都を離れている姉。いずれ帰還した時、彼女が《悠久の城》にどんな反応を見せるか想像して、シーリアは微かに頭痛を覚えた。
「ま、ちゃんと仕事をしているなら他のことに口を出す気はないわ。それで任務に問題はない? 何か困ってることがあれば言いなさい」
「現状大きな問題があるわけではありませんが……陶山千紘は私の正体に勘づいているみたいです」
「元の世界で探偵だった子ね。スキルは『観察眼』だったかしら。それで看破されたの?」
「恐らく。ただ、敵意や警戒心はほとんど見られません。私の立場を考慮した上で容認しているのだと思います」
「賢い子だこと。協力関係は築けそう?」
「こちら側から持ちかけるのは止めた方がいいでしょう。必要があれば彼女の方から接触してくるはずです。彼女にはその判断ができますから」
アナリスは苦笑した。
「本当に優秀な子ばかりねえ。リジーが作為性を疑うのも無理はないわ」
《青嵐》と《狐火》からの報告は、シーリアを通じてアナリスにも上がっていた。アナリスはリジーが唱えた一年四組の生徒たちの共通項についてに関する考察に、大きく興味を惹かれていた。
「それで、制限解除の件は……」
「報告を纏めて明日には決定を下すわ。多分解除で決まると思うけど」
アナリスの予想は的中した。翌日、迷宮管理局は三日後に、迷宮の立入制限を解除する旨の発表を行った。
迷宮の制限解除が発表された後、ジャイルズ・ブラックは住まいとしている探索者向けの貸家で歓びの声を上げた。
「やっと解除だ! 待ちくたびれた!」
ジャイルズは、同居人のセシリー・ブランドンとローニャ・メルネスの方へと振り向く。
「解除されたら早速迷宮に行くからな。二人とも準備は整えておけよ」
「はーい」
「それはいいですけど、この前のようなことは本当にやめてくださいね?」
セシリーが《悠久の城》との一件を引き合いに出すと、ジャイルズは鼻を鳴らした。
「何度も言わなくても分かってるって。もうあんな奴等気にしねえよ」
彼が機嫌良さそうな薄ら笑いを見せると、セシリーは訝しんだ。
(妙ですね。あのジャイルズがトラブルを引き摺らないなんて……いつもなら不満を貯め込むというのに)
ジャイルズは思い出したように付け加えた。
「そうそう。次の探索は、ラドリーさんとマフールさんと組むからな」
ローニャは目を丸くした。
「え? そうなの?」
「初耳ですよ。いつ決めたんですか?」
「前に会った時に持ちかけられたんだ。とにかくそのつもりでな」
「ラドリーさんとマフールさんかあ。気前の良い人たちだし経験も長いから、安心できるかな」
ローニャは気の抜けた顔でのほほんと言った。しかし、セシリーは疑るような目つきを幼馴染の少年へと向けたままだった。




