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絆クエスト:因幡七曜④

「――とまあ、天馬はいついかなる時でも己の考えを曲げる輩ではなかった。一度信じたことには自負と責任を持ち、ひたすらに押し通した」


 因幡が語る石動天馬の人柄に、歩は素直に感心した。


「学校で一番の権力者相手でも退かないってのは相当肝が据わってるよね。でも、今の話を聞いた限りじゃ、因幡は天馬のことを結構気に入ってたみたいだけど?」


 絶対的な王たる因幡。その支配体制に風穴を開けた天馬。本来であれば衝突し合う関係のようだと歩は思った。だが、懐かしそうな因幡の表情には、天馬に対する悪感情は微塵も見受けられなかった。


「……そうだな」


 因幡は小さく頷いた。


「最初は、単なる好奇心だった。他の連中よりは刺激を与えてくれる変わり者がやって来た程度にしか考えていなかった。だが、間近で奴を見続けるうちに、抱く感情は次第に変わっていった。王を前にしても臆さず、(あまつさ)え対等であろうとする。驕りでなく、心の底からそうあるのが当然だと確固たる信念を持って行動していた」

「回りくどいね。要するに?」


 歩は因幡が意図的に勿体ぶった言い回しをしていることを、直感的に理解した。彼が真に言わんとしていることが何なのか、明確に言語にするよう促す。

 因幡は目を細くして、談話室の入口の方へと向けた。それからすぐ視線を歩へと戻す。外では雨が地面を打つ音が、変わらず響いている。


「はっきり言おう。俺は奴を――石動天馬を、友だと思い始めていた」




 因幡と天馬の距離感は、時間と共に徐々に縮まっていった。

 天馬の成績は、因幡に次いで二番目に高かった。海外にいた頃に英才教育を受けたと語るだけあって、その頭脳は因幡に引けを取らなかった。それ故に、天馬には因幡の視点や物事の考え方についていけることができた。それは因幡にとって打てば響くような話し相手ができたことを意味し、それが心地よくて仕方がなかった。


「なあ、因幡。一つ相談があるんだけど……」

「どうした」


 ある日のこと、天馬は珍しく緊張した顔つきで頼み込んできた。


「あのさ……もし良ければ、投資について教えてくれないか? できれば経済とか経営とかも」

「……これまた異なことを言い出す」


 因幡は目を丸くした。天馬はそれまで因幡の得意分野に関して、大きな興味を抱いたことはなかった。


「いや、深い理由があるわけじゃないんだ。ただ、折角ならお前の言ってることをちゃんと理解できるようになった方が良いかなと思ってさ。それに自分で稼げる手立てがあれば、何かと便利だろ?」


 因幡は笑った。目的は漠然としているが、積極的に学びを得ようとする天馬の姿勢を、因幡は気に入っていた。


「俺と同じ世界を見て、偉大な一歩を踏み出したいか。貴様もなかなか貪欲だな」

「そこまでスケールでかくないぞ?」

「まあ、よい。放課後でよければ我が城へ来るがいい。今、通信教育で人気の『因幡七曜の5歳からわかる帝王学講座』の特別受講生にしてやる。三ヶ月も経つ頃には、一端の投資家として名乗れるようになるだろう」

「お前本当手広くやってるな……」


 こうして、因幡は自分が持つ知識や経験を、出し惜しみすることなく天馬に授けた。天馬の吸収は早かった。彼は王が持つ強みを取り入れ、昇華し、めきめきと力をつけていく。その過程を見ることが、因幡の密かな愉しみとなっていた。自分以外に誰もいないと思っていた領域に、手を伸ばそうとする人間がいる。その事実が、王の孤独に包まれていた因幡の中に差し込む光となった。この頃になると、因幡は天馬を「最も自分に近い人間」と認めるようになっていた。

 理解者の登場。因幡七曜は石動天馬の存在を、心から受け入れた。

 そして、天馬の輝きは因幡だけでなく、学校の生徒たちをも強く魅了した。新たな希望の萌芽に、彼らは大きく沸いた。


「最近石動くん凄く目立ってるよね」

「因幡くんの影響で投資始めてお金稼ぐようになったんだって」

「勉強でもスポーツでも因幡くんと張り合ってるよね」

「前は因幡くん単独トップだったのに、今じゃ二大巨頭なんて云われてるし」

「因幡くんから石動くんに乗り換えた人も多いって聞いたよ」

「正直前の雰囲気好きじゃなかったから、石動が編入してきてくれて良かったな」

「おい、そういうこと口にすると因幡の子分たちが言いがかりつけてくるぞ」


 中学二年の秋頃、学校内の勢力図は大きく変わりつつあった。因幡に対抗できる存在。それでいながら、因幡も手出しせず静観する立場。そのように認識された天馬に近づく生徒が、一人また一人と現れだした。最初は因幡を快く思っていなかった生徒たちが。少し時間を置いて、強者に靡くだけだった生徒たちが潮目の変化を察して、因幡から離れて天馬につくようになった。一度流れの方向が変わると、誰にも止めることはできなかった。夏休みを終えて二学期を迎えた時には、既に天馬をリーダーに据えようとする派閥が誕生していた。

 天馬は“友人”が増えることは歓迎したが、頂点の首を挿げ替えようとする思想には苦言を呈した。彼は因幡とは対等な友人関係であり、今の体制を崩す意図は一切ないと宣言した。しかし、天馬の支持者たちは納得しなかった。彼らは閉塞的な環境への不満をずっと内心に渦巻かせていて、その状況を打破できる可能性をみすみす見逃すなどあり得ない選択だったのだ。


 その空気感は、因幡の取り巻きたちにも伝わっていた。


「七曜さん、ヤバいっすよ。石動が調子に乗り始めてから、因幡さんに逆らう連中が増えてきたんです」

「このまま放っておいたら追い落とされますよ」


 彼らは以前釘を刺されたにもかかわらず、王に進言することを決めた。因幡が引き摺り降ろされることは、彼らにとって死活問題であった。

 因幡はうんざりした調子で答えた。


「天馬が現在享受している恩恵は、すべて奴自身の力と人望で勝ち取ったものよ。誹りを受ける謂れはない。むしろ、己の価値を証明できない俺の方が不甲斐ないというだけの話だ」


 因幡は今の流れを元に戻そうという気はなかった。支配体制を再び取り戻すには、天馬を排除するほかないからだ。彼は地位を失うことよりも、天馬との関係性が壊れることを恐れた。また、因幡にはもう王の椅子への興味も薄れていた。孤独な王に固執する理由が、彼にはなかったのだ。既に石動天馬という何よりも代えがたい存在が傍にいるからだ。天馬が次の王になったとしても、自分は何の感慨もなくすんなり受け入れられるだろうと、因幡は考えていた。


「そんなわけないでしょう! そもそも石動がここのところ成績が伸びたのも、七曜さんがあいつにいろいろ教えてるお陰じゃないですか!」

「七曜さんに助けられた奴も、石動派に回ってるんですよ! 赦しちゃおけねえ!」


 鼻息を荒くする男子生徒たちに、因幡は否定するように首を振った。


「俺とてあいつから学ぶことはあった。その点はお互い様だ。ただ、あいつが俺から吸収する量が、より多かっただけだ」


 天馬は因幡から投資について学ぶ対価として、自分の知る海外情勢の知識について因幡に与えた。彼には外交官を務めていた父親の交友関係を通じて、それらを知る機会があった。戦争、災害、裁判、技術開発。行政や企業を取り巻く様々な話題は、因幡の知識欲を大いに満足させた。


「因幡ー、そろそろ帰ろうぜ」


 空気が読めないのか、敢えてそうしているのか、天馬の誘う声が届いた。


「ああ、そうするか。では、また明日な」


 因幡は揃って途方に暮れたような表情をしている臣下たちを置き去りにして、天馬と肩を並べて去っていく。


「ところで、お前聞いた? お前と同じくらいやり手の学生投資家がいるって噂。どっかの小売チェーンの社長の息子らしいんだけど、物凄い守銭奴と有名なんだって」

「小耳に挟んだことがあるな。何かにつけて商売に結びつけるほどの根っからの商人気質で、商売の種さえあれば砂漠だろうが密林だろうが赴くというバイタリティの持ち主らしいな」

「SNSで流れてた話だと――」


 二人は歩きながら、和気藹々と言葉を交わす。

 夕焼けが、二人の後ろに長い影を差していた。


(このままでもよい。俺はそれ以上望むことはない)


 この時、因幡は何事もなく日常が続いていくものだと、根拠もなく確信していた。




 年が明けた一月。因幡たちは三学期を迎えた。学校の空気は相変わらずだった。多少落ち着いたとはいえ、因幡派と天馬派の確執は未だ続いていた。

 そんな空気の中、始業式から数日後、教室で因幡は天馬から一枚のチラシを渡された。金の装飾が施された首飾りの背景に、禍々しいオーラのような何かが描かれている。


「『呪われた秘宝展』?」


 因幡はチラシに大きく書かれた文字に目を通した。


「そう、今度の二十日から朱里(あけざと)グランドシティビルで開催されるやつ。一階の掲示板にも広告が張ってあるの見ただろ? 曰くつきの美術品なんかを集めて展示するんだよ」


 そう言って天馬は懐から二枚のチケットを取り出した。


「俺の父さんが海外にいた頃に仲良くなった美術館オーナーが貸し出してる美術品もあるんだ。父さん経由で貸出交渉が決まったらしくて、そのお礼に入場券を二枚貰えたんだけど、父さんも母さんも用事があっていけないから、俺に譲ってくれたんだ。暇なら一緒に見に行かないか?」

「美術鑑賞か……悪くないが、男二人というのも味気ないな。松井は誘わんのか?」


 因幡は、教室の隅に座る松井をちらりと見た。

 天馬は突然動揺して表情を歪めた。


「いや、なんでそこで松井さんの名前が出てくるんだよ」

「いつかの校舎裏の一件以来、そこはかとなく距離感が縮まったように見えたが、錯覚だったか?」


 天馬が支持を集める中で、特に松井と親しくなっていたことを、因幡は知っていた。因幡が知る限り、二人が一緒にいる場面は多々ある。天馬が因幡の次に話す人物が彼女だった。因幡の都合が合わない日の放課後、天馬が教室で松井に勉強を教える光景を見た者が多くいた。


「まあ、それはいいんだよ別に。松井さんのことはまた違う機会に……」


 天馬は露骨に話題を逸らした。


(語るに落ちているが、敢えて指摘はすまい)


 因幡は友人の恋路を揶揄うのは止めにした。


「とにかく、行くよな? 個人的に興味ある品があるから行ってみたいんだ。それにお前は美術品への造詣も深いから、良い話し相手になってくれるだろ」

「いいだろう。二十日以降で空いている日は……その次の週の土曜でどうだ?」

「分かった。それでいいぜ」


 因幡七曜は、この時の何気ない判断を今なお後悔している。

 もし、違う日を選んでいれば。もし、誘いを断っていれば。

 あるいは、異なる結末が待っていたかもしれないと思い続けていた。




 因幡の話に聞き入っていた歩は、愕然とした表情を浮かべた。


「『呪われた秘宝展』……? それって確か、去年の――」


 歩ははっとした。


「そうだ。やっと思い出した。石動天馬。どこかで聞いた名前だと思ったら、あの事件のニュースで――」

「……ようやく思い出したか。あの忌まわしき惨劇を」


 因幡のコーヒーは既に冷め切っていた。彼はカップの中身を一気に喉に流し込む。苦みが彼の暗い心を誤魔化すように、口の中に広がった。


「『朱里グランドシティビル爆破テロ事件』――あの現場に、俺と天馬もいたのだ」


 どこかで雷が落ちる音が聞こえた。

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