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絆クエスト:帆足歩①

 杏樹は廊下に出ると、小走りで永遠の背中のすぐ後ろまで駆け寄った。


「久住くん」

「水城さんも来たの?」

「私も帆足くんのことがきになったので」


 永遠は歩が消えた方角を見つめる。


「さっきの帆足、変だった。昨日の様子とよく似ている」

「因幡くんとジャイルズさんが口論になった後ですね」


 永遠は頷く。彼は図書室を出た時の歩の様子が、昨日と酷似していることに気づいた。後を追ったのは直感に従った結果だ。彼は先程微笑みながら見送ってくれた千紘の顔を思い出す。


「……昨日の夜、陶山が言ったことだけど」

「やはり、それが気になりますか?」


 杏樹は硬い表情をした。

 永遠は昨夜、“守護者の家”に帰ってきた後のことを思い出す。




 “守護者の家”へ帰還した《悠久の城》の面々は、それぞれ寮の個室へと入っていった。しかし、永遠は荷物を置いてからすぐにまた部屋を出た。彼の足は女子部屋の固まる方へと向かっていた。

 その途中、彼は目的の人物を見つけた。千紘だ。彼女は杏樹と一緒にいた。永遠と二人は合流すると、そのまま夜の中庭へと出た。

 《森の囁き》で千紘は、歩が胸の内に抱える秘密について、何か見抜いたような反応を見せ、後で説明することを暗に伝えるような素振りを見せた。永遠と杏樹が千紘を訪ねたのは、それを問うためだった。


 中庭の中央に設置された木製の椅子に三人は腰かけ、互いに向き合った。千紘は最初に前置きするように語り出す。


「帆足くんの様子がおかしい原因だけど、現状確かなことは分からない。だけど、漠然とした予測なら立てられる」

「教えてくれ」


 永遠は迷わずはっきり言った。入学時からここまで付き合いのある友人の異変を、彼は見過ごせなかった。

 千紘は腕を組んだ。


「恐らく、鍵となるのは“決断や努力を侮辱された”という点だ。因幡くんが己の誇りを汚されたことへの怒りを目の当たりにしたのが、帆足くんの異変の原因だ」

「どういうことですか?」


 杏樹は首を傾げる。千紘は二人の顔を見てから、慎重に言葉を選んで言った。


「……ボクは普段から『観察眼』を使用して、クラスメイト全員のその時々の調子や感情を読み取っている。探られて不快に思うかもしれないが、今の状況はまだ安定しているとは言えないから、そこは容赦してほしい」

「そのあたりは既に知っているからいいよ」


 永遠は既知の事実を正否を問うつもりはなかった。千紘は続けた。


「ボクが視たクラスメイトの中で幾人か気になる人がいた。表面上は平静を装っているけど、何らかの問題を抱えている人物が複数いる。今のところ大きな問題になるとは思えないから、そこまで不安視しているわけではないけど……その中の一人が帆足くんだ。君たちは、彼の人柄についてどう思っている?」


 永遠と杏樹は顔を見合わせた。永遠は深く考えずに思ったことをそのまま述べることにした。


「まあ、良い奴かな。ノリが良くて、不躾に見えるけど配慮ができる」

「それに知的で判断力にも優れていると思います」


 千紘は同意した。


「概ねその通りだと思うよ。ただ、ボクが視たところ、彼の本質はそれだけではない」


 彼女はそこで一旦区切ると、二人の顔を交互に見る。二人は自然と体を引き締めた。


「前に稲荷さんについて話したことがあったね。あの時、ボクは彼女が憎まれ口を叩くのは本心を隠すためだと言った。帆足くんも同じだ。彼の陽気さもまた彼の本心を覆い隠すための擬態だ」

「擬態?」


 仰々しい単語が出てきて、永遠は訝しそうに顔を歪めた。


「彼の目には、時折昏い感情が宿る瞬間が存在する。ボクたちといる時、他の誰かといる時問わずだ。本当の感情が露呈するのを必死で抑えるかのように、顔が一瞬強張るんだ」

「昏い感情って……何だ?」


 永遠が恐る恐る訊ねると、千紘は彼の眼を真っ直ぐ見据えて答えた。


「羨望。それに渇望」


 羨望と渇望。永遠にはそれが意味するところが分からなかった。ただ、彼が知る帆足歩という人間像に似つかわしくない言葉であることは確かだった。


「帆足くんが見せる目は、欲しいものがあるのに(・・・・・・・・・・)絶対に手に入らないと(・・・・・・・・・・)理解している人間(・・・・・・・・)が見せるそれだ。その感情こそが彼の中核だ」


 千紘はそう言ってから、内心で言葉を漏らす。


(昏い感情をほのめかす人物は他にもいるが……これはまた違う原因があるだろう)


 彼女の脳裏に、稲荷貴恵と小松茶々、その他に数名のクラスメイトの顔が浮かんだ。


「その感情が、因幡くんとジャイルズさんの一件で表に出たと?」

「そうだ」


 千紘は、杏樹の言葉に肯定を返す。

 永遠は千紘の推理を聴いても、釈然としないままずっと考え込んでいた。




 永遠と杏樹は、館内を歩きつつ会話をする。


「羨望と渇望。どう思う? 俺にはどうもぴんとこないんだ」


 永遠が訊ねると、杏樹は少し考えてから答えた。


「私も帆足くんの印象に合わない言葉だと思います。ただ、千紘さんが言うなら、きっと何か核心を突いているのだと信じます」

「そうだな」


 永遠もその点は同意した。千紘の『観察眼』と、探偵としての推理力は信頼している。ただ、一ヶ月余りとはいえ帆足歩という人間をずっと間近で見てきた永遠にとって、彼が心の奥底に昏い感情を抱えているとは思いたくなかった。彼が見せてきた顔が偽りであるなら、一体彼はどんな本心を隠してこれまで接してきたというのだろう?


(それに気になるのはそれだけじゃないんだよな……)


 永遠にとって気掛かりなことは他にもあった。因幡とジャイルズが揉めた際、永遠が介入しようとした瞬間、彼の体に流れた奇妙な感覚だ。


(あの時の感覚は一体何だったんだ?)


 『絆』を獲得した時に似たあの感覚の正体が何なのか、一晩考えても答えは出なかった。永遠はこの件をまだ仲間たちには話していない。ほんの一瞬の感覚であり、勘違いともしれぬ曖昧なものだったからだ。

 永遠は不思議な感覚への疑問を脇へ除けると、別の話題を切り出した。


「ところで、さっき帆足が急に部屋を出たのは、多分夏目さんの話に反応したからだよな。てことは、そっちの話も何かあるのか?」


 杏樹は言った。


「ええと、七海旬の人柄についての話をしている時でしたね。さっきの緑さんの話の中で、昨日聴いた話と関係がありそうなのは……」


 羨望と渇望。その二つのキーワードと、緑の話を併せて考えると、すぐに答えは出た。二人は同時にその言葉を口にした。


「“恵まれているのに、孤独な人間”――」




 帆足歩は、やや背中を曲げて廊下を進んでいく。


(考えすぎなんだよなあ……)


 彼は図書室で耳にした夏目緑の話を思い出し、嘲笑した。彼女は思い違いをしている。七海旬は彼女が思っているような人間ではない。それを教えられたらどんなに楽だっただろうかと思い、歩は重い息を漏らした。

 とにかく、と歩は思考を切り替え、目的のことだけ考えることにした。緑の話を聴くことに耐えかねて図書室を出た後、彼は自然とある人物の姿を探そうと思い至った。その人物が普段どこで何をしているのか歩は知らない。一度寮の部屋を訪ねてみるべきだろうか。そんなことを考えながら一階を歩いていると、目的の人物を発見した。


「帆足か」


 因幡七曜は中庭に面した廊下の窓から、外の景色を眺めていた。彼は歩の気配に気づくと、気怠そうに顔を向けた。


「こんな所で何してるの?」


 歩が訊ねると、因幡はもう一度窓の外へ目をやる。


「雨を眺めて黄昏れていただけだ。雨を見ると憂鬱になる。昔を思い出すからな」


 因幡の言葉には気取ったような色がない。素直な感情を吐露しているだけだと、歩は気づいた。

 歩は本来の目的を果たすことにした。


「あのさ、失礼を承知で質問するけど」

「何だ」

「昨日、因幡が迷宮で激怒したのはどうして?」


 因幡は射貫くような目で、歩を睨んだ。


「ジャイルズって奴の言葉が、君の逆鱗に触れたのは明白だ。その詳しい理由が知りたくてさ」

「何故訊く」


 歩は鋭い瞳に臆することなく、真意をありのままに答える。


信念を持って(・・・・・・)生きている人間が何を(・・・・・・・・・・)考えているのか(・・・・・・・)知りたいから(・・・・・・)


 それは帆足歩という人間にとっての最大の命題であった。彼の人生はその解を見つけるためだけに在るといっても過言ではなかった。

 因幡は歩の態度に嘘偽りがないことを悟ると、物思いに耽るように目を閉じた。少し経ってから目を開くと、彼は言った。


「……つまらん昔話だ。長くなるぞ。場所を変えるとしよう」

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