セシリーとローニャ
「帆足の奴、なんか変だよなあ」
久住永遠は串焼きを片手に呟いた。彼の視線は図師心たちと一緒にいる歩を見据えていた。
水城杏樹は彼の呟きを拾った。
「やはり久住くんもそう思いますか? 私もです」
「三層に上がったくらいから妙に元気がなかったんだよな」
二人は迷宮の中にいる時から歩に異変が生じていることに気づいていた。ずっと頭の片隅に引っ掛かってはいたものの、気丈に振る舞う歩を見て言い出せなかったのだ。
竜晶葉と佐藤真夏も、話題に乗ってきた。
「あんたたちもそう思ってたの? 私の気のせいじゃなかったのね」
「元々テンション高いから、大人しいと逆に目立つよね」
歩は仁科荘介と小松茶々に並んで、クラスのムードメーカーとしての立ち位置が強い。その彼が妙に口数が少ないとなれば、不審に思う者は多かった。
「原因に心当たりはあるのか?」
永遠の斜め向かいに座る星加天麗が訊ねた。その隣の陶山千紘も耳を傾けている。
永遠はすぐに一つの可能性に思い当たった。
「三層に行く前後といえば、やっぱりあの一件しか思いつかないけど……」
「例の喧嘩騒ぎだね。因幡くんが暴走しそうになったらしいけど」
千紘は、三人組の探索者との間に起きた諍いについて触れた。
「でも、あれは因幡の問題でしょ。帆足は見てただけだし」
「確かにそうですが他に考えられる理由はないんですよね」
永遠は探索が始まってからの歩の様子を、記憶から掘り起こす。
「俺もずっとあいつを見てたわけじゃないけど、最初は別にどうともなかったはずだ」
「はい、最初は他の人と同じような態度でした。ジャイルズという方に言いがかりをつけられて迷惑そうにしていましたね」
探偵の少女は瞳を僅かに鋭くさせた。
「つまり、喧嘩の最中に何か心を揺さぶられるような出来事が起きたのかもしれない」
「そんなこと言っても因幡が啖呵切ったくらいよ?」
「では、因幡くんの発言の中に、何か気になるものはなかったかい?」
「全然思いつかないかなあ」
真夏は「うーん」と唸りながら答えた。
「久住くん、因幡くんが具体的に何と言ったか思い出せるかな?」
「ええと……自分の今までの決断や努力を侮辱されたことに憤って、それだけは絶対に赦せない。こんな内容だったと思うけど」
「はい、そうでした」
「成程……」
千紘の瞳の奥が光ったのを、永遠は見逃さなかった。
「何か思いついたのか?」
天麗が訊ねると、千紘は首を振った。
「いや、まだこれだけでは足りないかな」
天麗は一瞬何かを言おうとしたが、踏み止まった。永遠にはその原因が何かすぐに理解できた。それは杏樹も同様だった。
(大勢がいる前では言いにくい内容か)
一ヶ月の付き合いで、永遠は千紘の表情をほぼ正確に読み取ることができるようになっていた。永遠は否定する千紘の顔に、躊躇いの色を見た。歩のデリケートな部分に触れる恐れがあると考え、公の場で口にすることが憚られたのだろう。千紘は永遠、杏樹、天麗にさり気なく目配せする。永遠はそれに「後で説明する」という意思を汲み取った。
「いらっしゃいませ!」
従業員のシアンが、新たな客に対応する声が耳に入った。
「すみません、今は混んでいるんです。団体さんが来てましてね。相席でよろしければご案内します」
シアンは永遠たちのテーブルまで駆け寄ると、申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません。相席よろしいですか?」
「私は構いませんが、皆さんはどうですか?」
杏樹が仲間の反応を窺うと、全員が快く了承した。シアンはぱっと笑った。
「ありがとうございます! どうぞ、こちらの席へ!」
シアンの声に応じて、二人の客がやって来る。両方とも女性で、年頃も永遠たちと同じくらいだった。
「すいません、こちらに座りますね……」
「どうも……おや?」
「あれ?」
永遠は二人の女性の顔を見て、思わず呆気にとられた。女性たちも永遠の顔を見て驚く。その様子を眺めていた杏樹、晶葉、真夏は「あ」と声を上げた。
現れたのは昼間に迷宮で遭遇した三人組のうちの二人――セシリーとローニャと呼ばれた少女たちだった。
「昼間は本当に申し訳ありません。なんとお詫びしたらよいのか……」
「いや、そこまで畏まらなくても」
席につくなりセシリーは開口一番謝罪した。永遠たちを認識してから謝罪するまでの、流れるような動きと淀みない言葉に、永遠たちは思わず感心した。
「いいえ。失態にはきちんとけじめをつけないと必ず後に引きます。ジャイルズもまだ謝罪していませんから。日を改めて必ず頭を下げさせます。本当に、誓って」
「えらい平身低頭だな」
天麗はセシリーのある種鬼気迫るような態度に、若干顔を引き攣らせる。彼女の疑問に答えたのはローニャだった。
「探索者は引き起こしたトラブルにちゃんと対処しないと、後で迷宮管理局から指導入ることもあるから……それで悪評つくと活動にも支障が出ちゃうの」
「それで解散した小規模パーティは枚挙に暇がありませんよ」
セシリーの暗い顔を見て、永遠はまだ目にしたことがないだけでありふれた話なのだと悟った。
「まあ、その、なんだ。正直俺はそこまで怒っているわけじゃないから――ちゃんと謝罪するなら話を大きくする気はない。水城さんたちは?」
「はい。私も同感です。だから、もうこのあたりにしましょう。折角の食事の席です」
真夏も頷いた。
「食べる時くらいは楽しくしないとね」
その時、シアンが新たな皿を永遠たちのテーブルへ運ぶ姿が見えた。
「ちょうど君たちの料理も運ばれてきたみたいだよ。折角だから同年代の先輩探索者の話を聞かせてほしいな。何か知見が得られるかもしれない」
千紘がそう言うと、セシリーは一瞬はっとして、それから再び頭を下げた。会話のとっかかりを提示してくれたことに気づいたからだ。
「……ありがとうございます」
セシリーは気持ちを切り替えるように、一度頭を振った。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。セシリー・ブランドンといいます」
「ローニャ・メルネスです」
ローニャも釣られて挨拶した。
その後の時間は、極めて和やかに過ぎ去っていった。《青嵐》所属でない探索者との交流はほとんど経験がないということもあり、《悠久の城》の面々は現地住民の探索者二人に様々な質問を浴びせる。まだこの世界について一部しか知らない彼らにとって生の声――それも親しみやすい年齢の相手となれば話も弾んだ。話題は探索者としての専門分野から始まり、これまでの探索の実績、《メイリム都市迷宮》における稼ぎ所や要注意区域、探索に活用できる魔法道具や装備品、他の探索者の噂話、王都での流行りものなどに及んだ。
やがて、話は三人組の身の上話へと移った。
「へえ、皆さん幼馴染なんですか」
「うちの町は小さくて、年の近い子供たちは皆一緒になって遊ぶことが多かったんだよ。私とジャイルズが同い年で、セシリーちゃんが一つ上なの。セシリーちゃんは頭が良くて皆から頼られてたんだよ」
「気がついたら年下の子供の世話を押しつけられていたようなものですけどね……」
セシリーは数十人もの子供を一人で面倒見たことを思い出し、溜息を吐いた。
「結構やんちゃな子が多くてさ。その中でもジャイルズは一番だったんだよ」
「ジャイルズ――ジャイルズ・ブラックというんですが、彼は所謂“ガキ大将”というやつで、男子の中で一番の力自慢だったんですよ。スキル持ちという長所もありましたから当然ですが」
「あいつスキル持ってたのね」
晶葉がそう言うと、セシリーは呆れたように相槌を打った。
「地元の有望株だったんですよ。大人に煽てられて、一流の探索者になってみせるって舞い上がってしまって……」
「ああ、そういう……」
杏樹はジャイルズの強気な態度に納得した。
「昔はあそこまで酷くはなかったんだけど、ここ数ヶ月くらいイライラしてることが多いよね」
「ここのところずっと足踏みしていますからね」
「足踏み?」
永遠が訊くと、ローニャが答えた。
「“三年七割の法則”って聞いたことある? 探索者は、最初の一年で三割が脱落。二年で五割。三年で七割いなくなって、残った三割が最後までやっていけるって云われてるの。このうち、二年目で消える二割ってのが、実力に伸び悩んでリタイアする人を指してるの」
「私たちも一年目は少しずつですが着実に成長できている実感があったんですが、今年に入ってから目立った成果が出ていなくて……《メイリム都市迷宮》の最大到達階層が十層なんです。そこから先が行けなくて、今はそれより下の階層で修行しています」
「それで二層にいたんだ」
真夏が追加で注文した果実水を飲みながら言った。
「弱い魔物相手に連携やペース配分なんかの見直しにね。一層が広いから隅から隅まで探索するくらいの気持ちでやってるんだよ」
「でも、ジャイルズは納得がいってないってわけね」
晶葉は三人組を取り巻く現状を朧気ながら理解した。じっくり時間をかけながら地道に努力する二人とジャイルズの間に温度差があるのだ。
「うん……今までが順調だったから結果が出ないことに焦ってるみたい。他の同年代の子の中にもっと上の層まで行った子がいるから、それで余計に荒れてるの」
「故郷では一番だったのに、王都では下から数えた方が早いという現実に向き合えていないんです」
セシリーは冷たく言い放った。
「井の中の蛙、か」
天麗がぽつりと呟く。故郷で一番だったジャイルズは、猛者がひしめく王都ではちっぽけな存在だった。天麗はその事実を突きつけられたジャイルズの心情を想像し、過去の自分と重ね合わせて少しだけ同情した。
「王都では見慣れた光景らしいです。そうやって何人もの若者が消えていったと教えてもらいました」
「新しく人を入れるとか、クランに加入するとか考えなかったのか?」
ローニャは恥ずかしそうに俯いた。
「新しいメンバーを入れることも検討したんだけど、私たちはともかくジャイルズがね……」
「プライドが高すぎて……」
「それだけで十分察せるわ」
晶葉は少女二人に恥をかかせまいと制止した。恐らく二人はジャイルズの我儘に振り回されてきたのだろうと思い、二人を慰めるため近くを通りかかったシアンに甘味を追加で注文した。
「クラン加入に関しては条件を高望みし過ぎて、小規模なクランを最初から度外視しています。自分ならもっと大きいところに目をかけてもらえるはずだと」
「完全に拗らせてる……」
真夏は頭を抱えた。
千紘が目をぱっちり開いた。
「そうした状況の中、突如現れたのがボクたちだったというわけか」
セシリーは千紘に肯定を返した。
「はい。探索者界隈の関心を一気に惹いたことと、皆さんがトップクランの《青嵐》と懇意にしていることで、嫉妬心を駆り立てられてしまって、あのような暴挙に出たんです」
「少し前から爆発しそうな気配があったから、気をつけてはいたんだけど……」
それが叶わなかったことは周知の事実だった。セシリーとローニャは仲間の醜態を思い返し、肩を落とす。
杏樹が慌てて訊ねた。
「それでジャイルズさん今どうしているんですか? 今夜は一緒ではありませんが」
セシリーが顔を上げた。
「一人で繁華街をぶらつくそうです。昼間と比べると多少頭は冷えたみたいでした」
「一人にさせてあげようと思ってね。それに時間を置いた方が良いし。探索も数日は休むつもり。どうせしばらくは行けなさそうだから」
永遠はローニャに同意した。
「そうだな。“住み替え”が起きたって騒ぎになってるし」
永遠たちが以前ミラに見せてもらった帰還の魔法道具によって迷宮を脱出した後、バーク・カリオンはすぐに迷宮管理局の出張所へ向かい、ミズヌシの“住み替え”を報告しようとした。しかし、ライアックはリオの船に待機しているレイチェル・ハンターの鳥を使った方が速いと提案した。レイチェルの鳥は“住み替え”について記した手紙を託されると本部へ直行し、シーリア・ラングに直接渡した。
シーリアの動きは速かった。上層部にその旨を伝えると、その日のうちに迷宮管理局は戒厳令を出し、《メイリム都市迷宮》に調査班が送られることが決定された。迷宮への入場規制も発令され、下位の探索者は今後数日間の探索を中止を余儀なくされた。
「怖いよね。早く解決してくれたらいいけど」
ローニャは世間話として捉えて、軽く笑った。
この時、彼女はこの件が他人事ではなくなることを、まったく予期していなかった。




