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宴の席で

「全員グラスは行き渡ったかー!」

「おー!」


 仁科荘介に応えるように、生徒たちはグラスを高々と掲げた。

 《悠久の城》が初めての《メイリム都市迷宮》探索を無事終えたその夜、彼らは港近くの繁華街に建つ《森の囁き》という料理店へ、ミラたち引率者の案内で訪れていた。クラン最初の探索が成功したことをささやかに祝うためだ。


「んじゃ、初めての迷宮探索の成功を祝して乾杯!」


 乾杯の音頭を終えるとともに、生徒たちは複数のテーブルを囲んで料理を堪能し始めた。テーブルには肉の串焼き、クリーム色のソースがかかった魚の切り身、色とりどりのサラダなど数々の料理が所狭しと並んでいる。食に対して誰よりも真摯な吉田志津は一言も口を開かずに、無心で料理の味わっていた。他の生徒たちも気に入った料理を各々の口に運び、互いに労った。


「綺麗な玻璃やなあ。うちの店にも一つ欲しいわ」

「王都の西部にガラス工房が集まった地域があるみたいだよ。聞いた話じゃ昔の漂流者の中にガラス職人がいて、質の良いガラスの製造法を教えたみたい」


 徳山真帆は自分のグラスをゆらゆらと揺らし、注がれた果実水の水面が小さな泡を揺蕩わせるのをじっと眺める。図師心は真帆に王都のガラス産業について耳にした噂を教えた。


「そのへんの知識チートって、もう粗方やり尽くされてるんでしょうね。王都の発展具合を見るに」


 宝田三雄は納得しつつ、がっかりした。もしや小説で見るような地球の技術を広めて名声を得るような出来事が体験できるのではないかと、内心ひそかに期待していたのだ。


「さあさあ、お待ちどおさま。モヨウブタの蒸し焼きですよ」


 《森の囁き》の従業員シアン・ケナハンが大皿を持ってきて、テーブルに置いた。皿に載っていたのは、この日の探索で何度も戦ったモヨウブタが討伐された時に遺す魔力資源として知られる肉だった。

 心たちが肉を頬張った瞬間、全員が一斉に目元を綻ばせた。口の中に今まで味わったことのない肉の旨味と感触が広がった。


「魔物がドロップする肉がこんなに美味くなるなんて……」


 心は思わず感動を露わにした。反対側の席で、志津が美味さのあまり天井を仰いで合掌していた。


「やっぱり魔物の肉は、普通の動物の肉と違うんでしょうか? 徹底した管理下で飼育されているわけでもないのに、こんなに美味しいのは変ですよね」

「うーん。これも異世界の不思議か」


 真帆は満足そうに微笑んだ。


「質は上々やね。地球の食材と併せて使うたら面白そうや」

「新しいレシピの開発ですか。腕が鳴りますね」


 猫田真琴がメイドとしての矜持を燃やしながら、微笑み返した。《悠久の城》の台所を任されている彼女たちにとって、未知の食材は自らの能力への挑戦状だった。かたや料亭経営者の娘として幼い頃から包丁を持たされてきた真帆。かたや完璧さを追求してメイドとして技術を研鑽してきた真琴。目の前に現れた可能性を、狩人たちは決して見逃さなかった。

 これまで《青嵐》から支給されていた食材はごく普通の肉類や野菜ばかりで、魔力資源は含まれていなかった。含めなかったのは恐らく意図してのことだと二人は推測した。サプライズのつもりだったのだろう。後から分かりやすく興味を持ちやすい成果を出すことで、探索者の活動に魅力を覚えるように仕向けたかったのだ。では、遠慮なく乗ってやろうと真帆と真琴は躊躇なく決断する。二人は命懸けで求める物を探す旅路へ、改めて一歩を踏み出した。


「……魔物の肉を、どうにか地球に持ち込んで売り捌く方法があれば……『マーケット』をそっちの方面でも鍛えてみるか」


 祖父江信宏がモヨウブタの肉をじっくり吟味しながら、地球に帰還した後にどうにか販売する手立てを皮算用し始めた。宝田が首を横に振った。


「異世界と地球で交易するのは、いろいろ面倒ですよ。ネット小説でもそうですけど、あちこちから目をつけられて厄介事に巻き込まれるのが落ちです」

「ビジネスに危険はつきものだ。ブルーオーシャンを前にして尻込みするのは論外だ」


 祖父江は臆した様子もなくはっきりと言い切る。ここにも一人未知の旅路に踏み出した男がいた。

 心は祖父江を一瞥すると、フォークに新たな肉を刺した。


「レシピも商売も好きにすればいいと思うけど、そもそも魔物の肉って迷宮で討伐することでしか手に入らないの? 畜産で増やせない?」

「夏目さんが調べたところ、魔物の畜産業は既にあるみたいですね。ただ、人間に懐かせるのが難易度高くて数は多くないとか。基本的に魔物って人間が従えることができないらしいんです。気性の荒さは種族差があって大人しく無害な魔物もいるにはいるけど、人間を恐れて逃げ出すばかりだと言ってました。魔法器具を使って補助するのも、限界があるみたいですよ」


 宝田が夏目緑から聞いた話を説明する。すると待ってましたと言わんばかりに弦巻梓が胸を叩いた。


「ここは私と帆足くんの出番ですね。“守護者の家”の敷地内にある牧場で家畜化した魔物を育てて食肉を確保しましょう。魔物は帆足くんがテイムしてくれますからね。今回もモヨウブタを確保してくれましたし」

「テイムした魔物は、他の人でも飼い主になれるってのが良いよね。この前の寮の迷宮でテイムした魔物も懐いてくれてるよ」


 歩がテイムしたモヨウブタは、既に“守護者の家”の牧場へと移送されていた。手懐けられたモヨウブタはいずれも大人しく、牧場内の厩舎で今は眠っている。心が言うようにテイムされた魔物は完全に人間を主として認識していて、飼育に歩の力は必要なかった。現在は牧場の管理者である梓の下で飼育されている。牧場の魔物は、見学に来た生徒たちに警戒心を見せることなく穏やかだ。魔力から生まれた擬似生命体たる魔物の繁殖方法も確立されていて、梓は緑とともにその手法を学んでいる最中だ。


「おや、いかがされましたか帆足様? 顔色が優れないように見えますが」


 真琴は喧騒に混ざることなく、静かに果実水を飲む歩に気づいた。彼は誰とも言葉を交わすことなく、テーブルの上に視線を落とすように俯いている。


「ん? ああ、何か言った?」


 歩は真琴の言葉に反応して、顔を上げた。


「帆足くんのスキルはいろいろと便利で頼もしいって話ですよ!」

「ああ、成程ね。お役に立てたなら何よりだよ」


 歩は微笑んだ。その笑顔は彼が普段見せる快活なそれとは違って見えた。感情を覆い隠すための代物のようだった。


「テンション低いね。珍しい」

「うーん、初めての迷宮探索が思ったより大変だったなって。ちょっと疲れちゃった」


 歩は力の抜けた全身を椅子に預けた。


「分かります。思っていた以上に広かったから結構苦労しました」

「結構歩かされたよね。山に遠足に行った時のこと思い出した」


 梓と心が同意する。訓練を始めてから筋力は鍛えられているとはいえ、慣れない探索は疲労を生んだ。


「肉体的な疲れもだけど精神的にもね」


 歩は二層の休憩地点で起きた出来事を思い返しながら、もう一口果実水を飲む。甘く潤いのある味に反して、彼の表情は苦そうだった。


 宝田が言った。


「聞きましたよ。他の探索者に喧嘩を売られたそうですね」

「まあね。でも、そっちは仕方ないから別にいいんだけど。僕たちに思うところがある人もいるだろうからさ。そっちより因幡の方がずっと大変だったよ。思い切り喧嘩を買って暴発寸前だったから、リジーさんが脳天に一発かましてさ」

「はえー」


 心は子供のような身体つきのリジーが、自分よりはるかに背の高い因幡七曜に制裁を下す場面を想像した。歩は興味津々なクラスメイトたちに、当時のことを詳細に説明し始める。

 真琴はその中に加わらず、不思議そうに首を橋げた。歩は喧嘩を吹っかけられたことに対して仕方がないと答えた。彼の態度にも嘘をついている素振りはまったく見られなかった。


(はて、では帆足様は何に対して精神的に疲労したというのでしょう?)




 《悠久の城》のメンバーが集まる場所から離れた壁際の大テーブルに、《青嵐》と《狐火》の六人が集まり、顔を寄せ合っている。彼らは生徒が近づいて話を盗み聞きされないように、細心の注意を払っていた。


「それで――お前たちから見てどうだった?」


 ライアック・バルトハイムは、《狐火》の三人に意見を求めた。

 最初に回答したのはアルスタイン・ホークだ。


「僕が気になるのは卜部さんですね。あれは明らかに戦いの経験がある人間の動きです。少なくとも何かしらの訓練を受けたのは間違いありません」

「訓練を受けた人間か……軍人か?」

「僕は軍属の経験はないのではっきりしたことは言えませんが、そういった空気とは違いましたね」


 ミラが口を挟んだ。


「蜂須賀藍もそうだな。間違いなく訓練を受けた人間だ。ただ、あいつはそのあたりを隠そうともしていないから、比較的疑いは薄い」

「そういえば蜂須賀は俺の班だったが、調子が悪そうだったな。ずっと上の空というか、心配事があるような感じだった」


 ライアックは藍の様子に奇妙なものを感じ取っていた。彼女は終始何かを気にしているようだった。


「戦いの訓練を受けたことがあるかは確認したいと思っていました。じゃあ、訓練を受けたと公言しているのは蜂須賀さんだけで、他にはいないんですね?」

「ああ。私とリオが確かめた」


 アルスタインが念押しすると、ミラは断言した。その上で希海が実は訓練を受けているとなれば、彼女が嘘をついていることにほかならなかった。


「じゃ、とりあえず卜部希海が一番の容疑者ってことですか?」


 マイア・ドリネスが言うと、リオ・ヘイドンが苦笑した。


「容疑者という表現は適切ではありませんよ。あくまで重要参考人です」

「大量の魔物相手に難なく勝てるような実力者が紛れ込んでるね。俄かには信じ難い話よ」


 リジー・フォックスは頬杖を突いた。久住永遠をはじめとする第四班のメンバーに、素顔を隠している者がいるとは考えにくかった。


「だが、それをやったのは彼らの中にいるとしか考えられない」


 ライアックは力強く言う。


 《青嵐》が今回の実地訓練に《狐火》を招いたことには、《悠久の城》と顔合わせをさせる以外に目的があった。先日起きた氾濫に伴う旧寮迷宮化事件の際に現れた、正体不明の実力者を探ることだ。迷宮管理局のシーリア・ラングは、状況からしてその人物は《悠久の城》の誰かだと推理した。彼らに感情移入しているミラは不服そうだったが、ライアックもその説に賛同した。他に候補となる者がいない以上、彼らの中の誰かが迷宮内の魔物を殲滅したのだ。

 ライアックはリジーたちにこの件について明かし、引率者として実地訓練に参加し、彼らの行動を監視してほしいと依頼した。面識のない外部の探索者が抱く先入観のない意見が欲しかったのだ。ライアックがリジーに白羽の矢を当てたのは、昔から付き合いがあり、全幅の信頼を置ける人物だったからだ。この時、リジーが陰で小躍りしていたことは、アルスタインとマイアだけの秘密だった。


「他に気になった奴はいないの?」


 リジーは皆の顔を見回す。マイアが答えた。


「うちの班の連中は、腹に一物抱えていそうなのが多いですねえ。問題なさそうなのが宝田と徳山くらい。稲荷、黒崎、樹神、小松は訳アリですね」

「稲荷貴恵と樹神透はまだ分かるが、黒崎勇人と小松茶々か……意外なところだな」


 ミラは目を丸くした。憎まれ口を叩く稲荷貴恵と、上流階級特有の傲慢さが滲み出る樹神透が問題を抱えているのは、予想の範疇だ。だが、穏やかで押しの弱い黒崎勇人と、陽気で人当たりの良い小松茶々に問題があるのは意外だった。

 リオも黒崎の名が挙がったことに驚いていた。


「黒崎くんは見たところ癖のなさそうな人柄に見えたんですがね。それに小松さんも明るくて人懐っこい性格です」

「私の見立てじゃ一番ヤバいのは小松だね。死体を発見した時の顔に感情が欠片も見られなかった。他の奴等は気づいてなかったけど、ぞっとするような目をしてたよ」


 マイアは迷宮内で死体を発見した時に見せた茶々の表情を、はっきりと目にしていた。恐怖も嫌悪もなく、虫の死骸でも見下ろすかのようなその顔を見て、直感的に危険だと悟った。


「うーん、怪しい人だけ列挙しても多いですね」


 アルスタインは腕を組んで唸った。一番怪しいのは希海だが、他にも本性を隠していそうな者が何人もいる。決め打ちするには、まだ判断材料が足りないと思った。


「そう、多いのよ。不自然なくらい」


 リジーが硬い声で言った。ミラが眉間に皺を寄せ、体を乗り出す。


「どういうことだ?」

「一つ訊きたいんだけど、あいつらってこっちに来た後、家に帰れないことで騒いだことある?」


 ミラは一瞬何故そんな質問をされるのか意図が掴めなかったが、すぐに答えた。


「いや、私が知る限りではないはずだ。全員素直にこちらの言うことに従ってくれている」

「変よね。過去の漂流者は家に帰れないと知ると感情が昂って泣き叫んだり、絶望して自殺を図ったりするのが多かったわ。大人しい人間でも精神的に病んで塞ぎ込むとかが普通よ。でも、こっちに来て一月経つけど、あいつらにそういう兆候ある? 私は今日初めて会ってざっと見たけど、全然なかったわよ」


 リジーの話を聴いていた五人がはっと息を呑んだ。


「……言われてみればそうだな」

「四十一人いて誰一人いないというのは、明らかに不自然ですよね」


 ライアックとリオは何故今まで疑問に思わなかったのかと額を叩いた。集団で漂流したことや全員がスキルに目覚めた異常性ばかりに目が向いていて、彼らの精神面までに注意していなかった。


「リジーさんはどう思っているんですか?」


 アルスタインは尊敬するクランマスターに真意を問うた。リジーはどう答えるべきか考え、慎重に言葉を選んだ。


「はっきりしたことは何も言えないわ。ただ、作為性(・・・)があるように思えるの。まるで別の世界に飛ばされても文句を言わないようなお行儀の良い連中が選ばれたような」

「……あいつらがこの世界に来たのは偶然ではないと言いたいのか?」


 ミラが睨みつけるが、リジーは受け流した。


「シーリアもそれを疑ってるんでしょ? 可能性としては十分あり得るわね。あんな癖の強い奴ばかりが集まるなんて、偶然で片付ける方こそ無理な話よ」

「彼らが同じ学級に集まったこと自体が仕組まれていたと?」

「そのあたりを追及した方がいいかもね。何か知っているとすれば担任教師の白坂菖蒲だけど……」


 生徒の人選に作為があるなら、教師の立場にある彼女もその事実を把握している疑いがあるとリジーは考えた。彼女が菖蒲を見たところ、几帳面で人格者であるという印象を持った。それが見たとおりなのか、その下に隠されたものがあるのか、確かめるべきだと思った。


「それとなく探りを入れてみた方がいいな。ミラ、頼めるか?」

「分かった。そちらは私に任せてくれ」


 ミラは夫に頷いた。物事が決まった後は自身の感情は一旦置き、忠実に任務を遂行することを彼女は心掛けていた。


「とりあえず正体不明の実力者として一番疑わしいのは卜部希海。それ以外の気になる奴が小松茶々を始め数名。まずはそこを重点的にマークしよう。他の問題は追々調べるということでいいな?」


 ライアックが結論を纏めると、皆は一様に頷いた。

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