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住み替え

 第三層の集合地点に最後に到着したのは四班だった。

 彼らが集合地点の公園跡地へ足を踏み入れると、先に待っていた生徒たちの視線が集まった。


「よう、お疲れ」

「お疲れー」


 織田晴臣が片手を上げて出迎えると、永遠とハイタッチを交わした。

 永遠は達成感とともにほっと一息吐くと、公園の中を見回した。他の休憩地点と同様に、幾人もの探索者の姿が見える。永遠の視線はその中のある集団を捉えて止まった。そこには、夏目緑と湧井穂菊が五、六人ほどの探索者たちと談笑している姿があった。


 晶葉もその集団に気づき、声を上げた。


「あれ、他の探索者と仲良くなったのね」


 白坂菖蒲が答えた。


「はい。私たちと話がしたいという探索者の方たちがいて、そこから他の皆さんも少しずつ接してくれるようになったんです」

「やはり皆さん私たちが気になっていたみたいで、他の方が先陣を切った途端次から次へ話しかけてきましたよ」


 『診療所』の中で医療品の点検をしていた小太刀李が扉から現れ、説明した。


「そんな感じかあ。ま、仲良くなるに越したことはないよね」

「嫌われるよりは余程良いよね」


 真夏が納得すると、一二三も同意した。


「うちらは逆に喧嘩売られたのよ。一触即発だったんだから」

「そうなのか?」


 晶葉の言葉に、晴臣は驚く。

 永遠たちは第二層の休憩地点で起きた出来事を、晴臣たちに語ってみせた。話している最中に近くにいた生徒たちも次々に集まり、永遠たちの語りに耳を傾ける。彼らは聴き終えると、揃って深刻そうな表情を見せた。


「やっぱり俺たちのこと面白くないって思ってる奴等も結構いるんだな」


 望月玄衛が無表情で言った。


「仕方ないこととは思いますが……どうにか改善したいですね」


 杏樹はジャイルズの顔を思い浮かべ、それから離れた場所にいる因幡へと目を向けた。

 ミラが言った。


「そこは時間をかけて解決していくしかあるまいよ。今まで気に入らないと思っていた奴を突然好きになることはそうそうないからな。確かな実績で黙らせるしかない」

「それにしても因幡くんが激怒したというのは意外ですね」


 菖蒲が言うと、真夏が頷いた。


「そうそう。ほんとびっくりしちゃった」


 因幡は椿雪成、松永匠、黛大刹と話していた。身振り手振りを交えながらここまでの探索の成果を誇らしげに語っているらしく、その様はいつもの傲岸な彼のイメージと変わらない。


(今はもういつも通りだな)


 永遠がそんなことを思っていると、近くで誰かが上擦った声を上げた。永遠が声をした方へ顔を向けると、十人ほどの探索者たちが顔を突き合わせていた。


「おい、その話確かなのか?」

「ああ、アインとローガンが見ている。残念ながらすぐに逃げられてしまったそうだが」

「不味いぞ。すぐにでも迷宮管理局に報せないと……」


 探索者たちの間にどよめきが走る。その中心にいる日に焼けた肌が目立つ精悍な男が、厳しい顔つきをしていた。


「何かあったのでしょうか?」


 杏樹が心配そうに探索者たちを見つめる。

 ライアック・バルトハイムがやって来て、日焼けした男に話しかけた。


「バーク、どうかしたのか?」

「ああ、ライアックさん。来てたんですか? ああ……例の奴等の付き添いですか」


 日焼けの男は、永遠たちを一瞥した。

 ライアックは言った。


「ちょうどいいから紹介しよう。こいつは《鋼鉄拳》ってクランのマスターを務めているバーク・カリオン。俺の一つ下で新人の頃から付き合いがある奴の一人だ」

「初めまして。クラン《鉄鋼拳》のマスター、バーク・カリオンだ。今後顔を合わせることもあるだろう。よろしく」


 バークは特に感情の籠っていない形式的な挨拶をした。


「それで? 何か面倒事が起きたようだが」

「つい今し方報告が上がってきたんですが、どうやら“住み替え”が起きて、この層に来た奴がいるそうです。それも二十層から」


 ライアックは顔を歪ませた。


「二十層からここまで? 誰にも止められずにか?」

「俺もその辺りは気になったんですが、アインとローガンが間違いなく見たと証言しています。あの二人が見間違えるはずありませんし……遭遇した時に仕留められたら良かったんですが逃げられてしまったらしくて」


 二人の会話が途切れるタイミングを見計らって、杏樹が訊ねた。


「あの……“住み替え”とは一体何ですか?」


 ライアックは振り向いて答えた。


「ああ、まだ教えてなかったか。“住み替え”というのはある区域の魔物が別の区域に移り住むことを指す言葉だ。迷宮は区域毎に魔力の濃度に差があり、それにより魔物の生息域が異なる。だが、時折別の区域にも順応して住処を移す個体が現れることがある。それにより弱い魔物しかいない区域を回っていた探索者が、強力な魔物と遭遇する事態が生じてしまうんだ」

「こういう魔物は、通常の個体とは違った性質を持つ変種であることが多い。経験の浅い探索者では手頃な餌にされるのが落ちだ。そうなる前にベテランが速やかに対処すべきなんだが……」


 バークが申し訳なさそうに頭を掻いた。


「逃がしちゃったと。それ不味いんじゃないの?」


 晶葉はライアックを見つめた。


「ああ、不味い。しかも今回の魔物は二十層を住処にしている奴だから、三層を中心に活動している探索者じゃまず太刀打ちできない。できるだけ早く見つけないと犠牲者が出る。バーク、その“住み替え”した魔物というのは……」

「ミズヌシですね」

「ミズヌシ?」


 晴臣は聞き覚えのない魔物の名前を繰り返した。

 バークは言った。


「全身が液体状の魔物で、中心部に大きな核を持つのが特徴だ。獲物を液体の中に取り込んで消化するという捕食手段で知られる」

(ゲームによくいるスライムみたいなものか……?)


 永遠は説明された特徴を持つ魔物を、頭の中に思い描いた。彼が最初に連想したのは過去にプレイしたロールプレイングゲームに登場する敵キャラクターだ。緑色のゲル状の怪物で、類似したキャラクターを他の作品で何度も見たことがあった。


「二十層の魔物はどのくらい強いんですか?」


 一二三が訊ねた。


「そうだな……迷宮管理局が出した指針によれば、一層から三層までの魔物の強さが五から十。それに対して、二十層の魔物が百から百二十だったか?」

「十倍ですか……」


 バークの回答を聴いて、菖蒲は眉を顰めた。

 ライアックは言った。


「ともかくすぐに迷宮管理局に報告しよう。場合によっては立入制限が課せられるかもしれんが、命には代えられん」

「立入制限とかあるんだ」


 望月が言うと、バークは答えた。


「ライアックさんのように上位の探索者以外は迷宮に入れないように措置をとる場合が稀にある。将来有望な新人をつまらない理由で死に至らせないためにな」

「それってまさか私たちも入れなくなるの? ようやく迷宮探索に乗り出せたってところなのに……」

「この前の氾濫騒ぎもそうだけど、何か始めたらすぐにトラブル起こるよねー」


 晶葉と真夏が不満を言い合う。

 永遠は真夏の言葉を脳裏で反芻させた。

 何かを始めたらすぐにトラブルが起こる。

 まるで、見えない何かが彼らの行く手を阻んでいるような、掴みどころのない不安感が永遠の胸中に湧き上がってきた。


「また寮の時みたいに妙なことにならないといいけどな……」

「そうですね……」


 永遠の呟きに、杏樹が心の底から同意した。

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