休息
第四班の探索はその後順調に進んでいった。
真夏が仲間たちの気配を隠し、魔物に接近する。因幡が不意を突き魔物を拘束する。永遠、杏樹、一二三は前に出て魔物を攻撃したり、注意を惹きつけたりする役目を担う。晶葉が中距離から魔物を魔力の銃弾で撃つ。そして、歩はテイムした魔物を指揮して遊撃から支援まで幅広くこなす。この戦法は相手が弱い下層の魔物ということもあり、巧くいった。リジーは相変わらず必要以上に口を挟むことなく見守っていたが、安定した戦いを続ける彼らには高い評価を下していた。
四班はそのまま三層へ続く階段の傍まで辿り着いた。彼らの眼前には豪奢な建物の内部で見るような螺旋階段が天井を抜けて上へ伸びている。階段はあちこちが崩れていて、足元に気をつけないと転びそうだった。手摺も一部が欠けていて、人が落ちるほどの隙間ができた箇所がある。
この階段を上がれば、いよいよ目的の階層である。永遠は今一度気を引き締めた。
だが、リジーは螺旋階段には目もくれず、その脇を通り過ぎていく。永遠たちは意表を突かれたように目を丸くし、それから黙って顔を見合わせた。上の階層へ進むのではないのか? そう考えたが、彼らはすぐに彼女の後をついていくことに決めた。数時間の探索を通じて、永遠たちのリジーに対する信頼は高まっており、彼女の行動に異を唱える者はいなかった。これも何か意味のある行動なのだろうと、永遠は心の中で結論づけた。
一分ほど歩くと、永遠たちの頬を涼しい風が撫でる感触がした。
「ここは……」
通路を抜けた先には開けた空間があった。その奥に青い空が一面に映し出されている。段差を下りると長方形の床を二つ繋げたような場所が広がり、その端には転落防止用の朽ちた金属製の柵が設けられている。店舗らしき廃墟と隣接していることや、椅子やテーブルの残骸が散らばっていることから、カフェテラスだと推測できた。永遠は風を浴びながら、テーブルを挟んでお茶を堪能する客たちの在りし日の幻を見た。
カフェテラスの跡地には、十数人の探索者の姿があった。彼らは新たにやって来た永遠たちを見ると、ひそひそと囁き合う。遠くて声は分からないが、その表情には好奇心と警戒心が浮かんでいた。
リジーは段差に腰を下ろす。
「ここが三層の合流地点前にある最後の休憩地点よ。残り僅かだけど気を抜かないようにしなさい」
「はい!」
杏樹は元気よく返事をする。
一同は好きな場所に腰を下ろし、ほうと息を吐いた。休憩は定期的にとっていたが、それでも疲労が脚に溜まってきていた。旧寮の迷宮を探索していた頃はまったく気にならなかったのに、指導者の下で落ち着いた雰囲気の中を探索すると、肉体の状態に意識が向くようになっていた。
「やっぱり見られてるねえ」
「そりゃ目立つもの。仕方ないわよ」
テイムした魔物をあやしながら、歩は周囲から刺さる視線に僅かに不快感を滲ませた。晶葉は気にした様子もなく答える。
一二三が言った。
「でも、思っていたよりは敵視する雰囲気じゃないね。興味の方が強く見えるよ」
「ここに来るまでに他の探索者の前で戦ったからかな? 大手クランにおんぶにだっこってわけじゃないと証明できたから、一応認めてくれたってことじゃないか」
「恐らくそうでしょうね」
永遠の回答に、杏樹が同意した。第四班はここに来るまでに数回他の探索者がいる場で、魔物と交戦していた。探索者たちは永遠たちの戦いを目の当たりにし、彼らが決して実力者に寄生するだけの輩ではないと認識を改め、一部からは好意的な評価も与えられていた。
「あんたたちは新人の中では実力は上の方よ。それを知れば引き抜きたいと考える奴の一人や二人出てくるんじゃない? ま、ミラからそのあたりしっかりガードしてくれって頼まれてるし、させる気はないけど」
彼女は永遠たちに自信たっぷりな笑みを見せつける。永遠はこっそり歩に耳打ちした。
「そう言いつつリジーさんも多分狙ってるよな?」
「上昇志向強そうだもんね」
リジーが隙あらば生徒の引き抜きを企んでいることは、容易に想像できることだった。最初に会った時にも堂々と仁科荘介に鞍替えを提案していたくらいだ。《青嵐》を出し抜く考えは既に頭にあることを、二人は見抜いていた。
それから永遠たちは皮製の鞄からラップに包まれたおにぎりと、緑色のラベルが特徴的な麦茶のペットボトルを取り出した。いずれも事前に『マーケット』を通じて購入したものだ。永遠はおにぎりの一つを頬張る。口の中に塩の風味が程よく広がった。麦茶は探索の間に温くなっていたが、飲み慣れた味は彼の喉を十分に潤した。
「ふう……」
永遠は満足そうに息を吐く。他の皆も同じように気を抜いて、ゆったりとしていた。
真夏が言った。
「迷宮内でおにぎりと五百ミリリットルのお茶を堪能する。これってただの遠足では?」
「普通の遠足は魔物と戦ったりしないよ」
一二三が冗談めいた口振りで苦笑した。暴力的な道程の先で長閑に昼食を摂るというのは、いささか奇妙だと彼は思った。
「それがスキルであんたたちの故郷から買ったっていう食べ物?」
「はい。祖父江くんがスーパーの米袋を買ってくれて、徳山さんと猫田さんがおにぎり作ってくれたんです」
リジーが訊ねると、杏樹が答えた。
前日の夜、祖父江信宏は“守護者の家”の家事を仕切る猫田真琴から「実地訓練に持参する昼食におにぎりを用意したい」と相談を受け、『マーケット』から米袋と具材、それにペットボトル入りのお茶をクラスの人数分購入した。購入代金となる魔力資源は、担任の白坂菖蒲に事前に了承を得て、旧寮迷宮で獲得したものを椿雪成の『ストレージ』から充てた。
おにぎりを用意すると知ったクラスメイトたちは台所へ赴き、調理担当の真琴と真帆に対し、おにぎりの具に関してあれこれと希望を出した。特に食にうるさい吉田志津は大量のおにぎりを要求し、さらに具材もそれぞれ異なるものを入れるという条件を足したほどだ。メイドとして資産家の邸で料理を振る舞った真琴と、実家が料亭であり自身も料理の腕に自信のある真帆は、クラスメイト全員の期待に難なく応えた。翌朝、彼らが起床した後に台所で目にしたのは、テーブルの上に所狭しと並んだプロ級の腕で握られた最高のおにぎりの群れだった。
「祖父江さまさまだなあ。猫田さんと同じくらい今の生活を支えているよホント」
昆布入りのおにぎりを味わいながら、歩はしみじみと言った。
「元の世界の商品を買えるってのが強みよね。多分どこに行っても生きていけるわ」
「向こうの世界の商品を欲しいって人はいくらでもいるだろうねえ」
リジーの言葉に、真夏が相槌を打った。
「ソニアさんが授業で触れていたけど、漂流者がもたらした知識や技術はこの世界の発展に大きく影響したらしいから、地球の製品を手に入れられるなら新しい発見が得られるって期待する人はいるだろうね」
セレイア王国を大国へと押し上げたものが、漂流者由来の知識と技術であることを、四組の生徒たちはソニア・ウィルフスが担当する社会の授業で学んでいた。王国が世界的に高い経済力と技術力を有しているのも、三十年ほど前から王家が漂流者を重用するようになったことがその発端となっていた。
(改めて思ったけど俺たち本当にあちこちから注目されてるんだなあ……)
永遠は漠然とした居心地の悪さを覚えながら、周囲の視線に意識を向ける。そこで彼はこちらに近づく人物の存在に気づいた。数は三人。いずれも永遠たちと同年代の風貌で、男一人に女二人の構成だ。
「ふん。ピクニック気分で探索なんて随分と言いご身分じゃねえか」
先頭に立つ少年が開口一番にそう吐き捨てた。
永遠は厄介事が舞い込んできたことを確信した。




