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実地訓練・その頃別班③

 第六班は実地訓練参加者の中で、最も早く二層に進んでいた。

 人数が他の班より一人少なく、その上稲荷貴恵や樹神透のように癖の強い性格の生徒を抱えているため当初は連携に不安があったこの班は、意外にもどの班よりも圧倒的なペースで探索を進めていた。班員の配置は、前衛の担当に黒崎勇人と小松茶々、中衛に樹神透と稲荷貴恵、後衛に宝田三雄と徳山真帆。各自の得意分野がはっきり分かれており、役割分担ができていたため、下層の魔物相手であればスムーズに相手取ることができた。引率していたマイア・ドリネスも彼らの戦いぶりを感心して眺め、評価を上方修正した。

 この調子でいけばどこよりも早く三層の集合地点へ到着できるだろう。第六班の生徒たちは淡い優越感を抱きながら歩んでいく。


 ところが、彼らは予想外の理由から足を止めることになった。

 第六班が二層を探索を開始してから十五分ほど経った頃のことだ。


「これは……」


 最初にそれを発見したのは宝田だった。彼はふと視界の端に映った奇妙な物体に意識を割いた。宝田は最初何かが詰まった袋があると思った。細長い茶色の袋がまるで誰かの落とし物のように、無造作に転がっている。かつて都市として栄えていた場所なら、住民の遺物の一つや二つあるだろうと彼は軽く見ていた。しかし、近づくにつれてその輪郭が明らかになっていくと、宝田の表情は徐々に強張っていった。そして、それが何かはっきりとする頃には仲間たちもそれに目を奪われていた。


 そこにあったのは男の死体だった。顔立ちは分からない。頭部が完全に潰れて顔を判別できなかったからだ。


「こらあかんわ。頭が柿みたいに潰れてはる」


 真帆は目を見開き、口元を抑えた。

 マイアはやれやれと言いたげに肩をすくめた。


「油断するとこうなっちゃうんだよね。装備からして新人かな。可哀想に」


 人死に慣れているマイアは死体の服をまさぐりながら言った。彼女はポケットの中に突っ込まれた探索者の身分証を取り出し、名前を確認する。予想通り死体の身元は探索者になってから数ヶ月の若者だった。

 黒崎と貴恵は共に屈み込んで、死体を間近で観察する。表情に変化は見られず、いたって冷静だ。


「俺たちも気をつけないとね。スキルを持っているからって油断はできない」

「そのとおり。スキルを持っていようが人間であることに変わりはない。死ぬときは死ぬんだよ」


 二人の言葉に真帆、茶々、樹神は同意の頷きを返した。真帆は驚いているものの、気分を悪くした様子はない。茶々は普段の快活な態度を消し、無表情で死体を見下ろしていた。茶々が何を考えているのか窺うことはできない。樹神はあまり興味なさそうな顔で、暇そうに爪先を地面にとんとんと立てている。


 具合を悪くしたのは宝田一人だけだった。


「み、皆さんどうしてそんなに落ち着いてるんですか……僕も覚悟してなかったわけじゃないですけど、それでもグロはきついですよ……」


 宝田の顔色は真っ青だった。足の動きもよろよろとしていて今にも倒れそうだ。命懸けの探索と頭では理解していても、現実の感覚が追いついていなかった彼にとって、今回の出来事は脳をひっくり返されるような結果となった。彼には同年代の仲間たちが平然としている事実が理解できなかった。何故こんなにも平静を保てているのか。そんな疑問が脳裏を占めた宝田は必死で吐き気を抑えながら言葉を絞り出し、仲間の反応を待った。


 最初に、樹神が大したことなさそうに返答した。


「別にどうってことありませんよ。これくらい僕にとっては日常茶飯事ですからね。ヒットマンが攻めてきて返り討ちにしたり、雇い主を見つけ出して見せしめにしたりとかよくある話ですし」

「いや何それ!? 樹神グループ周りってそんなにバイオレンスなの!? そんなにぽんぽん人が死ぬ環境って何!?」


 続いて、黒崎が頭を掻きながら答えた。


「頭が潰れた死体くらいはまあ普通でしょ……もっと酷い死に様なら沢山あったし」

「ちょっと待って何その口振り! 他にも死体見たことあるの!?」


 貴恵が眉間に皺を寄せた。


「うるさいよ宝田。死体を見たくらいでがたがた騒ぐんじゃないっての」

「いやこれおかしいのあなたたちの方で僕の反応が普通ですよね!? 僕がノーマル! 平均!」

「まあまあ。かりかりせんと飴玉食べて落ち着きや」

「どうもありがとうございますね!」


 真帆が懐から日本製のキャンディを取り出すと、宝田は半ば自棄になった勢いで受け取った。


 マイアは宝田の顔を見ながら言った。


「うんうん。元気が出たみたいで良かったよ。これなら心配はいらないかな」

「なんか僕だけ気分悪くなってるのが馬鹿らしくなってきました! いいですよ! 気をしっかり保てばいいんでしょ!」


 宝田は一度死体を見下ろすと、体内の熱を排出するように大きく息を吐いた。それからもう大丈夫だと胸を軽く叩いた。


 貴恵はマイアに訊ねた。


「それで? 死体を見つけた時はどうするの? その場で弔う?」

「可能であれば回収。できなければ迷宮管理局に報告。下層であれば回収のために人員を寄越してくれるよ。上層だと二次災害の危険があるからその場で弔われることも多いね。迷宮葬っていうんだけど」


 黒崎が周囲を見回した。


「迷宮葬か。やっぱりそういう文化もあるんだね」

「ここに眠った人もぎょうさんおるんやろなあ。うちらもその仲間に入らへんように気をつけんとなあ」


 真帆は過去に《メイリム都市迷宮》で果てたであろう大勢の先駆者に思いを馳せた。辺りは静寂に包まれている。第六班以外の探索者もいなければ魔物の姿もない。宝田は真帆の言葉にぞくりと背中を震わせ、無意識に目を配った。どこからか誰かが見ているような錯覚が彼を襲った。


「……ん?」


 樹神はそこであることに気がついた。茶々がここまで一言も喋っていない。黒崎と貴恵の言葉に頷きを返しただけだ。彼女はずっと死体に視線を向けている。


「どうしたんですか、小松さん?」


 背後から声をかけられた茶々は、ゆっくりと振り向いた。


「……この人、苦しんで死んだのかな?」


 彼女は無表情のまま言った。その声色には奇妙な響きがあった。何か感情を抑え込んでいるような、不自然な抑揚がついているようであった。宝田はその響きにどんな感情が含まれているのか分からなかった。


 樹神は質問に答えた。


「頭部が潰れていますし恐らく即死でしょう。仮に苦痛があったとしても、長く続いたことはないと思いますが」

「そっか」


 茶々はそれだけ言うと、もう用済みだとでも言うように死体から視線を外した。


 微妙な空気が場に流れる。全員が互いの様子を窺うようなぎこちなさがあった。


 マイアはその空気を意図して壊した。


「さて、それじゃこの死体はここを出た後で迷宮管理局に回収をお願いしよっか。私たちは三層の合流地点に急ごう!」


 その言葉を切っ掛けに生徒たちは動き出した。それは新しいタスクに集中して、それ以外の不要な事実を意識から除外しようとするかのようだった。


 マイアは先頭を進みながら考えた。


(どーも胡散臭いのが多いよねこの班。まともっぽいのは宝田くらいで、後は大なり小なり肝が据わってそうなのばっかり。こいつらは人死に抵抗感が(・・・・・・・)あまりない(・・・・・)。それが単に生まれながらの性格によるものなのか、あるいは既に“経験”があるのか)


 マイアはこの情報を他の引率者たちと共有すべきだと結論づけると、少し足早に移動し始めた。生徒たちはマイアから離れないように後をついていく。

 死体が見えなくなる直前、最後尾を歩いていた茶々が振り返った。彼女は遠くに横たわる死体に向けて微笑んだ。


「良かったじゃん。苦しまずに死ねたならきっと幸せだったでしょ?」

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