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実地訓練・その頃別班②

 第三班が休憩している休憩地点では、十数人の探索者が立ち話をしていたり、腰を下ろして休んでいる光景が見られた。そこは迷宮管理局が用意した緊急避難場所の一つであり、魔物を近づけさせない香りを出す魔法道具が設置され、安全に休息をとることができた。

 その一画で、祖父江信宏を中心として望月玄衛、中村紺太、夏目緑が顔を寄せ合っていた。彼らは祖父江が表示する『マーケット』の画面を凝視している。


「どれくらい溜まった?」


 望月が期待した様子で、祖父江に訊ねる。


「日本円に換算するとざっと十万円といったところか」

「下層でもそれくらい稼げるんスね。意外と良い稼ぎになるんじゃないッスか?」

「ふふふ……これなら本を買うお金に苦労することはなさそうですね」


 緑は新しい書籍に存分に触れられる未来を想像し、恍惚の表情を浮かべた。


 リオ・ヘイドンは初めて糧を稼いだ実感に沸く少年少女へ微笑まし気な視線を送ると、軽く助言することにした。


「魔力資源はある程度残してこちらの通貨に換えるようにしましょうね。魔法道具などこちらの世界でしか買えない品物も揃えておかないといけませんから」

「はーい」


 望月は軽く手を挙げて返事をする。


 リオは周囲の様子に気を配る。他の探索者たちは《悠久の城》のメンバーへ探るような目をちらちらと向けている。見たところ悪感情は然程感じられない。それは休憩地点まで来る途中に、生徒たちが戦う姿を彼らが目にしていたことと無関係ではなかった。

 探索者の世界では実力が特に重んじられる。人望や財力があっても、武力のない人間に背中を預けることはできないからだ。それ故に、初心者とはいえ魔物と戦う力を証明した生徒たちは、彼らの基準でいえば合格に値した。大手クランとの繋がりは羨むが、目をかけられるだけの力があるなら仕方のない話と割り切ることができた。

 事実、数名の探索者はリオを除いて唯一の大人である白坂菖蒲に対して話しかけることが何度かあった。落ち着きがあり、見目麗しい妙齢の女性となれば、粉をかけようとする男も少なくなかった。


 そんな中、新たに二人の男がリオの方へ近づいてきた。


「おや、リオさんじゃないですか。今日はこちらへ来てたんですね」


 リオに声をかけたのは短い金髪の若い男だ。薄い茶色の厚い服を着て、斧を携えている。もう一人は黒髪の背の高い男だ。金髪の男より頭一つ分高く、二メートル近くある。それ圧迫感とは裏腹に表情は柔らかく、小動物を連想させた。彼の腰には使い込まれた小剣が差されていた。


 小太刀李は二人組を見つめると言った。


「先程迷宮の外にいた人たちですよね? 確か私たちが迷宮へ入るのを眺めていたと記憶していますが」


 金髪の男が笑った。


「ああ、見ていたの気づいてた? 俺はラドリー。今年で探索者三年目だ。下層のことなら結構詳しい自信あるぜ。よろしくな。で、こっちが相方のマフール」


 黒髪ののっぽが礼をした。


「どうも。マフールといいます。今後迷宮で会うことがあればよろしくお願いします」

「今日は二人だけで探索ですか?」


 リオが訊ねると、ラドリーは肩をすくめた。


「ええ、他の連中は皆先に組んじゃって俺らだけあぶれたんですよ。ま、下層なら二人でも問題ありませんけどね」

「クランに所属していない探索者は多いんですか?」


 李の質問に、リオは肯定を返した。


「ええ。クランに所属していないフリーの探索者は全体の二割ほどいます。そういう人たちは仲の良い人同士で小規模なパーティを組んだり、その時々で臨時のパーティを組んだり、あるいはソロで活動したりします。クランに所属することは恩恵も大きいですが同時に束縛されるので、嫌う人がいるんですよ。一人で動く方が気が楽で効率も良いという人もいますね」

「成程。ある程度実力に自信があれば、ストレスがかかる環境を避ける方を優先するのですね」

「そういうことです」


 ラドリーは言った。


「リオさん、よければその子たちと少しでいいから話させてもらえませんかね。今噂のルーキーがどんな奴等か知りたいんですよね」

「彼らが良いなら構いませんけど……」

「流石! 気前が良いなあ」


 それからリオが傍に付くという条件で、ラドリーたちは生徒たちとの会話を許された。何事かと興味を持って近づいていた祖父江たちも交えて、期待の漂流者クランのメンバーと現地のフリー探索者たちの交流が始まった。


「……」


 淡路祐希は離れた場所から、彼らが談笑する様子をじっと睨みつけていた。

 菖蒲は後ろからそっと祐希の傍に寄った。班分け直後に見せた明確な拒絶を思い出しながらも、担任教師として菖蒲は祐希を放置することができなかった。


「淡路さん、どうかしましたか? 妙に険しい顔をしていますが……」


 だが、祐希はそれに答えず、語り合う集団から目を離さなかった。




 第五班の卜部希海の体が宙を舞う。

 否、希海は宙を飛んでいた(・・・・・)。翼もなく、ただそこに在るのが当然とでも主張するように浮かび、軽やかに動き回っている。一拍の後には姿勢が回転し、何もない空間に逆さまに立つ。それは地球で暮らしていた人間からすれば、体操選手が技を披露しているかのようにも見える。躍動感を発揮しながら希海は小振りのナイフを使い、魔物を屠っていく。十秒後には戦闘は終わっていた。


「卜部さんは十分にスキルを使いこなせていますね。感心です」


 引率者である《狐火》のアルスタイン・ホークが上出来というように頷いた。

 希海は汗を拭きつつ答えた。


「宙を飛ぶのって最初は不安だったけど慣れてみると案外楽しいね。これなら空を飛んで遠くにだって行けそう」


 希海は自らに与えられたスキル『浮遊』を、早い段階で使いこなせるように鍛錬を重ねていた。『浮遊』は魔力を消費して宙に浮かぶことができるが、制御が上達したことで自在に移動することもできるようになっていた。

 地上に立って生きる人間にとって宙を飛び回ることは容易でない。ましてやその状態で魔物と戦うなど困難だ。しかし、希海はその壁をあっさりと越えてみせた。彼女は不安だったと言いつつも、生まれながらに飛ぶ方法を知っていたかのようにやってのけたのだ。彼女が戦う姿はさながら天使が宙を舞い踊る絵画のような様だった。


 黛大刹が顎を摩りながら言った。


「宙を飛ぶのは面白そうじゃのう。儂も『圧力』を応用すれば飛べんこともないか?」

「『圧力』だとロケットみたいに飛んでいきそうね……」


 湧井穂菊は黛が宙の彼方へ一直線に飛んでいく様子を想像して首を振った。


 希海は言った。


「まあ、これだけ動けるのは猫田さんの『奉仕』のお陰でもあるよ。猫田さんが洗濯してくれた服を着て、身のこなしが良くなってるから。それに毎日の食事でも力がついている自覚があるよ」


 希海は猫田真琴が洗濯した衣類や下着や、日々の食事に『奉仕』による魔力が宿っていることを指摘した。真琴のスキルの恩恵は《悠久の城》の全員が受けていて、その効果は絶大だった。彼らが怪我をすることなく順調に魔物を討伐できたことは、真琴の貢献によるものが大きい。


「実に素晴らしい仕事ぶりです。地球に帰った暁には、是非我が家に使用人として迎え入れたいですわ」


 森重秋音が真琴に誘いをかけようとすると、当の本人は希海へどこか残念そうな顔を向けていた。


「卜部様はよく体を鍛えていらっしゃいますね。体の鍛え具合も良く、活力が漲っておられます。これで男性であれば文句なしだったのですが……」

「凄く優秀だけど性癖があれすぎる」

「だよな」


 ぽっちゃり体型の吉田志津と仁科荘介は、『マーケット』で購入した地球産のドーナツを共に頬張りながら苦言を呈する。二人の意見に皆が同意した。


 アルスタインは皆に表情を悟られないように顔を背けると、考える。


(聞いた話では彼らは元の世界にいた頃はただの学生で、戦いの訓練など受けたことはないはずだ。しかし、卜部さんの動きは明らかに訓練を受けた人間(・・・・・・・・)のそれだ。女子の指導を担当していたミラさんは何も言ってなかったけど……後で確認してみるか)


 希海は近くの建物の壁に寄り掛かると、一息吐いた。


(ちょっと怪しまれたかな? でも、下手に手を抜いて皆を危険に晒すのもどうかと思うし……いくらなんでも異世界に私の素性を知ってる人なんて現れないよね。強いて言うなら探偵の陶山さんは警戒した方がいいけど、観察力が鋭いくらいなら誤魔化しは効く)


 自ら下した結論に希海は納得した。彼女の唇は安堵の気持ちで緩くなっていた。


(うん、何も気にする必要なんてない。今ここにいるのはただの学生の卜部希海。私の過去を知る人間はどこにもいない)

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