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実地訓練・その頃別班①

 ミラ・バルトハイムが引率する第一班は、魔物の群れとの戦いを終える頃だった。


 一頭のハリオオカミが顎を開いて若松羅紋へ飛びかかる。狙うは若松の左腕だ。一度食いつかれると肉が引き千切られるまで離れないだろう。だが、若松はいたって冷静にハリオオカミを見つめていた。

 次の瞬間、若松の姿がふっと消えた。まるで最初からそこにいなかったかのようだった。ハリオオカミは何もない空間へと飛び込み着地する。捉えていたはずの獲物がどこにもいないことに困惑した様子を見せる。


 そんなハリオオカミの背後に若松はいた。


食らいな(ダイ)!」


 若松が振るった剣がハリオオカミの胴体を大きく切り裂く。血をが飛び散り、斬られた相手は地面に倒れ伏した。若松は亡骸が消えゆくのを確認すると、戦闘を観ていた図師心に向けて白い歯を見せた。


「どうだい、俺の華麗な『瞬間移動(ゴーストジャンプ)』は? 見惚れるだろ?」

「何が瞬間移動(ゴーストジャンプ)だよ。勝手に呼び名変えちゃって」

「だってよ、『瞬間移動』じゃ味気ないだろ」


 若松のスキル『瞬間移動』は、発動時にいた場所から一定範囲の任意の地点に移動するというものだ。覚醒時には半径五メートル以内。現在は鍛錬を重ねて七メートル以内にまで範囲が拡大されている。若松は戦闘時、敵の攻撃をスキルで回避すると同時に背後に回り、不意の一撃を与える戦法を好んで使っていた。


「でも、あちこちに現れるのは見栄えが良いなあ。端から見ていると格好いいよ」

「おお、お前は分かってるな大嶽!」


 大嶽光三郎から高い評価を受けて、若松は親指をぐっと立てる。大嶽は『瞬間移動(ゴーストジャンプ)』のネーミングセンスについては敢えて触れなかった。


 別の場所では、松永匠が他の魔物に巨大な針を突き刺している。


「さーて、んじゃ吸い取っちまうかね」


 松永が抱えているのは病院で使われる注射器に似た器具だ。器具の側面には取っ手やスイッチなどごてごてした装置が付けられ、SF映画に登場する武器のようにも見える。

 器具のスイッチをオンにすると、魔物に突き刺した針から瞬く間に血液が吸い上げられていく。器具上方の容器の部分が赤い水位で徐々に満たされていくのと反比例するように、針を刺された魔物は次第に動きが弱まっていく。やがて、容器が満杯になると、魔物は塵となっていった。


「あっちも派手だけど方向性はちょっと違うかな……」


 針を刺した対象からあらゆるものを吸いつくすスキル『吸収』。立ち塞がる魔物の生命を用癪なく抜き取っていく松永の姿は、辺りをうろついている魔物よりもはるかに恐ろしいと心は思った。


 京極進一は一人で黙々と残った魔物を処理していた。多少動きがおぼつかないところはあるが、仕事ぶりに問題はなかった。


 普段から仲の良い星加天麗と陶山千紘は共同して魔物の討伐に当たっていた。千紘のスキル『観察眼』は魔物相手には役に立たず、必然的に彼女は身一つで戦うことを強いられた。しかし、天麗の『化粧』による肉体の防御強化で何一つ問題なく魔物と戦うことができた。

 すべての魔物を討伐し終えると、千紘は天麗に近づき訊ねた。


「星加さん、どうだい調子は?」


 天麗は首を横に振った。


「まだまだだな。『化粧』の複数人同時使用は今だと二人が限界だな。これ以上増やすとなると、どうしても制御が甘くなっちまう」


 天麗は『化粧』による防御強化を習得してから、複数人相手に同時にスキルを使うことが可能か検証を重ねてきた。それにより現在の天麗では二人同時にかけるのが十分に制御できる限界であると判明した。また、数を増やすことで魔力の消費も倍になり、持続時間も短くなるという欠点があった。彼女は味方を守るにはそれだけでは到底足りないと考え、より多くに、より長くスキルをかけられるよう鍛錬を続けたが、成果は芳しくなかった。


「そのあたりは慣れが必要だな。回数を重ねていけば自然と制御が上達してくるはずだ。スキルの成長もそれに伴うケースが多い。こればかりは経験と時間の問題だ」


 傍で話を聴いていたミラが助言すると、天麗は肩を落とした。


「やっぱり実践あるのみか……先は長いな」

「かけた時間と練習量は正直だ。才能一本でやっていけるほどスキルは甘くない」

「そこにスキルの効果や相性といった諸々の事情も上乗せされる。やるべきことは沢山あるよ」

「陶山は既に理解しているようだな。それでいい」


 天麗は一度深呼吸すると、顔を上げた。


(焦りは禁物。じっくりやるか)




「は~い、これで終わりですよ~」

「っしゃあ! 一丁上がり!」


 第二班の東海林翼と桜庭剛毅が最後に残った魔物を仕留めると、後方に控えていた椿雪成が前に進み出た。彼は手慣れた様子で地面に転がった魔力資源を拾い、『ストレージ』に収納していく。

 ライアック・バルトハイムが言った。


「椿の『ストレージ』は探索者としては喉から手が出るほど欲しいスキルだな。やはり持ち物に余裕が持てるというのはありがたい。リオの『軍船』も荷物を多く積めるという点で役に立つ場面が多い。お前も今後は《悠久の城》の物資調達、補給の両面で活躍する機会があるだろう。その分スキルを伸ばす余地にも機会にも恵まれる。良い事づくめだな」

「頼りにされるのは嬉しいけど将来はハードワークになりそうだね。今のうちに今後の予測をして、考えうる問題点を洗い出しておこうかな」


 第二班は椿のスキルによる荷物の重量制限という枷がないことから、他の班より多くの成果を得られていた。他の生徒のスキルでも使い方次第では重い物でも運搬することが可能だが、使いやすさと安定性の面では『ストレージ』が一番だった。


 織田晴臣が魔力資源を回収する椿の後ろ姿を眺めていると、加藤鳩乃が近づいてきた。


「織田くん、ちょっといいかな」

「どうした加藤さん?」


 真剣な彼女の表情に、何か大事な話があるのだろうと晴臣は察する。

 鳩乃はちらりと視界の奥を見やった。晴臣はそれに釣られて視線を向ける。蜂須賀藍が皆から離れた位置で一人佇んでいた。


「蜂須賀さんの様子、少し変だと思わない?」


 晴臣は頷いた。


「ああ、やっぱりそう思うか? 俺もずっと気になってたんだよな」

「いつもみたいに気合が入ってませんよね。心ここにあらずというか」


 弦巻梓が二人の会話を耳にして、加わってきた。彼女もまた藍の不審さに気づいていた一人だった。


「そうだね。何か心配事があるみたいだ。蜂須賀さんにしては珍しいね」


 藍は魔物との戦いをそつなくこなしていたが、覇気のようなものが微塵も感じられなかった。普段の彼女なら果敢に戦い、味方に指示を飛ばそうとするというのに、今日に限ってその気配がまったくない。まるで工場の機械が決められた手順通りに作業をしているような動きだった。それは蜂須賀藍という人間の異常を表していた。


「蜂須賀があんなに元気ないのは違和感あるなあ。理由を訊いてみたいけど答えてくれるか分からないし……」

「多分無理だと思うよ。蜂須賀さんは警戒心の強い人間だから。訊き出すならもっと信用を得ないと」


 鳩乃は心配するような目を藍へ向けた。晴臣は彼女の横顔を見つめながら、梓に小声で話しかける。


(加藤さんってなんとなく陶山に雰囲気似てるよな)

(ですね。理知的というか、洞察力に優れるというか)


 晴臣は鳩乃が醸し出すミステリアスなカリスマの空気に気づき始めていた。


 藍は鳩乃が向ける視線にも気づかず、一人考え込んでいた。


(はあ……いかんな。戦場にいるというのに身が入っていない。こんな体たらくで他者を気にする余裕などあるものか。まずは気を引き締め直すところから始めなければ)


 藍は実地訓練が始まってからモチベーションが上がらないことを問題として受け止めていた。くじで班を分けて行動すると聞かされた時点でこうなる予想はしていた。いずれはそういった場面が出てくることは避けられない。

 事実旧寮が迷宮化した際にも同様の事態が生じた。その時も、藍は不安に蓋をしながら迷宮から脱出し、後になって自分の不安が杞憂であったと知りほっとした。今後も似たような状況は幾度となく訪れるだろう。故に仕方のないことだと藍は考えていた。

 だが、それでも彼女の中に沸き立つ懸念は抑えられない。自分の目の届かない所で取り返しのつかない事態が進行しているかもしれない。そう考えると藍の心は曇るばかりだ。


(……あいつ(・・・)は本当に大丈夫なのか?)

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