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実地訓練・四班初戦

 一行はそれからしばらく進み、広めの街路と思われる場所に出た。リジーは立ち止まって、永遠たちを振り返る。彼女の顎の動きが意味深に前方を指し示す。永遠たちはそれが何を意味するのかすぐに理解できた。

 前方数十メートル先に四足歩行の獣型の魔物の姿があった。観察してみると豚に似ている。体躯は丸々として大きく、赤黒い毛が禍々しい模様を躰に描いていて警戒色のようになっている。永遠にとって初めて見る魔物だった。旧寮迷宮では見た記憶がない。その魔物は十頭ほどの群れを成していた。


「モヨウブタね。下層ではメジャーな魔物の一種よ。討伐した時に食肉の形で魔力資源を残すことで知られているわ。ブタの形で魔力が具現化して生まれたと云われているわね」


 街路沿いの建物の陰に隠れながらリジーが説明する。モヨウブタは無人の街路をのしのしと歩き、地面を嗅ぐように頭を下げていた。


「魔力が魔物を生み出すと授業で習いましたが、私たちが今まで見た魔物は動物や植物を模ったものばかりですね。やはり人間が良く知る生き物に似た形で生まれると決まっているんですか?」


 杏樹が小声で質問すると、リジーは頷いた。


「そうよ。魔物の姿形はこの世界に存在する動物や植物、あるいは人間を模って生まれることが多いわ。研究によれば、これは魔力がこの世界に広く浸透している情報を読み取っているからと考えられているわ」

「情報を読み取る?」


 一二三がきょとんとする。

 リジーは言った。


「人の間で語られる知識や歴史、物語と言った方が分かりやすいかしら? 人の意識の中にあるものを参考にして魔物が形成されるの」

「ああ、元の世界で言うところの人間の恐れや信仰から神や怪物が生まれるってやつと似たようなものかな」

「あんたたちの世界でもそういうのあるのね。概ねそういう理解で構わないわ」


 歩のたとえは永遠たちにもすんなり呑み込める内容だった。人間の集合意識の産物。そう理解した途端、永遠にはそれらが恐ろしいものであると同時に幻想的で儚げであるようにも思えてきた。ファンタジー作品に類似する世界の存在というだけでなく、文字通り空想から生まれたもの。それが永遠が抱いた魔物に対する評価だった。


 リジーは挑戦的に笑った。


「それじゃあ、まずはあんたたちだけで戦ってみなさい。あれくらいなら十体でもそう難しい相手でもないでしょう。やり方は任せるわ。私は後ろで見ているから。危ない時以外は手出ししない方針でいくけどいいわね?」

「分かりました」


 杏樹はそう言い、仲間の顔を見る。永遠たちは一様に意気込んだ表情を見せた。




 永遠たち七人は真夏を中心として固まったままゆっくりとモヨウブタのいる方向へ進んでいく。真夏のスキル『霧隠れ』によって生み出された霧の範囲内に留まっている彼らをモヨウブタは認識できない。永遠はスキルの効果を実感しながらも、魔物に近づくにつれて心臓の鼓動が早まるのを感じ取った。


「おっけー。気づかれてないね」


 歩はやや早口で言った。彼は魔物を間近で観察する機会に恵まれたことに、興奮気味だった。

 因幡が言った。


「眩惑の霧は獣にとっては猛毒だろう。死地で夢心地でいればどうなるか、考えるまでもない」

「これって僕たちの声や足音も隠せているのかな?」


 一二三が真夏に訊ねると、彼女は否定するように首を振った。


「いや、気配だけだよ。スキルが成長すればできるようになるかもしれないけど」

「スキルの効果は“気配を消す”よね。出す音も気配の一部と解釈すればいけるんじゃない?」

「うーん、試してみる価値はあるかな」


 真夏は晶葉の助言を頭に刻み、折を見て訓練してみようと思った。


「そろそろ静かにしよう。いこうか皆」


 永遠がそう言うと、因幡が一歩前に出た。


「ならば、最初は俺から一撃を見舞おうか」


 因幡は格好つけるように右手を前に出す。掌を地面に向け、魔力を集中させる。禍々しい紫色の光が掌から垂れ落ちた。魔力は水のように地面に広がっていく。


「応じろ、深淵の使者よ!」


 次の瞬間、紫色の魔力で覆われた地面から緑色の触手が飛び出した。まるで魚が水面を跳ねるような勢いで現れたそれは、一匹のモヨウブタに狙いを定める。獲物となったモヨウブタは自分を狙う存在に気づき、すぐに逃げようと試みたが失敗に終わった。触手は哀れなモヨウブタの胴体に巻きつくと、紫色に彩られた地面へと引き摺り込んだ。モヨウブタは悲鳴を上げながら消えていった。


 因幡のスキル『拘束』は、対象となる物体の動きを封じるというものだ。覚醒時点では一度に一つの対象のみ拘束可能。拘束は魔力を具現化した物質で行う。この物質は何かしら拘束に適した形状であれば、どのようなものでも構わない。過去に同一または類似のスキルに覚醒した人間は、鎖や紐を具現化したと記録が残っている。いたって単純な効果のこのスキルを、因幡は独特の感性を以って形を整えた。拘束に用いる物質として異形の触手を具現化し、それに“深淵の使者”と名付けたのだ。因幡はこの触手を自らの眷属のように扱い、それに準ずる外観と性能を与えた。禍々しい外見、獲物を地面の中に引き摺り込む異様さ。因幡はこの方向性をいたく気に入っていた。

 モヨウブタが引き摺り込まれた地面から魔力資源が浮かび上がり、持ち主の魔物が消滅したことを報せる。因幡はそれを見て満足そうに笑った。


 リジーはその一部始終を観ていた。


(あの因幡って奴、スキルをかなり使いこなせているみたいね。事前に貰った資料では、寮が迷宮化した時にも積極的に魔物と戦ってたって書いてあったけど結構やるじゃないの。本人の中でスキルと自分の感覚を一致させているのね。まだ目覚めて一月程度なのにここまで鍛え上げるなんて……ミラの教えが良いのもあるんでしょうけど、普通に才能あるわ)


 仲間が地面に引き摺り込まれてようやく敵の存在に気づいたモヨウブタの群れはすぐに戦意を露わにしたが、その時には既に晶葉がその指先を群れの一体に向けていた。


「遅いわよ」


 晶葉がそう言うと同時に、指先から魔力の塊が放出される。彼女のスキル『弾丸』によって生み出された魔力の弾丸だ。弾丸は指先を向けられていたモヨウブタへと一直線に飛来し、その頭を貫いた。頭に風穴を開けられたモヨウブタはそのまま倒れると、魔力資源を遺して消えていった。


「はあ!」


 すぐ近くでは杏樹が『聖痕』で強化された肉体で、一頭のモヨウブタに殴りかかっていた。圧倒的な膂力から繰り出された一撃は、相手の頭をいとも容易く叩き潰す。


 杏樹の隣では永遠が別のモヨウブタと戦っていた。突進を落ち着いて躱しつつ、攻撃を機会をじっくり探す。彼は全身に『絆』で得た力を薄く纏っている。杏樹と同様に魔力で強化された肉体は筋力や俊敏性だけでなく、動体視力も向上していた。


(慌てるな。十分対処できる相手だ)


 永遠は冷静さを保つよう自分に言い聞かせる。彼は蔓の王と戦った時とは異なる緊張感に包まれていた。あの時と比べれば今の自分は無力ではなく、一人でも戦うことができる。それでもなお彼の中には不安と恐怖が入り混じっていた。それは戦う力があるのに失敗してしまうことを怖れる感情だった。本当にうまくやれるのか? そんな疑問が脳裏を過ぎる。

 その答えはすぐに明らかとなった。再び突進してきたモヨウブタを永遠は真正面から棍棒を横に構えて受け止めた。両手に振動が伝わる。じんじんと痺れが湧き上がってくるが、耐えられないほどではない。一方、モヨウブタは突進を防がれたことで勢いを一気に削がれてしまい、隙を作った。


「……よし、いける!」


 永遠は棍棒を大きく振り下ろし、モヨウブタの脳天をかち割った。棍棒の先がモヨウブタの頭蓋にめり込み、そのまま頭部を地面に押しつける。僅かに呻くような鳴き声が聞こえたが、すぐに空気に溶けて聞こえなくなった。

 一二三も永遠の後方で別のモヨウブタを剣で斬り倒していた。小柄で運動が得意には見えないが、危なげなく動き回っている。額に汗を滲ませているが、冷静で筋肉を強張らせている様子もない。リジーは四班の中で彼が一番精神的に強いだろうと当たりをつけた。


「よーし、調教成功!」


 残りのモヨウブタ二頭は歩によって片付けられた。仲間たちが戦う最中、彼は因幡の手伝いによって捕えたモヨウブタの調教を行っていた。身動きのとれない対象にじっくりと『テイミング』を発動させ、支配下に置くことに成功していた。歩を主と認識するようになったモヨウブタは鼻を鳴らしながらずんずんと歩の下へ寄る。歩は丸々とした躰を愛おしそうに撫でた。


 歩とモヨウブタの触れ合いを眺めながら杏樹が言った。


「『テイミング』は戦力を増やせるから便利ですね。使い勝手も悪くありません」


 リジーが同意した。


「ええ。魔物を操作する系統のスキルはいろいろあるけど、帆足のスキルはその中でもオーソドックスなタイプね。自分と同格以下の魔物相手なら成功率は高めで、相手を視界に捉え続けることが発動条件」

「因幡が魔物を拘束して、帆足がテイムする。嵌めパターンだな」


 永遠は因幡の『拘束』と歩の『テイミング』の相性が抜群であることを事前に悟っていたが、今の戦いで改めて確認した。歩のスキルが発動するためには魔物の攻撃を避けつつ、視界内に一定時間収め続けることを要する。その欠点を因幡のスキルによって無くすことが可能だった。『拘束』は相手の力が拘束する力を上回らなければ魔力が続く限り継続して発動できる。身動きのとれない魔物相手であれば、歩のスキルは問題なく発動できた。

 

「でも、一度に使役できる魔物は三体のままなんだよね。前の時から頑張ってみたけど数を増やせないや」


 歩が残念そうに眉尻を下げる。リジーは当然だという面持ちで言った。


「最初から強力なスキルって総じて成長が遅いか、まったく成長しないかのどちらかなのよね」

「そうなんですか? でも、スキルの解釈次第ではいくらでもいけるはずですよね?」


 杏樹が不思議そうに言うと、リジーは首を横に振った。


「そうなんだけど……なまじ強力で使い勝手がいいと、そこで満足しちゃうのよね。成長させる必要性にも意欲にも欠けるから、結果として小さくまとまっちゃうの。多分あんたも“もっと数が増えれば便利だろうな”くらいの気持ちで強く意識しているわけじゃないでしょ? スキルの成長性はその持ち主の精神性にも影響されるの」


 真夏は「成程」と納得した。


「確かに、現状に満足していればそれでいいと思うかもなあ……」

「逆に、祖父江みたいに目的と意欲が明確な人なら成長も速いんだね」

「ああ、分かる気がする」


 一二三が祖父江の『マーケット』を例に挙げると、晶葉も納得した様子を見せた。永遠は天麗が『化粧』を人を守るための力として使いこなしたことを思い出す。彼女の中には過去への後悔と父親の代わりに妹を守るという理念が根底にあったため、土壇場での成長に繋がったのではないかと永遠は推測した。


 歩はリジーの言葉に若干暗い笑みを浮かべた。


「……僕は今のままで満足するつもりはないけどね。まだまだ上を目指せるならそうするよ」


 彼はそう言ってモヨウブタが遺した魔力資源を回収しに行った。

 リジーがその後ろ姿を見つめる。


「あいつって軽そうに見えて努力家タイプね」


 彼女の言葉に皆が同意した。


「帆足っておちゃらけているように見えるけど、根はかなり真面目よね。普段の振る舞いを見てるとそう思うわ」

「そうですね。物事の見方や着眼点などがずば抜けている印象があります。千紘さんとは違ったタイプの頭が良い人だと思いますよ」

「じゃあ、実はかなり秀才だったりする? 中学では偏差値高い所に通ってたのかな?」


 女子三人の視線が歩と最も仲の良い永遠へ向く。彼は初めて会った教室での会話を思い出しながら答えた。


「確か来栖山中出身って言ってたっけ?」

「来栖山中学校か。あそこも進学校だったはずだよね」


 一二三が記憶を探りながら言う。


「私の小学校時代の友達も進学していましたよ」

「私も受験しようか迷ってたなあ」


 杏樹と真夏が懐かしそうに言うと、晶葉は溜息を吐いた。


「あんたらは昔からエリートなのね。私は中学の頃に必死で勉強して悠城に受かったから、元から頭良い奴の脳みそは分かんないわ」

「俺も同じだなあ……」


 永遠は晶葉にシンパシーを覚えつつ、しみじみとした調子で頷いた。


 歩は魔力資源を回収しながら、永遠たちの会話を聴いていた。


「頭が良い、ね」


 歩はぼそりと呟いた。


「頭が良いだけじゃどうにもならないんだよなあ」

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