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注目の的

 《メイリム都市迷宮》まで向かう船の上で、生徒たちは思い思いの時間を過ごしていた。


「久しぶりだね。あの場所も」


 佐藤真夏が甲板の上で、一月前の出来事に思いを馳せながら呟いた。

 

「……こうして見ると本当に高いなあ。マジでてっぺんが見えねえ」

「あそこの最上階を目指すんだね……」


 仁科荘介と卜部希海は天高くそびえ立つ《冥樹ラビア》とそれを取り巻く迷宮を、遠目で眺めた。


「私たちが最初にいた部屋はどの辺りにあるんでしょうか?」


 水城杏樹は自分たちが最初に転移した場所が、迷宮のどこにあるかまだ知らないことを思い出した。図師心がそれに頷いて答える。


「そういえば前の時は変な球の魔法道具で脱出したから、部屋の外がどうなってたか知らないよね。外に出たのは先生や織田たちだけだから」


 心が久住永遠と帆足歩に視線を向けると、二人は首を振った。


「俺たちは建物のエントランスらしき場所までしか見てないから、外がどうなってたかは知らないぞ」

「あの建物結構高かったよね。ミラさんが落ちてきたのも凄い高さだったし」

「お前たちがいたのは第三層にある廃墟の一つだな。構造や内装から見るに、かつては宿泊施設と商業施設を兼ねた建物だったと思われる」

「へー」


 ミラ・バルトハイムが答えると、歩はまだ遠くにある冥樹を見据えた。あの迷宮全体が廃墟都市であるのなら、自分たちがいた場所と似たような施設が他にもあるのだろうと考える。


「一度中に戻るぞ。向こうに着いた後のことを全員に話しておこうか」


 ミラを先頭に、永遠たちは拡張された船内へと戻る。一同が向かった先はレクリエーションルームのような広い部屋だった。彼らが到着した後、リオ・ヘイドンによる船内通信で呼び出された生徒たちが次々にやって来る。

 全員が揃ったことを確認すると、ミラは話し始めた。


「到着後、正面入口から中に入ったら班ごとに分かれて行動する。ただでさえ私たちは目立つからな。それに大所帯でぞろぞろと動くのも良くない」

「他の探索者の行動を邪魔する恐れもあるから、早々に分かれた方が良いわね。団体行動が禁じられているわけではないけど、基本的には他の探索者を邪魔しないことが優先よ。まあ、これはマナーの問題ね」


 リジー・フォックスが付け加えると、生徒たちは納得したようにこくこくと首を振った。

 ライアック・バルトハイムが話を引き継ぐ。


「俺たちはそれぞれ別のルートを通って探索しながら上を目指す。合流地点は三階にある公園跡地だ。そこが今日の終着点でもある」

「たった三層だけですか?」


 織田晴臣がたったそれだけかと言いたそうな顔をした。

 ミラは言った。


「忘れたのか。これから向かう場所はかつて都市だった場所だ。一層がとても広いんだ。たった一層でもくまなく探索しようと思えば一日では叶わんぞ」

「うげえ。そりゃ無理な話だ」


 仁科は頭の中で迷宮の広さを想像し、表情を歪める。一層が街一つに相当する規模と考えれば、四十人以上が総出で探索しても一日では済まないだろうと結論づけた。


「だから今回は部分的に探索するだけだ。本格的に探索するのはまた今度だな」


 ミラがそう締めくくった後、場は解散となった。

 船が迷宮傍の船着き場に到着したのは、それから一時間以上後だった。

 《悠久の城》一同はミラたちに連れられ船を降りる。彼らの目の前には最初の日に見た迷宮外部の光景が広がっていた。所々が朽ちた迷宮の外壁や生い茂る草に覆われた舗道が残照的だった。

 船着き場の階段を上り、迷宮の入口まで続く道を一歩一歩踏みしめていく。その道中、彼らは何人もの探索者とすれ違った。その探索者たちもまたこれから迷宮に挑戦するつもりだろう。彼らの多くが《悠久の城》に対して様々な感情を含む視線を突き刺してくる。


「うわあ、強い視線を感じる」

「あんまり良い感情ではなさそうね」


 歩が若干鬱陶しそうに言う。一二三護は周囲の探索者たちを横目で観察した。視線に含まれる感情は、とても好意と呼べる代物ではなかった。

 リジーが笑う。


「突然湧いてきた大量の漂流者というだけでも話題の的だっていうのに、大手クランの《青嵐》と懇意にしているんだもの。そりゃ嫉妬くらい浴びるでしょう」

「その上今日は《狐火》も一緒ですからね」

「傍から見れば出世街道進んでるようなもんじゃない?」


 アルスタイン・ホークとマイア・ドリネスの言う通り、今日に限って言えば《狐火》の上位陣も同行していることが、さらに彼らの悪感情を加速させていた。


「まあ、新人でこんなに優遇されてる奴はそうそういないわよね」

「あっちにしてみれば面白くないか。そりゃそうだ」


 竜晶葉の言葉に、永遠は仕方のないことだと思った。ほとんどの探索者は地道に努力を重ねながら成長していくのだろう。そこに大手クランの支援を受けた大量の新人が現れ、順風満帆に見える活動をしているのを目の当たりにすればどう考えるか想像に難くなかった。

 杏樹は重く息を吐いた。


「とはいえ、こちらはこちらで気苦労も多いんですけどね」

「ねー」


 《悠久の城》は元の世界に帰還する術を探し出すことが目的だ。それは今考えられる限り他のどんな望みよりも困難だろう。そして、それに辿り着く最も現実的な手段が叡智を授けるという“冥樹の果実”を手に入れることだった。これに比べれば金や名誉を手にすることのなんと容易いことか。杏樹はそう思わざるを得なかった。


 《メイリム都市迷宮》の入口は巨大な門で閉ざされていた。最初の日に脱出した時は船着き場に近い場所に転移したため、四組の面々にとっては初めて訪れる場所だった。一行は門を間近で見上げる。冥樹の周囲は門を含む外壁で覆われ、中を覗くことはできない。永遠が辺りを見回すと小さな小屋が目に映る。リオに訊ねると迷宮管理局の出張所であると答えが返ってきた。緊急事態に備えて迷宮管理局の職員が数名常駐しているとのことだ。本来は迷宮で何かあればここに助けを求めるのが常だ。しかし、リオの船には『鳥使い』のスキルを持つレイチェル・ハンターが飼っている鳥が待機していて、王都にいるシーリア・ラングに直接連絡することができた。故に、《青嵐》がここを利用することはあまりない。尤も、常駐職員にとっても大勢の漂流者の対応など前代未聞の事態は、本部に丸投げしたいのが本音であった。


 再び周囲を見回した永遠の視界に、数名の探索者の姿が入る。永遠たちと同年代に見える少年一人と少女二人の三人組。それに二十代くらいの男の二人組だ。少年は険しい目で永遠たちを睨みつけ、少女二人は微かな不安が混じった瞳を揺らしている。男二人組の方はまるで値踏みするかのようにじっと見つめていた。永遠は居心地が悪くなり、彼らを視界から外した。


 門が重い音を立てて開く。誰かが唾を呑み込む音がした。永遠たちはぞろぞろと門の内側へ足を踏み入れる。

 彼らを出迎えたのは広大な空間だった。今はあちこちが崩れ、草木に覆われているが、かつては荘厳な建物の一部であったと思わせる石造りの部屋の名残だ。永遠は過去にプレイしたアドベンチャーゲームの一場面を連想した。文明が崩壊した世界を旅するという物語のゲームであり、《メイリム都市迷宮》の持つ雰囲気もその作品のコンセプトと合致すると彼は思った。


 ミラは言った。


「じゃあ、ここから各班ごとに行動開始だ。第三層で会おう」


 六つの班はそれぞれの引率者に従い、事前にきめていた道へと向かう。

 晴臣が永遠たちに手を振った。


「それじゃあ、後でな!」

「気をつけてください。第三層で会いましょう」


 杏樹は笑顔で応えた。

 リジーは永遠たちの顔を見回すと言った。


「それじゃ、私たちも行くわよ。しっかりついてきなさいね。低層とはいえ、はぐれたらどうなるか分からないわよ」

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