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『絆』の仮説

 “守護者の家”を訪問してから三日目。その日も、迷宮管理局旧寮の訓練場では恒例の実技訓練が実施されていた。

 男子の組では男子全員が見守る中、久住永遠が一人訓練用のダミー人形と向かい合っている。訓練の内容はダミー人形を相手とした擬似戦闘訓練だ。男子が出席番号順に一人ずつ前に出て、ダミー人形に対して攻撃を加えるというものだ。

 ダミー人形はスキルの性能を試すために用意された魔法道具の一種だ。一見すると木製の簡素な案山子のようであるが、非常にタフでちょっとやそっとの打撃では壊れないほどの靭性を持つ。今回のような訓練にはうってつけだった。


「――よし」


 永遠は全身に魔力を行き渡らせてから、大きく深呼吸する。《絆》によって得られた力を扱うことにも大分慣れてきていた。


「トワ、がんばれー」


 帆足歩が気の抜けた応援をする。永遠は折角の緊張感が台無しになりそうなところを必死で耐えた。

 永遠は軽く一歩前に踏み出すと、次の瞬間大きく跳んだ。遠くからでは彼の姿が数メートル先へ瞬間移動したように見える光景だった。永遠の身体はダミー人形の真正面にあった。腕を振り、人形の頭を殴りつける。強化された拳の打ち込みによって、人形の頭は勢いよく後ろに弾かれた。重厚な打撃は空気を裂いて観客たちの耳に届いた。最前列で観ていた松永匠が「おお」と声を上げる。

 永遠は続いてダミー人形の胴部を穿つ。これもまた頭部を殴った時と同じような手応えがあった。その後も彼は何度もダミー人形へ攻撃を加えていく。


「そこまで!」


 最初に永遠が動き出してから一分が経過した時、監督役を務める《青嵐》所属の探索者リオ・ヘイドンが制止を命じた。永遠は想像以上の結果が出たことに満足しながら攻撃を止めた。


「うん、格闘術は良い感じに身についてきたね。スキルによる身体強化もかなりスムーズにできているよ。器用さでいえばクラスの中でも上だね」


 リオは永遠の魔力操作技術を高く評価した。一年四組がこの世界へ来て三週間。既に各々がスキルを使うことにも慣れてきたが、その中でも永遠の成長度合いは大きかった。できることは魔力による単純な身体強化のみ。しかし、発動から効果が出るまでの速さは目を見張るものがあった。


 永遠が男子の一団の元へ戻ると、代わりに黒崎勇人が前に出る。永遠は織田晴臣と歩に肩を叩かれた。


「やるじゃん! これ黛ともタメ張れるんじゃないか?」

「やっぱり明らかに前より強くなってるよね?」

「そうだな。“守護者の家”に行く前と比べて全然違う」


 永遠は以前と比べて体内を走る魔力の量と質が向上していることを実感していた。それが何故なのか彼には理由に見当がついていた。力が増しているのに気づいたのは“守護者の家”から帰った後だ。そして、“守護者の家”ではその原因と思わしき出来事が起きていた。猫田真琴と絆を紡いだことだ。


「これって久住が猫田さんとの絆を手に入れたからだよな?」

「多分ね。それしか考えられないよ」


 歩は確信を持って答えた。『絆』が強化される理由はそれ以外に考えられなかった。


「実際に使ってみるとよく分かるよ。一つ増えただけでも差を実感できるもんだな……」

「絆もこれで二つ目か。割と良いペースだな。最初に懸念していたほどでもなかったんじゃないか?」

「過程と代償に目を瞑ればな」


 晴臣は楽観的だったが、永遠は頬を引き攣らせた。真琴の理想の男子計画に付き合わされることを思うと、今から気が重かった。


 その後、訓練が終わった後、永遠たちは水城杏樹ら女子三人を誘い、いつもの六人で集まる。話題はやはり『絆』の効果が上昇したことについてだ。


「へえ、一目で分かるくらい変わるもんなのか。絆を紡ぐっていう手間をかけるのが面倒だけど、その分効果も凄いってわけか? まあ、絆を得るのが必ずしも良い結果に繋がるとは限らねえけど」

「猫田さんには私たちも目を光らせますから……」


 星加天麗は永遠たちの話を聞くと、同情するような眼で永遠を見つめた。杏樹もまた困ったように笑う。本性が白日の下に晒された今でも、真琴は四組の生活を支える柱であり人望は失われていなかった。ただ、ほんの少し距離を置かれるようになったが、真琴は然程気にしていなかった。


「一ついいかな。『絆』のことで気になったことがある」


 陶山千紘は両目をぱっちりと開いた。彼女の頭脳が働き出した証だ。永遠たちは自然と気を引き締めた。彼女の口から紡ぎ出される言葉にはそれだけの価値があることを、永遠たちは既に知っていた。


「そもそもの話――絆を紡いだ(・・・・・)ってのは、何を以って判定されるんだろう?」


 千紘の言葉に聞き手の五人は顔を見合わせた。


「今までは誰かと仲良くなって、相手のことを理解して、信頼を勝ち取ることで絆が紡がれると考えていた。星加さんの場合はそういった流れだったらしいからね。だけど、猫田さんの件でどうも違う条件があるのではないかという考えが生じたんだ」


 真琴の名を出されて、杏樹はすぐに千紘が言いたいことに気づいた。


「ああ、確かに変ですね。久住くんは猫田さんとそれほど親しい間柄ではありません。絆を紡いだと言われてもしっくりきませんね」

「久住くんと猫田さんの交流は“守護者の家”でのやり取りを除けば少ししかない。星加さんのように大きな出来事を通じて心を通わせたわけでもないのに、絆を紡げるのは妙だと思わないかい?」


 言われてみればと永遠は首を捻った。絆を手にしたことと真琴に協力することへの憂鬱に気を取られていて、まったく疑問に思わなかったことだ。天麗と真琴、それぞれとの親密さは明らかに異なる。それでいながら絆を紡いだという点で同等とされるのは納得できない話だった。


「あのさ、一つ仮説を思いついたんだけど」


 歩が口を開く。普段の軽快な調子がないトーンの低い声だった。


「ふむ、聞かせてくれないかな」

「絆が紡がれたとみなす条件は、相手側がトワに対して全面的に心を開いたか(・・・・・・・・・・)否か(・・)じゃないかな?」

「ほう?」


 千紘は興味深そうに片眉を上げた。


「星加の場合は、過去に起因する問題に答えを見出して、『化粧』の新たな使い道を拓くことに成功し、その切っ掛けをくれたトワの力になりたいと思ったから絆を紡げた。猫田さんの場合は、男性を自分好みに改造したいって性癖を曝け出し、その野望を叶えるためにトワに協力を求め、OKの返事を貰えたから。どちらもトワに本心と心からの感謝を見せた瞬間に絆の力を得ているよね」

「言いたいことは分かるけど、前半と後半の温度差が酷いな」


 天麗が渋い顔で言った。


「二つしか事例がないから根拠としては乏しいけど、絆という言葉の意味とスキルの性質と併せて考えれば、それほど実態とかけ離れていないはずだと思うよ」

「はー、成程な。確かにそれなら一応の説明はつくか」


 晴臣は感心したように言った。


「辻褄の合う説ではある。これは検証する必要があるだろう」

「ただ仲良くなるだけじゃなくて、相手の心の奥底を見るくらいしないと駄目なんだろうね。思ったより条件厳しいのかな? いや、猫田さんみたいに親交を深めなくてもいいならむしろ難易度は下がるのかな?」

「そこは考え方次第ですね」


 永遠は考察と議論に置いていかれながらも、友人が自分のために知恵を出し合ってくれることに感謝した。

 そんな中、天麗だけは輪に加わらず難しい顔をしていた。


(帆足の言ってることは間違ってないと思う。絆の力を得るには表面的に仲良くなっても足りないんだろう。相手の心を開かせないと駄目。それは分かる。だけどな、帆足――)


 天麗は歩の横顔をじっと見据えた。


(それだけ久住と仲が良いくせに、お前もまだ完全に心を開いているわけじゃないんだな。それとも――お前も私みたいに何か胸の奥底に抱えてるものがあるのか?)

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