真の依頼主
真琴は再び尋問室へ行くと、ホルト・ブリンガーに宝の話について知っているすべてを証言するように頼んだ。ブリンガーは即座に陥落した。その後、真琴は尋問の邪魔にならないようにと部屋の隅に移動し、見守ることにした。彼女に見られる中、ブリンガーはすべてを正直に話した。
「借金?」
「そう。兄貴が事業に失敗してな。十万エクス(約一千万円)くらいあるんだ」
ブリンガーはシーリアにそう答えた。
ブリンガーの兄は五年前まで王都で飲食店を経営していた。元は大きな料理店に勤めていた男で、その店の料理長が称賛するほどの腕前の持ち主であった。彼は長年の夢であった自分の店を手にするため惜しまれつつ勤めてきた料理店を去ると、王都の南部に店を構えた。街道を行き来する人々で賑わう立地にオープンした店は、当初腕の良い料理人の噂を聞きつけた客が次々と訪れ盛況だった。祝いに駆けつけたブリンガーも兄の成功を確信し、大層喜んだ。
しかし、その状況は長く続かなかった。一見好調に見えた客足は時を経るに連れて徐々に下がっていき、一年もしないうちに閑古鳥が鳴くようになった。料理の味は問題なく、間違いなく良い店であった。しかし、客の多くは“過去に名店で働いていた料理人が開いた店”という肩書に惹かれて訪れた者で、目新しさがなくなると興味を持たなくなった。やがて、店主には開店資金を調達する過程でできた負債だけが残った。
「このままだと返済できる見込みがなくてな。兄貴もここ一年くらいで随分やつれたよ。嫁さんにも逃げられるし」
「それはお気の毒ですね……」
ソニアは在り来たりな同情の言葉を寄せた。
「俺もどうにかしてやりたくて悩んでたんだが……三日くらい前に酒場で吞んでた時に妙な男に声をかけられたんだ。そいつは名前は言わずに、俺のことを捜していたと言った。そして、兄貴の借金を肩代わりしてやる代わりに秘密の仕事を請け負ってほしいと頼んできたんだ」
「それが今回の宝の話ですか?」
シーリアが訊いた。
「ああ。“守護者の家”の敷地内に宝が埋められてるから、掘り起こしてほしいってな。俺の持ってる『掘削』のスキルに目をつけたらしい。手早く地面を掘れるのが俺の強みだからな。仕事はできるだけ早く取り掛かってくれとも言ってた。その宝を求めてる奴が他にもいて先を越されたらまずいとさ」
「他に宝を探してる人というのが、どんな人かは訊きましたか?」
「いや、そこまでは教えてくれなかったな。ただ宝の存在が最近知れ渡って、それを調べてる連中が何人も現れたとは言ってたよ」
シーリアは先程ブリンガーから聞いた話を思い出した。宝の話を最初にしたのは《累月》の元職員を名乗る男だったと、ブリンガーは語っていた。
「宝の話の出所はここの元職員だったそうですね。その人の身元は明らかなんですか?」
「ええと……男の職員ってこと以外は知らない。ただ、もう病気で死んでいるとは言っていた。だから詳しい話はそいつも知らないみたいだった。ただ、急いで見つけてほしいとだけ言っていた」
「既に病死ですか。それなら絞り込めるかもしれませんね」
ソニアは身元を特定する情報としては十分だと考えた。最初に宝の話が出たのは《累月》が解散してから数年後。話の内容が事実なら、件の元職員が死亡したのはざっと十五、六年以内と推測できた。
一方、シーリアは腑に落ちない様子だ。
「でも、変ですね。その話をしたのは《累月》が解散してから数年後でしょう? それならもう十数年は昔のはずです。今になって宝の話が広まるなんておかしくないですか?」
「最近になって何か事情が変わったとかは考えられませんか? 具体的には思いつきませんが」
「最近になって変わったこと……」
シーリアはガラスで隔てられた隣の部屋を無意識に見やった。
(考えすぎ、とも言い切れませんよね。後でレイチェルさんにも相談しましょうか)
集団転移や氾濫に繋げるのはこじつけかもしれないと彼女は思ったが、それでも無視することはできなかった。宝の噂が突如広まり、事件は四組が“守護者の家”を訪問した時に起きた。偶然の一言で片付けられない気持ちの悪さが、彼女の胸の内でもやもやしていた。
「だけど、結局掘っても何もなかったんだよな。温室の東側に埋まってるって話だったんだが」
「もう誰かが既に掘り返した可能性は?」
「いや、最近掘り起こされた形跡はなかったように見えたけどな」
シーリアが考えこんでいる間、ソニアは尋問を続けた。新たな話題は宝の有無についてだった。ブリンガーがあれだけ地面を掘り返しても何一つ見つからなかったことから、何かが埋められたとは考えにくかった。
(じゃあ、宝の噂は嘘だった? いえ、そんな話のために何人もの人間が一度に動き出すのは変です。信憑性を高める何かがあったはず)
シーリアはさらに思考の深みに嵌まっていく。そんな彼女の様子に気づいたソニアは、邪魔をしないことにした。
「ブリンガーさん。もし、宝を手に入れたらどうやって依頼主に引き渡す予定だったんですか?」
「今夜、前に会った酒場の近くの路地裏で引き渡す手筈になっている。九時に落ち合う約束だ。失敗した時も必ず赴いてほしいと言った」
「今夜ですか」
ソニアは瞳の奥を光らせた。
「それなら罠を張りましょう。ブリンガーさん、貴方が不起訴になるよう司法に取り計らいますから、私たちに協力してくれませんか?」
「で、依頼主は捕まえられたんですか?」
「はい。取引場所に張り込んで、やって来た相手を捕縛することに成功しました」
翌朝、四組が住む寮にやって来たソニアは昨夜に起きた捕物の顛末を菖蒲に語った。場所は寮の食堂で、帰還した永遠たちから事情を説明された生徒たちは興味津々といった様子で耳を傾けている。
「そうですか。それは良かった」
菖蒲はほっとしたが、ソニアは顔は渋かった。
「ところが、そう簡単にはいかなかったんです。逮捕した男の素性を調べたところ、闇の請負組織の構成員だと判明しました。金を貰って違法な仕事を引き受ける裏社会の連中ですね。普段は構成員が仕事を遂行するんですが、たまに金に困ったスキル持ちに声をかけて、犯罪の片棒を担がせることもあるんです。ブリンガーもそうして雇われたんですね」
「請負組織ですか……じゃあ、末端の構成員を捕らえるだけでは足りないと?」
「いえ、その点は安心してください。逮捕した男の口を割らせ、トップの身柄も既に抑えています」
「なーんだ。ならもう解決じゃないですか」
梓が楽観した調子で言った。それを見た歩が深刻そうに口を挟んだ。
「そうじゃないよ弦巻さん。誰かの依頼を受けて動くってことは、宝の入手を頼んだ“真の依頼主”がいるってこと」
「あ、成程」
梓は何が問題なのか言われて理解した。ソニアも肯定するように頷いた。
「その真の依頼主が誰かは判明したんですか?」
菖蒲が訊ねると、ソニアは溜息を吐いた。
「残念ですが……彼らは真の依頼主について何も知らないそうです」
「何も知らない? そりゃないだろう。依頼されたってことは実際に会ってるんだよな?」
天麗が何を馬鹿なと言いたげな顔をした。
「逮捕した首領の証言によると、依頼主は仮面で顔を隠した人物で、男か女かも分からなかったと言っています。何らかの魔法道具で声を変えていたようです。その人物は見たこともない法衣を纏っていて、聖職者のような雰囲気を漂わせていたといいます。名前すら告げなかったらしく、外見から便宜上“神官”と呼んでいたとか」
菖蒲が胡散臭いものを見るかのような目つきになる。顔も名前も性別も不明な人物。それだけで想像していたよりも面倒な事態であると、彼女は確信した。
「現在この証言を元に“神官”の行方を追っています。何か分かればまたお伝えしますね」
ソニアがそう締めくくると、生徒たちは騒ぎ出す。
「“神官”ね。怪しい宗教にでも入ってる奴かな?」
「何かヤバそうだよねー」
「目をつけられてなきゃいいけど」
クラスメイトたちが話し合う様子を、永遠は誰とも話さずじっと眺めていた。真琴の一件が尾を引いて、気分が重かったのだ。彼女の悪癖にどう対処すべきか悩むあまり、彼は昨夜なかなか寝つけなかった。彼は憂鬱そうに息を吐くと何気なく周りを見回し、ある一点で動きを止めた。
彼の視線の先には稲荷貴恵の姿があった。貴恵は今まで見たことがないほど険しい表情をしていた。普段の彼女なら小馬鹿にしたような顔をしていそうだと思っていた永遠は、その表情に違和感を覚えた。そして、貴恵の険しい顔はある集団を向いていた。
その集団は食堂の一角に集まる女子の一団だ。湧井穂菊を中心に、徳山真帆、卜部希海、加藤鳩乃、小太刀李、竜晶葉の六人が顔を突き合わせていた。貴恵の視線は彼女たちに真っ直ぐ注がれている。永遠はそれが無性に気になって仕方がなかった。
「……結局、宝なんて埋まってなかったんだよね? それなら諦めてくれないかな?」
歩が漠然とした期待を込めて言った。ソニアは難しいという顔で首を振った。
「向こうは宝がないと知らないはずですから……また、誰か送り込んでくる可能性はありますね」
「うへえ」
歩は心底面倒そうに声を漏らした。
「まあ、宝の情報は漏れてると向こうも分かってるだろうし、また地面を掘り返すことはないだろうな。代わりに家探しするような輩が入り込んでくるかもしれんが」
蜂須賀藍は今後起こりそうな出来事を想像した。彼女の頭の中では、再び盗人が現れる状況を想定した警備プランが練られつつあった。
「そのあたりの話は追々しましょう」
菖蒲が場の空気を変えるように言った。
「それよりも先に話し合いたいことがあります。デリアさんのお陰でクランハウスを手に入れることができましたが、次にクランの名前を決めないといけません」
大事な話を忘れていた生徒たちから声が上がった。
クランの名前。
それは一年四組が新たなクランを創設する上で最初にしなければならない仕事の一つだった。
「というわけで、皆さんで名前の案を出し合いましょう。私たちがこの世界の人々に誇れるような、そんな名前を」




