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絆クエスト:猫田真琴③

 隣の部屋へ連れ戻された真琴は、開口一番謝罪した。


「申し訳ありません。つい本領を発揮してしまいそうになりました」

「本領って何!?」


 梓は頼りにしていたクラスメイトの本性を知り、信じられないような顔をしていた。

 千紘が質問した。


「猫田さん。大の大人を赤子のようにあやすあのテクニックは一朝一夕で身につくものじゃない。一体どうやって獲得したんだい?」

「凄い真面目な顔でしょうもない質問してる」


 真琴と千紘以外の全員が、歩と同じことを思っていた。


「……そうですね。皆様には説明するべきでしょう。私の過去と過ちを」


 真琴はそう言って、永遠へ視線を向けた。


「先程久住様には少しお話ししましたが、私は一年前まで横浜にある資産家のお邸で働いていました。私はそのお邸のご長男の世話係を任されていたのです」

「確かその頃、小学生に上がったばかりって言ってたな」

「はい。ワタル様という御方でした。使用人の中で一番年が近いという理由で、私が抜擢されたのです」


 真琴の脳裏に、横浜の邸で過ごした日々がアルバムを見るかのように思い起こされる。それは今でも彼女にとって幸福な時間として、強く記憶に焼きついていた。


「ワタル様はそれはもう可愛らしく偉大なお人でした。口を開けば大人顔負けの弁舌が飛び出し、スポーツも同年代の子供の中で断トツ。そして、子供ながらにしてすれ違う女性を振り返らせる煌びやかな容姿。ワタル様はあのお邸で一際輝く星でした」

「そりゃとんでもない天才児だな」


 天麗が言った。


「ええ、そうです。これまでに幾人もの家庭教師がつけられましたが、あまりの優秀さに教えられることがあっという間になくなり、三月も持たずに辞めてしまうほどでした。私もワタル様のお世話を任されたことをとても誇らしく思いました。私自身あの方に強く惹かれていたのです。ですから、それはもう舞い上がったものです。ワタル様をお世話するために、私は全身全霊を尽くすつもりでした。しかし……目の前のことに気をとられるあまり、失態を犯してしまったのです」

「何があったんですか?」


 沈んだような表情をする真琴に、菖蒲が訊ねた。


「私はワタル様に最高の生活を送ってもらえるように、持てる力を最大限に振るいました。朝は目覚まし代わりのお声かけ。お食事は完璧な栄養バランスと味を両立した特別メニュー。お召し物はワタル様の美しさを際立てるためにオーダーメイドさせたものをご用意。スケジュールは学校生活、放課後の社交、移動時間の諸々を考慮した上で一秒の無駄なく過ごさせ、十分な休息も得られるように構築。さらにヘアスタイルからネイル、スキンケアにいたるまで、私はワタル様の生活のすべてをサポートしました。そうしてワタル様は完璧の中の完璧というべき、理想的な男性として羽化したのです」

「お、おう」


 天麗はまくし立てるように言った真琴に、若干引いていた。

 真琴は静かに目を閉じると、続けた。


「そして、ワタル様は私の献身を受け入れてくださり――“ママ”と呼んでくれるようになりました」

「何か依存してる!」


 梓が叫んだ。永遠は顔も知らない少年がブリンガーのように堕落している様子を想像した。


「初めてママと呼んでくれた日のことは、今でもよく憶えております。秋の夜、二人で月を見ていた時、そっと私の袖を掴んで恥ずかしそうに口にされたのです。あの時は恍惚のあまり意識が霧散(トリップ)しそうになりました」

「ヤク決めたみたいなこと言うな」


 天麗がうっとりとした表情に真琴に注意する。


「ですが、喜んだのも束の間でした。有頂天になっていた私は情報封鎖を怠り、この事実を旦那様と奥様に知られてしまったのです。そして、古株の使用人であった祖父母も交えて緊急会議が開かれることになりました。会議の結果、私はワタル様のお側つきを外され、お邸への出入りも禁じられたのです。旦那様と奥様は“こういうのはちょっと困る。小学生に性癖を植えつけるのは勘弁してほしい”と仰っていましたね」

「残当にも程がある。ていうか、ちょっと困るで済ます旦那様と奥様が寛大過ぎる」


 永遠は歩の言葉に頷いた。


「情報封鎖って……ワタルくんを陥落させたことを隠し通すつもりだったんですか?」

「はい。ワタル様をさらに磨き上げるためには時間が必要でしたので」

「過去の失態って、ワタルくんを依存させてしまったことじゃなくて、隠し通せなかったことの方か……」


 梓が確認するように訊ねると、真琴は真顔で肯定した。永遠は“失態”について触れた時に真琴が見せた陰のある表情を思い出し、その裏に隠されたあんまりな真相に呆れた。


「ふむ、つまり君はその若様を自分の技術の集大成として完成させたかったのか。君は男性を自分好みに改造したいという性癖を持っている。そうだね?」


 千紘が推理を突きつけると、真琴は微笑んだ。


「はい。あらゆる技術を駆使して磨き上げた才気溢れる男性が慕ってくれる。メイドとしてこれほど喜ばしいことがあるでしょうか」

「過程と結果が邪悪なんだよ。自重しろ。小学生にしてこいつに歪められたワタルが可哀想だ」


 天麗がワタルへの憐れみを瞳に湛えながら言った。性癖を植えつけられた少年のことを思うと、彼女は涙が出そうだった。


「この世界に来て『奉仕』のスキルを手にしたと分かった時、私は天啓だと確信しました。これは私の能力を存分に発揮し、私の理想とする男性を作り上げよという意思に違いないと。そこで私は皆様への奉仕を通じてスキルを鍛え上げることにしたのです」

「多分その天啓とやらの正体は、邪神が放った電波か何かだと思いますよ」


 梓が遠い目でどこかを見つめながら言った。


「はあ……それで、どうするの? このまま続ければブリンガーの秘密を引きずり出すことはできると思うけど」


 デリアが言うと、菖蒲は悩むように唸った。


「とりあえず今回はこのままいきましょう。私たちにとっても大事なことですから」


 今は情報収集に努めるべきだと判断した菖蒲は、心の中でブリンガーに同情した。

 千紘は顎を撫でながら言った。


「これから猫田さんの奉仕を心の底から受け入れないように意識すべきかな。特に男子は。抵抗する意思があればスキルの影響は軽減されるはずだ」

「その点につきましてはご安心ください。今のところクラスの中に私の性癖(センス)に引っ掛かる方はいませんので」

「正直ほっとした」

「同じく」


 永遠と歩は揃って頷いた。


「私はこれから探索者として活動する合間に、理想の男性候補を見繕うつもりです。きっとこの世界のどこかに自分の輝きを知らない男性が、磨き上げられる時を待っているはずですから」

「……まあ、頑張ってください」


 梓は投げやりに言った。


 ふと、真琴が永遠の顔をじっと見つめた。


「久住様」

「な、何?」


 突然見つめられた永遠は声が上擦った。


「久住様は以前仰っていましたね。何かあればできる限り力になると」

「え」


 永遠は一昨日の出来事を思い出した。あの時彼は普段から仕事に追われている真琴を見て、力になろうと思ったのだ。


「私はどうしても“理想の男性を育成する”という夢を叶えたいのです。そのために私はメイドとしてありとあらゆる知識と技術を身に着けてきました。言うなればこれが私のメイドとしての矜持。この世界ならその夢を叶えられるかもしれません。そのためにも久住様にお力添え願いたいのです」


 予想もしない話を出され、永遠は大いに動揺した。冗談だろう、と心の中で呟く。


「いや、俺が役に立てることなんて別に――」

「久住様は星加様の抱える問題を見事解決してみせたと聞き及んでいます。私が見るに、久住様は私とは異なるやり方で、人に寄り添い心を開かせる資質を持っていると思われます。その手腕を是非お貸しください」


 千紘が言った。


「確かにね。久住くんは聞き上手というか、人から話を引き出すのが得意なように思う」

「おい」

「久住くん、ここは一つ漢気を見せる場面だと思うよ。君なら猫田さんの力になれるはずだ」


  永遠は仲間と思っていた人物から売られたことに抗議しようとした。だが、千紘は永遠の肩に手を回すと、そのまま真琴から顔を隠すように後ろを向かせた。

 千紘は小声で言った。


「ここは引いてはいけない場面だ。猫田さんの凶行を止められる人間がいるとするなら、それは彼女に近い人間だけだ。猫田さんは君を評価し、信用を置いている。いざという時に彼女をどうにかできるのは君しかいない。無論ボクも最大限協力しよう」

「マジで? 俺がやらないと駄目?」


 永遠は絶望したように言った。


「久住くん。もしかしたらこの世界に住む未来ある男性の命運は、君にかかっているかもしれない。彼らを救うためにもどうかここは涙を呑んでくれないか」


 永遠は真琴を振り返った。彼女は期待に満ちた眼差しを向けている。希望を信じている瞳だった。

 千紘は真琴が永遠を信用していると言った。永遠はそれが正しいという確信があった。真琴が協力を要請した時、永遠の身体の内側から温かな力が湧き上がってきたのだ。それは天麗との絆が築かれた瞬間に感じたものと同一だった。すなわち、真琴が永遠に心を開きかけているという証だ。

 それは永遠にとって悩ましい決断だった。彼が生きるためにもクラスメイトとの絆は必要だ。厄介事を背負いたくないという個人的感情から、折角の機会を放棄するのは忍びなかった。千紘が言うように、ここは彼にとって引いてはならない場面だった。


 苦心の末、永遠は絞り出すように言葉を口にした。


「……分かったよ。俺でよければ力になろう」

「ありがとうございます!」


 メイドの少女は満面の笑みを浮かべると、永遠に近づき手を握った。一切の邪心がない笑顔だった。その瞬間、永遠の中に絆の力が満ちる気配がした。それは彼にとって新たな成長の一歩であるとともに、刑の宣告でもあった。


 その光景を眺めていた仲間たちは、生贄となった少年の覚悟に心を打たれた。


「久住。しんどい時は遠慮なく愚痴溢してもいいからな? 気が済むまで聞いてやるから……」

「その……私も頼っていいですからね? 担任教師として相談に乗りますから……」


 永遠は穏やかな表情を浮かべながら思った。


(俺は今日大事なことを学んだ。“余計な口約束はするもんじゃない”と)


 彼はその教訓を心に強く刻んだ。




◆◆◆◆◆




【出席番号二十七番:猫田真琴   絆獲得】

【未獲得の絆   残り三十八個】

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