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絆クエスト:猫田真琴②

 『観察眼』――そのスキルを知り、永遠は納得した。千紘が天麗の過去を見透かすような発言をしたのも、稲荷貴恵の内面を考察できたのも、彼女らの些細な表情や仕草から情報を得ることに長けていたからだ。探偵として培った想像力を元来持つ千紘にとっては容易な話だっただろう。


「要するに、『観察眼』は滅茶苦茶観察力が上がるスキルって解釈していいんだよな?」

「ああ、その認識で間違いない。あくまで認知能力の延長線上にあるものに過ぎず、相手の心や記憶を読み取るわけではない。推理の材料を増やす程度のものだ。その上、ヒトやヒトに似た生物にしか通用せず、魔物相手には何の役にも立たない」

「成程な」


 天麗は質問への回答を聞いて、大きく頷いた。


「さて、一先ずボクのスキルについて理解してもらえただろう。それを踏まえて改めて言うが、ホルト・ブリンガーは間違いなく背後にいる何者かの存在を隠している。彼を見てそう確信した」

「分かりました。つまり、その人物が誰か暴かないといけないということですね」


 ブリンガーの依頼者を突き止めない限り、事件が解決したとはいえないと菖蒲は思った。


「どうやって訊き出す? 尋問に適したスキル持ちっていないか?」


 天麗はクラスメイト達の顔を見た。


「僕は専門外だねえ」

「私も駄目ですね。大好きな牧場のことになら活かせるんですが……」

「私の『氷結』も使えませんね。いえ、力尽くで訊き出すこともできますが……教師として生徒の前でそれをするのはちょっと」

「俺の『絆』に関しては言うまでもなく」

「私にも期待しないで」


 歩、梓、菖蒲、永遠、デリアが次々と回答するのを見て、天麗は溜息を吐いた。


「じゃあ、シーリアさんとソニアさんが上手いこと訊き出してくれるのを祈るしかねえか……」


 そうするほかないと皆が思い始めた時、ただ一人回答を出さなかった人物が手を挙げた。


「私ならできます」

「猫田さん?」


 菖蒲が真琴の顔を見つめると、彼女は自信に満ちた微笑を返した。


「私なら彼が秘めている真実を引き出すことが可能です。ここは一つ私にお任せください」

「でも、猫田さんのスキルって『奉仕』だよね?」

「この場で活かせそうには思えませんが……」


 歩と梓が言った言葉に、永遠も同意した。他者の支援を専門とする真琴が尋問に長じているようには見えなかった。それは他の者も同様で、疑わしそうな視線を向けている。だが、真琴はそれらに対して悠然と見返した。


「ふふ、どうぞ大船に乗った気でいてください。私がメイドとして磨き上げた技術をお見せしましょう」




「失礼します」


 扉の開く音に反応して、シーリアとソニアは振り返った。視線の先には真琴と付き添うように立つデリアの姿があった。


「お二人ともそろそろお昼にしませんか? このままでは長引きそうですし……」


 その言葉で二人はまだ昼食前であることを思い出した。“守護者の家”に帰ってからすぐにブリンガーの尋問に移ったので、そろそろ腹が鳴く頃だった。


「それもそうですね」

「どうしますシーリアさん? 一通りのことは訊き出せたので、このまま警邏隊に引き渡すのもありですが……」


 気になることはまだあったが、このまま尋問を続けるよりも本職に委ねるべきだという考えがソニアの頭に浮かびつつあった。シーリアも勘案するような素振りを見せた。

 だが、そこで真琴が思いもしない発言を口にした。


「ブリンガーさん、貴方も昼食をいかがですか?」

「は?」


 シーリアとソニア、それにブリンガーの呆気にとられた声が重なった。真琴はにこにこと笑みを浮かべ、デリアは苦笑していた。


「貴方もそろそろ空腹時でしょう? 簡単なものでよろしければ出せますよ」


 シーリアはどういうことかと家主へ疑問の眼差しを向ける。デリアは片目を閉じた。理由は不明だが、“このまま好きにさせろ”という意思表示であることに違いなかった。

 少し悩んでから、シーリアは言った。


「食事を提供するのは構いませんが、拘束は外せないので猫田さんが食べさせてください。それでもいいですか?」

「承知しました」


 そう言って真琴は一度部屋を出ていく。それから一分か二分経ってから、サンドイッチを載せたトレイを手に戻ってきた。真琴はトレイをテーブルの上に乗せると、サンドイッチを手に取り「どうぞ」と囚われの男に差し出す。

 ブリンガーはただ困惑するしかなかった。


(何だ? 何を考えてる? まさか毒を……いや、ここで俺を始末する意味はないな。向こうはもっと情報を引き出したいと思ってるだろうし)


 ブリンガーは自分の心を開かせるのが目的の親切だと推測した。そうであれば警戒し過ぎる必要もないだろう。それに腹が減っていたのも事実だった。ブリンガーは素直に受け入れることを決めた。


 サンドイッチを一口頬張ると、最初に柔らかいパンの弾力が歯に伝わり、それに続いて塩気のある野菜の食感が広がった。ブリンガーは一瞬虚を突かれたような顔をした。彼は土木作業の合間に、屋台で売っている肉体労働者向けに濃い味付けのされたパンを何度も食べたことがある。今食べたパンはそれらと比較すればずっと薄味で、量も少なく物足りない。しかし、これまでに食べたどれよりも遙かに美味だった。


「いかがですか? お口に合えば嬉しい限りです」

「あ、ああ。美味いよ」


 真琴に問われて我に返ったブリンガーは、反射的に答えた。


「そうですか。それは良かった」


 メイドの少女は目を細めて優しさを感じさせる声で言った。ブリンガーは彼女の黒い瞳から目を離せなかった。


「そういえばお顔も汚れていますね。泥があちこちについたままです。拭いてさしあげます」


 真琴はハンカチを取り出すと、手慣れたようにブリンガーの顔を拭いた。丁寧に汚れを拭うと、日に焼けた肌がありのままの姿を取り戻す。だが、ブリンガーは真琴の整った顔がすぐに目の前にあることが気になって仕方がなかった。真琴の吐息が顔にかかり、綺麗に拭かれた額に汗が滲み出る。拭き終わった後には、日本製の仕立ての良いハンカチが薄く汚れていた。


「これで綺麗になりました。おや――」


 真琴は(おもむろ)に屈むと、ブリンガーと真正面から顔を合わせた。ブリンガーは身動きのとれない身体を仰け反らせようとする。


「こうして見ると、とても精悍な顔立ちをしているのですね」


 真琴は髪をかき上げ、微笑みながら言った。

 その一言で、ブリンガーは心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。


 一連の流れを隣の部屋から観察していた永遠たちは、奇妙な展開に動揺していた。


「な、なあ。ブリンガーの様子が段々おかしくなってないか?」


 真琴が同意を求めると、幾人かが頷いた。


「うん。何ていうか……照れてる?」

「小さな子供が年上の女性にほのかな恋心を抱く様に似ているね。いや、母親に甘える子供といった方がいいかな?」

「妙に具体的ですね帆足くん」


 皆が口々に感想を述べる中、千紘は何かに思い至ったような顔を作った。


「ふむ、そういうことか。猫田さんの狙いが読めたよ」

「どういうことですか陶山さん!」


 梓が名探偵の推理を聴こうと身を乗り出した。


「猫田さんのスキル『奉仕』は、他者に奉仕することでその相手に何らかの影響を与えるというものだ。彼女は普段ボクたちの身の回りの世話を行うことで、ボクたちの精神衛生を保つことに貢献している」

「そうだな。でも、それが何だっていうんだ?」


 天麗は『奉仕』の効果を改めて説明されても、その意味が分からなかった。


「見方を変えれば、奉仕を通じて他者の(・・・・・・・・・)精神に干渉できる(・・・・・・・・)ということさ。例えば、他者の世話をすることで、相手の自分に対する警戒心を下げる、好意を抱かせるというようにね」

「あ」


 永遠はそこで初めて『奉仕』に隠された恐るべき効果を知るに至った。


「ブリンガーは猫田さんの奉仕を受け入れたことで、彼女の術中に嵌まってしまったのさ。今の彼には、猫田さんが健気で母性に溢れる女性に見えていることだろう」

「そんな……まさか猫田さんがバブみで大人の男性を堕とそうとするなんて……」

「バブみ?」

「先生は別に知らなくていい言葉だよ」


 歩は知らない単語に疑問符を浮かべる教師を、スラングから引き離した。


 永遠たちが会話を繰り広げている間にも、真琴による精神の侵略は着々と進んでいた。


「ブリンガーさん。貴方の証言には腑に落ちない点がいくつもあります。本当のことを話していただけませんか?」

「ソニアの言うことに従った方が良いわよ。もし不審な点が見つかれば、貴方について詳しく捜査するでしょう。何を隠しているかは知らないけど、このまま黙っていても良い結果にはならないわよ?」


 デリアが脅すように言うと、ブリンガーは途端に不安そうに顔を曇らせた。そこへ真琴がすかさず言葉を挟む、


「大丈夫です。絶対に悪いことにはなりません。私は貴方が本当は心根の良い人だと信じていますから。きっと今回の件も何か深い理由があったのでしょう? 私には頼りになる友人が沢山いるので、きっと何とかしてくれるはずです。ですから――」


 真琴はブリンガーの頭を子供をあやすが如く撫でる。ブリンガーの顔が赤みを増した。

 永遠はその光景を見て、顔を引き攣らせた。


「……女の撫でポとか初めて見た」

「撫でポ?」

「先生は別に知らなくていい言葉だよ」


 歩は知らない単語に疑問符を浮かべる教師を、スラングから引き離した。


 やがて、ブリンガーは夢心地に沈んでいるかのように瞳をとろんとさせる。真琴はその様子を満足そうに見つめた。


「どうか安心して、私にすべてを委ねてください」

「……ありがとう」


 ブリンガーに最早抵抗する意思はなかった。彼の心は完全に眼前の少女に開かれていた。


「ふふふ……いいこいいこ。このまま私の理想の男の子に――」


 真琴は言葉に欲望を滲ませ、唇の端を吊り上げた。シーリアたち三人は恐ろしい儀式でも目の当たりにしているかのようだった。


「待て待て。表情ヤバくなってる。ストップかけろ!」


 天麗が叫ぶと同時に、永遠と歩が一緒に部屋を飛び出した。

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