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侵入者

 永遠と歩はデリアと別れた後、食堂へと向かった。食堂では既に菖蒲と真琴を除いたクラスメイトが全員揃っていた。シーリアとソニアの姿はなかった。


「シーリアさんとソニアさんはー?」

「一旦寮と《青嵐》へ報告に戻るそうです。デリアさんに認められたことを知れば、皆喜ぶでしょう」

「だな。良い報告ができて何よりだ。ま、それも久住が良いこと言ってくれたお陰だけど」


 天麗が永遠を見てにやりと笑った。


「ま、まあ役に立てたならついてきた甲斐があったよ」


 永遠はまだ褒められるのに慣れていなかったが、悪い気分はしなかった。


「昼飯はもうすぐできるってさ。今は猫田が果物でジュース作ってる」

「猫田さんは何でもできますね……ん?」


 一同が談笑していると、ふと梓の表情が変化した。彼女は首を庭に面した窓へと向ける。それからゆっくり窓際に近寄ると、外を覗いた。


「どうしたんだい、弦巻さん」


 千紘が怪訝な顔で訊ねた。


「今庭の方から変な音が聞こえませんでした?」

「音? 僕は特に聞いてないけど……気のせいじゃなくて?」

「いえ、確かに……」


 梓は窓に張りついて、じっと外を見つめている。永遠は気になって梓の隣から一緒に外を覗くが、先程と変わらない庭の景色が映るだけだった。


「特におかしなところはないように見えるけど……」


 永遠がそう言った瞬間、彼の耳が微かな音を捉えた。くぐもったような重い音。何か細かい物がぱらぱらと落ちるような音。それらが重なり合ってどこからから聞こえてくる。


「何だこの音?」

「あっちの方……温室の向こう側から聞こえてきません?」


 永遠は耳を澄まし、梓の言う通り奇妙な音の重奏が、庭の奥に立つ温室の先から鳴っているのを確かめた。


「さっき庭を見て回った時は気になるような物は見当たらなかったけどな」

「見に行ってみるか?」


 天麗が引き締めた表情で訊いてきた。彼女はいつ何が起きてもいいように、スキルを発動する準備を整えていた。


「念のために全員で移動しよう。猫田さんにはボクから伝える」


 千紘は庭へ出る旨を真琴に伝えるためキッチンへと向かった。一分後に戻ってきた彼女と合流し、永遠たちは庭へ出た。

 外へ出ると音は少し鮮明に聞こえるようになった。くぐもったような音が鳴り、その後に何かが落ちる音がするという繰り返しだ。その規則性は何らかの作業を行っているかのようだった。それらは温室の方へ近づくにつれて、よりはっきりしていく。


「……これ、土を掘り返す音じゃないか?」


 天麗の言葉に全員が頷いた。日本にいた頃、工事現場の前を通る時に聞いた地面を掘り返す音だ。ぱらぱらという音は掘り返した土が温室の壁にかかる音らしい。永遠が温室のガラス越しに反対側を観察すると、土が舞う光景が薄っすらと見える。そして、その傍に土を掘り返していると思わしき何者かの姿もあった。


 菖蒲が眉を顰めた。


「誰でしょう……? シーリアさんやソニアさんではありませんね」

「男の人っぽいよね。どこかの造園業者が来たわけじゃなさそうだけど……どうする?」


 歩はこのまま近づいて確かめるか、一度退くべきかという意味を込めて皆に訊ねた。全員が互いの顔を見て、そのまま頷いた。


「皆静かに。音を立てずに近づくよ」


 千紘が小声でそう言い、先頭に立った。菖蒲が付き添うようにして移動し、永遠が後に続く。歩、天麗、梓は反対側から回り込むことになった。

 温室の裏手に回り、壁沿いに足音を殺しながら歩みを進める。その間も永遠はガラス越しに見える男の後ろ姿を内心ひやひやしながら見ていた。男は作業に集中しているのか、それとも自ら出す音で足音と気配を感知できないのか、まったく気づく様子はなかった。


 永遠たち三人は角から頭を出すようにして男の背中を見た。背丈は百七十センチほどで、肉付きの良い身体を持っている。髪は短く刈っていて、日に焼けていた。

 男は地面を見下ろし、右手を翳している。掌から魔力の光が地面に向けて零れ落ち、それに呼応するかのように地面が一人で掘り返されていった。間違いなくスキルによるものだ。


「全然出てこねえな……本当にここにあるのかよ?」


 男はうんざりした調子で独り言を呟いた。彼の目の前には広範囲に渡る深い穴が広がり、周囲には細かい土が散らばっている。


(何かを探している……?)


 永遠は男の目的が気になったが、それより先にやるべきことを済ませることにした。男をどうするかは天麗たちと分かれる前に決めていた。“守護者の家”の関係者とは思えず、人目を忍んで地面を掘り返す様子は不審極まりない。そう結論づけた永遠たちは、男の前に現れ問い質し、場合によっては拘束することにした。


 菖蒲が温室の陰から飛び出す。


「そこで何をしているんですか?」


 厳しい声色を背中にぶつけられた男は、ぎょっとして振り返った。初めて見えた男の顔は、角ばった鼻が特徴的だった。少なくとも永遠には見覚えがなかった。


「くそ!」


 男の判断は早かった。すぐさま駆け出し、真っ直ぐ離れていく。しかし、反対側から天麗たち三人が現れたため、思わず足を止めようとして前のめりになった。


「おっと、逃がしませんよ! 何者かは知りませんが観念することです!」


 男は迷う素振りを見せたが、意を決したように再び駆け出す。そのまま突っ切るつもりなのだと永遠は思った。

 しかし、それが叶うことはなかった。全身を『化粧』で覆った天麗が素早く動く。身体強化の効果を付与したことで、彼女の速度ははるかに向上していた。

 天麗の拳が男の腹にめり込み、男は身体をくの字に曲げて吹っ飛んだ。そのまま背中から地面に落ちた男は呻き声を上げる。身を捩り、苦しそうに息を吐いていた。天麗は悠々とした足取りで男の下に近づこうとする。だが、そこで千紘が叫んだ。


「気をつけろ星加さん! まだやるぞ!」


 その言葉と同時に、男が掌に魔力を集中させた。スキルだ、と永遠が思った瞬間、天麗の足元の地面が爆ぜた。まるで地中で何かが爆発したかのように土が噴出し、雨のように降り注ぐ。それは間欠泉が噴き上がるかのようだった。永遠は思わず目を瞑り、身を屈める。不意打ちに成功した男は勢いよく跳ね起きようとした。

 だが、土塊に遮られた視界の奥から見えた光景に男は目を見張った。土と共に吹き飛ばしたと思っていたはずの女が当たり前のように立っていたからだ。

 何故、と男が思った時には、天麗の拳が顎に入っていた。

 男は今度こそ意識を手放した。

 菖蒲がすぐに男の元へ駆け寄ると、手足を『氷結』で固めた。


「ありがとよ、警告してくれて。お陰でぎりぎりで躱せた」


 天麗は全身を覆っていた『化粧』を解除して、ほっと一息吐いた。千紘が警告を放った瞬間、天麗は反射的に身を引いていた。それ故、足元から噴き上がる土を間一髪で回避することができた。


「こいつが反撃しようとしていることによく気づいたな」

「身を捩った時に一瞬視線が地面に向いたのを見たんだ。それに瞳から闘志も失われていなかった。だから何かやると思ったんだよ」


 千紘もまた天麗の無事な姿を見て、珍しく安堵したような表情を見せた。

 永遠は気を失った男に警戒しつつ近づき、その顔を覗き込んだ。


「それにしてもこいつ誰なんだ? どうして地面を掘り返してたんだ?」

「分からないけど、ここの関係者じゃないのは確かだよね」

「泥棒でしょうか?」

「そうとは思うけど……」


 歩と梓は男の身体を虫の死骸でも突くかのように触る。

 どうしたものかと永遠が考えていると、どこからかシーリアの声が聞こえた。


「あ、シーリアさんが帰ってきたみたいだね。どうしたらいいか訊いてみようよ。いろいろ説明しなくちゃいけないし」

「そうですね。帰ってきて早々に面倒事を押しつけるようで気が引けますが……」


 菖蒲はそう言うとシーリアの声がする方へと向かった。

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