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“五英雄”

 真琴と別れた永遠は、一階ロビーへと足を運んだ。

 広々とした空間には天窓から差し込む陽光が散乱しており、寂しげな空気を醸し出している。いずれこの場もそう遠くない将来人の賑わいで埋められるのだろうと考えながら、彼はラウンジの奥のラウンジスペースへと歩いていく。最初にここを訪れた時、壁に絵がかけられているのが目に入り、ふと気になって鑑賞しようと思ったのだ。

 絵は王都の街並みを描いた風景画だった。絵の下に填めこまれたプレートを読むと、《累月》に所属する探索者の作品らしい。永遠に芸術の知識はとんとないので、綺麗な絵だというありきたりな感想しか浮かばなかった。

 永遠は他にも何か飾られていないか辺りを見回した。そして、ロビー正面奥の通路の手前の壁際に鎮座している像が目に入った。それを目にした瞬間、永遠は既視感に囚われた。


「これって……」


 永遠は像に近づきまじまじと見る。彼は既視感が気のせいではないと気づいた。


「何見てるの? 石像?」


 奥の通路から歩が現れ、像を見つめる永遠の存在に気づき、声をかけてきた。


「帆足。この石像って今の寮の中庭にもあるやつと同じじゃないか?」


 歩は眉を上げると、永遠と同じように像を観察する。


「ああ、噴水に立ってるやつ? そういえばそうだね。銘板に『オーロラ・サルティン』って書いてる」

「そうそう、そんな名前だった」

「像がいくつも残されてるってことは有名な人なのかな?」

「星加が言ってたけど、昔の有名な探索者で英雄と呼ばれていたらしい」


 永遠は天麗と噴水で話をした時のことを思い出した。口元を覆って顔立ちがはっきり分からないというのは、ミステリアスな印象を見る者に与えていた。


「あら、“五英雄”のオーロラ・サルティンに興味があるの?」


 背後からデリアの声がかかり、二人は振り返った。デリアは美しい笑みを浮かべて佇んでいた。


「“五英雄”? それ昨日ソニアさんも言ってたよね」

「まだ習ってないのかしら。それなら教えてあげる。“五英雄”とは百年と少し前に活躍した五人の英雄の総称よ。ルード・グランバーズ、アネア・スラッド、ミロガ・サースター、ジャルタ・ホグズ、そしてオーロラ・サルティン」


 デリアは指を折りながら名を挙げていく。永遠は彼女の声にどこか誇らしげな感情が滲み出ていることに気づいた。


「オーロラさんの像は迷宮管理局の寮にもあったけど、探索者の象徴みたいな人なの?」


 歩が何気なく質問した瞬間、デリアの瞳がきっと開かれた。


「ええ、そうよ! オーロラ・サルティンは歴代の探索者の中で最強と謳われる戦乙女だったの! 波のように押し寄せる魔物の群れを疾風の如く斬り捨て、勝利を勝ち取ってきた人よ。それに、王都で彼女に惹かれない男など一人もいないと云われるほど絶世の美女で、市井では似姿が大量に出回っていたわね。彼女が探索者の象徴に選ばれたのは必然よ。他の五英雄でも勝負にならないくらい――と、熱が入り過ぎたわね」


 デリアは若干顔を赤らめて、落ち着きを取り戻した。


(オタク特有の早口……! この人オーロラ・サルティンの大ファンだな)


 デリアがオーロラ・サルティンに対してどれほどの敬意を抱いているかは、彼女の様子を見れば十分すぎるほど理解できた。そして、永遠はそれを無遠慮に指摘しない優しさを持っていた。


「デリアさん百二十五歳って言ってたよね。じゃあ、“五英雄”と会ったことあるの?」

「そうよ。《累月》は“五英雄”に憧れた探索者が集まって設立したクランなの。私も創設メンバーの一人。ちなみに、私はオーロラ様一筋よ」

「それはもう知ってる」


 歩は冷静に返した。


「もっとも、私に限った話じゃなくて白銀狼の間ではオーロラ様の人気が圧倒的よ。というのもオーロラ様も白銀狼で、私が住んでた里の出身だったのよ。里一番の人気者で、小さい頃によく遊んでもらっていたわ」

「へー、そうなんだ。じゃあ、英雄として有名になって里も大騒ぎだったんじゃない? 地元から全国デビューのアイドルが出たみたいな」

「当然よ」


 白銀狼という言葉を聞いて、永遠の頭に一つの疑問が浮かんだ。


「ん? オーロラ・サルティンも白銀狼ってことは、ひょっとしてまだ存命してる?」

「あ、そうか。白銀狼は三百歳くらいまで生きるんだよね」


 二人はデリアに視線で問いかけたが、彼女は残念そうに首を振った。


「……オーロラ様は九十年くらい前に探索者を引退して、それからの足取りは掴めていないわ。生きているのか死んでいるのかも不明よ。けど、生きているとしたら、ひょっとするとどこかで会えるかもしれないわね」


 百年前の英雄。雲の上の存在が今もどこかで生きているかもしれない。そう思いながら永遠は偉大な先人の像を再び見た。

 歩もまた興味津々といった様子だ。


「ふうん。そんな人が今も生きてるなら是非会ってみたいなあ。叶うならイン――」


 歩は一瞬はっとした表情を見せると、慌てた様子で言い直した。


「そうそう! “五英雄”って他に存命の人はいないの?」


 デリアは歩の妙な態度を気にするわけでもなく答えた。


「いえ、オーロラ様以外は皆純人種だからもうこの世にはいないわね。他の四人のうち、二人は天寿を全うして、あとの二人は《メイリム都市迷宮》で命を落としたの」

「英雄と呼ばれる人でもあの迷宮を攻略できなかったのか……」


 オーロラは単身で魔物と群れと戦えるような人物だったと、天麗が語っていたのを永遠は思い出す。そんな人物が同じく英雄と称される四人の仲間と共に挑んでも、《メイリム都市迷宮》の踏破は叶わなかった。永遠にはそれがとても残念に思えた。


 そう思いながらデリアを見て、彼女が虚空を見つめながら黙していることに気づいた。まるで過去の記憶に思いを馳せているかのようだった。


「デリアさん?」


 永遠が声をかけると、デリアは小さな驚きに身体を震わせた。


「ん? あら、ごめんなさい。少し考え事をしていたわ。それじゃあ、私は一度家に戻って譲渡契約に必要な書類を取ってくるわ。また後でね」


 デリアは取り繕ったように口早に言うと、踵を返して去っていった。

 永遠と歩は不思議そうな顔を並べて、彼女の後ろ姿を見送った。

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