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絆クエスト:猫田真琴①

 デリア・サイレムとの問答を終えた永遠たちは、これから自分たちのホームとなる“守護者の家”の敷地内を案内してもらっていた。

 最初に案内された本館から始まり、職員用の寮、庭、温室、牧場など、要望にあった施設を順番に見ていき、その度に彼らは感嘆した。手入れの行き届いた建物や雑草が綺麗に刈り取られた庭は、今でも誰かが使っているような錯覚を覚えるほどだった。


「どうだった? お気に召したかしら?」


 案内が終わり、本館の一階ロビーに戻った後、デリアは生徒たちに感想を訊いた。


「うん、凄かったよ! これからここで暮らせるなんてわくわくしちゃうなあ」

「寮の個室も贅沢だったな。風呂場もあったし竜が喜びそうだ」

「畑と厩舎も良い感じでした!」


 文句なしのレビューに、デリアは満足そうに笑った。


「そう言っていただけると維持してきた甲斐があったわ」

「強いて言うなら設備が古いことですね。解散した当時から変わってませんから……もっともこれは新しいものと交換すれば大丈夫でしょう」


 シーリアがそのあたりをどうするのか視線で問いかけた。


「交換ならそんなに手間はかからないわ。お金ならいくらでもあるし、スキル持ちの業者に頼めば全部の工事が一日で終わるでしょう。ここが活動していた頃の業者との繋がりはまだあるから」

「そこまでしてくれるんですか?」


 永遠は少しばかり申し訳ない気持ちになった。だが、デリアは気にするなと言わんばかりの顔だ。


「構わないわ。どうせお金の使い道なんてここ以外にないんだから」


 現役時代に巨万の富を得たデリアにとって、改装にかかる費用などあってないようなものだ。むしろ、ついに“相応しき者”の出発のために、喜んで金をつぎ込みたい気分だった。


 永遠たちが感謝していると、それを眺めていた菖蒲が何か思いついたように顔を明るくした。


「それなら……これからもデリアさんにここの管理をしてもらうのはどうでしょうか?」


 その言葉に生徒たちは目を丸くした。


「それはつまり、サイレム様を管理人として雇うということですか?」


 真琴が訊くと、菖蒲は頷いた。


「はい。これだけ広い建物を素人の私たちだけで管理するのは難しいでしょう。ここを良く知る人になら安心して任せられます。それに白銀狼は知恵者として重宝されるといいますし、探索者として右も左も分からない私たちに助言してほしいんです」

「それはつまり私を管理人として雇い入れようというの? 別に構わないけど……」


 デリアは一度言葉を切って、永遠たちを見やった。


「この子たちは私をそこまで信用できるのかしら? ここにいない人も大勢いるんでしょう?」


 永遠はここにいるメンバーだけで決めてよいのか迷ったが、彼が結論を下す前に梓が元気よく答えた。


「私は賛成ですよ。慣れた人に委ねるのが一番です」


 それに呼応するように、次々に肯定意見が飛び出す。


「同じく!」

「ま、反対する理由はないな」

「皆様が賛成するのであれば異論はありません」


 デリアは銀色の髪をかき上げると、ふわりと微笑んだ。


「そう。じゃあ、これからよろしく。一階の部屋を一つ管理人室に改装して常駐するわね。引退して随分経つから体は鈍ってるし、戦力としては期待しないでね」

「鈍ってるって、今のままでも十分強いと思いますけど」


 シーリアが訝しそうに言った。


「そうね。今の状態だと、ミラとライアック、それにリジー、シレーネ、ガーディの五人が一斉にかかってきたら負けるわね」

「上位クランの幹部級五人がかりでようやく勝てるレベル……」


 ソニアは呆れたような顔で呟いた。


 かくして、《累月》の全盛期を支えたとして名高い白銀狼は、新生クランの管理人として再就職することになった。




 昼を少し過ぎた頃、永遠は一人で“守護者の家”の敷地内を見回っていた。案内の時にはじっくり見ることのできなかった場所を、気ままに訪れてみたいと考えたからだ。それは他の仲間も同じだったらしく、今はばらばらに分かれて見て回っている。

 永遠は寮の中を見た後、そのまま庭に出た。中央に木製のテーブルと丸太を加工したような椅子が並べられ、そこから本館正面、本館東口、寮へ石畳の道が続いている。通りに面した柵に沿うように温室と花壇が設置され、花壇の隣には十メートルは優に超える大木がそびえ立っていた。


(本当に広いな)


 隅々まで見て回ろうと思えば一日たっぷり使いそうだなと思った永遠は、外を見るのは止めて本館の中へと戻った。

 廊下を歩いていた永遠は、どこからか良い香りが漂っていることに気づく。匂いの元を辿っていくとキッチンだった。中を覗いてみると、真琴が鼻歌を歌いながらサンドイッチをてきぱきと作っている姿があった。材料は菖蒲とソニアがすぐ近くの雑貨店で購入してきたパンと野菜だ。


 真琴は永遠の視線に気づくと、顔を向けた。


「久住様、如何なされましたか?」

「いや、猫田さんの機嫌が随分良いなと思って」

「そうですね。ここがクランハウスとして本格的に稼働し始めた後のことを考えると心が躍ります。私のメイドとしての力を遺憾なく発揮できそうです」


 どちらかといえばクールなイメージのある真琴がうきうきとしている姿は、永遠にとって新鮮だった。永遠は真琴を、奥ゆかしく滅多なことで感情を出さない聡明な人間だと捉えていたからだ。それは彼女が理想とするメイド像に近いのかもしれないとも考えた。

 そこで永遠の脳裏に疑問が浮かんだ。


「そういえば何で猫田さんはメイドなわけ? どこかのお屋敷に実際に勤めてるとか?」


 以前永遠は樹神透と森重秋音が真琴を称賛している場面を目にしたことがあった。資産家の家に生まれ多くの使用人に囲まれて育った二人が言うからには、高い技術を有しているのだろうと永遠は考える。


「はい、一年前まで横浜のあるお邸でメイドとして働いておりました。神奈川に本社のある《天竜メディカルシステム》という医療機器メーカーの社長のお宅です。祖父母が古くから使用人として勤めていて、私も幼少の頃から出入りさせていただいてました。正式に働くようになったのは、中学校に入学した直後でしたか。そこのご長男の付き添いとして迎え入れられました。まだ小学校に上がったばかりで、できる限り年の離れていない使用人をつけようという話になって私が抜擢されたのです」


 永遠は驚いた。《天竜メディカルシステム》は彼も名前を聞いたことのある企業だ。確か上場企業だったはずだと、彼は記憶を探った。


「長男の付き添いに選ばれるってことは、能力も評価されたってことだろ? 凄くないか?」

「はい。仕事のやり方は祖父母を見て学んでおりましたので。身の回りのお世話から、日々のお食事、お部屋の掃除、洗濯……ありとあらゆる雑事を担当させていただきました」


 真琴は懐かしむように言う。柔らかな瞳で過去に思いを馳せ、調理をする手が止まった。


「あれ、でも一年まではってことは今は働いてないってことだよな? そもそも悠城学園は東京だし……」


 悠城学園に入学したということは、真琴が今もその邸で働いているはずがない。それを指摘すると、真琴は居心地の悪そうな顔をした。


「ええ、まあ、その……実は一年前に失態を犯してしまい付き添いを外されたのです。お邸への出入りも禁じられました」


 沈痛な面持ちで真琴は語る。


「出禁? 何があったんだ?」

「申し訳ありません。それについて語るのはご控えさせていただきます。ご容赦ください」


 真琴は頭を下げた。それを見て永遠は慌てて首を振った。


「いや、ええと、悪かったよ。へ、変なこと訊いてごめん」


 永遠は焦りから言葉がつっかえて、うまく話せなかった。


(しまった。深入りし過ぎたか)


 それから永遠は真琴に別れを告げると、キッチンを出た。廊下を歩きながら思い出すのは真琴の暗い顔だ。


(何があったんだろうな……)


 仕事熱心で完璧なメイドの顔に初めて差した影。永遠にはそれが気になって仕方がなかった。

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