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“守護者の家”

 翌朝、寮の前に永遠をはじめ“守護者の家”へと赴く七人が集合していた。これに加えてシーリアと、《青嵐》からの付き添いとしてソニアも参加し、計九名の大所帯だ。


 菖蒲は出発する準備を終えると、見送りに来た杏樹たちの方を振り向いた。


「では、行ってきますね。水城さんと織田くんも後を頼みます」

「任せてください。良い報告を期待してます」


 四組の代表者たちは、シーリアに連れられ寮の外へと踏み出した。天気は快晴で、外を歩くには最適だ。永遠はふと寮が迷宮化した日も同じような天気だったことを思い出し、少しだけ不安になり寮へと目を向ける。まだ寮の前に立っている杏樹が彼の視線に気づいて、軽く手を挙げるのが見えた。永遠はそれを見て不安を振り払ってから笑みを返した。


 “守護者の家”までの徒歩三十分の道程を、彼らは他愛もない会話を交わしながら進む。

 梓がシーリアに訊ねた。


「そういえばなんで今日はシーリアさんも一緒なんですか? よくよく考えると今回って迷宮管理局の人が間に入るような話じゃないですよね?」

「ああ、それですか。まだ説明していませんでしたね。実は先の迷宮化の件で皆さんへの注目が高まっていまして、今後も考えて可能な限り動向を把握しておきたいという声が上がったんです。そういうわけで今回も《青嵐》に話を通して同行させてもらうことになりました。近いうちに正式に皆さんの専属職員に任命されるでしょう」

「へー、そうなんだ。よろしくね」


 歩が気の抜けた挨拶をした。


 一同はそのまま歩き続け、やがて川に沿った道へと出る。せせらぎの音を背景に歩く中、高い柵で囲まれた場所と建物が、永遠の眼に入ってきた。


「着きましたよ。ここです」


 シーリアは頑丈な鉄製な門の前で立ち止まった。菖蒲と生徒たちは門の奥に広がる景色を見つめる。

 真正面に構える邸宅と見間違えるような暗褐色の壁と深緑色の屋根を持つ建物。建物の右奥にはいくつかの建物と、遠くまで広がる土地。入学試験の際に悠城学園を初めて訪れた時、広大な学園の敷地に感嘆した永遠であったが、今眼前に広がる土地はそれよりも広いだろうと確信した。


「すげー広さ……」


 天麗が想像を超える光景を前にして、呆気にとられる。


「滅茶苦茶お金持ってるんだろうねー」


 歩が遠くの景色を眺めつつ言った。


「昔は王都一と呼び声が高かったクランですからね。《青嵐》も短い期間で急成長しましたが、ここには及びませんよ」

「しかし、それほどのクランが何故解散したのでしょうか?」

「ええ……まあ、いろいろあったんです」


 ソニアは真琴の質問に言葉を濁した。千紘がシーリアに訊ねるような目つきを向けると、彼女も視線を逸らした。


「ちょっと説明し辛いんですよね。私たちも事情を全部把握してるわけではないので。とにかく行ってみましょう」


 シーリアは強引に話を打ち切るようにして門を開いた。門に鍵はかかってなく、鈍い音を鳴らしてゆっくりと動く。シーリアを先頭にして、彼らは敷地内へと踏み入った。ソニアはシーリアの隣に位置し、その後ろに歩をはじめとする生徒たちが続く。永遠は最後尾の菖蒲のすぐ前を歩いた。その光景は観光地を案内される修学旅行生の一団のようだった。彼らは舗装された道を真っ直ぐ進み、正面の建物へと向かう。


「あれが“守護者の家”ですか?」

「ええ、そうです。恐らく王都で最も有名なクランハウスです。今は使われていませんが」

 

 梓が訊くと、ソニアが答えた。永遠は“守護者の家”を見上げる。ずっと使われていないという建物に寂れた様子はない。どこか厳かな雰囲気を漂わせ佇むそれを見ていると、思わず呑み込まれそうだった。


「おや、どうやら家主が出てきたみたいだよ」


 千紘の言葉を聞いた永遠は、玄関へと顔を向けた。

 玄関の扉を開けて現れたのは二十代に見える長い銀髪の女だ。幻想的な白い肌と青い瞳。背は低く身体も細いが奇妙な威圧感があり、“守護者の家”という名の建物の主にぴったりだった。


「ようこそ、“守護者の家”へ」


 “守護者の家”の主であり、《累月》の元幹部であるデリア・サイレムは透き通るような声で告げた。


「お久しぶりですデリアさん。お変わりないようで何よりです」

「貴女もね」


 デリアはシーリアと面識があるのか、彼女に親し気な笑みを返す。ソニアも挨拶をして、いくつか言葉を交わしている。その様子を眺めながら歩が悩むように眉を寄せた。


「ねえねえ、ちょっと失礼な質問しちゃうけどいい? この人がデリア・サイレムさんで、二十年前に解散したクランの幹部だったんだよね? どう見ても若すぎない?」


 確かにそうだと永遠は不躾な視線をデリアへぶつける。彼女は特に気分を害したような様子はなく、むしろ面白そうだった。


 シーリアは苦笑いして言った。


「帆足さん、この方を見た目で判断してはいけませんよ。私たちより遙かに年上なんですから」

「正確な年齢は知りませんが百二十歳は超えているはずです……」

「え」


 シーリアとソニアが明かした情報に、歩はぎょっとする。


「今年で百二十五歳になるわね。漂流者には分からないと思うけど、私は人間じゃなくて白銀狼って種族よ。長命種だからこれでも若い方なの」


 あっさりと言ってのけたデリアに、生徒たちは驚愕を隠せなかった。


「百二十五歳……」

「ま、マジかよ……」

「ふむ、白銀狼か。人間以外の知的生命体の存在は授業で教えてもらったが……実際に見ると本当に区別がつかないね」


 千紘だけは冷静さを保ち、観察するようにデリアを見つめる。

 四組の生徒たちはソニアが受け持つ授業の中で、人間以外の種族について教えられていた。人と似た容姿と知性を持ちながら根本的に異なる存在。その中の一つが白銀狼である。

 白銀狼は人間をベースとして狼の特性を兼ね備えた種として知られる。生まれ持った獣のような強靭な身体能力と、白銀に近い色の髪の毛を持つのが特徴だ。

 白銀狼のルーツについて詳しいことは明らかでない。現在では、過去に存在したスキル持ちの子孫が、スキルの影響を受けて変質した肉体を持つようになったのではないかという説が有力とされている。

 長命種でもある白銀狼は最長で三百年ほど生きる。歳をとった個体は古い歴史、知識、技術を知る者として重宝され、王侯貴族に雇われることも珍しくなかった。


「昨日お伝えした通り、新たな挑戦者を紹介しに参りました。こちらの方々です」

「噂は聞いているわ。迷宮に突如現れた大量の漂流者。全員がスキル持ちという異端の存在として注目されているそうね。貴方たちが……」


 シーリアの紹介を受けてデリアは永遠たちを品定めするように一人ずつ順番に顔を見つめていく。だがその途中、永遠の方へ視線を向けた時、彼女の動きが固まった。永遠は何事かと思いたじろぐが、デリアの両眼はずっと永遠の方へ固定されたままだ。それはまるで今までに見たことのない異質な何かを目の当たりにしたかのようだった。


(俺を見てる……? 何だ……?)


 デリアの意図が分からず永遠は困惑するしかなかった。そんな彼の内心など知らない菖蒲が前に進み出た。


「初めましてデリア・サイレムさん。代表者の白坂菖蒲といいます。お会いできて光栄です」

「……ええ、初めまして。歓迎するわ」


 菖蒲の挨拶を受けたデリアは、目つきを元に戻して穏やかに微笑んだ。そこにはもう先程と同じ幻想的な出で立ちの凛とした女がいるだけだった。


「とりえあえず中に入りましょう。話はそれからゆっくりと」


 デリアはそう言って先に“守護者の家”へと入っていく。歓迎された訪問者たちは緊張したような顔や、物珍しそうな顔を見合わせると、一人また一人と歩み出す。最後に残された永遠は釈然としない気持ちを抱えながらも、仲間の後を追うように続いた。

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