相応しき者
「“守護者の家”……?」
杏樹が初めて聞いた名を呟く。
「どんな所ですか?」
菖蒲が訊ねると、シーリアは答えた。
「今から二十年ほど前に解散した《累月》というクランが使っていた建物です。ここから歩いて三十分くらいの所にあります」
「《累月》は王都でも指折りのクランでした。当時の王都で名の知れた実力者が何人も所属していて、《青嵐》と同じく《メイリム都市迷宮》の攻略を信条に掲げていたと云われています」
「《累月》は《メイリム都市迷宮》の攻略に多大な貢献をしたことで表彰されたこともあります。最大到達階層は七十階層で、解散当時は最高記録でした。彼らが最初に発見した魔物や魔力資源、遺物がいくつもあって、迷宮の研究が大きく進展したんです」
レイチェルとソニアがどこか力強い調子で説明した。それを聞いた歩が感心する。
「へー、じゃあ《青嵐》の人たちにとっては大先輩に当たるんだ」
「ええ。ミラさんやクランマスターも、子供の頃に《累月》に憧れて探索者を目指すようになったんですよ。我々の世代の探索者にとって英雄ですからね」
「なんなら“五英雄”よりも人気高いですからね……」
永遠は“五英雄”という聞き慣れない言葉を耳にして「おや」と思った。ソニアの様子から察するに知名度のある存在のようだった。彼はその名を記憶の隅に留めた。
「その《累月》ってとこのクランハウスがさっきの条件全部満たすの?」
心がシーリアに訊いた。
「はい。《累月》の拠点は訓練施設、工房、農地、温室、図書室、娯楽室、職員用の寮など、クラン運営と生活に必要なものはすべて揃っています。在籍していた探索者が中々の凝り性ばかりで最高品質の設備を整えていたんです。土地もかなり広いですからね」
それだけの設備を保有していたというのなら、本当に大きなクランだったのだろうと永遠は思った。同時に、それほどの規模のクランが何故解散してしまったのかという疑問が沸いた。《メイリム都市迷宮》の攻略を掲げていたのなら志半ばで諦めるとは思えなかった。
「ですが、その建物は売りに出されていないんですよね? 確かに私たちの希望には合っていますが……」
ソニアは杏樹が疑問を呈すると一度頷いた。
「その所有者というのがデリア・サイレムという《累月》の元最高幹部の一人なんですが、ちょっとした変わり者で知られていまして。彼女はクラン解散時にこんな宣言をしたそうなんです――“いずれ現れる相応しき者のために、ここを残す。その人物が現れた時には、すべてを譲渡する”と」
ソニアの言葉を聴いた生徒たちは、一様に不思議そうな顔を作る。
「意味深な発言だね」
千紘が顎に手を添えて興味深そうに言った。
「これまでに何人もの探索者が自信たっぷりに、あるいは面白半分に彼女に己こそ相応しい人物だと挑みました。デリア・サイレムは名の知れた探索者でしたから、彼女に認められたとなれば成り上がるのも夢ではありませんからね。しかし、《累月》が解散してからの二十年、誰一人としてお眼鏡に適う人は現れていません」
「そもそも何を以って相応しいとするのか、その基準すら明かされていないんですよ」
レイチェルはそう言って肩をすくめた。永遠は彼女の微妙な表情を見て、恐らく《青嵐》も“相応しき者”として挑戦したのではないかと当て推量した。
「彼女に挑戦する人間は定期的に現れましたが、やがて徐々に少なくなっていき、私の記憶では二年前に一人挑戦したのが最後のはずです。もう今では皆諦めたか、興味を失くしたかのどちらかですね。ミラさんも何度か挑戦するくらい粘っていましたが、結局駄目でした。私もミラさんで駄目なら他に有力な候補なんていないと思っていましたが……」
ソニアは食堂を見回した。天麗がその意味を理解して目を丸くする。
「まさか、私たちがそれに当てはまるっていうのか?」
問われたソニアは頷いた。
「“相応しき者”はいずれ現れるのだと彼女は言っていました。皆さんを見て、そのことをふと思い出したんです。突然現れた大量の漂流者。すべてが例外ばかりで、王都の探索者から注目を集める存在。どうでしょう、試してみる価値はあると思いませんか?」
その言葉に生徒たちは顔を見合わせた。《累月》のことも、そのクランハウスの持ち主のことも何も知らない彼らには判断がつかなかった。
そんな中、彼らの背中を押したのはシーリアだった。
「……面白い考えだと思います。一度会ってみてはどうですか?」
シーリアには予感があった。一年四組はこの世界に現れてからずっと不可思議の象徴だった。彼らの周りでは想定外のことばかり起きる。ならば、今回もそうではないか? シーリアはこの時、期待にも似た感情を抱いていた。
「そうですね……会ってみるだけならいいでしょう。駄目ならまた他を考えればいいですから」
菖蒲の意見に、食堂のあちこちから賛同する声が上がった。
「それなら早速明日行ってみたらどうですか? 彼女はいつでも挑戦を受けつけていると言っていますから。明日は授業がないので丁度いいでしょう」
「分かりました。そうします」
その時、宝田三雄が口を挟んだ。
「でも、流石に全員で押し掛けるのはまずいですよね?」
「うん、流石にこの人数はね……代表者を決めた方がいいかもしれない」
大嶽光三郎が相槌を打つ。それを聞いた杏樹が、菖蒲の顔を見た。
「それなら白坂先生は入れるべきですね。クラスで唯一の大人ですし、生徒も行くならやはり統率してくれる人が要ります」
「そうですね。私の参加は必須でしょう」
最初から行くつもりだった菖蒲は、すぐに了承した。
「それならボクも同行しよう。デリア・サイレムという人に直接会ってみたい」
次に参加を希望したのは千紘だ。眠たそうな眼が好奇心に光っていた。“守護者の家”に纏わるエピソードが彼女を惹きつけたらしい。
「それなら織田と水城も行く? クラスのリーダー的存在だし」
仁科荘介が晴臣と杏樹へ顔を向ける。晴臣はそれに対して否定するように首を振った。
「いや、先生と陶山さんが行くなら俺は遠慮しようかな。万一に備えて誰か纏める奴が残ってないと駄目だろ」
「私も残ります。織田くん一人に任せられませんから」
二人はクラスを纏め上げられる者がいなくなるのは不味いと考えていた。いつまた迷宮化のような非常事態が発生するか分からない。二人の考えは、警戒するに越したことはないという点で一致していた。
歩が右手を挙げてひらひらと振る。
「じゃ僕は行くー。“守護者の家”っての見てみたいなー」
「私も行く。守りに強い奴が一人はいた方がいいだろ? 水城が残るならこっちは大丈夫そうだからな」
天麗が軽く『化粧』を発動させながら、好戦的に笑った。
「はーい! 私も行きたいでーす!」
五番目に名乗りを上げたのは弦巻梓だ。小柄な体躯を座ったままぴょんぴょんと跳ねさせている。牧場を作れるかもしれないと聞いて、逸る気持ちを抑えられていなかった。
そこで猫田真琴が口を開いた。
「では、私も立候補させていただきます。“守護者の家”とやらがどれほどのものか、メイドの視点から見てみたいと存じます」
真琴は薄く微笑んだ。
「ええと思うよ。真琴はんの見立てやったら安心やさかい」
「私たちの代わりにしっかり見てきてね!」
真帆と心が、真琴に信頼の眼差しを向ける。他の女子も追従するような表情だ。
晴臣が六人の顔を順に見やる。
「これで六人か。あんまり多くても駄目だし、これくらいでいいかな?」
「あと一人くらいな大丈夫だと思いますよ。以前挑戦した人の中には七、八人で組んだという人たちもいますから」
シーリアの回答に、永遠は考える。つい昨日真琴の力になれるなら協力したいと決めたばかりだ。今回真琴が参加を決めたなら、それを手伝うのも悪くない。家事は得意ではないが、他のことなら自分でも十分力になれるはずだ。それに歩と天麗も参加するなら居心地の悪い思いをすることもないだろう。
永遠は手を挙げた。
「じゃあ、俺も行こうかな」
「お、トワ乗り気だねー」
「結局いつもの面子っぽくなったな」
「だねー」
歩と天麗が軽い調子で笑い合う。すると、真琴が永遠に優しい表情を向けた。
「ふふ、久住様たちと一緒に行動するのは初めてですね。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って真琴は裾を持ち上げ、綺麗なお辞儀をしてみせた。




