『マーケット』
夜、一階ラウンジに久住永遠、帆足歩、水城杏樹、織田晴臣、陶山千紘、星加天麗の六人が集まった。
先の事件からこの六人は度々集まり親交を深めている。共に困難を乗り越えた関係というのは彼らの距離感を一気に縮めた。永遠にとっては『絆』のスキルを獲得するためにも都合が良かった。
杏樹は稲荷貴恵について千紘に相談するつもりだったが、ついでに他の友人の意見も募ることにした。
「うーん、気にはなるけど基本的に不干渉でいいと思うけどな。向こうも仲良くする気はないみたいだし」
「私も同じだ。こういうのは無暗に突かないのが吉だ。特に稲荷みたいな奴はトラブルの原因になりがちだからな」
これまでの関係を継続するのが良いと意見を出したのは、晴臣と天麗だ。二人は有効な対策が分からないまま、余計な真似をするのは避けるべきという方針を持っていた。
「でもさ、この先何があるか分からないし必要最低限の交流は会った方がいいんじゃない? レイチェルさんも言ってたでしょ。僕らを狙う連中がいるかもしれないって話。孤立しているのが知られると狙われやすいんじゃないの?」
「俺も……問題の種は早めに摘んでおいた方が良いと思うかな」
対して、速やかな解決を提案したのは歩と永遠だ。
杏樹は悩む素振りを見せると、目を瞑りながら考え込んでいる様子の千紘に話しかける。
「千紘さんはどう思いますか?」
千紘は目をゆっくり開く。
「そうだね。一つだけ言えることがある」
「何ですか?」
杏樹は姿勢を正した。
「ボクが見てきた限りでは……稲荷さんは自分の本心を隠すタイプの人間だと思う」
「本心を隠す?」
天麗が首を傾げる。
「うん、そうだ。彼女が人を怒らせるような言動を繰り返すのは、ある種のポーズと言ってもいい。自分が何を考えているのか周囲に悟られたくなくて、わざと目立つ行動をとり、印象を誘導している節がある。完全な嘘ではないが、一番知られたくない真実を隠している。そんなところかな」
「何でそんなこと分かるの?」
「まあ、いろいろとね」
歩が訝し気に見つめるのを、千紘は軽く流した。
永遠には心当たりがあった。天麗の抱える問題を追究しようとした時、千紘は的確な助言を与えた。あれは彼女のスキルによるものだ。恐らく今回もそうだろうと彼は考えた。千紘に視線を投げかけると、彼女は視線を受け止めてただ微笑むだけだった。
「稲荷さんのことはしばらく触れない方が良いと思うよ。今はまだその時期ではない。それよりも別の問題に気を配るべきだ」
「別の問題? 他に何かありましたか?」
杏樹には思い当たる節がなかった。他の皆も分からないという表情をしている。
「深刻な問題ではないからあまり気にする必要はないけどね。ただ、今まで目に見えなかった問題がいくつか表面化してきたみたいだ。もう既に耳にしているかもしれないが――」
皆の注目を浴びながら、千紘は語りだした。
一時間前。
千紘が一階の廊下を歩いていると、祖父江信宏が椿雪成に話しかける場面に遭遇した。
「椿、話がある。時間を貰えるか?」
「珍しいね。君が僕に用があるなんて。用件は手短に頼むよ」
金儲けにしか関心がない祖父江が何の用でやって来たのか。千紘は興味本位から二人の会話を立ち聞きすることにした。
「仁科から聞いたが、お前は迷宮で討伐した魔物が遺した魔力資源をすべて回収したそうだな。確かか?」
「そうだよ。知っているかもしれないけど僕の『ストレージ』は重さを無視して物を収納できるからね。まだ未熟だから容量には制限があるけど」
「その魔力資源を俺に売る気はないか?」
予想もしない提案だったのか椿は驚いた表情を見せる。
「売る? 確かにそれは考えたけど、これは白坂先生や小松さんたちの成果だからね。僕の一存で売るのは良くない。それに売るとしてもレイチェルさんに相談するつもりだったし……」
「それを決めるのは俺の話を聞いてからでも遅くない」
祖父江はにやりと不敵に笑った。
「そうだな……何か適当な量の魔力資源を出してくれるか? 俺にくれても構わない程度でいい」
「じゃあ、これくらいでどう?」
椿は『ストレージ』を発動させると、収納していた魔力資源をいくつかその場に取り出す。
「十分だ。これを……」
祖父江がそれらの魔力資源を拾い上げると、光の粒になって消えた。祖父江は何かを確かめるように頷くと、胸の前に手を翳す。すると掌の先に青い長方形が出現する。それはパソコンのディスプレイによく似ていた。
「これは……」
椿は画面を覗き込む。そこには肉、野菜、卵、調味料、菓子、ジュースなど、食料品店で目にする品物がずらりと並んでいた。
「俺のスキル『マーケット』は、地球の店で販売されている商品をこの世界でも購入することができる。これがあれば地球の商品も問題なく入手できるというわけだ」
「本当かい? それならこっちでもある程度生活の質を保つことができるってこと?」
「ああ。もっとも今はまだ購入できる品には限りがある。比較的安い品しか買うことはできん。そうだな、食料品の他には書籍くらいか」
説明を聴いた椿は興奮気味に画面を見つめていたが、ふと何かに気づいたように祖父江を見やる。
「こんな便利なスキルを持っていたのに、何故今まで黙っていたんだい? 金儲けがしたいなら早々に宣伝するのが合理的じゃないかな?」
祖父江は残念そうに首を振った。
「最初に説明すると、当初このスキルはこの世界の商店に売っている品しか購入できない仕様だった。それをこの一週間で地球の品を買えるようにイメージして方向性を特化させたんだ。スキルの効果はあくまで“商品をその場にいながら購入することができる”というものだったからな。それなら地球産の商品でも問題ないと考えたわけだ。まあ、特化しすぎたせいでこの世界の品を買うことはできなくなったが」
「もうそこまでスキルを成長させたの!?」
スキルは可能性の塊であり、自由に伸ばすことができる。生徒たちは自分のスキルで何ができるのか試行錯誤の最中だ。そんな中、祖父江は既にスキルの方向性を定めて大きく成長させることを実現していた。これは四組の中でも間違いなく上位に入る成長具合だった。
「で、本題はここからだが……実はこの『マーケット』で買い物をするには専用の通貨が必要だ。その通貨となるのが魔力資源だ。俺が魔力資源を取り込むと、その質に応じた額の専用クレジットに換金され、それを用いて購入ができる」
「成程ね。魔力資源がなかったから使えなかったんだ。でも今は迷宮で拾った物があるから……」
「そういうことだ。試しに何か買ってみたい」
椿は納得したように頷いた。
「そういうことなら構わないよ。スキルの細かい仕様は実際に使ってみなければ分からないからね。迅速に、効率的にやろう」
そうして二人はスキルの実験を開始する。千紘は断りを入れて実験を見学することにした。
そして、この実験が四組に潜在していた問題を炙り出す結果となった。




