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心機一転

 旧寮の迷宮化から十日が経ち、ようやく迷宮管理局による旧寮の調査が終了した。

 迷宮管理局の第一目的はイレギュラーな迷宮化の原因を究明することだった。事前の予測にない魔物の出現とそれに伴う迷宮化。それも不可解な集団転移の当事者たちが拠点としている場所。確たる証拠はないものの、この二つに因果関係を求める声は多かった。それ故に調査は精密に行われた。建物に何か迷宮化を促す要因がなかったか、あるいは土地に何か埋まっていないか。あらゆる可能性が検討され一つずつ潰されていった。結果建物からも土地からも原因に繋がりそうなものは発見されなかった。

 一年四組の事情聴取も数回に渡って行われたが、空振りだった。彼らの保有するスキルの詳細はシーリア・ラングにより報告されている。その中に迷宮化の要因となる者は見受けられなかったため、スキルが何らかの形で暴発したという可能性も消えた。


 一週間かけて得られた結論は“原因不明”というありきたりな言葉だった。


 調査終了の翌日、四組は寮へと帰還した。迷宮化した際に各所で戦闘が行われ壁や床、天井が破損したが、構造が元に戻ると同時にほとんどの損傷は消滅していた。残った損傷箇所は建築系スキルの施工業者により早急な修繕が施され、寮はすぐに綺麗な形を取り戻した。


 そうして生徒たちは再び寮での生活に戻ったが、事件の前と比べると彼らの意識は大きく変わっていた。

 危機感。いつ、何が起きるか分からないという不安。ここがゲームやアニメでよく見る単なる幻想的な世界ではないという現実。突然の迷宮化と魔物との戦いは彼らに異世界で生き抜くことへの危機感を植えつけるに十分だった。

 今回魔物と戦えたのは先頭に活かせるスキルを持つ一部の生徒のみで、それ以外の生徒は戦える生徒に頼りきりになるか、逃げ隠れることしかできなかった。戦う術を知らないのは仕方のないことだと多くの生徒は割り切った考えに至ったが、他人任せであることに後ろめたさを抱く者も少なくなかった。したがって、宿暮らしの間、生徒たちが空いた時間を活用してスキルの鍛錬を自主的に行ったのは当然の結果とも言えた。


「大変でしたけど、終わってみれば良い方向に転がったと言えますね」

「元の世界では争いごととは無縁な暮らしをしてきたらしいが、ほんの数日で一気に変わっていったな」


 戦闘訓練の最中、ミラ・バルトハイムとリオ・ヘイドンは訓練に励む生徒たちを眺めながら言葉を交わした。この日は訓練の再開日であり、四組がやって来て以降ようやく迎えた二回目の訓練であった。氾濫により予定が大幅にずれたことで全体のスケジュールを管理するレイチェル・ハンターが頭を悩ませていた姿をミラは思い出した。


「よし! んじゃ思いっきりいくぞ!」

「ああ、やってみろ!」


 ミラの視線の先で、星加天麗が蜂須賀藍の分身と相対しているのが見えた。彼女は全身を魔力で包み込むと、助走をつけて分身に殴りかかる。それに対して藍の分身は天麗の拳を当たる寸前で避けると、すぐさま反撃した。そうして天麗と分身は何度か打ち合うが、最後は天麗の拳が分身の腹部を捉えた。分身は後方へ大きく吹っ飛び、何度かバウンドする。仰向けに倒れた分身の腹部は大きく陥没していた。動かなくなった分身はやがて光の粒子となり消滅する。それから観戦していた女子から歓声が沸いた。


「星加さんの勝ちです!」


 水城杏樹が嬉しそうに言った。隣に立つ陶山千紘も無言で微笑んでいる。


「うへえ、凄い威力ですね。見ました? 分身のお腹へこんでましたよ」

「『化粧』で全身を覆うと、あんなにも力が増すの? とんでもないわね」


 弦巻梓と竜晶葉が感嘆した。化粧に様々な効果を付与できることは既に聞かされていたが、実際に目にしてその応用性に誰もが舌を巻く。


「むむむ……やはり分身では敵わんか。所詮は私と同じ力量しか持たんからな。肉体を強化した星加相手では無理か」


 分身を倒された藍は悔し気な表情をしつつ、冷静に分析する。彼女の思考は次は如何にして戦うのかという方向へ舵を切っていた。怠惰であることを嫌う藍は『分身』のスキルを研鑽することに余念がなかった。


 模擬戦の一部始終を見終えたミラは、満足気に笑った。


「星加は一皮剥けたな。今回の件で一番変化を見せたのはあいつだ」

「他の生徒にも良い影響を与えていますね」


 自分の在り方を見直して前向きな考えをするようになった天麗は、スキルの鍛錬に積極的になった一人だ。『化粧』の新たな方向性を存分に活かすべく、彼女は杏樹をはじめとする女子生徒たちの協力を得て試行錯誤を重ねている最中だ。それはクラス内における彼女の地位を大きく向上させることにも役立った。今では杏樹と同様に女子の中心的人物になりつつある。


「流石星加さん! これからは敬意を込めて姐さんと呼ばせていただきますね!」

「誰が姐さんだ」


 目を輝かせながら調子の良いことを口にする梓に、天麗は迷惑そうな顔を見せる。


「ま、でも雰囲気が良くなったのは喜ばしいわよね。女子の結束力が高まってきたって感じ? 一部は除くけど……」


 晶葉は離れた場所にいる稲荷貴恵を見やった。貴恵はどこの輪にも入らず、ただ一人で目を閉じたまま佇んでいる。まるで瞑想しているかのようだった。


「相変わらずねえ。訓練で誰かと組んだところ一度も見たことがないわ。先生が一緒に組もうか提案したけど、それも断ったみたい」

「スキルを使っているところも見たことないよな。まだ誰にも明かしてないんだっけ?」

「そうですね。迷宮で取り込まれた時も一人で生き延びたと聞いてますから、使えないわけではないと思いますが……」


 貴恵は旧寮迷宮が消滅した時に、杏樹たちと一緒に迷宮の外へ排出された一人だ。後の事情聴取で彼女が単身で魔物と戦い、生き延びたと判明した時は皆が驚いた。貴恵は戦闘に活用できるスキルを持っていたため苦労はなかったと証言した。その様子に恐怖や疲労の色は一切見られず、貴恵はずっといつも通りの人を小馬鹿にしたような態度を維持していた。それが知られてから稲荷貴恵という人間は決して口先だけではないという評価が固まりつつある。


 杏樹は稲荷貴恵という人間に対して今後どう接すべきか決めかねていた。貴恵には腹立たしい思いを何度もさせられてきたが、本格的に探索者として活動を開始するなら彼女とも密接な連携ができるように関係を構築しなければならない。なにより嫌いな相手だからといって見放す判断は、杏樹にとって許容できなかった。


(稲荷さんのこと、後で千紘さんに相談してみましょうか)


 杏樹はすぐには解決できない問題だと脇に置き、訓練に集中することにした。

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