深夜、《青嵐》クランハウスにて
深夜を回る頃、《青嵐》クランハウスの一室に集まる四人がいた。
「はー! 本当にお疲れ様でした!」
レイチェル・ハンターはライムジュースの入ったグラスを傾けながら、安堵と疲れをどっと吐き出した。
彼女の隣に座る迷宮管理局のシーリア・ラングが同意する。
「本当です。こんなに働いたのは久々ですよ」
「お前たちには随分手間をかけさせたな。心から感謝する」
クランマスターのライアック・バルトハイムは礼を言った。一年四組が全員生還できた事実は、神経を張り詰めていた彼を安心させた。そして、そこに至るまで支援を続けたレイチェルとシーリアに誰もが感謝と称賛の意を送った。
「それにしても久住さんと星加さんが大物を倒すとは予想外でした。ろくに訓練を受けていない子供では無理だと思っていましたが……」
「討伐した魔物の容貌を訊いたところどうやらツルダイショウだったようです。燃やす手段を持っていたのは幸運でしたね」
レイチェルの言葉を、シーリアが補足した。
ツルダイショウは植物の外観を持つ魔物の中でも、特に大きな体を持つ種として知られる。楕円形の巨体の頭から五、六本の蔓を生やし、それらを操ることで獲物を捕らえる。蔓に咲いた花の中にも眼球があり、それを通すことであらゆる角度、方角の景色を見ることができるのが特徴だ。居心地の良い空間から動くことなく、近寄ってきた獲物を蔓で捕らえるという生態を持つため、比較的危険度は低い魔物だ。
「久住は“蔓の王”という仮称をつけたらしいが、初心者から見ればあんなのでも王に見えるのだな」
静かに酒を呑んでいたミラ・バルトハイムが口を挟んだ。
ライアックが妻の言葉に頷いた。
「慣れた奴から見れば中層クラスの魔物に過ぎないよな。とはいえ、初心者が簡単に倒せる相手でもない。正直誰一人欠けずに生き残ったってのは凄いぞ」
「迷宮に潜んでいた大物がツルダイショウだけだったのも幸運でした。あれを討伐したことで迷宮を維持するだけの魔力が消滅したため、迷宮化が解除されましたからね」
寮を短時間で迷宮化させた魔力の源はツルダイショウであったと、迷宮管理局の調査員は報告した。ツルダイショウ討伐と同時に迷宮が消滅したことからも明らかだった。
ミラは言った。
「だが、迷宮に残存する魔物がいなかったことはほっとした。もしいれば迷宮が消滅すると同時に外に出てしまっていたからな」
彼女は迷宮から魔物が外に湧き出ることを懸念し、寮周辺の住民を退避させた後に探索者たちを待機させていた。これには《狐火》と《賢人塔》のメンバーも厚意から参加してくれた。そして、迷宮が消滅したと確認された時、すべての探索者が最大限の警戒心を持って魔物の姿を探したが、ただの一匹も発見されることはなかった。
「……実はそのことでお伝えしなければならないことがあるんです」
シーリアが不穏そうな口振りで言った。レイチェルに一瞬目配せしたことから、彼女は既にその内容を知っていると見て取れた。
ライアックは嫌そうに顔を歪めた。
「異常事態ならもう十分なくらい堪能した。もう結構だ」
「それでは追加でもう一つ。昼間はばたばたしていたのと、緊急性の低い内容だったことで、報告しなかったんです。ちょっと面倒な話でしてね。レイチェルさんとも相談したんですが、まずライアックさんとミラさんにだけ話すことにしたんです」
シーリアが意味深にミラを見た。
「ミラさん、迷宮内の魔物の数が少ないと思いませんでしたか?」
ミラは少し考えてから答えた。
「……確かにそれは思った。私が魔物と戦ったのは四回だけだ。どれも単体か二、三体の群れで、合計すると十匹程度だったな」
「他のチームも二、三回くらいしか戦ってないと言っていたな。数が少なかったのか?」
ライアックは救助チームから、迷宮内で魔物とほとんど遭遇しなかったと報告を受けていた。
シーリアは説明を続けた。
「いいえ、違います。私の“眼”は迷宮内に大量の魔物の姿を確認しているんですよ。特に多かったのは第四層、第五層、第七層の三つ。どれも三十体から五十体の群れが複数確認されました」
「何だと?」
ミラはその言葉を信じられなかった。それほどの魔物がいたのなら誰かが遭遇しているはずだった。
「大事なのはここからです。実は最初に群れを捕捉した直後に“眼”が突然ロストしているんです」
「魔物に破壊されたのか?」
ミラが訊くと、シーリアは首を横に振った。
「それがまた妙なんです。いずれも視界外からの攻撃を受けて破壊されていて、攻撃者の姿は捉えられていません。さらに妙なことにその後新たな“眼”を同じ場所に派遣すると、そこには魔物は一匹もいなくて、代わりに大量の魔力資源だけが残されていました」
ライアックはその話の異常性に気づいた。
「それはつまり……」
「はい、“眼”が破壊されてから新しく派遣するまでに何者かが魔物の群れを掃討しているんです。それが三つの階層すべてで起きました。魔物の群れを発見する。突然“眼”がロストする。戻ってきた時にはすべてが終わっている。これが三回もですよ?」
ミラとライアックは言葉を失った。それが偶然の賜物でないことは明白だった。
ライアックは厳かに言った。
「シーリア、君の意見を聞かせてくれ」
「あの迷宮にいた大量の魔物は、迷宮内にいた正体不明の何者かによって討伐された。その人物は私の“眼”の存在に気づき、自分の姿を見られないために“眼”を破壊したんです」
ミラが椅子から半分立ち上がる。
「正体不明の人物だと? そんな馬鹿な」
「しかし、事実はそれを示しています。迷宮が消滅した際に魔物が漏れ出たなかったのも、その人物が先んじてすべて排除していたからでしょうね」
迷宮管理局の職員である彼女は、とんでもない内容を事もなげなく口にする。迷宮の中の魔物を殲滅するというのはベテランの探索者でも容易ではない。たとえ臨時的に生まれた迷宮であろうともだ。だが、シーリアはそれが成し遂げられたと言った。
「だが、その人物が迷宮内に進入した方法はどう説明する? 迷宮化を観測した後、私たちが来るまでに誰も入ってないのはお前が確認しているんだろう?」
「はい、それは間違いありません。私の『千里眼』は誰一人として視ていません」
シーリアはきっぱりと言ってのけた。
「ならば誰も出入りできるはずが――」
「ふむ、つまり君は――そういうことだと疑ってるんだな?」
ライアックは妻の言葉に被せて訊ねた。
シーリアは肩をすくめた。
「疑ってる、という表現には語弊がありますが……まあそうとも言えますね」
レイチェルは無言で眉を顰めた。それは彼女もまた二人が何を考えているのかを悟ったことを表していた。
ミラもまた答えに達した。
「まさか……いやしかし」
彼女が思いついた答えは到底信じられないことであった。
だが、シーリアは無情に告げた。
「私の眼を掻い潜って迷宮に入る方法は一つだけ。迷宮化した時に寮の中にいること以外に考えられません。正体不明の討伐者は一年四組の中の誰かです。多くの魔物を討伐する実力を既に持っていながら、その事実を隠している人物があの学級の中に潜んでいるんですよ」
第1章終了です。
第2章はクラン設立とそれを巡る騒動について描かれます。
異世界での生活に慣れてきた一年四組。しかし、クラスメイトが抱える多種多様な問題が表面化してトラブル続出。
巻き込まれた永遠は見事解決して絆を得ることができるのか?




