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第一の絆

「あれ……?」


 永遠は目の前に広がる光景に呆気にとられた。

 陽が沈む前の赤い空。芝生とその上を彩るように敷かれた石畳の道。石像を中心に据えた噴水。永遠はその光景に見覚えがあった。


「ここって中庭?」

「みたいだな」


 すぐ傍にいた天麗が答えた。彼らが立っている場所は昨日会話を交わした寮の中庭だった。


「あー、トワと星加もいる!」


 聞き慣れた高い声が背後からかかる。振り返ると歩が飼い主を見つけた仔犬の如く駆け寄ってきていた。彼の他に杏樹、晴臣、千紘の姿もあった。


「良かった! お二人とも無事だったんですね!」

「落ちた時はもう駄目かと思ったぞ!」


 歩たちに揉みくちゃにされて永遠と天麗は苦笑する。


「突然あの魔物が燃えだした時は何かと思ったけど、君たちが手を打ってくれたとすぐに気づいたよ。察するに星加さんのスキルを活用したのかな?」

「まあな。それでどうにか倒せたよ」


 千紘が推測を述べると天麗は屈託なく笑った。


「凄いね。スキルを活用できるようになったんだ」

「いや、久住がアドバイスしてくれたからできるようになったんだ。こいつのお手柄だ」

「そうなの? トワやるじゃーん!」


 歩は永遠の髪の毛をわしゃわしゃと撫でまわした。永遠は若干迷惑そうな顔を見せたがお構いなしだった。


「それにしてもどうして出られたんだ?」


 落ち着いた晴臣が現状への疑問を口にする。迷宮の外に出られたのは喜ばしかったが、理由が不明であることは気掛かりだった。杏樹も不可解そうな顔をしている。


 その謎に解を出したのは永遠だった。


「多分あの魔物を討伐したのが原因だと思う」

「どういうことだ?」


 晴臣が首を傾げる。


「迷宮を生み出したのがあの蔓の魔物かもしれないってことだよ。あの魔物が迷宮の核みたいな存在だったんだ。だからあれを倒したことで迷宮が維持できなくなって……」

「元の寮に戻り、私たちは外に出られたということか。可能性としてはないとは言えないね」


 千紘は仮説を肯定的に捉えた。歩もうんうんと首を縦に何度も振っている。


「お、他にも人いるじゃーん!」


 快活な声が永遠たちの耳に入った。声が聞こえたのは寮の扉がある方だ。そちらへ顔を向けると小松茶々の姿があった。


「先生ー、こっちに杏樹とか織田っちとかその他諸々がいるよー!」


 茶々が建物の中に向けて声をかけると、騒がしい足音と共に白坂菖蒲が飛び出してきた。さらに佐藤真夏、椿雪成、仁科荘介、夏目緑、小太刀李、望月玄衛が続々と姿を現す。


「ああ、良かった! 皆さんも無事だったんですね!」


 菖蒲は永遠たちの顔を見回してほっと息を吐いた。永遠が見たところ彼女らに目立った怪我が視られなかった。


「先生たちも迷宮の中にいたんですか?」

「はい、小松さんたちと一緒にいたんです。そうしたらつい先程また突然揺れ出して……気がついたら元通りになった寮の中にいたんです」

「外に出られたのは良いんだけど、なんで出られたんだろうね?」


 真夏が疑問を口にすると、歩が答えた。


「それトワと星加のお陰だよ! 二人が迷宮のボスをやっつけて元に戻したんだ! 凄いよね!」

「え!?」


 菖蒲は驚きのあまり目を見張った。


「マジで!?」

「ボスを倒した? それ本当なの?」

「ホントホント。皆びっくりしちゃったよ」


 仁科と椿が信じられないと言いたげに訊くと、その場面を見てもいない歩が想像力豊かに語り始める。望月と茶々は好奇心を露わにクラスメイトの目覚ましい活躍に聞き入り、英雄譚を好む緑が目を輝かせた。


「出られたあああ!」


 またもや寮から誰かが叫びながら飛び出してきた。そちらを見やると宝田三雄が外の景色に感動し、目に涙を浮かべていた。


「助かったー!」

「はあ、やっと出られた……」

「如何なる人間も陽の下でなければ満足に生きることは叶わん。今はこの温かな恵みを享受することにしよう」

「やれやれ、一時はどうなるかと思ったけど何とかなったみたいだね」


 図師心、桜庭剛毅、因幡七曜、加藤鳩乃が宝田の後ろから現れる。最後に黛大刹の大きな身体が狭い扉を潜り抜けてきた。


「織田、貴様も無事だったか!」

「おお、黛もいたのか!」


 晴臣は友人との再会に喜んだ。二人は互いに歩み寄り、拳を突き合わせる。宝田と心は疲れのあまり石畳の上に座り込み、鳩乃は脱力した二人を見下ろして微笑んだ。因幡はまったく疲れを見せずに何やら長ったらしい口上を述べ、桜庭から白い目で見られていた。


「どいつもこいつもはしゃいじゃって。そんなに出られて嬉しいのかね」


 永遠のすぐ近くで稲荷貴恵の声がした。視線だけ向けるといつの間にかいる貴恵が皆を呆れた顔で眺めていた。永遠は彼女の表情が珍しく柔らかいものだと気づいた。


 周囲にいるクラスメイトを見回し、永遠はほんの短い間断絶された日常が戻ってきたことを実感した。クラスの全員の姿はなく、まだ見ぬ彼らの安否は知れない。それでも彼は緊張が抜けていくのを感じた。


(助かったのか……)


 永遠は空を見上げる。赤い空には昼間と変わらず雲一つない。




 迷宮が消え、寮が元通りになったことは、すぐに迷宮管理局の知るところとなった。

 永遠たちは近くにある《青嵐》のクランハウスへ行こうとして、寮の入口でミラ・バルトハイムたち《青嵐》の探索者と出くわした。ミラは生徒たちの姿を目にすると一目散に駆け寄り、彼らの生還を心から喜んだ。その後、ミラから《青嵐》が救助チームを派遣してくれたことや、他の生徒が救助済みであることを教えてもらった永遠たちは、《青嵐》に深い感謝の念を抱いた。こうして四十一名の生徒と教師は誰一人欠けることなく迷宮からの脱出を果たした。

 現在、寮には迷宮管理局の調査員が何人も立ち入り、床板の穴から天井の染みまで隅々に調べ回っている。当然寮で休める状況ではなかった。四組には寮から数キロ離れた場所に建つ宿が宛がわれた。

 四組は宿へ行く前に医療系スキルを持つ迷宮管理局の職員から診察を受け、全員入院の必要はないと判断された。魔物と戦った生徒が負った怪我は掠り傷や軽い打撲程度で、ただちに適切な治療を施された。永遠が落下した時の打ち身も問題なかった。


 その日の夜、永遠は夜風に当たろうと宿の外に出た。この世界でも季節は春で、夜になると少し肌寒かった。


(はあ……本当に濃い一日だったな)


 夜空に瞬く星を眺め、永遠は小さく息を吐いた。

 この世界に来てまだ五日目だというのに、もう一ヶ月も過ごしたかのような濃密さだ。命の危険を何度も味わったのに、永遠の中に恐怖心はほとんどない。現実感のなさに感覚が追いついていないだけなのかとも考える。


 永遠はふと視線を動かし、見知った顔があることに気づいた。


「星加? お前もいたのか」


 天麗は壁に背をつけて夜空を見上げていた。その様は《メイリム都市迷宮》の最初の部屋にいた時の彼女を彷彿とさせた。


「久住か。風に当たりに来たのか?」

「うん、まだ少し興奮してて寝付けそうにない」

「私もだ」


 永遠は何となく天麗の隣に立ち、同じように空を見上げる。二人の間に会話はないまま時間が進む。しかし、永遠は不思議と居心地の悪さを感じなかった。


「久住」


 天麗がぽつりと言った。


「何?」

「いや、改めて今日の礼を言っておきたくてさ」


 天麗は永遠に向き直ると、恥ずかしそうに咳払いした。


「ありがとう。お前の言葉があったから自分を見つめ直すことができたよ。本当に感謝してる」

「そ、そうか」


 永遠も恥ずかしさに顔を赤らめると、視線を逸らした。


「それで、まあ、なんだ。世話になったことだし、これからはいつでも手を貸してやるよ。また今日みたいな面倒事があれば私が盾になってやる。今度はもう情けない姿は見せない」


 天麗は微笑むと、右手を差し出す。


「そういうわけで仲良くやろうぜ久住」


 永遠はしばらくその手を見つめた後、ゆっくりと右手を出した。


「ああ、よろしく星加」


 二人は固い握手を交わす。互いの手の温もりが伝わり合う。

 この時、永遠は初めて家族でない誰かと心を繋いだ。

 その実感と共に永遠の中に何かが湧き上がってくる。天麗の手から伝わるものとは異なる熱が手足を覆っていく。


「あ……」

「どうした?」

「今なんか全身に力が湧いてくるような感覚が……」

「何だそれ?」


 天麗は怪訝な顔をする。


(まさか……)


 内面から湧き上がる熱。永遠にはその正体に心当たりがあった。


(感覚的に理解できる。どうすれば使えるのか)


 天啓であるかのように永遠の思考は解を導き出した。直感に従い湧き上がる熱を制御しようと試みる。すると永遠の全身が白い光を纏い出す。


「おお、なんか光ってないか!?」

「スキルだ……」


 永遠はその光をよく知っている。晴臣が、杏樹が、天麗がスキルを使う時に見せたものと同じ光。そして、その光を纏っていることは、永遠もまたスキルを発動できるようになったという証だった。


「スキルって……『絆』だったか?」

「ああ、どうも星加との絆ができたから使えるようになったらしい」

「おお、やったじゃないか!」


 天麗が我が事のように喜ぶ。永遠は両手を包み込む光を見つめ、スキルを使えるようになったことと、誰かの心を己の力で開けたことの二つに対しての感激に浸った。それが紛れもない現実であると噛み締め、永遠は思わず身体を震わせた。


 そこで天麗は何かに気づいて声を上げた。


「ん? 水城……他の連中も」


 彼女の目は二人の元へやって来る生死を共にした仲間たちの姿を見た。


「あれ、星加さんと久住くんもいたんですね」

「夜の散歩でもしていたか風に当たりかったんだろう。皆考えることは同じか」


 杏樹と千紘は身体を洗い、さっぱりとした部屋着に着替えていた。質素な印象であるのに、どこか垢抜けている。


「あれ、久住なんか光ってるぞ?」

「なになに? どゆこと?」


 晴臣と歩は、永遠を包む白い光を目にして驚いた顔を見せた。


「お、ちょうどよかった。お前らも聴け。実はな――」


 天麗が嬉しそうに説明する間、永遠は再び夜空を見上げた。


 涼しい夜の空気の中、迷宮の主を打倒した若人たちは語り合う。

 彼らを取り巻く環境に変化はない。故郷へ帰還するための道程は長く、眼前には未知の海原が広がっている。先へ進むには今日経験したものより多くの危険を侵さなければならないだろう。

 それでも彼らはこの時、見知らぬ世界でささやかな青春を分かち合った。




◆◆◆◆◆




【出席番号三十一番:星加天麗   絆獲得】

【未獲得の絆   残り三十九個】

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