絆クエスト:星加天麗③
蔓の王の魔の手が迫る。
身体は竦んで動かない。次に何をすればいいか分からない。思考が停止する。
終わるという一言だけが脳裏を過ぎる。
その時、天麗が彼の前に飛び出した。
突き出された天麗の右手が光る。その光は彼女の身体を伝うように広がっていき、全身が優しい光を放つようになる。
吹き飛ばすような勢いで蔓が彼女の身体に叩きつけられた。
だが、天麗の身体に触れた瞬間、金属に打ちつけたような音が鳴る。それと同時に蔓も弾かれた。
「え……?」
永遠が眼前の光景に困惑する。来ると思っていた敵の攻撃は不発に終わり、天麗が勇ましい姿で立つ。
一体何が起きたというのか?
「……ははっ、咄嗟の思いつきでやったのにこんなに上手くいくとは思わなかった」
天麗が掠れた声で笑った。
「い、今何が起きたんだ? なんか星加に攻撃が当たったら急に……」
言葉をうまく纏められずに訊ねる永遠に、天麗は答えた。
「『化粧』だよ。私の全身を『化粧』の魔力で覆ったんだ」
「『化粧』を……?」
天麗は光を放つ掌を永遠に見せた。
「スキルは体裁さえ整っていれば解釈次第でどうとでもいけるって話があっただろ。それを思い出したんだ。このスキルは魔力を化粧という形で身体に纏わりつかせることができる。なら化粧に別の効果を付与するのもありなんじゃないかって思ったんだ」
別の効果。永遠は蔓を弾いた光景を思い返す。あの時何か硬い物に当たった時に出るような音が鳴った。
「……もしかして化粧に防御力を付与したのか?」
天麗はにやりと笑う。
「ああ、化粧を施した箇所が馬鹿みたいに硬くなるようなイメージで発動させたんだ。結果は見ての通りだ」
今や天麗の皮膚はいかなる攻撃をも通さぬと豪語するが如く鋼の魔力に纏われていた。それは全力で蔓を打ちつけた敵がその硬さに逆に悶えるほどだった。蔓の王は表面が裂け、汁が滲み出た蔓を振り回している。
「凄いじゃないか! よく思いついたな!」
想像もしなかった突破口を開いたことに、永遠は称賛の言葉を口にする。
だが、天麗は呆れた顔をした。
「何言ってんだよ。久住がヒントをくれたんだろ」
「俺?」
永遠は何故自分の名が出てきたのか理由が分からなかった。
「そうだよ。私が本当に望んでいたのは誰かを“守る”ことだって言ってくれただろ。そのお陰で閃いたんだ。私にとって敵を倒すのは、あくまで守るための手段に過ぎないってな。一番に考えるべきことをやっと掴めたんだ。ありがとな」
天麗はこれまでに見せたことのない穏やかな微笑みを浮かべて言った。
永遠は思わず放心してしまった。自分に向けられた言葉を呑み込むことに時間がかかったからだ。ずっと人との繋がりを持たずに生きてきた彼にとって、感謝された経験など数えるほどしかない。精々荷物運びを手伝って喜ばれた程度だ。それが今天麗から確かな信頼と感謝の言葉を与えられた。それは久住永遠という人間の人生において初めてのことだった。
その時、落ち着きを取り戻した蔓の王が再び蔓を叩きつけようとした。
「おっと、また来やがった」
天麗は放たれた蔓の攻撃を再度受け止める。蔓の王は二度に渡って攻撃を防がれたことに激しく怒りを覚えているように大きな唸り声を上げた。
「しかし身を守る手段はできたけどどうするかな。水城ならさっきみたいに殴り飛ばせるかもしれないけど、今は蔓の相手するので精一杯みたいだし」
天麗が上層を見上げると、仲間たちの声が途切れ途切れに聞こえる。暴れる複数本の蔓を同時に相手にしているため、彼らは攻撃を凌ぐだけで精一杯だった。杏樹であれば『聖痕』の膂力を以って蔓を破壊できるが、その機会はなかなか巡ってこないだろうと天麗は考えた。
「星加、もう一つ思いついたことがあるんだけど」
永遠がぽつりと言った。天麗が顔を向けると、決意に満ちたような永遠の表情が目に入った。
「言ってみろ」
「化粧にいろいろな効果を付与できるなら硬さだけじゃなくて――」
永遠は思いついた内容を説明する。聴き終えると天麗は面白そうに笑った。
「はっ、面白えこと考えるな。ああ、確かにそれもいけるはずだ。守る力も戦う力も一緒か。ああ、まったく――考えが凝り固まってなけりゃもっと早く思いつけたのにな
そう言って天麗は永遠の左手に触れる。彼女の手から湧いた光が永遠の身体へと伝わっていく。永遠は全身を包み込む感触を実感し、満足そうに頷いた。
一方、蔓の王の苛立ちは頂点に達しようとしていた。いつまで経っても獲物を捉えきれず、あまつさえ反撃してくるなど赦せるはずがなかった。
蔓の王はまず本体の前に立つ二匹の鼠を殺すことに集中する。異様な硬さに慄いてしまったが、奴等には上の鼠と違い攻撃する術を持たない。多少時間をかければどうにかなるだろうと考えた。
その安易な判断が蔓の王の命運を決定づけた。
「来るぞ!」
天麗が叫ぶ。永遠は脚に力を込め、動く準備をした。
三度目の攻撃。蔓は天麗の真正面へとぶつかる。彼女は仁王立ちしてそれを受け止めた。
「今だ久住!」
予定通り天麗が攻撃を受け止めたのを確認すると、永遠は足を踏み出した。風を切る音がその場に残る。
永遠は一直線に蔓の王へと駆けていく。日本にいた頃は平均的な運動能力しか持っていなかった彼の脚力は、スキル持ちとなったことで大幅に強化されている。彼は瞬く間に蔓の王の足元へと辿り着いた。
蔓の王は巨大な双眸で永遠を見下ろす。鼠がこの肉体に爪を立てようとしているのは不愉快だった。蔓を使うまでもない。蹴飛ばしてやれば鼠は呆気なく転がるだろう。そう思っていた蔓の王は、自分の身体に抱き着く永遠の姿を目にしても何も思わなかった。
途端、蔓の王は自分の身体が熱を帯びていることを感じ取った。
それは人間であれば火の点いた煙草を皮膚に押しつけられるような痛みだった。蔓の王はそれを鼠の決死の抵抗だと考える。だが、それにしては妙だった。鼠が触れている箇所だけではなく身体の芯まで熱されるような感覚だ。やがて、それが錯覚でないと気づいた。
ぱちぱちと耳障りな音が死へ誘う曲を奏でる。内側から湧き上がる高熱の苦痛が蔓の王を襲った。
蔓の王の巨体は燃え盛る炎に包まれていた。
「よし! 成功だ!」
永遠が提案した作戦は、『化粧』の魔力をに熱へ変換することのできる性質を付与するというものだった。その化粧を永遠に施し、彼が隙を突いて蔓の王へと駆け寄り触れ、その熱を一気に流し込んで発火させる。それが戦う術を持たない彼が閃いた策だった。
蔓の王は絶叫しながら激しく踊る。永遠はその勢いにより後方へと弾き飛ばされた。
「うあ!」
永遠は葉の山にダイブした。慌てた天麗が駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「へ、平気。防御力も付与してたから少し痛いだけで済んだ」
永遠に施された化粧には熱の魔力だけでなく防御力を高める魔力も併せて練り込まれていた。複数の性質を同時に付与することは難しく、熱の魔力を重視する必要上防御力は低めに設定されていたが大きな問題はなかった。
蔓の王は緑で敷き詰められた舞台でのたうち回る。火を消そうと身体を地面に擦りつけるが、巨大な身体に点いた火を鎮めるには到底足りない。体表が焼け爛れていく中、蔓の王は断末魔を上げた。体内の空気をすべて吐き出すほどに叫んだ後、ついに蔓の王は沈黙した。やがてその身体が倒れ伏す。
永遠と天麗は未だ炎を揺らめかせる魔物の亡骸を見つめた。
「た、倒した……?」
「多分……」
彼らはそれから十秒ほど黙り込んでいた。そして、勝利したという事実が脳に沁み込むと、天麗は拳を突き上げた。
「っしゃあああああ! やったな久住!」
天麗に背中を思いきり叩かれて永遠はよろけたが、彼の顔にも安堵の笑みが広がっていた。
自分たちは勝った。最初にこの世界に来た時と同じように迷宮に放り込まれながら、魔物を倒したのだ。永遠は誇らしい気持ちで胸が満たされた。
「さて、それじゃ上に戻る方法を見つけないとな……帆足の魔物に引き上げてもらうか?」
「そうだな。上の方も落ち着いたみたいだし――ん?」
永遠は再びの揺れを感じた。短期間で何度も経験したことで最早多少揺れた程度では動じなくなっていた。
「なんだ? まさかあいつの他にもデカい奴がいるとか……」
「いや、これは……」
永遠はこの振動が迷宮全体を揺らすものだと悟った。彼はこれに似た揺れを知っていた。最初に寮が迷宮化した時のものだ。
ガラスが割れるような音が聞こえた。はっと見上げると何もない空間に大きな亀裂が走っているのが目に映る。
「ひび……?」
天麗が訝し気に呟く。
揺れと共に亀裂は広がっていく。ぱらぱらと空間そのものが崩れ落ち、その向こうに虚無が広がっているのが見えた。まるで卵の殻が割れるかのような光景だった。
そして、落雷にも聞こえる轟音と共に、永遠の視界に映るすべてが崩れ、闇に呑まれた。




