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絆クエスト:星加天麗②

「痛!」


 永遠は背中と後頭部を包み込む柔らかな感触と、胸と腹への打ちつけるような痛みを同時に味わった。仰向けに倒れた彼の上には天麗が乗っている。


「いつつつ……悪いな圧し掛かって」

「どうも、怪我がなくて良かったよ」


 天麗は謝ると、すぐに永遠の上から退いた。永遠は痛む胸元を撫でながら辺りを見回す。

 そこには一面の緑が広がっていた。地面は大量の葉や草で覆いつくされ、所々にこんもりとした山ができている。一見すると洞窟のようだ。上方から光が差し込んで闇を照らし、幻想的な空気を醸し出していた。


「草とか葉っぱが積もってるな。これがクッションになって助かったらしい」


 天麗は葉っぱの山をぽんぽんと叩くと、葉っぱがくしゃりと潰れる音がした。


「ほっとしてるところ悪いが本体のお出ましだ。ヤバいぞ」


 永遠の視線はある方向を向いていた。天麗はそちらを見やり、表情を歪める。

 彼らのいる場所から二十メートルほど先に、巨大な緑色の何かがいた。ずんぐりとした巨体に両目と口がついている魔物だ。全身の緑色の正体は細かい蔓の集合体だった。伸びすぎた髪の毛のように垂れ、両目が部分的に隠れている。そして、頭から何本もの長く太い蔓が生えていた。その異形の魔物が先程まで戦っていた蔓の本体であるのは明白だった。


「……あれ植物なのか?」


 天麗が確認するように訊ねる。

 永遠は魔物を観察しながら答えた。


「動物と植物が合体しているように見えるな。なんていうかビジュアルは教育番組のマスコットっぽい」

「やってることはパニック映画のモンスターだけどな」

「仮の名前として“蔓の王”とでも名付けておこうか」

「えらい仰々しい名前だな」


 蔓の王は天井に開いた穴の方ばかり見て、雄叫びを上げている。頭から生えた何本もの蔓を穴へ向かって伸ばし、ぶんぶんと振り回している。恐らく上にいる歩たちを攻撃しているのだろう。狙いを定めないまま振り回しているため、天井を破壊するのもお構いなしだ。


「怒ってるのか……?」


 天麗が恐る恐るといった様子で話しかける。


「蔓を一つ引き千切られたからな。絶対に逃がさんって思ってるだろ」

「手当たり次第に攻撃してるのか……そのせいで崩落したのか。けど奴は私たちがこっちに落ちてきたことに気づいてない。上の方に気が向いてる」

「俺たちが落ちた位置に葉っぱの山があって隠れられたのはラッキーだったな」


 二人が落下してきたことを蔓の王はまったく感知していない。落ちてくる二人の姿は瓦礫の陰に隠れていたこと、蔓の王の意識が上にいる歩たちへ向いていたことが良い方向へ働いた。さらにあちこちにできた葉っぱと草の山は身を隠すのに最適だった。それ故にこうして二人は魔物の間近にいても気配を隠せていた。


「……で、どうする久住?」

「どうしようか?」


 永遠と天麗は顔を見合わせて困るしかなかった。今ここにいるのは満足に戦う術を持たない二人だ。蔓の王に発見されていないので戦う必要はないが、かといって逃げる手段を持っているわけでもない。

 天井に開いた穴の向こうから仲間の声が聞こえ、宙を舞う梟やハリオオカミの姿が時折見えた。皆懸命に戦っている。


「は、相変わらずで笑えるな」


 天麗は自嘲の笑みを浮かべた。


「でかい口叩いてもなーんにも変わってやしねえ。私はずっとあの時のままだ」


 嫌悪感溢れる記憶が鎌首をもたげ天麗の顔に影が差す。義父にいいようにされた自分、守るべき対象に救われた愚かな自分。自分より弱いと思っていた妹の強さを目の当たりにしたあの日、天麗の心は折れた。誰かを助けられる自分という虚像を破壊されたのだ。それでも彼女は救いを求めた。あの惨めな思いから抜け出したいと願った。言葉だけでない本当の力が欲しかった。

 だが、現実は願うだけでは人は変われないことを突きつけた。天麗はあの日から何も成長していない。ただ胸の内で不満を燻らせるだけの子供のままだった。それはこの世界へ来た時からずっと自覚していたことだった。

 天麗は考える。きっと絶大な力を手にしたとして間違いなく持て余すだろう。自分のような人間が上手く扱えるはずもなく、また失敗する。そんな漠然とした予感があった。そう考えてもなお彼女は諦めきれなかった。たとえ夢想に過ぎなくてもなりたい自分になるための欠片があるのなら、それを手にしたいと――。


「……あのさ」


 永遠の小さな声が、天麗の思考を打ち破った。


「ん?」


 天麗は隣で身を潜める少年の顔を見つめた。


「昨日星加の話聞いて一つ思ったことがあったんだ」


 永遠は自分の中で言いたいことを整理するように、間を置いた。


「お前は妹さんのように力で敵に立ち向かえるようになりたいって思ってるみたいだけど、それって本心から思ってるのか?」

「は?」


 天麗は思わず間の抜けた声を出した。


「そんなの当たり前だろ。私は……」

「いや、お前の話を聞いていると違うんじゃないか(・・・・・・・・)って思えてさ」

「違うって……どういうことだよ」


 永遠は天麗の顔を見据える。真正面から真剣な眼差しを向けられた天麗は、少し恥ずかしくなり後ろに引いた。


「そもそもお前って死んだ父親の代わりに妹を守りたいって考えたんだよな? それができなかったから力を求めるようになった」

「そ、それがどうしたって言うんだ」

「そこが引っ掛かったんだよ。お前の本心……この場合行動理念って言えばいいのか? それって誰かを守ること(・・・・・・・)にあるんじゃないの?」


 永遠の口から出た言葉は虚を突いた。


「誰かを守る……?」


 意味を理解できない天麗はただ繰り返す。

 永遠は昨夜歩に相談した時に思いついたことを言った。


「そう。思い返してみたら《メイリム都市迷宮》でのお前の行動もそうだった。探索に率先して参加したのは人任せが嫌だからって言ってたけど、危険が伴う役目を引き受けようとしたとも捉えられる。実際ハリオオカミと戦った時も俺や帆足のこと気遣ってたし、織田を助けるために突っ込んでいったよな? お前の行動は敵を倒すことよりも誰かを守ることに焦点が合ってたように見えたんだ」


 天麗は何も言えなかった。それは彼女が今まで一度も思いつかなかったことだった。

 敵を倒したいのではなく、誰かを守りたい? それが自分の本心?


「だからお前が目指すべきなのは、敵を倒す力じゃなくて仲間を守れるような力を得ることじゃないかって思ったんだ。どうだ、違うと思うか?」


 天麗のもやもやとした感情の中に小さな光が灯った。か弱くすぐにでも消えてしまいそうな光。しかしそれは霞がかかったような思考を徐々に晴らし、絡み合った感情が解きほぐされ整理されていった。

 最初に目指したのは何だったか? 悲しむ妹を支えてやれる人間になりたかった。

 妹が義父に襲われているのを前にした時、立ち向かったのは何故か? 妹の尊厳を踏みにじられたことが赦せなかったからだ。

 迷宮の探索に志願したのは何故か? ただ待つような性分ではなかったから? 違う。危険が潜んでいるかもしれない場所に仲間が赴くのを放っておけなかったからだ。

 獰猛な魔物に挑んだ理由は? 勇敢に戦う晴臣と菖蒲を見殺しにできなかったからだ。


 天麗の行動の起点はいつだって誰かが存在して、力になりたいと考えたからだ。

 誰かのための力だ。自分を満足させるための力ではない。


 その瞬間、天麗の頭の中が鮮明になった。


「げ、気づかれた!」


 永遠の焦った声が天麗の耳に入る。蔓の王へ視線を戻すと、その両眼が二人を見つめている。迂闊に会話を交わしたことで隠れているのが知られてしまったらしい。蔓のうちの一本が二人の方へ伸びる。


(仲間を守るための力……)


 蔓の王が二人を睥睨する最中、天麗は自分でも驚くほど落ち着いていた。このままでは二人とも呆気なく蔓の餌食となるだろう。しかし、天麗はこの危機を乗り切るための手段を冷静に組み上げる。この魔物に対抗するにはどうすればいいか。その糸口は最初から自分の中にあった。そう考え、天麗は掌に目を落とした。


(そうだ。私がなりたいと思ったのは――)


 獲物に狙いを定めた蔓が飛んでくる。

 明確に意思が形作られる前に天麗は前に出た。

 彼女の右手がほのかに光る。

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