第91話 雨
轍は最初は脱獄囚をただの人間だと思って見下していた。脱獄囚の噂を聞き人間に敗れる鬼獄長の話を耳にして鬼獄長が平和ボケしていたのだろう程度にしか思っていなかった。
しかし実際に脱獄囚と戦うと明らかに人間を越えた力を有しており悪魔の力を持ってしても脱獄囚は一切怯まず勇敢に立ち向かって来た。
終いにはとっておきの大技すら押し返されてしまった。轍にとってこの上なく不快だった。
(たかが人間の分際でこのワタクシの技を打ち返すとは、心底鬱陶しい!)
轍は怒りに打ち震えていた。しかし打ち返した肉浩を見ると力を使い果たしたのかその場にへたり込んでいた。
(そういうことか。奴はワタクシの技を打ち返して満身創痍だったのか。であればもう一発は打ち返せまい。)
轍はまたしても右手を上げパワーを集中させる。もう一度黒い球を放つつもりだった。
「オイヤバいぞ!さっきのやつをもう一回撃つつもりだ!」
「下等生物が手こずらせやがって、だがもう終わりだ!くたばりやがれええええええええ!!」
バァン
「ぐああっ」
突然背中に激痛が走った。溜めたパワーが全て消えてしまった。何が起きたのか後ろを振り返ると世助がライフルを構えていた。
「ハンドガンの弾は捌けてもライフルの弾は捌けなかったようだな。」
世助はそのままライフルをフルオートにして弾の限り撃ちまくる。
しかし轍は撃った弾を拳で捌き始めた。
(来ると分かっていればライフルの弾だろうと当たることはない。その上フルオートだから狙いが大雑把だ。所詮は下等生物、この程度でこのワタクシを出し抜けるものか!)
当たらない弾はそのままに自分自身に飛んでくる弾だけを効率よく最小限の動きだけで捌いてゆく。
「うおおおおおおまだまだああああああ!!」
轍に弾は当たらないがそれでも構わず世助は撃ちまくる。
「当てずっぽうだな。しかしもう飽きた、ここで死んどけ。」
轍は指先を世助に向け指先から小さなレーザーを放った。レーザーは世助に真っ直ぐ飛んでゆき直撃する。
「ぐわあっ」
世助の腕に直撃し構えていたライフルを弾き飛ばされてしまった。
小さなレーザーだが人間相手であれば十分な殺傷力を持っている。
「次は連続だ。人間如きに耐えられるかな?」
ピュンピュンピュン
小さなレーザーの雨が世助を襲う。一発一発が世助にとっては重い一撃である。それが連続ともなれば無事では済まない。
「ぐわあああああああああああああああ」
世助の全身にレーザーの雨が降り注ぐ。世助の悲鳴が幻影地獄に響き渡る。
「ハッハッハッそうだよこれこれ。この悲鳴だよ!貴様ら下等生物の価値なんて精々このワタクシを楽しませる位しか無いだろうさ。さぁ、もっといい悲鳴を聞かせておくれよ!」
轍は10本全ての指を世助に向けた。これだけの攻撃を喰らえば確実に命はない。元々無いけど。
轍が世助に向けてレーザーを打とうとしたその瞬間、轍の後頭部に強い衝撃が走った。
「ぐおっ」
何事かと思い振り返って下を見る。
ガターン
「これ以上、やらせるかよ!」
肉浩が棍棒を投げそれが轍の後頭部に命中したのだった。ダメージこそはあまりなかったものの完全に頭に来た轍は地上に降り立ち肉浩と相対する。
(こ……この人間風情が!このワタクシに対してええええええええ!!何としてもコイツだけは生まれてきたことを後悔させてやる!何としてもこのワタクシに二度と逆らうことができない程のトラウマを植え付けてやる!)
轍は目の前まで迫って来た肉浩を睨みつける。そして肉浩も轍を睨みつける。
一瞬の刹那、両者共に睨み合う、幻影地獄に束の間の静寂が流れる。
先に動いたのは轍だった。素早い拳を肉浩にお見舞いする。
「は……速い!」
「奴は術だけでなく肉弾戦も得意なのか!」
「肉浩の奴、まともに喰らったぞ!」
パンチを喰らわせた轍は気を良くしたのか笑い始めた。
「ゲハハハハハハハハまともに喰らいやがったな。貴様らゴミ人間にワタクシの拳はさぞ痛かろう。しかし自業自得だな。人間の分際でこのワタクシの手を煩わせた、それだけで死に値する。」
もう既に死んでいるのだが、轍は肉浩の顔面にめり込んだ右手を引っ込めようとしたが
「なっ……右手が……抜けないだと!?」
右手を見ると肉浩に右手をがっしりと掴まれて固定されていた。どれだけ力を込めても全くビクともしない。
「やめろ、離せ!汚い手でこの高貴なるワタクシの腕に触るな下等生物が!」
「高貴だと?お前なんかより鬼獄長や下鬼の方がまだ気品があるぜ。なんてったって鬼はオイラ達に拷問は加えど人間を下等生物だのなんだのゆって見下してこないからな。人間を下等生物と決めつけ見下してくるような品性の欠片もない悪魔が、あまり笑わせんなよ。」
「なんだと!?貴様!このワタクシを愚弄するか!あんな知性の欠片もなくて醜い鬼がこの高貴で美しく知性溢れる悪魔であるこのワタクシより勝っているだと!?無礼だぞ貴様!言葉をつ」バキッ
言い終わる前に肉浩は轍に右ストレートをぶちかました。
「ぐおおおおお」
前歯が圧し折れ自由な左手で口元を抑える轍。口からはポタポタと血が流れ落ちる。
「お前の話を聞くだけ時間の無駄だ。覚悟はいいな?クソ野郎。」
肉浩はパンチの雨を轍にこれでもかと叩き込んだ。これまでのストレスを発散するかのようにただひたすらに何も考えずに目の前にいる不快感の塊に対してパンチをひたすらに撃ち込んだ。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
轍は吹っ飛ばされた後力尽き倒れた。




