二刀流部隊のおちこぼれ
背後から敵を襲った瞬間、ボキン、と嫌な音がした。
カイルは飛びずさって後退し、大岩の影に身をひそめる。
利き手の光剣を確認すると、刀身がぼっきりと折れていた。
これではもう戦えない。
かくれた大岩から、ちらりと草原をのぞく。
とかげ人は、怒りの咆哮とともに元気に闊歩している――背中に折れた刃を刺したまま。
「……爬虫類め」
かたいウロコを持つかれらは、防御力が高く、痛みを感じにくい。
そのため、致命傷をあたえない限り、なんどでも襲ってくる。
手持ちの武器は、折れた光剣のみ。
カイルはため息をつき、指で左耳を二回タップする。
イヤホン型の通信機が通話状態になるやいなや、単刀直入に告げる。
「――討伐失敗。帰還する」
聞こえてくる罵詈雑言に眉根を寄せて、カイルは右つま先で、地面を二回タップする。
靴に内蔵された転送機の起動を確認し、亜人対策本部へと帰還した。
この星は呼吸する。
地表からじわじわと聖気を吸収し、間欠泉のように魔力を放出する。
そうして極端に魔力濃度が高くなった場所は、動物を魔物に変えた。
魔物は凶暴であったが、大多数は人間を恐れ、棲み分けができていた。
ところがいまから五十年前。
世界中で魔力大放出があり、四本足だった魔物は、二本足歩行の亜人へと進化をとげた。
知能を得た亜人は人間を食料とみなし、積極的に襲って喰らうようになった。
しかし進化したのは人間も同様だった。
いろいろな能力が向上し――魔力が発達した「守護種」と、筋力が発達した「攻撃種」が誕生した。
守護種は魔力テクノロジーを用いて、街に障壁を築き、その維持管理をつかさどる。
攻撃種は亜人の討伐をつかさどり、その過程で専門の特殊部隊――通称・二刀流部隊が設立された。
「――なぜおまえが『一刀流のカイル』と揶揄されているか、わかるか」
真四角の部屋のなか、黒檀の机を指でたたき、カイルをにらむのは十五歳ほどの少女だ。
カイルはそっぽを向いて、舌打ちする。
「光剣を一本しか持てないからだろ」
「規定どおり二本持てば、一本折れたところで撤退などという情けない選択をすることはなかろうに」
「重いんだよ!」
主要武器である光剣は、亜人を斬ることに特化した最先端技術の結晶だ。――ゆえに、とてつもなく重い。
筋力が発達した攻撃種でないと、持ち上げることすらかなわない。
「攻撃は最大の防御」との先人の教えをかかげ、両手に光剣を携えて特攻する二刀流部隊は、こどもたちのあこがれだ。
「それは努力でどうにもならんことか?」
「うっせ、ロリババア」
「レア部隊長様と呼びな! 童顔のクソガキが!」
「童顔なのはてめぇの孫だからだ!」
レアは妖精族であり、外見は少女だが年齢は三桁だ。
孫のカイルは、その血が1/4ほど入っているために、二十五を過ぎてもいまだ未成年に間違えられる。ゆえに身分証は携帯必須だ。
「――外まで聞こえてますよ」
のんびりした声音で、お茶を運んできたのは、頭からうさぎ耳を垂らした女性だ。
動物の特徴を併せもつ獣人と呼ばれる種族で、人間よりもするどい五感を持つ。
「カイルさん、おしごとおつかれさま。怪我が無いようで、なによりです」
おっとりとほほえみながら、テーブルにお茶をならべる。
レアは眉をつりあげた。
「ロップ、甘やかすんじゃない。攻撃種のくせにとかげ人一匹も倒せないようなやつは、二刀流部隊の恥さらしじゃ」
あら、とロップは手を口に当てた。
「では守護種のくせに魔力が低すぎて、奴隷落ちしていた私はお荷物ですね。いつでも出ていく覚悟はありますよ、レア様」
軽い口調の、内容は重い。
レアは苦い顔をした。
「ロップは事務員として優秀じゃ。気が利いて雑務も丁寧にやるから重宝しておる」
「カイルさんも、文句ひとつ言わずに毎日働きづめじゃないですか。お孫さんかわいさの照れ隠しは充分ですので、たまにはカイルさんにも優しくしてあげてください」
レアがため息をつく。
「下がれ、カイル。――今日はもういい」
「よかったですね、カイルさん。私もちょうど仕事が終わったので、よるごはんにつきあってください」
「あ、ああ」
「ではレア様、お先に失礼いたします。いきましょ、カイルさん!」
カイルの腕を引き、ロップが退室する。
残されたレアは、残された湯飲みを見やり、あきれたようにため息をついた。
夕方の街は、活気にあふれている。
雑多な人の群れの、表情はあかるい。
店先から料理の香ばしいにおいが幾重にも漂ってきて、カイルの空腹を刺激した。
「カイルさん、なにが食べたいですか?」
となりのロップが、あかるい笑顔をみせる。
「どんな店でも、ジャンプして見つけますよ。脚力には自信があります」
おどけるように言ったロップは、ズボンの裾をちらりとあげて、クリーム色の毛におおわれた兎の足をのぞかせた。
「ロップは兎人と人間のハーフだよな?」
「はい。だから進化率は50%。魔力が低いのもうなずけますよね。レア様に拾っていただかなければ、こうして自由に街を歩くこともできませんでした」
ロップはまぶしげに空をあおぎ、カイルに笑いかける。
魔物と人間が進化するなか、人外と呼ばれる妖精や獣人に、めだった変化はおとずれなかった。
そのため混血児の進化率は、人間の割合と比例する。
見た目にも表れるらしく、ロップの場合は耳と足としっぽが兎人のそれだった。
「カイルさんの見た目は人間なので、私よりかは進化率が高いはずです。……だから、自信をもってください」
カイルは苦笑する。
「光剣を二本持てる筋力が無ければ、二刀流部隊ではおちこぼれだ」
「そんなことは……ねえ、カイルさん。私たち、すこし似てると思いません? ハーフとクオーターは共通の悩みもありますし、その、都合がいい、といいますか、お似合い……といいますか」
めずらしく言いよどむロップに、カイルは首をかしげる。
聞き返そうとしたとき、背後から悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」
人の波が押し寄せてくる。
ロップがカイルを抱きしめたかと思うと、おおきく跳躍して屋根の上に着地した。
「カイルさん、あれ!!」
ロップが指さす先、亜人らしきものが、人を襲っていた。
障壁も万能ではなく、弱い場所を破って、亜人が侵入してくることがある。
カイルとロップは屋根づたいに走る。
ちかづくにつれ、その亜人が一匹のとかげ人であることがわかり――その背から、折れた光剣の刃を生やしているのが見えた。
「あいつは……」
カイルが倒し損ねたとかげ人に違いない。
放っておけば被害は広まる一方だ。
そしてこれはカイルの失態が招いたこと――なんとかしなければならない。すぐに二刀流部隊が到着するだろうから、せめて足止めだけでも――。
「カイルさん……」
心配そうなロップの声に、彼女を見やり――その兎の足が目につく。
「ロップ。おまえの足を借りる」
ロップが聞き返す前に、カイルは顔を近づける。
息をのんだロップの額に、自分の額をくっつけた。
「――“とりかえっこ”」
ロップの体に、電撃が走った。
ふらつき、あわてて屋根を踏みしめたとき、かかと全体がつく感触に、ロップはおもわず足を見る。
「――人間の足!?」
「おまえはここにいろ!!」
カイルは屋根から飛び出す。
その跳躍は人間の域を超え――まるで兎人のように飛び跳ねる。
カイルはとかげ人の背後をとると、強烈な蹴りを放つ。
背中の刃が深く押し込まれて、とかげ人は串刺しになり、地面に倒れた。
駆けつけてくる二刀流部隊を、カイルは遠目に確認する。
すぐさまロップがいる屋根に飛びのり、彼女を抱えて地上におりた。
「行こうロップ。時間外労働はきらいだ」
事態がのみこめていないロップの手を引き、カイルは人混みを避けて進む。
すでに戻った自分の足で歩き、街のはし――のどかな牧場のまえで、カイルはロップの手を離した。
「カイルさん、さきほどのは……」
「妖精族の能力だ」
「そんなすごい能力をお持ちだなんて……やっぱりカイルさんは、おちこぼれなんかじゃないです!」
「――そうともいえない」
「え?」
「俺は妖精族のクオーター。借りられる能力は、体の1/4まで。しかも持続時間も短い――実戦で使えるレベルではない」
ロップは首をかたむける。
「でもいま、実戦で通用しましたよね?」
「それは、たまたま――」
「たまたまでもなんでも、勝てば正義です! 一刀流だからなんです! 妖精族の能力をあわせれば、唯一無二の立派な二刀流じゃないですか!!」
「……それはいささか、強引じゃないか? 1/2に1/4を足したところで、1には足りない」
「――私がいます」
「え?」
「一緒に考えましょう。どうしたらその1/4を補えるかを。カイルさんなら、きっとできます! それに……私の足でよければ、またいつでも貸してあげますよ?」
ロップが笑う。
その優しいほほえみから、カイルは目を離せなかった。
ロップが首をかしげた。
「とりあえず私の足に慣れるまで、毎日使ってみたらどうですか?」
「前から思っていたが……ロップはけっこう強引だな」
「強引なのは嫌いですか?」
「いや、たすかる」
目を見合わせて笑いあう。
「……カイルさんにだけですよ」
「ん? なにか言ったか?」
「いいえ。それじゃ、早く帰って練習しましょう!」
「おいおい。今日はもう無理だ」
「無理っていうのは、やってみてから言ってくださいね」
「……まいったな」
街を歩くふたりの背中を、夕陽が照らす。
長く伸びた影は寄り添いながら、前だけを向いて歩いていく。
そうして優しいロップと容赦ない訓練にあけくれ、カイルは徐々に頭角をあらわす。
一刀流を貫き、とりかえっこを多彩にあやつるカイルは、二刀流部隊の筆頭ともいえる働きをみせるようになる。
いつしか『一刀流のカイル』はこどもたちのあこがれとなり、彼を模した絵本が出版された。
その挿絵の主人公には、垂れたうさ耳の獣人が寄り添い、彼らの腕にはパートナーの証のようなおそろいの腕輪が描かれていた。