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第七話 暗証番号

 そうこうしている内に、エレベーターが7階に到着する。葛城は扉が開いてすぐには降りようとせず、まずはざっと辺りを見回して周囲の状況の把握に努めた。


 大丈夫。ここにも人はいない。確認した彼女は桜井を連れてエレベーターから出ると、すぐそばにあったフロアの案内板からハリスのメモに言う「305」という数字を探す。


 しかし、案内板の掲げる名称はどれも言葉尻に「室」と名のつくものばかりで、番号で振り分けられた部屋はどこにもなかった。


「はぁ?305号室なんてどこにもないじゃないですか。一体どういうことです?」背後から見取り図を覗き込んだ桜井が、彼女の気持ちを代弁するように言う。


 彼女は思考を回した。


 号室が記されていないとすれば、305という数字は別の意味で用いられていることになる。そしてそれは、先ほど指摘した自分の考えが正しいとすれば、目的の品物に当たるはずだ。さらにハリスの院内での「本部の情報」という発言。これらを照らし合わせると、ハリスの必要としているものは「情報媒体」、ひいては「情報媒体内部に秘匿されている情報そのもの」なのではないか__。


 通常組織運営をする場合、会社備付の情報機器は会社全体で管理されていることが多い。特にPHGといった政府公認組織ならば設置機器もそれら会社の比ではなく、膨大なデータベースの管轄が必須になってくる。こうした管理をやりやすくするためには、どの機器が何の情報にアクセスしたかすぐ判るように、機器に対し個別に番号の振り分けがなされていることが一般的だ。


 つまり、305の意味するところは、室名ではなくPHGの管理する情報媒体に振り分けられた番号ということになる。


 そこまで考えを巡らせると、彼女は再び顔を上げて、見取り図内に記された室名を目でなぞった。


 中央管理室、会議室、コピー室、設計室、研修室、事務室……一つずつ丁寧に見ては候補から外す作業を繰り返し、やがて目線は一つの室名にたどり着く。あった。「情報管理室」。


「305番のメモリー……」

「え?」素っ頓狂な声をあげて聞き返す桜井に、葛城は言葉を補って答える。


「おそらく、305というのは号室ではなく情報媒体の番号です。ハリスさんの目的はその情報媒体内部に接続されたメモリーの奪取と推測されます」

「なるほど?じゃあ俺たちは305番に割り振られた機械を探し出せばいいってわけですね」

「はい」頷いた彼女の瞳に、迷いはなかった。


 そして、そんな彼女の読みはものの見事に的中することとなる。


「ありましたよ、律さん!ここです」


 ずらりと陳列する数多のパソコンの一角から顔を出して、桜井が彼女の名を呼んだ。言われた通り彼のそばに来てみると、確かに305という数字がディスプレイ横に表示されている。ここで間違いないようだ。


「多分、メモリーは……っと」桜井はデスクトップの裏側を探り、メモリーの差込口を視認すると、爪を引っ掛けて外蓋を外そうとする。


「あれ、おかしいな、開かない……」


 その時、桜井の言葉に呼応するように、ディスプレイが青白い光を発して点灯した。次いで画面上に表示された文字の羅列に、葛城は喉元まで出かかっていた安堵の息を飲み込む。


「……『メモリ内の情報にアクセスするためには、暗証番号を入力してください』……」

「え……?暗証、番号……?」


 ディスプレイ上の文言を読み上げる葛城の声を聞いた桜井は、油の切れたロボットのようになって振り返った。


「暗証番号って、何ですか……?そんなの、メモに書いてありました……?」


 葛城は黙って首を横に振る。現状を理解した桜井は、しばし瞑目し、かっと目を見開いたかと思うと、机に拳を叩きつけて叫んだ。


「ふっざけんじゃねえですよ!あんの野郎適当な情報寄越しやがって……!」


 桜井は怒り心頭に発するという様子で、打ちつけた拳をわなわなと震わせている。語尾にですますをつけてはいるが、合間に挟まる砕けた言葉はもはや不良のそれだ。


「肝心の鍵がなきゃ開くもんも開かねえじゃねえですか!」


 桜井、静かに__。そう言おうとした葛城は、彼の口をついて出た第二の発言にふと引っ掛かりを覚えた。


「鍵……。ハリスさんは、南京錠を開く鍵はこちらが持っているとおっしゃっていました」

「ええ。で、その鍵が今手元にないってことなんじゃないですか?」


 彼女は答えず、机上に広げたハリスのメモを凝視する。


「鍵は私たちが持っている……鍵……」


 逡巡する葛城の横で、桜井はメモをハリスに見立てるかのように、ありったけの侮蔑の視線を机上に注いだ。


「つーかそもそもおかしいんですよ。普通7階って書くなら7Fってするのが普通でしょう?それをF7って……煙草の吸いすぎで頭でもおかしくなったんじゃないですか?」


 葛城ははっと息を呑み、思わずまじまじとメモの文字を確認する。


「F……この形、鍵に見えませんか」

「え?ああ……たしかに、言われてみれば」


 本来Fと書かれているはずのそれは、彼のおぼつかない筆跡も相まって、ちょうど南京錠に使用される二つ穴に合う鍵を彷彿とさせる。ここで、葛城の頭に一つの可能性が浮かび上がってきた。


「F7……これは、ダブルミーニングである可能性があります」

「ダブルミーニング、ですか?」


 ダブルミーニングとは、一つの言葉に二つ以上の意味をもたせる手法のことだ。詩文などによく使われると聞く。無論、今回のそれが詩文に用いられることはないだろうが、二つの意味を持つというそのままの意味で捉えればそのように解して不都合はないだろう。


「ってことは、俺たちに二つの意味を持たせてることを気づかせるためにわざわざこんな表記にしたってことですか」

「F……Fを鍵と仮定すると、鍵は7、という意味になるはずです」

「鍵は7……」桜井は葛城の言葉を噛み砕くように繰り返し、


「この鍵ってのは暗証番号ってことですか?そうは言っても、暗証番号が7なわけ……」


 言いかけて、何かに気づいたようにぎょっとした。


「もしかして、その「鍵」もダブルミーニング……?」

「そうです」葛城は首を縦に振って続ける。


「おそらく、この鍵というのは暗証番号という意味を持つ傍らで、「Key」という意味も含有しています。「Key」は暗号を解く際に使われるデータのこと。今回の場合であれば、7。つまり、この媒体の暗証番号は7のシーザー暗号になっているはずです」

「でも、暗号化される前の平文は……」

「ここで、ハリスさんの発言を思い返す必要があります」


 葛城は懐からペンを取り出し、メモの裏面にアルファベットを書きつけた。


「彼は持ち帰るものを『南京錠』と指定しました。おそらくこれが暗号の平文と推定されます。しかし、『南京錠』を表す言葉は二つある……」

「『Padlock』と『Hasp』ですね」


 桜井の注釈を、顎を引いて肯定する。


「ここで、F7の7という数字にもダブルミーニングが使用されていると仮定します。そうすると……」


 そして、アルファベットの下に、先ほど桜井の言った二つの単語を書き添え、それぞれの単語に使われている文字数をペン先で軽く叩きながら数えていく。


「『Padlock』は7、『Hasp』は4。つまり、平文は『Padlock』ということになるはずです」

「これをシーザー暗号にするための『Key』が7ってことは、この単語の文字をアルファベット表記から7ずつずらしたものが目当ての暗証番号ってわけですね。へぇ、なるほどねー」


 桜井は感心したように手を打った。「さっすが律さん!こんなの、俺一人じゃ全然思いつきませんよ」


 しかし、葛城は首を横に振って、


「いいえ。本当に尊敬すべきは、これらをあの短時間で考え抜いたハリスさんです。私は彼の意図を読み解いたにすぎません」


 そう言って、彼への返答もそこそこに、画面上へと視線を戻した。


 Pを7つずらした場合、対応する単語はWである。同様に、AはH、DはK、S、V、J、R……。


 平文をアルファベット表記に照らし合わせながら、間違いのないよう慎重に暗号化を進めていく。そうして全ての単語を入力し終えた葛城は、小さく息をつくと、意を決して決定ボタンを押した。


 しばし間が空いて、デスクトップ上にタスクバーが表示される。葛城たちを取り巻く空気に俄かに緊張が走った。


 これで弾かれてしまえば、これ以上の詮索は不可能と見るべきだろう。二人が固唾を飲んで見守る中、右端まで届いたタスクバーは、次の瞬間、『アクセス許可』の文字を画面上に映し出した。


「やっ……たぁぁ!」真っ先に歓喜の声をあげたのは桜井だ。彼女の手を取り満面の笑みをその端正な顔に浮かべる。


「やりましたね律さん!やっぱり律さんはすごいや。俺、律さんに言われるまで暗号とか全然気がつきませんでしたよ」

「そんなことはありません。あなたがあの時、ハリスさんの書き方の違いを指摘していなければ、私もこの事実に気がつかなかった……」


 葛城は桜井の手を握り返し、唇に小さく弧を描いた。


「ゆえ、これはあなたのおかげでもあるのです。ありがとう、神夜」

「え、律さん、今俺のこと、名前で……」


 桜井に指摘されてから少しの間、葛城は自分の発言に気づかずきょとんとしていたが、自身の言動を思い出した瞬間、慌てて口を押さえて、こほん、と小さく咳払いをする。


「……ご協力感謝します。桜井」

「ちょっ__」

「当初の目的は達成しました。あとはこのメモリーカードをハリスさんに届けるだけです。参りましょう」


 葛城はロックの外れた差込口から手早くメモリーカードを抜き出すと、桜井の言葉を遮ってくるりと踵を返す。そしてなおも何か言いたげな桜井を無視し、早足に室内を後にした。

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