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第五話 男の企み

 目の前を、轟音を立てながら貨物列車が通り過ぎる。列車とぶつかり逃げ場をなくした空気は、列車の進行方向に逆行する強風となって、葛城のコートの裾をはためかせた。


「あの野郎……俺たちの知らない情報握ってるからって面倒ごと押しつけやがって」


 手のひらサイズほどの紙面上を這う歪な文字を目でなぞりながら、桜井は悪態をつく。あの後、ハリスから「お使いメモ」と称して渡されたものだ。右肩に銃創を負ったおかげで利き手が思うように使えないらしく、膝の上にメモを台紙ごと置いて筆記に四苦八苦していた姿を思い出しながら、葛城は桜井の握るメモを覗き込む。そこには、覚束ない筆跡で「F7、305」と記されていた。


***


「組織を脱退したところ悪いが、あんたらにはもう一回組織に入ってもらうぜ。といっても、あんたらは罷免されてるも同然だから今回は潜入ってやつだろうけどな」

「あなたの頼まれてほしいこと、というのは、組織内にあるということですか」

「そういうことになるな」ハリスは2本目の煙草を窓のさんでもみ消すと、「悪りぃ嬢ちゃん、そこの、取っちゃくれねえか」と顎で台の上のメモを差した。


 葛城は言われた通りメモと、そして懐からボールペンを取り出してハリスに渡す。


「ま、軽い落とし物探しみたいなもんだ。あんたらの身元さえバレなきゃ簡単な仕事だよ」ハリスは受け取ったボールペンで紙面をとんとんと叩きながら言った。


「そう簡単に本部に入れたらこっちだって苦労してないんですよ」横から苦言を呈するのは桜井だ。そう言って、ハリスを猜疑心に満ちた瞳で睨みつけている。


「俺たちが何の情報探してるか知ってて言ってます?そのPHGだっつってんですよ」

「本部に入ったところでそんな機密情報が堂々と提示されてると思うか?あまつさえそいつを入手できるとでも?この組織の存立を脅かしかねない話だぜ?んなもん全国のハッカーの格好の餌だろうが。向こうの対策は万全だよ」


 男の言葉に、桜井はぐ、と言葉を詰まらせる。


「じゃあ俺たちにどうしろってんですか」


 半ば拗ねたような口調で尋ねる桜井に、ハリスは口角をあげて答えた。


「いいか?言ってみりゃあちらさんの情報は南京錠だ。南京錠は南京錠のまま持って帰ったところで開きやしねえ。だが、その鍵をこっちが持ってたとしたら、どうなると思う」

「まさか」葛城は男の言わんとすることに気がつき、目を丸くする。ハリスはメモを引きちぎり、懐から小さなICチップを取り出して二人へ差し出した。


「こいつは偽造チップだ。こいつを使えば本部に入れる。このメモは……まあ言わねえでもわかるな。お使いメモってやつさ」


 二人がそれぞれICチップを手に取るのを見届けると、ハリスは声を低くして言った。


「俺もあんたらも、望むもんは一緒だ。鍵はこっちが持ってる。後はあんたらがその“錠”さえ持ってきてくれりゃぁいい」


 彼の一連の言動を思い返した葛城は、それにしても、と首を傾げる。


「彼は一体何者なのでしょう」

「ただの人身売買ブローカー……ってわけじゃあなさそうですね」桜井が彼女の横に立って答えた。


「そもそも怪しいんですよ。鍵はこっちが持ってるだの、偽造チップだのと適当なことを言って、俺たちをはめようとしてるんじゃないんですか?」

「偽造チップについては、実際に確かめれば分かることです」葛城は凛とした表情を崩さない。


「けれど、私は彼が嘘をついているとは思えません」

「んえぇ、そうですか?明らかに胡散臭さ満載って感じでしたけど……」


 桜井の言葉尻をかき消すように、列車の到着を知らせるアナウンスが流れる。葛城は線路の向こうに見える時計台をちらりと確認した。午前0時。時間通りの到着である。


 次いで周囲を見渡すが、彼らを除いて行き交う人はまばらだった。


 この辺りを走る列車はすべて自動運転の無人列車であるため、24時間いつでも利用できる。わざわざこんな時間に出かけるのは、できるだけ人通りの多い時間帯を避けて移動し、本部へ潜入する際のリスクを少しでも減らすための彼女なりの配慮だった。


 列車のドアが開き、無機質な光が二人を迎え入れる。


「これはまた、長旅になりそうですね」


 目元を隠すようにフードを深々と被り、桜井が独りごちた。葛城も同じようにして、二人は車内へと乗り込む。列車は短い汽笛を数回鳴らすと、車体を小刻みに揺らして煌々と照りつける照明の下を走り出した。

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