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第三話 募る疑惑

「へぇ。随分と楽しそうなことやってるじゃないですか」


 吹き飛んだ黒い物体が床に落ちるのと、男の身体が床に叩きつけられるのとは、実に瞬き1回の間に起きた出来事だった。


「しかもこんなクラッカーまで用意して。随分と気合が入ったパーティーですねー」


 桜井は落ちた銃を足先で弾き、宙に置いたそれを手に取ると、トリガーに指をかけてくるくると回してみせる。


「き、貴様っ、何者だっ!?」

「人に名前を聞くときはまずは自分からって、習わなかったんですか?」

「桜井、どうしてここに」


 葛城は自分の今置かれた状況より、この場に彼がいることに驚いているようだった。聞かれた桜井は銃を回す手を止め、軽くウインクして答える。


「律さんがいるところならどこへだって駆けつけますよ。言ったでしょう?律さんを離したりなんかしない、って」

「そ、その常人離れした力、ま、まさか貴様、変異……」


 最後まで言い終わらないうちに、もう一人の男は地面に倒れ込んだ。


「桜井、飼い猫の捕獲はよろしいのですか」


 男の後ろに回り込んでいた葛城は、職員の首筋に当てた右手を軽く捻って解しながら尋ねる。桜井は胸を張って首肯した。


「もちろん、捕獲済みですよ。今は大人しく眠ってます」

「そうですか」

「しっかしこいつら、俺の律さんを下等職員呼ばわりするなんて、何様のつもりなんでしょうねー。いっそのこと殺してやりましょうか」


 床に伸びる職員の背中にかかとを擦り付けながら、桜井は口元にニヒルな笑みを浮かべる。


「私はあなたのものではありません。……それよりも……」


 葛城は麻袋と、その隣ですっかり怯え切った少年の姿を交互に見て、憂えたような眼差しを床へ落とした。


「政府によって、人身売買が黙認されている……いいえ。黙認どころか、承認されている……この事実を、重く受け止めねばなりません」

「つまり、政府が犯罪の片棒を担いでると?」

 葛城は黙って頷く。「しかし、目的が不鮮明です。人間の子どもをさらうことと、政府の目的に、何らかの関連性があるはず……」

「しかもそれは、組織の中でも限られた者しか知らされてないわけですよね。俺たち、随分とんでもないところに足を突っ込んじゃったんじゃないですか?」

「……何にせよ、現状を知ってしまった以上、私たちがここに留まることはできません」

「そうですねー」彼女の意見に、桜井も異論はないようだった。

「このことはおそらく上にも報告されるでしょうし、そうなれば今度は俺たちがお尋ね者ですよ」

「とにかく、今は彼らを、親の元へ帰してあげなくては」


 葛城は思考を巡らすのを一時取りやめ、少年の元に近づくと、蹲み込んで彼の顔を覗き込む。


「貴方の家はどちらですか」

「ぼ、僕、お家に帰れるの?」

「はい。我々が責任を持って貴方を親御様の元に送り届けます」


 少年は、葛城と桜井の姿を交互に見て、でも、と顔に暗い影を落とす。


「お姉さんたちも、悪い人たちの仲間なんでしょう?」


 二人は顔を見合わせて、どちらともなく頷くと、胸元のバッジを取り外してみせた。


「私たちは、もう悪い人たちの組織のメンバーではありません」

「そうそう。その証拠に、その悪い人たちやっつけたの俺たちですし」

「でも……お兄さん、いい人に見えないけど……」


 先ほどの桜井の行動をつぶさに目撃していた少年は、素直な感想を口にする。


「失礼ですねー。悪い大人をやっつける。どこからどう見てもヒーローそのものじゃないですか。称賛されて然るべきだと思いますけど」

「こんなヒーローやだぁ……」

「はぁ?生意気な口ですね。塞いでやりましょうか」

「桜井。そういうところ」


 短い悲鳴を上げて縮こまる少年の頭を撫でながら、葛城は桜井に向かって呆れ混じりの視線を投げかけた。しかし、当の本人は何のことやら、と肩を竦めるばかりである。


「とりあえず、飼い猫とその子は然るべき場所に届けるとして……」


 次に、二人の視線は目の前で伸びる三人の人物のうち、布を被った一人の男へ注がれた。


「こいつ、どうします?」桜井が男の身体を蹴り転がして言う。男が身を隠すのに使っていた布は弾丸によって擦り切れ、男の身体から流れる血で赤黒く染まっていた。


「急所からギリギリ外れてるおかげで、まだ息はありますけど」

「職員との面識もあるようですし、彼ならば何か知っているかもしれません」葛城は少年の手を取って立ち上がると、男を一瞥して答える。


「まずは治療が先決です。医療機関へ連れて行き、意識が回復し次第、事情を伺います」

「本当はこんなコソ泥助ける義理なんかありませんけど、律さんが言うなら仕方ありませんね」


 言いながら、桜井は男の腕を無遠慮に引っ張り上げる。よほど痛かったのか、男は意識を失っていながらもぐうと呻いた。


「助けてやるんですからこれくらい我慢してくださいよ。ったく、何で俺がこんなやつの介抱なんか……俺が肩を貸したいのは律さんだけなのに……」

「……ねえお姉さん、あの人、本当にいい人なの?」


 男を背負い、猫をかかえながら尚も不満げにぶつぶつと何事かを呟く桜井を見て、少年は不安そうに眉を顰める。葛城は返答に窮ししばらく押し黙るが、やがて静かにため息を吐くと、小さく頷いた。


「……少なくとも、あなたに危害を加えるような真似はしない……はずです」


 それを聞いた少年は顔を青くして、無事に親の元へ届けられるまでの間、桜井に対して一言も口を効かなかった。

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