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第十一話 カーチェイス

 葛城は片膝を立てて屈み込むと、ズボンの裾を引きちぎり、布を紐状に引き裂いて、負傷した手足に巻きつけ止血を施す。


 あの時、桜井がすんでのところで引き金を引いて男の持つ銃を弾き飛ばしたことで、辛くも形成を逆転することに成功したものの、葛城たちを取り巻く状況は依然として最悪だった。


 彼女の視界の端で、数多の兵士に囲まれ奮闘する桜井の後ろ姿が映る。一瞬見えた彼の表情には、疲弊の色が色濃く滲んでいた。


 もはや自分たちが助かるためには一刻の猶予も許されないことを悟った葛城は、ふらつく右足を地につけ立ち上がる。


 鈍い痛みが走ったが、気にせず再び戦禍へ身を投じようと身構えたその時、1人の兵士の頭を押さえつけ、身を乗り出す桜井の姿が目に入った。彼は葛城に向かって、必死の形相で口を開く。


「律さん!後ろ__!」


 その叫びに反応する暇もなく、葛城の目元をギラリと光る銀色の刃が横切った。

 しかし、それが彼女の首元へ振り下ろされるより先に、背後から肉を斬る鈍い斬撃音が響き渡る。


 直後、短いうめき声とともに、兵士の手に握られていたサバイバルナイフが地に落ちた。


 振り向いた葛城の瞳は、膝をついて倒れた兵士の後ろに立つ男の藤色の瞳と交差する。


 続いて襲いかかった隊員2人を剣戟で斬り伏せた男は、その刃についた血を軽く振って落とし、地面に転がった自身の銃を手に取って一言、


「こちらへ」とだけ告げると、刀を構えて前方へ走り出した。


 そこへ隙を見て敵の包囲を抜け出した桜井が葛城の元へ駆け寄り、肩を支える。


「律さん、ごめんなさい、俺、俺またあなたを……」

「謝る必要はありません。あなたはとてもよく頑張った……彼の後を、追いかけましょう」

「彼って……アイツのことですか!?冗談じゃないですよ!」


 桜井は男の背中にありったけの嫌悪の眼差しを注いで言った。


「アイツは律さんを殺そうとしたんですよ!?あんなやつにほいほいついていったら次律さんがどうなるかわからないじゃないですか!」

「どちらにせよ、今の状況では我々2人の力で逃げ切ることは不可能……。ゆえ、彼の力が必要なのです」

「でも……!」

「増援が来るのも時間の問題です。桜井、彼の元へ急ぎましょう」


 桜井はなおも渋るそぶりを見せたが、彼女の強い眼差しに押され、喉元まででかかっていた拒絶の言葉を飲み込んだ。


***


 葛城たちより一足早く路上へ身を躍らせた男の目的は、組織の連中が置いていったパトカーを奪取することだった。続々と到着する車両のうち、1番手近な場所に停車した1台に近づき、その扉をこじ開ける。


「な、なんだお前は……っ」


 中から隊員の驚きと恐怖の混じった声が漏れ出すが、男はお構いなしにその隊員の首根っこを掴んで外へと引きずり下ろすと、空いた運転席に乗り込んだ。

男の目論見通り刺さったままのキーを捻ると、車体は唸りを上げながら身震いを始める。そうして車が問題なく稼働することを確かめたとき、バックミラー越しに葛城と桜井の姿が見えた。


「ここだ、乗れ!」運転席の扉を開け、2人に向かって声をかける。葛城は桜井の肩を借りて後部座席へ、桜井は助手席へと各々乗り込んだ。


「てめえ、裏切りやがったらただじゃおきませんよ」隣で桜井が今にも噛み付かんばかりの勢いで男を睨みつける。


 男は答えずに、アクセルペダルを右足で強く踏み込むと、車を発進させた。


 幾重にも連なる街灯に照らされた滑走路を猛スピードで駆け抜ける一台の車と、けたたましいサイレンを鳴らして猛追するパトカーとの、激しい追走劇が幕を開けた。


 ふと、バックミラー越しに後ろを確認していた葛城の目が、後続の先頭車両の助手席から身を乗り出す男の姿を捉える。


 葛城は、男がライフルを構えて照準をこちらへ向けているのを見て、


「まずい……2人とも、伏せて!」


焦り混じりの声を前方へ投げかけ、全員が一斉に身を屈めたその瞬間、激しい衝突音と共にバックガラスに無数の風穴が開き、細かなガラス片が車内に降り注いだ。


「律さん大丈夫ですか!」

「私は問題ありません」


 髪を乱す勢いで尋ねる桜井に、頭に乗ったガラス片を振り落としながら答える。


 そんな2人のやりとりを傍で聞いていた男は、徐に腰に引っ掛けていた拳銃を取り出すと、運転席の窓を開けた。


「代われ」

「は?」


 振り向きざまに男の放ったその3文字の真意を計りかねて聞き返す桜井に、男は声を低くして言う。


「運転を代われと言っている。死にたくなければさっさとしろ」

「ハァ?アナタふざけてるんですか?運転なんてできるわけないじゃないですか!」

「できるかできないかなど聞いていない。やれと言っている」

「無茶ですよ!俺まだ17なの、に!?」


 男は桜井の抗議に耳を貸すことなく、アクセルを全力で踏み込みながら運転席の扉を開け、後続車のタイヤ目掛けて銃を発射させた。


 ぱんっ、という破裂音とともに、後続車の前輪が弾け飛ぶ。片足を失った車は金切り声を上げながら激しくスリップし、周りのパトカーを巻き込んで電柱に衝突。白煙を上げた。


「まだ来ます」先頭の車両の転覆によりある程度引き離すことに成功したものの、その差は決して埋められぬものではない。衝突を巧みに潜り抜けたパトカーらが懲りずにこちらへ向かってくるのを見て、葛城は声を引き締める。


「いいっ」そんな中、一際切羽詰まった声をあげるのは桜井だ。大きく身を横に傾け、力一杯ハンドルを握りしめているため、その軌道は非常に不安定である。


 例によって街灯にぶつかりそうになったところをすんでのところで避けることに成功した桜井は、頬を膨らませてふうと息を漏らす。


 横を一瞥すると、男はこの銃撃戦をするには劣悪と言わざるを得ない状況下で、地上からわずか半分露出するにとどまる後続車の前輪に向かって、正確に弾を撃ち込んでいるようだった。


 男のことが気に食わない桜井は感心こそしないものの、着実に後続車との距離を引き離していることに、このままいけば逃げ切れる、と心の中でガッツポーズを構える。


 そうして、5、6台のパトカーを離脱させたあたりであろうか。突如、今まで周期的に鳴り響いていたこちらの銃声が止まった。


 それから、カチャリカチャリと空回るような音が2、3度続いたところで、徐に男が振り返る。


「何やってんですか、さっさと撃ってヤツら蹴落としてくださいよ!追いつかれますよ!」


 バックミラー越しに映る鉄の塊が再び距離を縮めてくるのを見て語勢を強くする桜井に、男は静かに言った。


「弾切れだ」

「ハァ!?使えねえ野郎ですね本当、にっ!?」


 桜井の抗議はまたしても尻切れトンボに終わった。男への罵倒の言葉を言い終えるや否や、何かが爆ぜるような衝撃音とともに、体を一瞬浮かすほどの大きな揺れが3人を襲う。


「な、なんです!?」そのあまりの衝撃に只事ではないことを直感した桜井は、目を白黒させながら視線を後方へと投げた。


 彼の目線の先には、窓の外を食い入るように見つめ、顔を強張らせる葛城の姿があった。彼女は視線を窓から外すことなく一言、「バースト」と声を発する。


「敵の弾がこちらの車輪に被弾したらしいな」その言葉を補足するように、男が冷静に状況を分析する。


「てめえのせいじゃねえですかこの野郎!どう責任取ってくれるんです!?」

「貴様の運転が稚拙なのだろう。私はやるべきことをしたまでだ」

「はぁ?ふざけたことを!こちとら初めてな上に助手席から運転してやってんですよ?そんなこともわからないようじゃアナタの脳みその方が稚拙でしょうよ!」

「なんだと貴様!」

「2人とも、今は言い争っている場合ではありません!」


 火花を散らしてにらみ合う二人の間を破る鋭く焦燥した一喝に、彼らは一斉に葛城の方を振り返った。


「この先は、確か溶解炉のはず……!」


 彼女の眼差しを辿るようにフロントガラスの先を見やった桜井たちの目に飛び込んできたのは、刑務所さながらに辺りを厳重に囲う鉄条網。


 その内側からは白い蒸気が絶え間なく立ち登り、辺りの視界を白一色に飲み込んでいた。等間隔に立ち並ぶ黄色と黒の警告色の看板には、「立入禁止」の4文字が踊る。


 非常に悪いことに、葛城が呼びかけた際にはすでに、看板の主張する文字が目を凝らすまでも見えてしまうほど、彼らと溶解炉との距離は近づいてしまっていた。


 そしてさらに悪いことには、コントロールを失った彼らの乗る車は、その鉄線に向かって猛スピードで直進しているということだった。


 桜井の顔がみるみるうちに青くなる。


「ぶ、ブレーキ!」

「無駄だ、もう遅い!」


 一縷の望みも虚しく、車はフェンスを突き破り、真っ赤に煮えたぎる金属の溶湯へと落下していった。

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