冬華ちゃん フィオ(鏡)様@youseinokagami
お名前:冬華ちゃん
フィオ(鏡)@youseinokagami 様のうちの子。
https://twitter.com/youseinokagami/status/1428337325164036107
新たな月が誕生して三百年。人類は完全に異なる生物へと変貌を遂げていた。
その天体がいまは亡き米国国家航空宇宙局の観測網にかかったとき、人類に絶望が通達された。大きさは地球の約四分の一。つまり月と同サイズの小惑星が地球にまっすぐに向かってきていたからだ。
計算によると十三日後には直撃し、地球は粉々に砕け散る。
最重要国家機密に指定された情報だったが、すぐさまリークされ、世界中をこの破滅的なニュースが駆け巡った。いかにNASAのエリート職員であっても、間近に迫る死を前に職務規定を守ろうという気持ちにはなれなかったのだろう。
滅亡を目の前にした人類は大混乱に陥り、それから十日間で全人口の一割以上が死んだらしい。
だが、この天体が地球を直撃することはなかった。
地球に近づくにつれ減速し、進路を変え、地球の衛星軌道に乗ったのだ。
その距離は月よりもはるかに近く、地表から見ると旧い月の数倍も大きい。世界中の天文学者や物理学者がそんな軌道で安定するはずがないと言ったが、現実にそこに新たな月があるという事実は変えようがない。
ふたつ目の月がもたらした影響はそれだけではなかった。
新生児の中に、不思議な力を持っていたり、本来人間であれば存在しない器官が生じたりする者が増えたのだ。
ある者は手も触れずに物を動かし、ある者は最新の合金よりもはるかに硬質な皮膚を持っていた。ある者はにらみつけるだけで太陽表面を超える高温を発生させ、ある者は胴を両断されても意に介さない再生力を持った。
こうして生まれた新たな月の子どもたちは世界のルールを一変させた。
物体を動かす能力は重機のたぐいを不要にさせ、硬質な皮膚を持つものは銃火器を無力にした。高温を生み出す能力は無限のエネルギー源となり、超再生力を持つ者の体液は万能薬となった。
新たな月の子どもたちの能力は、従来科学よりもはるかに経済合理的であった。瞬く間に科学文明は退歩し、いわば能力文明というべきものに切り替わっていった。
冬華は、人類が完全に能力文明に切り替わってから生まれた世代だった。
今年で十四才になるが、学校には通っていない。
現在の世界では、最低限の読み書きと計算、そして大まかな歴史を教わる以外に学校の存在意義がなかった。
生まれつき、蝶のような翅を持っていた冬華は空が飛べた。
お気に入りの場所は、上空十キロメートルに届かない程度。
少し風が強いのが玉に瑕だが、足もとに雲が広がり、見上げれば新たな月が大きく、くっきりと見えるこの高さが彼女の領域だったのだ。
今夜も冬華は空を飛んでいる。
背に生えた翅を四方に広げ、淡い燐光を放っている。
空を飛ぼうとするとこの光が生じるのだ。
なぜ生じるのか、光が生じるとなぜ飛べるのか、そんなことを気にする科学者はもう地球には存在していなかった。
ぼんやりと新たな月を眺めていると、その表面に黒い小さな点が見えた。見間違いかと思い目を凝らすと、その点はひとつではなく無数に存在し、さらにだんだんと大きくなっているようだった。
(こんなの、見たことない)
好奇心に駆られた冬華は一気に高度を上げた。成層圏をやすやすと貫き、高度四百キロメートル――科学文明時代に人類が人工衛星を飛ばしていた高さ――まで数十秒で達する。
光を散乱させる大気という夾雑物がなくなったおかげで、新たな月の黒い点は輪郭までがくっきり見えた。
黒い点はひとつひとつが動いている。シルエットしか見えないが、まるで翼を羽ばたかせているかのようだ。
そして、こうして見る間にもその黒い影は徐々に大きくなっている。
違う、これは大きくなっているのではない。
(新たな月から地球に向かって飛んできている?)
言い様のない不安に襲われた冬華は一直線に地上に戻り、家に帰ってベッドに潜り込んだ。奇妙なものを見てしまったが、ぐっすり眠れば忘れてしまう些事に違いない。
そんなことを自分に言い聞かせながら、冬華は眠りに入った。
先ほど見た現象が、後世に千年千年戦争と呼ばれる事件の始まりであったことは、戦後の歴史家たちでさえも知り得ないことであった。
(了)
瘴気領域(@wantan_tabetai)




