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 本はないか、と宵月が尋ねれば小狐たちは使命感を感じる瞳で図書室へと案内した。

 古そうな引き戸を開ければ、外から見るよりも大きな部屋が広がっていく。



「地上の土地はお高いのです!」


「けど、異空の部屋を作ってしまえばこの通り!」


「見た目よりも豪華な仕様でお部屋のご用意ができます!」



 天上は各々が神域を持っているので金銭的な事を考える必要はない。だが、地上に家を作るのは金がかかる。格に応じた住居を持つべきとされるので、この家も相当大きいが、それでもなお広さが足りないらしい。それ故のちょっとした工夫なのだと小狐たちは宵月に説明をする。

 宵月はそこにある多くの本に圧倒されながらその話を聞く。



「ここだけではないですよ!」


「お庭とかも同じ仕様です!」


「何か欲しい部屋があるのなら晴明様が用意してくださります!」



 本棚を見上げながら少し上の本を取ろうとすると、舞い上がるようにふわりと本が浮く。そして、彼女の前で止まった。手を出すとゆっくりとそこに収まる。



「すごい……」


「番様は晴明様と繋がっておりますので」


「神力がお使いになれます」


「欲しい本はヒョイって飛んできますよ!」



 この世には三つの力がある。


 人が持つ霊力。

 陰陽師や呪術師、いたこなどが扱う力だという。それらの人間はシャーマンなどと呼ばれることもある。

 人によって持ちうる力はそれぞれだが、霊力を持つ人間と持たぬ人間がおり、宵月は後者である。だから両親は力を持った姉を特別扱いしたのかもしれない、とも彼女は考える。春陽には火を操る力が備わっていた。


 二つ目に魔力。

 妖と呼ばれるものが扱う力だ。これもその者によって扱う能力はそれぞれではあるが、攻撃性の高い力を有する者が多い。もちろん、その力を用いて他の者を助ける者もいる。


 そして、最後が神力。

 神に連なるものが扱う力。

 これも個々の伝説や神話、性質によって能力が決まる。複数の能力を持つ者も多い。



 人間は霊力を変換することで多くの術式を操ることもできるし、妖はそんな小細工がなくとも強い肉体と特殊防御力がある。神は本当にその存在によるので個体差を述べることは難しい。


 番になると、能力のないものほど相手の力に影響されて、その繋がりから異能が出現することが多い。

 宵月も本当にそういうものなのか、と考えながら本を抱きしめた。


 この図書室一つにしても、神力に反応して本が寄ってきたり、勝手に戻って行ったりするというのだからその機能に感心するばかりである。



「あの人にはお世話になってばかりね」



 家から出してもらったどころか、力まで与えてもらえた。それに加えてわがままをなんだって叶えてくれるという意思も感じる。

 宵月はいずれ追い出されるかもしれないけれど、どうすればこの恩を返せるだろうか、とそんなことを思った。



 その頃、晴明は崎守家で足を組んで座っていた。その笑みからはどこか黒いものが見える。



「私の愛しい子がな、特に報復を望まぬ故荷物の回収をした後は縁を切るだけで容赦してやろうと言うのだ。何が不服なのか」



 声音は柔らかいが、威圧感は強い。

 宵月の父は、恐る恐る平伏した状態から頭を上げると柔和な笑みの晴明と視線がぶつかる。ホッとしてそれでもあの子は自分の可愛い娘だと、関わり方が間違えていたようだが今後気をつけると。そう口にするつもりだった彼は、「頭を上げることを許可した覚えはないが」と瞳を開き、冷たい視線で見下ろしながらそう言われて、震えた。


 彼らにとって次女は大した娘ではなかった。だから、“ちょっと生け贄に使う”くらいで罪悪感なんて湧かなかった。

 それと同じだ。

 晴明にとっては番が第一であり、自分たちの言い訳などどうでも良いのだ。



「書類を見たろう?疾く、署名をして私に寄越せ」



 頬杖をついて、お付きの人間に指図するその姿はさながら魔王のようだ。

 両親としても、神に選ばれた娘を手放すことはしたくなかった。


 人外の番として子を出すと言うのは人族にとってある種のステイタスであった。彼らの中で力の強い存在は富も相応に持っている。そこに嫁がせれば、多くの場合家族もその恩恵に預かることができた。春陽が番になったことですでに崎守家はかなりの財を築いている。しかしそれは宵月を無償で手放してチャンスをふいにする理由にはならないとその父は手を揉む。どうにかして、娘の相手から金銭を引き出そうとする男の姿は晴明にとっても不快だ。



(穏便に済ませたい、と可愛い宵月が思っているようだったから自発的に関係を終わらせる機会をやったというのに)



 晴明にとっては今回の訪問で渡した書類…自発的に彼の番と縁を切るものを大人しく署名して渡せば、番保護の制度の利用で社会的地位を貶しめる事がないように配慮してやろうと思っていた。人族は本能が薄いから甘く見がちであるが、それ以外のものにとってその存在はとても重いのだ。


 荷物の回収が終わった、と付き人が言う。

 崎守夫婦が署名をしないようなので、宵月に相談して決めようと立ち上がる。「その選択、後悔するでないぞ」という彼の言葉は脅しなどではない。純然たる事実である。


 家を出ると、赤い火が彼らと車を覆う。

 晴明がそれを手で薙ぐと、その目の先に刀が迫っていた。

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