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人の世の事を調べるのは存外難しくない。それは、往々にして彼らが超常的な神や妖といった存在に対して情報を隠す術を持ち得ていないからだ。ただし、電子関連の情報等には流石に疎い者が多い。そんな事をしなくても指先一つで配下が全てを為してくれる上位の存在にとって、それに触れる必要なんてないからだ。
それでも人と混ざり生活する者も多くなった現代では、そういった存在もまた紛れるためにその方法を学ぶ者も増えてきた。
晴明は、ある種、神らしい方法で番である少女のことを調べた。彼の眷属はそれなりに多い。人の営みの中で生きる者に報告をさせるだけで事足りた。
結果は彼にとって怒りを持つに足るものだった。
愛しい番。唯一無二の妻。
それがただ、「普通の少女」であるだけで虐げられていたという事実。
細められた目には冷たい光が灯る。
人外の彼らにとって添い遂げる相手というものは殊の外大切なものだ。種族が違うからこそ、その命の長さにも差があり、その分相手を大切にしたいと思う気持ちが大きい。番ってしまえばある程度寿命は伸びるが、それでも本来の神や妖と比べれば短いものだ。
「──何もしてこないようであれば、アレが望むように。そうさな、関わらぬようにするだけでよいだろうが」
要らぬちょっかいをかけてくるようであれば、その火の粉は払わねばならない。
そっと術式を編んでメッセージをその中に入れると、それはそのまま小鳥の形となった。本当は愛しい番の家族の家だ。配下の同族を送るのが筋というものだろう。だが、宵月の話では彼女の姉の番は動物を嫌うようだ。配下に傷をつけられるのは困る。
結果として霊力を編んでメッセージにした。生きてはいないものが崩れる方がまだマシだ。ふっと息を吹きかけると、小鳥は金色の光を纏って飛び立った。
「宵月はああいうのも好きそうだな」
小さくて愛らしいものが好きそうだ、と考えて微笑みが溢れる。ふとした拍子に愛しい存在のことを考えるというのは思いの外、くすぐったく、どこか幸せを感じる。
そう思っていると足音が自分の部屋の近づいてくるのを感じる。
「晴明さん、学校行かなきゃなんですけど!」
「勉強なら私が教えてやるが?」
「それじゃあ学歴つかないじゃないですか!!」
それを見ながら、少し感心して彼女を眺めた。基本的に人間は人外の番とされた際には甘やかされて大概が学歴なんて気にしなくなる。何故か放り出される事すら考えない。警戒心がやたら強いように見えても番であるからか、打ち解けるのは早かったりする。
(一緒に居始めてそう時間が経っておらぬが故か?)
しかし、感じる繋がりは確かである。
きゃんきゃん今後の通学手段やら荷物のことを聞いてくる番の頭を撫でると「話を聞いてくれない!」と怒った。そんな顔も可愛いと思うのだから重症だろう。
「まぁ、待て。荷物は今日取ってきてやる。学校は我が家から車を出そう。あなたに不便はかけぬ」
「じゃあ、大丈夫です」
けろりとそう言った彼女。表情がコロコロ変わる様がやはり愛しいと思ってしまう。
けれど、彼女から自分に対する感情がなかなか読めず、晴明は顔を顰めた。
「宵月、私の愛しい番」
「そのセリフ、なんかゾワっとします」
「おい」
肌をさする自らの番に流石に眉間を顰めた。
「慣れてないんですよ。私は日常的に可愛いとか綺麗とか愛しいとか呼ばれてきてないので」
本気で困った顔をする彼女に、そっと息を吐く。
(なんと言う事だ。困った顔も可愛い)
表情を変えるたびに晴明は愛しさに精神をぐちゃぐちゃにされる。お陰でその愛しい番であるところの宵月は「情緒不安定だなぁ」と思っている。
「しかし、何故学歴だ?妻として側にいてくれはしないのか?」
家ではあまり待遇が良くなかった分、宵月はそれなりに学校に愛着があった。
それと、同性の友人はそれなりに多い。逃げるためだけでなく、楽しいだけで通えるならば通いたい。
それに加えて、彼女は出会ったばかりの人間に人生まるっと預けてしまえるほど純粋無垢ではなかった。
「同じ思いを返すには時間がかかると思うのです」
そう言って眉を下げる。
惹かれるものを感じながらも、無償のそれを信じきれない。
それが申し訳なくもあり、本当に「番」なのかと思ってしまう。その度に指から離れない指輪が事実であると宵月に知らしめる。そして、彼を見つめるたびに感じる縁も。
家族に虐げられてきた少女にとっては、誰かを無条件に信用するというのは難しいのが当然だ。そう思い至った晴明は苦笑する。
「よい、私が急きすぎたのだろう。ただでさえ、人は我々よりも番だという感覚が薄いと聞く。少しずつ、私を愛しておくれ」
そう微笑む晴明。
けれど、と続ける。
「私たちに比べて人間の命はあまりに儚い。早く同じ愛を返してもらえるように私も努力しよう」
真摯に見つめる視線に照れてしまって、目線を外した。赤くなった顔を隠すように少し俯くけれど、髪が前に流れて赤く染まった耳が見えた。
──ああ、愛しい。
そんな気持ちが胸に湧いて止まるところを知らない。
番という存在はこんなにも特別なものなのか。まだ出会ってそう経たぬ娘を想う。
その気持ちを抱えたまま、晴明は宵月を残して崎守家へと向かった。
一方、宵月はなんでも言うことを聞いて、願いを叶えようとしてくれる晴明を「番だからっていいのかなぁ」と至極普通に案じていた。
ふと部屋にある鏡を見ると、瞳の色が変わっていた。平凡な黒が、黄金色に。
(姉さんも、番ができたときに赤い目になったんだっけ?)
そう思い当たり、苦笑する。
どうやら、自分は確かにあの美しい狐の対であるらしい。
今まで、家族は彼女が普通の女の子だから放置してきた。けれど、宵月は神の嫁となった。
関心を持たれていなかったけれど、特別になったのなら、彼らは手のひらを返してくるのではないかと不安になる。晴明に迷惑をかけたくはない。
「番様、今日は何をいたしましょう!」
「ブラッシングですか!」
「蹴鞠ですか!」
現代を生きる彼女には、蹴鞠という古風なチョイスが可愛らしくって表情を綻ばせた。
手招きして、順番に頭を撫でていくと気持ちよさそうに耳を動かしながら擦り寄ってくる。それを見ながら、晴明のいう「愛しい」という気持ちについて思いを馳せた。




