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ふわふわの小狐姿は本当に不服らしく、晴明は青年の姿となって宵月の祖父母に挨拶をした。
祖父母は二人を見て複雑そうな顔をする。だが、宵月が家族と離れるのは賛成らしく「どうか大切にしてやってください」と祈るように言った。
晴明はそれに頷く。祖父母の宵月に対する心配を痛いほど感じた。
青年姿の晴明の仕草にはどこか気品がある。言ってることとやってることは些か残念だけれど。
「妻が虐げられている事は耐え難い。疾く、側に迎え入れたい」
宵月にはそこまで言われるくらい虐げられているつもりはない。
だが、彼女の姉の番は、姉が転んだだけで学校に乗り込もうとした男なので、番という存在はそういう習性を持つのかもしれないと考えて、頷いた。
普通、殴られて助けてもらえないのは虐待である。けれど、彼女はそのように育ってきたせいで価値観が狂っていた。
しかし、そうなるとその習性が薄い人が番なのって結構キツイのでは、と疑問に思う。それはサンプルケースが少ないのでまだわからない。宵月は、こういうものは幾つか例を見なければ本質が掴めないものだと疑問を頭の隅に追いやった。
彼女にはそもそも、「番」というものがよくわからない。
互いに惹かれ合う存在だ、という事は小学生の時に習うけれどそれだけだ。
魂の波長が合う存在である、一生涯出会えない者もいれば、ずっと側にいる者もある。そういうものだと習う。人同士よりも妖や神と番い易いのは、単に彼らの寿命が長く、その分機会が多いというだけの話だという。
「ところでまだ妻になった覚えはないんだけど、これってどういう基準でそう呼ばれるの?」
「…私たちは番であっておるよな?」
なんとなく縁も感じるため、躊躇いがちにではあるが、「たぶん」と返す。晴明は悲しげな顔をする。縁を感じるというのであれば、本能が薄いというよりはおそらく、「愛情を知らぬ」故の「分からない」であると感じるからだ。
宵月にとっては惹かれる感じはするけれど、それがもふもふを求めてなのか、番故かははっきりとしないのだ。
崎守家へは管狐に使いを頼んで、宵月は黄金原家に直接連行されることになった。
「そも、その様に目立つ場所にアザを作ってもあなたのせいにするような人間が居る場所に大切な存在を置いて置きたい男はいない」
「なるほど」
「その時点で酷く蔑ろにされているようだ、と感じざるを得ない。あなたにその自覚は無くとも、許されないと私は思う」
そういうものなのか、という顔をする。
今まで自分を優先されたことが少なかったせいでそう言って貰えることが嬉しいような、気恥ずかしいような。そういった様子の宵月を抱き寄せて、晴明は愛しげに微笑んだ。
しかし、出会って一日で距離を詰めてくる彼に宵月は非常に戸惑っていた。
そして、攫われるようにやってきた場所は、日本庭園の美しい屋敷だった。
意味がわからず頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、小さい狐が三匹玄関先に現れる。
「おかえりなさいませ!お嫁さまをやっとお迎えする気になったのですね!」
「おかえりなさいませ!正直女の子に興味ないのかって思ってました!」
「おかえりなさいませ!まさか攫ってきたわけではないですよね!」
愛らしい声でそれぞれにきゃんきゃんと喋る小狐たちに、「お前たちは好き勝手言いよって」と呆れたように言うけれど、攫ってきたはほぼ正解だったりする。まだ両親の許可は得られていない。
けれど、晴明は許可など得られずとも良いのだと考えている。片方の娘だけを可愛がって、もう一人を酷く蔑ろにする親など碌なものではない。彼女の姉が誰かの番でなくても、晴明はきっと宵月を連れ去っただろう。
宵月が晴明を見上げると、彼は嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
違う。そうじゃない。
宵月はそれを見ながらそう思った。
「なんかよくわかりませんが、番らしいです。崎守宵月です」
その発言に三匹の子狐達が耳をピンと立てて嬉しそうに目を輝かせた。宵月の周りをくるくると走り回る。非常に可愛い。可愛いのトリプルパンチだ。
「番様!ようこそ!!晴明様は良い方です!!」
「番様!ようこそ!!晴明様はお金持ちで優しいです!!」
「番様!ようこそ!!晴明様はちょっとしつこいですが面倒見がとっても良いです!!」
周囲を三匹でくるくると回りながらそうやって良いところをあげていく。
だが、最後に話す子は晴明に恨みでもあるのだろうか。
晴明の顔は少し赤らんでいて、おそらく照れているのだろう。名前を呼ばれると、「騒がしい家ですまない」と言われたが、宵月にとっては人間より可愛いので困りはしない。
「可愛い子たちですね」
「そう言ってもらえると助かる。だが、要らない事を言わぬようもう少し言い聞かせなくてはならないか」
要らないこと、というのは最後の子の事だろうか、と首を傾げた。個性的で可愛いと思ったが自分がそういう事を言われる事を考えると確かに問題があるかもしれないと苦笑する。
溜め息を吐く晴明だけれど、子狐達に向ける視線はとても優しいものだった。その紅玉の瞳は、目を逸らせないほど美しいものに思えた。
三匹の狐たちに案内をされて、品良く整頓された部屋にきた。
外から見える庭には錦のような紅葉が広がっている。
まだ九月も初めなのにこんなに美しく色づくのはきっと不思議なことなのだろうけれど、住むのであれば美しければそれで良いという気持ちも少しあったりする。
「申し遅れました!わたくし、黄金原家に仕えております蘭です!!」
「わたくし、凛でございます!!」
「恋でございます!!」
「「「よろしくお願いします!番様!!」」」
勢いがすごい。
宵月がもふもふに心洗われていたら、順番にポン!と小気味の良い音を立てて人型へと変化していった。
「狐の姿が本性とはいえ、人型になれないようでは一人前とはいえませんからね!」
「お世話役も仰せつかっておりますゆえ!」
「本当はご自分が世話を焼きたいらしいのですが、男の子ゆえやめて頂きました!」
恋は晴明に恨みでもあるのだろうか。
そして、頭についた耳と尻尾がみんな愛らしい。撫でていいかと尋ねると、彼女たちは一瞬顔を見合わせて、それからみんな同時に頭を差し出してきた。
「お前ら、私を差し置いて何をしている」
苛立ったような声が聞こえたと思ったら、晴明に抱き寄せられた。
もふもふから離されてしょんぼりしていると、晴明は溜息を吐いて膝に乗る程度の大きさの狐へと変わった。「これで満足か?」と問われたので満面の笑みで「はい!!」と力一杯答える。
可愛いけれど、肝心のもふもふ様はむすっとしている。
「雌に嫉妬など情けのうございます!」
「それでも男の子ですか!」
「わたくしも番様の撫で撫でを期待しておりました!」
「ええい!私の妻になる女性だ!!私が初めに全部やってもらうのが筋というものだろう!!」
(ここはもふもふ天国かしら。みんな可愛いわ)
みんな毛並みがいい。尻尾で腕をてしてしと叩く晴明は一等可愛い。
催促をするかのようなその反応に頬を緩めながら頭を撫でた。されている晴明はとても嬉しそうである。




