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宵月が幼い頃、姉がまだあの鬼の番でも何でもなかった頃から、両親は姉贔屓だった。
姉がいくた愛らしくとも、それで放って置かれた方は堪ったものではない。次第に諦めを覚えた彼女が、彼らに強い家族愛を抱けるはずもなかった。その分、宵月は構ってくれる祖父母が大好きだった。父方の祖父母は両親とそう変わらないので除外だ。
だから、今でも宵月は何かあった時は彼らを頼る。
宵月は自分の背よりも大きな狐を背負ってインターホンを鳴らす。「はい」という祖母の声が聞こえた。
「宵月です」
短くそう言うと、小走りの音が聞こえて引き戸が開かれる。
孫の身の丈ほどの狐にも、真っ赤な一人と一匹にも驚いただろう祖母は、けれども叫んだりはしなかった。一瞬、息を呑み、それでも「蔵に連れておいで」と告げる。宵月は必死に担いで行く。
敷物を敷いてもらい、その上に狐を横たえて、祖母の指示通りに動いた。
水で傷を洗い、止血のために包帯を巻く。
「ここは社だからね。この方であれば場所の恩恵もあって傷が塞がるのにそう時間はかからないだろうさ」
そういうものなのか、と首を傾げ、それから頷いた。とはいえ、心配は心配である。宵月は動物が好きだった。姉とその番のせいで近づけば暴力を振るわれるので遠巻きにしか見られなかったけれど。
狐が苦しんでいるのは心が痛む。
「それにしても、アンタも大概汚れているね。風呂に入っておいで。その間だけ見ておくから」
祖母に促されて浴室に向かった。着替えもあるのでそれに着替えて、また蔵に戻る。
心なしか穏やかになったように見える表情に少し安心して、軽く触れる。温かい体温が伝わってくる。
宵月がこの狐の側にいる事を伝えると、祖母は困ったように笑った。
(なんでかなぁ)
離れがたい、と感じる。
隣に座って背を撫でると、すべすべの毛並みが心地よい。
(起きたら、もふもふの尻尾を触らせてくれないかな)
こんなに大きいのだからおそらくは神獣か神、妖の類だろうとあたりをつけた。意思疎通ができるかどうかまでは彼女には現状わからない。
妖ならば神社と相性が良くないから神獣か神様なのだろう。そういった存在と出会う時が来るとは思わなかった彼女は苦笑した。
できれば少しだけ触らせて欲しいなと思う。家ではペットは飼えないのだ。
両親は姉の番を全肯定だし、春陽は基本的に番しか大事にしていないので、彼が嫌なことは通らない。
ペットでなくとも、野良猫等でも「獣の臭いがする。一体何をしてきた出来損ない」とか言って冬でも水かけられたりするので安易にはなかなか触れもしない。
祖母が家に連絡を入れてくれると、彼らは宵月がいないことに電話があるまで気づかなかったらしい。
(やっぱりあの人たちにとっては要らない子なのかなぁ。少し…疲れた)
その背を撫でて、宵月は突っ伏せた。
とっくに諦めていた関係性ではあるけれど、これが姉であればきっと大慌てで探し回るのだろう。
狐の体温が伝わって、心地よい。
いつの間にか眠っていた彼女たちを月だけが照らしていた。




