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宵月は最近不思議なことばかりだと思いながら、蘭の頭を撫でていた。凛と恋は両隣でソワソワと尻尾を動かしながら順番待ちをしている。わざわざ人型に変化してじゃんけんで順番を決める子狐たちを愛らしく思う。
その黄金色の狐たちを見ると、宵月の心は落ち着いていく。
学校では最近、姉から目の敵にされているように感じていた。関わりがないのになぜだろうかと怪訝に思う。それと同時に、全てを手にしている彼女が、なぜ自分にそんな視線を向けられるのだろうか、とちょっとした苛立ちも感じていた。
宵月だって聖人ではない。
やられたことは覚えているし、その番に痛めつけられたことも忘れていない。助けてすらくれなかったくせに、今の自分に何を望むのか。
そう思っても仕方のない話ではないだろうか。
スッと目を細めたその時、鈴のような音が聞こえた。蘭を膝から降ろして、戸を見つめる。すると、一瞬鈴の音が止まる。それと同時にゆっくりとそれが開いた。
「ただいま、宵月」
自らの番を瞳に映した晴明は、愛しくてたまらないと言うような甘い声音で帰宅を告げた。
「おかえりなさい、晴明さん」
すっかり慣れたように笑顔で答える宵月。けれど、その内では今のこの状況を嬉しく思う彼女がいた。
生家では、挨拶など滅多に返ってこず、居ない子扱いもそれなりに多かった。今、こうやって“普通”の家族らしいことができているのは宵月にとっては、とても得難く幸福なことでもあった。
「何か変わったことはなかったか?」
その言葉に、その気遣いが嬉しい気持ちと、確証のない不安感を話して良いのかという疑問で複雑な表情になる。かつてであれば、どんなことがあったとして無表情、もしくは笑顔のまま崩れることがなかったであろう宵月の表情が変わった。晴明にとって、彼女の表情が変わるようになったことは嬉しいが、問いの答えは嬉しいものではなさそうだ。そう察して、彼は彼女に話の続きを促した。
「少し気になることがあって……」
実家では、姉のことは全て肯定しなければならないとされていた宵月は言い淀む。晴明はそれでも、彼女が何か伝えたがっていると理解しているので、宵月の答えを待った。宵月の右手を取ると、指先が冷えていて、温めるように包み込む。ふとその顔を覗き込めば、薄紅に色づいた。
安心したのだろうか。少しずつ、最近の異変について口に出した宵月を安心させるようにゆっくりと背を撫でる。それと同時に、彼は全く表には出さないものの非常に腹を立てていた。もしかすると、それは宵月本人以上かもしれない。
(あの鬼が原因だろうな)
鬼という種族の一部には人間の恐怖や絶望を糧とするものがいる。それを踏まえて考えると、宵月を甚振ってその感情を味わうのはあの男にとってはさぞかし甘美なものであったのだろう。宵月が黄金原家に身を寄せてからも何度か手を出そうとしてきていた。無論、総力を挙げて阻止したが。
晴明にとって、宵月は自らの妻、生涯のパートナーとなるたった一人の存在である。愚か者の糧になどする気はない。
「よく分からないんです。あの人は私のことなんか興味がないと思っていたんですけど」
おそらくは本当に興味がなかった。けれど、それはきっと鬼灯の宵月に対する興味関心に気づくまでのことである。宵月の家族のことについては、迎え入れてから調べた。崎守春陽という女は、自分が中心でないと満たされない女だ。すでに晴明はそのように理解しており、その認識は概ね間違ってはいなかった。おそらくは両親がそのくらい宵月と春陽を差別して育ててきたのだろう。
そこまで思い至って晴明は宵月を抱きしめ、どこか冷酷な色すら滲ませたその瞳を細めた。抱きしめた己の番は恥ずかしそうにあわあわと身じろぎしており愛らしい。
抱きしめたのは、己の表情を番に見せないためだ。実際に、晴明が去るのを待ってまた頭を撫でてもらおうと待っていた子狐たちは、その威圧感に怯えて逃げている。
「何も心配することはない。何が敵になろうと、私は宵月を守るよ」
耳元で囁けば、宵月はぽんと音を立てたように赤くなって硬直した。その初心な反応にくく、と笑いを漏らす。
「か、揶揄わないでくださいっ!」
「揶揄ってなどおらんよ。私の可愛い宵月」
今度は「きゅう」という謎の鳴き声を発して固まった。そんな未来の妻を見ながら晴明は幸せそうな顔で微笑んだ。




