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人間は、時に嫉妬や憎みを生む。
それらは鬼という種族、その一部にとって非常に甘美な栄養であった。とはいえ、番を持つ身であるのでその安全には配慮する必要がある。
──廃人にはなりたくないからな。
赤金鬼灯はそう考えながら、自分に身体を預けて眠る番の頭を撫でた。
彼女の妹はそれを考えると良い供給源だった。
番の家族は金を出せば宵月という少女をそれはもう簡単に絶望させた。とはいえ、握りつぶせる範囲でなければいけないのであくまでも「助けるな」と命ずるに留めた。
殴られても家族が誰も助けてくれないと知った時の彼女の絶望の感情はとても甘美だった。いっそ、彼女が番であればと願うほどに。
それに比べて、と自らの番を見下ろす。
彼は妖にしては「番への本能」というものが薄かった。
なんとなく、春陽がいなくては自分がダメになるんだろう。そうは感じる。しかし、他の者たちのように番に狂ってまで守ろうなどとは思えなかった。
おそらく己の方がおかしいのだろう。そう思いながら夜の月を見上げた。欠けた月はそれはそれで良いものだ。満ち足りたものなど、鬼灯にとっては壊したいと願うだけのものでしかない。だから、きっと彼は同族にすら化け物と言われるのだろう。
番には甘いと思われている彼であるが、むしろ番としての本能は彼よりも春陽の方が高く、そう見せておいた方が制御が効くのでそうしているだけだ。
いっそ、番を見捨てた時に彼女がどんな反応をするかということに興味を覚えてしまう程度には、鬼灯はイカれていた。
うっそりと笑う彼は、艶やかで美しかった。
最近、実際に嫌がらせの増えた春陽は鬼灯の対応に不満を覚えていた。
いつもであれば、速やかに対処してもらえていた。けれど、なぜか宵月が出て行ってから様子がおかしい。いつも飢えたような顔をする彼のことに彼女は気がついていた。
春陽は他人などに興味はない。
いじめなどの些事に関しても興味はない。
けれどそれは、全て鬼灯が春陽を愛し、春陽に尽くしてくれることが前提だ。
誰よりもなによりも、鬼灯にだけは姫君のように扱われなくてはいけないと思っていた。
甘やかな顔で微笑まれたから何だ。
優しく撫でられたから何だ。
心ごと全て自分に捧げなければいけない。
だって彼は春陽の「番」なのだから。
ゆっくりと目を開く。
そして、月を見て笑う彼を見る。
(気に食わないわ)
それは、春陽が初めて他人に苛立ちを覚えた瞬間だった。
もとより、周囲の子供より愛らしく、美少女だと評判だった彼女は他の人間を妬む必要はなく、中心はいつも自分だった。
けれど、彼は春陽よりも番ですらない女を見て笑みを浮かべた。今もおそらくその女について考えている。
そんなことは許されない。
金色の青年の手を取った妹の姿を思い出して歯噛みする。
──妹如きが、自分の男を手玉に取るなんて、あってはならない。
そもそも、宵月が鬼灯を嫌っていることなど頭の隅に追いやって、春陽はそんなことを考えていた。




