1
大方書き直しました。そんなに長くはならない予定。
崎守宵月は地味な少女である。
姉の春陽と比べて、その少女はそう称された。本人はそれを別に悪いことだとは思っていない。
栗色のふわふわの髪も、まるい瞳も。庇護欲をそそるとみんなに言われる春陽。
そんな春陽は特別な人間だった。
この、人と妖、一部の神が共存する世界において人間がそれ以外の種族と結びつくことが稀にある。
春陽は「鬼」と呼ばれる種族で地位の高い男の「番」であった。
その鬼はとても美しく、赤い髪と赤い瞳を持つ青年で齢150を超えるという妖だ。
妖や神が魂同士で惹かれ合う番を見つけ、結ばれるとその子にとても強い力が遺伝することが多い。この世ではそう知られている。そのため、彼らは相手がどのような種族であっても、番を血眼で探した。
そんな妖の中でも上位に君臨するのが“鬼”という一族だ。
鬼というからには大柄のいかにもな印象がある。しかし、春陽の番は非常に美しい男であった。
ただ、そも性格は宵月にとって良いものではなかったけれど。
宵月にとっては性格が良くないDV男でも、姉の春陽には番という存在であるからか非常に甘い。
それでも、動物が嫌いだというのは妥協できないらしく、ペットなどは禁じられている。
姉の番のような男に好かれるくらいであれば平々凡々並の生活が良い。宵月はそう思う。しかし、彼女たちの親は鬼の若様を捕まえた姉がいかに素晴らしいかを恍惚とした表情で語ってくる。
正直“気味が悪い”と宵月は苦々しく思っていた。
しかし、それを口に出すと宵月は自分が悪者になる、ということがわかっていたので何も言わずにひたすら微笑みを浮かべ続ける。
言いたいことを飲み込んで、ただ微笑む。それが宵月にできる処世術だった。
そんな彼女を世間の人は地味でつまらないと言う。
──地味で良いのだ。むしろ、何が悪いのか。
目立たず穏便に生きることというのは存外難しいものなのだ。愛や恋だけで幸せになれるはずがない。
少なくとも姉の番は宵月がそういった存在を厭うのに十分な存在だった。彼らは自分の番だけが大切で、その他は路傍の石なのだ。
だから姉と話していた人間を多少手荒に追い払っても良いし、姉がそれで怒らなければその扱いはより悪化する。
姉を羨ましいと、あんな娘が欲しかったという人間は宵月のように、妖の男の力で殴られたりはしていない。
「もう。ダメじゃない」と困ったように微笑むだけで妹を庇う事すらない春陽を見ているわけではない。
同じ光景を見ていないというのに、宵月に訳知り顔で素晴らしい姉を持った幸運に感謝しろ、とでも言うような態度を取る周囲を宵月は嫌っていた。
春陽は妹のことなんてその他大勢にしか見ていない。だから彼女が自分の番のせいで大きな痣を作ろうが、妹が悪いからだと本気で言う。
──控えめに言っても私の家族も碌なもんじゃない。
宵月は鏡に映る顔の痣を撫でながら憂鬱そうに溜息を吐いた。獣の臭いがする、と忌々しいとでも言うような顔で吐き捨てた男の顔を思い出して身震いをした。
「早く大人になりたい」
そして、家を出たい。
それが崎守宵月の切実な願いであった。
──そんな宵月の人生。その変化の始まりは、ある美しく満ちた月の夜。
前日、姉と話していたからというだけの理由で、姉の番に思いっきり髪を引っ張られて床に叩きつけられた。
学校でDVを疑われた家族が事情を聞かれた際に言った言葉に腹を立てながら、家族に会いたくない一心で学校にギリギリまで居残っていた。普段もそうしているので特になんとも思われていないが。
「この子が階段から落ちちゃったんです。ドジだから」
そう、困ったように春陽は言った。姉が全てな両親はそれに追従した。
宵月は何も言わなかった。
肯定も否定もせずに、ただそこにいた。
認めれば何もなかったことになってしまう。だからただ物言いたげな悲しげな表情でそこに居た。
何か言った時の方が怖いのだ。
彼らは春陽が全てなので、何か言おうものなら宵月をどうするかなんて分からなかった。
いつか殺されるのかもしれない。宵月はそれに怯えていた。
その鬼は身分が高く、美しく、才能豊かであるからか、事を荒立てようと思う人間が少なかった。
だから、宵月は自分の訴えが通るわけがないと言うことをよく知っていた。
ふわり、風が髪を撫でる。
まだ熱を孕む生温い秋の風は鉄の臭いを連れてきた。それに眉を顰める。ただ、それで止まってもいられない。一応ではあるが、宵月の帰る家が近いからだ。
(人間だったなら救急車を呼んで、妖だったなら……まぁ、それも救急車を呼ぼう)
獣の形をしたものは運んでくれないこともあるけれど、人型の妖であれば体の作りがそう変わらないと診察を受けられたりもする。神と呼ばれる存在は遭遇率自体が妖よりも低い。
種族によっては心臓が二つあったり等、体の機構が違っている場合もあるがその辺の判断は素人の自分が判断できるものではないと覚悟を決める。どちらにせよ、その道に向かわねば家に辿り着けない。
臭いが濃くなってきたと同時に、赤黒い液体が目に入る。
それでも何かに憑かれたように宵月の足は進む。心臓が高鳴る音が、なぜか彼女をそこに向かわせた。
感情のまま、進んだ先には傷ついた美しい黄金が広がっていた。目を見張るほど、大きく美しい狐が傷ついて地に伏せている。
誘われるように近づくと、まだ確かな温もりがあった。その傷ついた身体を守らなければ。何かが“そう”囁く。
気がつけば、彼女はその狐を肩に担いでいた。
「重っ……」
力の抜けた身体というのは重いものだ。それは動物でも同じらしい。
けれど、降ろす気にはなれなかった。
どこに運ぼうかと思案して、彼女の母の実家、狐を祀る神社を思い出した。
家に帰れば、きっとこの傷ついた狐は害されるだろう。それは避けたかった。




