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「「もう遅い!」を書く、今ならまだ間に合う!」と先輩は言った。

作者: 佐々参式


 ある晴れた昼下がりの事である。

 その時、僕は大学にある研究室に居て、その中で自分専用に設けられた大型ディスプレイと向き合っていた。

 こまめな掃除の甲斐があって、きれいなデスク上にはHDMIケーブルで接続されたBagbook proがおいてあった。

 13インチのディスプレイはいまは閉じられていて、代わりに大型ディスプレイが綺羅びやかにBagOSの画面を写している。


「就職したくないな」


 言ったのは僕ではない。

 地響きのようにそう呟いたのは、どこから持ち込んだのかハンモックに体を預けた先輩である。


「またそんなこと言って。第一希望の会社にちゃんと履歴書送りました? もうそろそろ本腰入れないと不味いでしょ」


 就職したくないなどと言ってはいるが、先輩は教授のツテで東証一部上場企業に推薦面接を受けることが決まっていた。

 ちゃっかりした人である。

 あとは人事受けする履歴書を書いて面接練習するだけだ。

 ただ、この人は恐ろしく腰が重いせいで、まだろくすっぽ履歴書を書いて無いのはもう読めている。

 まだ提出日は先だと言っていたし。


「……」


 案の定、僕の言葉に不気味な沈黙で答えた先輩は、よろよろと幽鬼のようにハンモックから立ち上がる。

 黒いスキニージーンズ、白いセーターといった出で立ちだが、細くて長い足ときれいに切りそろえられた眉、髪の毛が特徴である先輩が着ると、思わず息を呑む美しさだった。

 先輩は僕たちにとって憧れの女性だ。

 "僕たち"の中には、僕、他のゼミ生、助手、教授といった全野郎共が含まれる。

 この研究室では数少ない院生であって、知性の輝きに満ち溢れていることも理由のひとつではあるが、最大の理由は言わずもがな、出会ったら十人中十一人が振り向くような美しさだろう。

 ちなみに十人中一人は二回振り向くから十一人とした。悪しからず。


「私はね、学科を卒業するときに働きたくないからと言う理由だけで院に入った」

「知ってます」

「ここの教授はエロじじいだからちょっと笑顔を振りまけば院試に出そうな問題も教えてもらえたし、きみのように私が頼めばホイホイ言うことをきく純情な男子も多い」

「……知ってます」


 極めて遺憾ながら、ホイホイ言うことを聞いていた筆頭たる僕には言い返す権利がなかった。

 彼女のためにタピオカの行列に"一人"で並んでいるときに流石にこれはおかしいと目が冷めて、「もうやめてください」と怒ったことがある。

 サークル(というよりゼミ?)をクラッシュすることこそしなかったが、その美貌をもって彼女はまさにオタゼミの姫として君臨していた。

 まあ、あれだけちやほやされてりゃ気持ちもよかろうなと納得は出来る。


「だが社会は違う……」


 働くのが嫌で院進(大学院に進学すること)し、バイトもティーチングアシスタント(教室の後ろでデカい顔しながらかんたんな講義補助するやつ)ぐらいしかやったことがないやつが社会の何を知っているんだろう、と僕は思ったが黙っておいた。

 口は災いのもとだからな。なあハム次郎。

 そのとおりなのだ、へけっ!————と僕が心の中のキャラクターと会話している間に先輩は「仕事には責任がつきまとって失敗したら同僚の前で罵倒される」「お局にすれ違いざまに舌打ちされる」「セクハラとパワハラの区別もついていないようなトド親父に尻を触られる」「女の敵は女」……などなど、真面目に働く社会のみなさんが聞けば激怒するような事を高らかにうたいあげていた。

 賢明な僕は知っているが、もちろん偏見である。

 本物の社会人ていうのは、朝にテイクアウトしたコーヒー片手に私服で出勤し、同僚と小気味の良いトークをしながら、昼は社食のおしゃれなランチを無料で食べる。そしてたまにはゲームなんてしながら、和気あいあいとPDCAサイクルを回すのだ。 僕は詳しいんだ。


「ともかく、私は考えた。なんとか就職せずに糊口をしのぐためにはどうすればいいかと。きみにわかるか」


 ようやく本題に来たらしい。


「さあ。いったいどうするつもりなんです?」

「————"なろう"だ」

「は?」

「え?」

「え?」


 おっとしまった。つい本音を用意していたより五倍ぐらい冷たく言ってしまった。


「"なろう"って……もしかして、作家になるんですか?」

「そうだ。流行りの「もう遅い」系を書いてランキングトップに君臨し、いずれはノベライズ、コミカライズ、アニメ化と段階を踏んで最終的には劇場版三部作で〆る。ここまでくればサラリーマンの平均生涯年収ぐらいは稼げてるだろ」


 すでに頭痛で痛くなってきている僕がいた。

 誤字ではない。頭痛を覚え、更に正体不明の心痛が発生したという意味だ。

 先輩の言う、なろう————"小説家になろう"は、暇を持て余しがちな大学生を始めとする学生連中、スマホ片手に通勤する社会人たちにこよなく愛される(?)小説投稿サイトだ。

 超越ロードや無職リボーンなど、ここに投稿され人気を得たことで栄光の道を歩んだ作品も多い。

 (なお、超越ロードは前世? 前投稿サイト?があったので少し毛色は違うか)

 僕と先輩は、実を言うところのなろうオタで、互いにおすすめの作品を勧め合うこともしばしばだった。

 先輩はストーリーの裏で、実はクトゥルフ神話が絡んでいましたという構成が大好きだ。

 ファンタジー世界やVRゲームジャンルなのに、主人公たちが知らない裏で宇宙的恐怖が忍び寄る描写は本当に興奮するんだとか。

 一方、僕はローファンタジーやSFのジャンルで掲示板ネタがわちゃわちゃしてるのが好きである。

 スペースウォーズ・スレッドとかすごくよかった。番外編が泣けるんだよなあ。

 と。それはともかく。


「なろうって言ったって、先輩は執筆経験ありましたっけ?」

「ない。だが理論的に考えて文章を書くのは好きだ」

「いや、そりゃあ知ってますけど。でも、なんで「もう遅い」なんですか?」


 ふふん、と先輩は分かってないなあとでも言いたげに鼻を鳴らした。

 芝居がかった動作に腹も立ちそうなものだが、先輩ほどの美人がやるとありがたみすら感じる。


「そりゃあ、ランキングで人気だからだよ。どのジャンルを見ても「もう遅い」だらけ。これで「もう遅い」以外を書く理由があるかい?」


 確かに。

 もともとはハイファンタジーランキングだけの現象だったと思うのだが、いまや多くのランキングで「もう遅い」の天下と言っていい。

 中には書籍化するものも出てきていて、「もう遅い」ブームの到来を感じる。

 もう遅いブームって何がなんだか分からん状態だな……流行ってるのか?それともすでに下火なのか?

 先輩も僕と同じくなろうフリークスであるので、そのへんの流行には敏感なはずだ。

 確かに、今ランキングに割って入ろうとするなら「もう遅い」を書くのが一番手っ取り早いという考え方も分からんではないのだが。


「「もう遅い」作品ってもう旬を過ぎてませんか? 去年の秋頃から流行ったせいでエッセイランキングとかだと「もう遅い」には飽き飽きだ、って意見がたくさん投稿されてますよ」


 そう、ランキングをあまりにも占領しすぎたために、今のなろう民は急激に「もう遅い」への敵対心を募らせている。

 いろんなユーザがランキングの多様性が失われていることへ危惧を募らせているのだ。

 確かになろうは色んなジャンルがあるフリーマーケット的な楽しさが目玉だった。

 なのに店頭に並ぶのが同じ商品ばかりなら、流石にちょっと待てと言いたくなる気持ちもわかる。

 更に、昨今はなろう作品のアニメ化が続いたからな。

 それだけ、多くの人間が二匹目のドジョウを狙ってなろうに流れ込み、粗製乱造の様相を呈している。


「「もう遅い」系は色んなパターンが出てますし、先行者に割って入れるとは思えないです。アニメ化するにしても、なろうの中での流行り廃りを意識した作品は"黙っと恵子"やら、"肩パン三郎"とか、蔑称をつけられてアニメファンからも馬鹿にされる傾向にありますし……」

「一方で、無職リボーンのように毎回神回と言われる作品もある。ようは作品自体の面白さ、そして各スタッフの力量に依存するんだよ。一概になろうだから、とは言えない」

「まあアニメ化はそうかもしれないですが、メディアミックスに繋げるにはランキングでの人気が重要だと思うんですよ。そのためには、敵視されてる「もう遅い」は向いてないのでは?」

「うーん、そもそも、さっきからきみが言ってるそれがよく分からんのだが」


 と、腕を組み右拳を顎の下に置いて先輩は唸る。


「敵視されているとは言うが、一部の層だろ? そんなのはノイジーマイノリティだ。なろうユーザの大半が「もう遅い」を支持しているからこそ、ランキングを取れる」

「いや、相互にポイントを付けあってランキング工作してるって話もありますよ」

「それの何が悪い? なろうのシステム上、相互評価は問題ないはずだろう。そして作者は人気がほしいんだから、出来る限りの努力をするに決まっている」


 勝てば官軍とばかりに先輩の口調に揺らがない。

 そしてニヤリと笑う。あ、これ突拍子もない事いう合図だ。


「大体からして、デイリーランキングに乗ってるような作品だけ見て"なろう"を語るやつが文句を言う筋合いなんて無いとは思わんのか」

「ちょ、せっかく気を使っていろいろぼかしてたのに! なんで急に火の玉ストレート投げるんですか!」

「面白さと人気が完全に比例したランキングだったことなんて過去一度も無いだろ。だからユーザは面白そうなのを片っ端から読んで居たわけだし、確かな目を持ったなろう小説おすすめサイトがそれなりに賑わった」


 確かに粗製乱造のなろう小説を読んで「これはきつい」ってキャッキャしあう文化があったなあ。

 玉石混交の中であえて石を狙うヤツさえ居た気がする。


「昔から面白くない作品は容赦なくこき下ろされてたし馬鹿にされてたが、「書くな」なんて言うやつは居なかったぞ。「このジャンルに「もう遅い」を持ち込まないで!なんてへそで茶が沸くな」


 まあ。

 文句は言いつつも投稿された作品に書くな、なんて文句をつける奴は居ないとは言えないだろうが、少数派であったことは確かだ。


「面白くて自分好みの話は自分で見つける! それをせずにデイリーランキングなんてインスタントな手段で満足しようとするから文句が出るんだ」

「はあ。つまり、「もう遅い」を好きな人が多数派である以上はそれなりに需要があると」

「そのとおり、まだ「もう遅い」は遅くない! 人気出そうだし、私は書く!」


 ふふーんと胸を張る先輩を見ていると、確かにそんな気もする。


「いやまあ……そりゃ書きたいなら書けばいいと思いますけど、猫も杓子も「もう遅い」にする必要は無いと思いますよ」


 それこそ、悪役令嬢でもチーレム物でも、「もう遅い」に比べれば少数派に入るわけだし。


「確かにそのとおり。だがきみは、なぜみんながこぞって「もう遅い」を書くか考えたことはあるか?」

「いや、そんな暇な事考えたことないっす」


 流行りだからぐらいしか思い浮かばないし。


「私なりに考えてみたんだが、「もう遅い」系の特徴として、起承転結の骨格を比較的作りやすいというのが増えた理由ではないかと思うんだ」

「起承転結の骨格?」

「そう。特に初心者が話を作る上で難しいのは"起"だ。すなわち、世界観の説明と物語がどう始まっていくかだな」


 某有名映画だと壮大なBGMとともに黄文字で文章が流れてくるあれだ。

 読者は数ページで飽きるとも言われてるし、掴みが一番大事と言う作家も多い。


「「もう遅い」だとそれがしやすいんですか?」


 先輩はこくんとうなずきを一つ。


「間違いなく作りやすい。最初の場面は酒場や宿屋での会議か、もう少し丁寧に書くなら主人公の些細な失敗場面。一度場面転換でも挟んで、「主人公、お前は無能だ! 追放する!」―――これで"起"が出来た。後は追放する側が、主人公の能力を馬鹿にすればいい。そうすれば"承"でその能力が実はすごい能力だーと話を膨らませばいい」


 先輩が今言った筋書きというかあらすじは、テンプレ的な「もう遅い」の序盤だ。

 先輩が話す内容を聞く限り、すごく簡単に作れる気がしてきた。

 と、ここで疑問がひとつ。

 書きやすいからって、他にも書きやすそうなものぐらいありそうだという話である。


「書きやすいって、テンプレが決まってるってことですよね? VRやらチーレムファンタジーやら、今まで何回かテンプレがあるジャンルが流行ったと思うんですけど、なぜ先輩は「もう遅い」にするんです?」

「うん。例えばVRゲームでデスゲームを題材にしたとする。そうすると、"起"ではゲームシステムの説明、主人公がゲームを開始する場面、デスゲーム化する場面……とこれだけの量を書く必要がある。「もう遅い」に比べて説明に費やす文量が多く、ハードルが高いんだ。「もう遅い」と同じくらい書きやすいのは悪役令嬢モノの「お前とは婚約破棄だ!」ぐらいじゃないか」

「なるほど。つまり、みんな長々と前置きをしたくないってことですか?」

「そのとおり。手っ取り早く"起"を済ませて、オリジナリティを出せる"承"に取り掛かりたいのさ。世界観の説明も、なろうをよく見る人なら"中世ヨーロッパ風"で通じる。なんなら一切説明しなくてもギルドとか出しとけば読者が補完する。そして"承"は"起"を膨らませればいいから書きやすくて、楽しい。私はこれを"なろう前戯不要論"と呼んでいる」


 呼ばないでくださいそんな不名誉な名前。


「ちなみに悪役令嬢物と「もう遅い」を比べたとき、"承"で作りやすさの差が出てくる。どんなところかわかるか?」


 悪役令嬢物と「もう遅い」の差か。

 さっき先輩はオリジナリティの話をしてたから、そのあたりだろうか。

 そういうふうに伝えると、先輩はにやりと笑う。 


「いい線いっているな。私が思うに、正解はジャンル選択の自由度だ」

「ジャンル選択の自由度?」

「そう。悪役令嬢物はすでに【恋愛物】というジャンルなんだ。"起"で婚約破棄なんてものが発生した以上、その後も恋だ婚約だ王妃だ泥棒猫だ、といった話がつきまとう。一方、「もう遅い」はジャンルが自由なんだ。盗賊が「もう遅い」してもいいし、底辺勇者が「もう遅い」してもよい。もちろん、賢者の石を作れる錬金術師でも、竜と話せる医者でも「もう遅い」出来る。いわゆる、きみだけの「もう遅い」だな」


 オリジナルプラモデルを作る時みたいな言い方だ。

 手っ取り早くまとめると「もう遅い」は面倒なところを素早くスキップして、美味しいところに辿り着ける、みたいな感じでいいんだろうか。


「物語を書いてみたい!と思った初心者にとって、世界観をしっかり設定して我慢強く導入を書く作業なんて退屈すぎる。その点を解決した「もう遅い」のフォーマットは、まさにこれに対するパーフェクトな回答だよ。初めて読んだ時、作者は間違いなく天才だと思った」

「はー、なるほど。書きやすいから絶対数が多くなって、どのジャンルのランキングでも「もう遅い」だらけになるんですね」


 白米みたいなもんだろうか。

 どのおかずにもあってめっちゃ美味い!みたいな。


「うん。作りやすいからな。ただ、もちろんいい面もあれば悪い面もあって、「もう遅い」には弱点が存在する」

「弱点?」

「"転"と"結"だ。「もう遅い」して主人公は幸せにくらしました、完結——でもいいんだが、それだと物語が薄味すぎる。だからもう一転がり物語を発展させたい。しかし、これが難しい」

「あれだけ話を作りやすかったのに、難しくなるんですか」

「だって、物語が追放から始まった以上、最大の目的は追放相手に「ざまぁ」することだろ? それが終わった後の主人公は言わば抜け殻さ。賢者モードと言っても良い」

「あー、最大の目的を達成し終えてしまった?」

「そう、ゲームで言うならメインストーリークリアになってしまうから、読んでくれてた人の興味が急激に薄くなる。一方で国盗り物語だと、せっかく王になれそうだったのに国境を接する敵国が攻めてきた!とか忠臣が反乱を起こした!で"転"しやすいわけだな」


 確かに「もう遅い」作品のフォーマットだと"起"が追放者に追放される事件から始まるわけだから、そこを解決してしまうとどうしても区切りになるのか。


「じゃあ先輩は「もう遅い」を書くにあたって、その対策案があるんですか?」

「もちろん考えてある。筋書きはこうだ。「もう遅い」した後、主人公は追放者を今度は逆に追い出してますます幸福になる……と見せかけてここでヒロインが裏切る。主人公の能力全てを盗むんだ。主人公には何の能力も残らない」

「え!? 能無しってことですか?」

「そうだ。せっかくざまぁ出来たのにその根拠となる能力を失った主人公にヒロインが言う。「今度こそ本当に約立たずですね。くすっ」、と」


 なんだろう。

 おもしろそうはおもしろそうだが、なろうでは人気が出なさそうな筋書きだ…。


「で、追放してきた勇者と協力して能力を取り戻す協力奪還編、ヒロインの真の目的がわかる真相編、黒幕と戦う黒幕編へと繋げる。」

「露骨に劇場三部作に合わせようとしてますね」


 作者が執筆段階から映像化を念頭において書くのは商業主義が過ぎるだろ。


「あと勇者は実は女で協力奪還編のヒロインで王国の王女だから黒幕編では、国VS国を描くぞ」

「情報量が多いな!?」


 プラン通り進行するかは別にして、プロットらしきものがあるのは意外だった。

 この人、まじで書く気だ。


「無論、きみにも手伝ってもらうからそのつもりで」

「……まあ、わかりまし――――」

「おい! 居るか!」


 呆れ果てた僕がため息を付きかけたその時、大きな音とともに扉が開かれた。

 先輩が言うところのエロジジイこと、うちの教授である。

 入ってくるなりギロリと睨みつけた様子を見るに、どうやら先輩を探していたらしい。

 よほど急いでいたのか、大きく肩で息をしながら先輩に歩み寄る。

 常ならぬ様子の教授に萎縮したのか、イキリ内弁慶である先輩はうぅと漏らして身を縮めた。

 ああ言うところは理系だなと安心できる。


「おい! お前の第一希望だった企業、推薦面接の履歴書提出期限が昨日だったんだが、担当の方からまだ来てないと連絡があったぞ!」

「……はえ?」


 あ。

 瞬間的に血の気をうしなった先輩の顔を見て、悟る。

 ————これはあかんやつや、と。


「あぇ、う、うそ……て、提出日は今月の第四金曜って……最後の金曜は来週では……」


 蚊が飛ぶような小声で弁明する先輩を見て、なるほどと頷く。

 先輩らしいミスではあった。

 第四金曜日と聞いて最終週の金曜日と誤解してしまったのだろう。

 今月は一日が金曜日から始まった関係上、金曜日は五回あるので、最終週は第五金曜日だ。

 正確には毎月29日以降の曜日は第五◯曜日と呼ぶ。

 教授はその事情を把握して納豆するどころかますます許せなくなったようで、殆どタコのような顔の赤さとなっている。

 血管ブチギレて死なないだろうか心配となるほどだ。

 一方、先輩はねるねるねるねの二の粉を入れた時みたいな青色になっていた。


「どうするんだ! 私やお前の先輩もお世話になってる会社に泥を塗るような真似をして!! これであちらが怒ったら、もう推薦取れないんだぞ!」

「ま、い、今からいいい、急いで出せば……」


 僕はこのさきの展開が手にとるようにわかった。

 教授は大きく息を吸い込んで怒鳴る。


「もう遅い!」


 なるほど。

 主人公を追放し、逆襲された追放者達は、今の先輩のような顔をしているのかもしれない。

 マジ泣き1秒前の先輩を眺めながら、僕はなんとなくそう思った。






 完

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