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1章 SideN 1-2

 二つ開きの扉の前で、彼女は何かを躊躇していた。

 掲げられた看板に、『ブラン様のおへや』とでかでか書かれている以上、ここが彼女の部屋なのだろうが、何か引っ掛かるモノがあるみたいだ。

 

「どうした?」

「……いや、何でもない」

 

 何かを断ち切るように、鍵を開け、勢いよく扉を開く。

 

「ここがワタシのマイ・スイートルームだ! たっぷり堪能すると良いぞ!」

 

 案内された彼女の部屋は――何というか、子供の遊技場みたいな所だった。

 ビビットピンクの壁紙に、紫色の床と天井。

 向かって左の壁は一面、カラフルな本棚が並んでおり、その対面に天蓋付きのダブルベッドがどでんと設置されている。

 宇宙を模した裏張りからは幾つかの星の飾り物が垂れ下がり、床の殆どは大量のぬいぐるみで埋め尽くされていて。しかもそのぬいぐるみというのが、非常に……先進的で、彼女らしい。

 所謂『グロかわ』というやつだろう。あの、ゴツゴツ系ティーンの女の子がカバンに付けたりする、動物の身体の一部がリアルだったり、ツギハギになっていたり、そういうインテリアばかりなのだ。

 

「可愛らしいお部屋だな。キミらしくて、絵になりそうだ」

 

 俺はなるべく素直に感想を述べた。余計な事を言う必要は無いと踏んだ結果、残った単語がコレだけだったとも言える。

 褒められると思っていなかったのか、彼女は一瞬表情を崩し、それを繕うかのように綺麗な歯を見せ喋り始めた。

 

「そうだろう、そうだろう!! 流石ワタシのアモーレ……この豪快かつ繊細な想像力の鈴なりをわかってくれると言うのだな!」

 

 そう言いながら部屋に飛び込むブラン。

 瞬間、クローゼットから巨大なバスタオルが踊り出し、彼女の身体に巻き付いていく。

 ――第七等級魔術……一般人が日常生活に使う程度の魔術なら、自然に発動出来るという訳か。

 人形の海に埋もれつつ、手から温風を出し俺を乾かす彼女は、16歳の少女相応の、本当に嬉しそうな笑顔で。

 ――少しだけ、理解出来た気がした。


「そういえばお前、名前は何ていうんだ?」


挿絵(By みてみん)


 あぐらをかく、滑らかな素足の間に俺を収め、少しだけ跳ねた頭の毛をふさふさと撫でるブランが、唐突に呟く。


「――え?」

 

 ――名前。『藤宮 寿人』。

 いやいや。流石にここでそんな、場違いな名を名乗る訳にはいかない。


「名か……忘れちまったな。そんなモノは」

「ならワタシが名付けてやろう!!」


 ――となると、こうして頂いた方が都合が良い。

 名前を付ける事により互いの絆も深まり、こちらでも生活がしやすくなって一石二鳥という訳だ。

 買って来たペットを見つめる子供の如く目を輝かせ、上気した頬がニヤついている。


「よし、決めた。お前は今日から……『ゴッド』だ!!」

「重い!!」


 一介の猫にしては名前が重すぎる!!

 いや、そういう皮肉としてはアリかもしれないが、流石に名乗った時に微妙な空気になる!

 

「私のフィアンセならアッシュの帝になるわけだし、『ぷにキャットテイオー』とか」

「それは……悪くないな」

「だろう!?」

「冗談だ」

「むむむのむぅ……」


 何だそのいじけ方!!

 顔がムカつくから、絶対採用しない!


「わかった、もう自分で考えるから――」

 

 半分呆れて目を細め、下を向く俺に向かって。

 

「『デュオ』」


 ――思い付きではなく、呼び慣れた友の名のように、彼女は呟いた。

 スッと胸に入り込むその響きに、一瞬。鼓動がはやまる。

 顔を上げ見つめたブランの表情は、俺の背中に何か別の、俺とは違うモノを見ているみたいに固まっていて。血色の良い唇が、確かめるようにハッキリと動く。


「古の言語でぬいぐるみは『デュオール』、ゆえに頭をとってデュオだ。ワタシも呼びやすいし、不足は無い筈だ」


 『古の言語』――何故か英語に似た単語が無数に存在する、ガレットピア古来の言語で、そのいくつかは現在でもほぼ変わらない形で流用されている。

 しかし、Duo。二人で一つ、か。


「なるほど。――俺にふさわしい気品ある名前だな。気に入ったよ」

「うむうむ。それは良かった」

 

 目を細め、気分良さそうに腕を組み、頷くブラン。

 俺はその柔らかな脚の温もりから脱出し、正対する。

 歴代帝の第一子が住む部屋だけあって、この室内は防音性能も高い。

 ゆえに、込み入った話をするなら今がベストなタイミングだと俺は見積もり、話を切り出した。

 

「なぁ、ブラン。流石にその……俺がフィアンセっていうのは冗談だろう?」

「ぬぅ? どうしてそう思うんだ?」

「だってそりゃあ、いくら神託とはいえ、こんな見た目じゃあ愛嬌はあっても威厳が……」

「ふむ、十分男前だと思うのだがな……。それに、お前はそれが本来の姿じゃないじゃないか」

「なにっ!?」


 一瞬、たじろいでしまった。

 ブランは「何がおかしい」とでも言いたげに、頭に“?”マークを浮かべ平然としているが、今までの会話のうちにそのようなヒントを与えたつもりは無い。

 なぜ、この少女は今の俺が本来の姿でないとわかった。

 まさか既に“アレ”を覚醒して、いや、未だ“発症例”のうちに彼女は……。

 

「ヘルウィンポーロ童話第二幕、『猫になったおうさま』だろう?」


 ――ん?


「むかしむかしある所に、たいそうみてくれの良くお金持ちの王様がおりました。王様は嫉妬に狂った魔法使いによって太ったネコにされてしまいましたが、聡明な隣国の姫の機転により元の姿に戻る事が出来ました。姫は人間の姿に戻った王様とめでたく結婚しましたが、王様はベッドの上では未だにネコちゃんなのでした……の主人公のネコちゃんにそっくりだからな!!」

「何だその最後の一文!!」


 ――童話じゃなくてアメリカンジョークじゃねーか!!

 「ただの当てずっぽうか、驚かせるな」と言いたいところだが、それはそれで冷たい感じがするし、かといって誤解されてしまうと割と面倒な事になる気が……。

 

「だから安心しろ! お前の元の姿はワタシが取り戻してやるからな!!」


 ――ほらみろ。

 不可能だっつーの!!!

 と、いたいけな少女の意気込みを否定できるわけもなく。俺は「ああ、期待しているよ」と玉虫色の回答をしてお茶を濁すことしか出来なかった。

 

「ゆえに問題なしだ! ワタシの代わりに立派な帝として君臨してもらうぞ~」

「ひゃみぇりょふにふにふるにゃ(やめろフニフニするな)」

 

 俺のプリティなほっぺを持ち上げ引き伸ばす手が、ぱっと離れて床へと落とされる。

 

「つつ……君はどうしてそこまでして、《混沌の皇女(プログリィナ)》になるのを嫌がるんだ」

 

 頬を擦りつつ聞く俺の前で、彼女のこうべが下を向く。

 

「どうして、だと……?」

 

 ブランの両腕が、徐々にわなわなと震え始める。

 握り込まれた指先が、真っ赤に血を溜め色づいている。

 ――やはり何か深い理由が。例えばそのポジションに就く事自体に、俺の知らない酷いしきたりが有ったりするのでは。

 などと考える俺にむかって、がぶり寄るように彼女は怒った。

  

「あーんな安月給で激務で気苦労が絶えなくて、国民から後ろ指さされて死の危険まであって、ジジ臭くて頭の古い汚れ仕事なんぞだーれがやるものかああああああ!!!!!!!!!」


 ――国の代表、皇統制による議会の首長ポジションに対してとんでもない言い草だな、コイツ。

 アッシュ全体の統治を行う政治主体、《アッシュ統一機構》は、海王目、魔神目など9の種目から5人ずつ、45名の議員+《混沌の帝(プログマグニ)》の合計46名で構成される統治機構であり、主に立法と行政の一部を担当している国の最重要機関だ。

 《混沌の帝》はその中で唯一、法案の提出と同時に『承認権』を有している最高職で、多数決により成立した法案についてただ一人個人でNOを突きつけられる役職として、非常に大きな権限を有しているのだが……。

 多数決で成立するような法案は大抵妥当なモノが多く、現在の実態としては「国民からのヘイトが議員に向かないための避雷針」としての役割が大きい。つまり彼女の言っていることも、一理無くはないのである。

 

「で、君はその汚れ仕事を俺に勧めようとしているのだろう? そんなネガティブキャンペーンしていいのかい?」

「ハッ!! そうだった。いけないいけない。えっと……ほら、確か帝になったら焼き肉食べ放題だぞ、焼き肉」

「ワーイぼく焼き肉大好きー!! 帝なりゅぅぅうう!! って、言うと思ったか! そもそも《混沌の帝》は「ドメス」って呼ばれる専門の栄養士がお付きに居てだな、ソイツ等が許可した物以外口にすることは許されないんだぞ」

「知ってるわ!!! だから嫌なんだー!! 好きなときに好きな物も食べられない生活なんて生きているって言わないんだよぉ!」


 おーおー、随分ブルジョアジーに染まってらっしゃいますねぇこの娘さん。

 完全にだだをこねる子供と化している彼女に対し、俺は呆れた視線を向けざるをえない。


「それでも《混沌の皇女》は正当な血族によって継がれるのが基本。例外的に婿養子が務めた例は500年の歴史のうち2回しかなかったじゃないか」

「うるさい!! お前はワタシにあのハゲジジイ共の慰み者に成れというのか!!!」

「仮にも選挙で選ばれた国民の代表をハゲジジイ呼ばわりするなぁ!!」  

「黙れ! ここにある父の写真を見ろ!!」


 彼女は自分の背から、彼女の父で元混沌の帝、《ガトー・レジナルド》の写真を取り出す。

 パリッとしたスーツを着て、鮮やかな金髪をなびかせたナイスミドルが、小さな額の中で微笑んでいた。


「これは8年前、《混沌の帝》に就いて3年目の父の姿だ」


 哀愁漂う彼女の指が、額からすり出した一枚目の写真の端を掴む。


「そしてこれが……現在の姿だ!!!」


 勢いよく引き抜かれた写真の裏から、もう一枚のプロマイドが現れ、それは。

 ――全く同じ構図で、頭頂部の髪の毛だけが見事につるりと無くなっていた。


「紙芝居芸人か!!」

「ああ、おいたわしやマイ・パピー……。最愛の娘にはハゲ呼ばわり、遂には愛想を尽かされ口も聞きたくなくなり……」

「キミが愛想を尽かしただけじゃないか!!! ねぎらってやれよ!!」

「嫌だ!! パパは即位してから誕生日と元日と生誕祭と国家記念日以外ロクにプレゼントも寄越して来なくなったんだぞ! ブツを渡さない父親に何の存在価値がある!!」

「あるわ!!」

「おまけにこんな気持ち悪い写真ばかり毎年ご丁寧に手渡しして……。しまいには家族に一言も残さず事実上の蒸発だぞ? 毛根と共に脳細胞が死滅したんだ、あいつは!!」

 

 地面に叩きつけられる、若々しい先代帝の写真。

 ひらりと舞ったその裏面の下方に、小さく『1』と記入されているのが見える。

 

「ん? その裏の数字……何だ?」

「ああ、これか? 大方、どの写真を渡すか間違えないように番号でも振っていたのだろう。ほら、もう一枚の方にも数字が入ってる。こっちは『4』になっているがな」


 抜き取られた写真の裏には、こちらも小さく数字が刻まれている。

 しかし、その書かれた位置は一枚目の場所とは少しズレており、俺はその配置に妙な違和感を感じた。


「なぁ、ブラン。11年前、即位一年目の時の同じ構図の写真はあるか?」

「いや、確かこの気色悪いプロマイドが渡されるようになったのは、8年前からだ」

「……そっちの一番新しい写真が渡されたのは、いつの事だ?」

「どうした、やけに突っかかるな。……ええと、確かパパが流浪人になる一週間ほど前。ワタシが直接手渡しされた、父の最後の写真だ」


 ――直接手渡し、ね。

 うつむくブランの影に、振り切れず残った父への悲憤が伺える。


「……そうか。変なことを思い出させてしまって、すまないな」

「構わんよ。それよりどうした、突然真剣な顔つきになって」

「まだ確信ではない……が、少々思うところが有ってな。できれば残りの6枚も見せて貰えると助かるんだが」


 「あ、ああ」とややたじろいたブランは、両ももで地面を擦るようにして本棚の方へと向かい、律儀にアルバムに入れられた父の分身写真のページをおずおず俺に差し出した。

 ――というかコイツはいつまでバスタオル一枚のままなのだろうか。


「やはり“そっち”……か」


 了承を取り、丁寧に抜き出した写真を、裏側にして揃えてかざす。

 思った通り、というより勘が当たった形であったが、俺の脳内でかっちりと、何かがハマった音がする。


「何が『そっち』なんだ?」


 首をかしげるブランの為に、ずらして重ねた写真を地面に置き、丸い手をせこせこ動かして説明を始める。


「見ろ。写真の中心を合わせて重ねると、一枚につき一桁の数字が綺麗に並んで、8桁の羅列が現れるんだ」

「その数字に、何の意味があるというのだ?」

「メッシュ・コードだよ」

「めっしゅ・こーど?」

「ああ。統計を取る時に用いる、地図上の範囲を番号で表したモノさ。緯度と経度によって算出され、数字の並びと照らし合わせる事でどの地域を指しているのか判別できる」

「そんなの、偶然だろう? それに、仮にその地域が存在していたとして、何が有るというのだ」


 ブランは驚き、胸を地につけるようにして写真の数字を何度も目でなぞる。


「決まってるじゃないか。『愛する娘』への、プレゼントさ」

「なっ、何を言って!!」

「自分が失脚した後を継ぐのは、必然的に娘のキミだ。必ず当たる『啓示』によって退位の時期がわかるなら、誰にも知られないよう後継者にメッセージを残そうとするのは何もおかしなことじゃない。単純に自分の成長写真を渡したいだけなら11年前の即位の時から同じ写真を撮り続けるべきで、三年目から突然、というのは明らかに不自然だ。現に送られた数字は位置を被せる事無くきっちりと一つの塊を成していて、第二次メッシュ、第三次メッシュを示す2ケタ目と3ケタ目の間、4桁目と5桁目の間にそれぞれ半角のスペースが空いているのも、この番号がメッシュコードであると示すヒントになっている。つまり、ガトー様は初めからこの8桁の数字を娘に教えるためだけに、全く同じ構図の写真を一年に一枚ずつ、数字の羅列もランダムにキミに渡したと考えられるんだ。ちなみに、“そっち”と言ったもう片方は『カレンダー』だったが、8桁目の位があり得ない年号を指してたからな」

「そんな……」

「今俺が言ったのは、あくまで憶測に過ぎない。だが、検証の価値は有る蓋然性の高い憶測だ。……そうとは思わないか?」

「いや、わからんでもないのだが……それ以上にお前のその辞書みたいな喋り方、気持ち悪くないか?」

「うるせぇ!! 俺の数少ないアイデンティティなんだよぉ!!」


 ――何とも失礼なヤツだ。相手の知らない知識をペラペラひけらかす気持ちよさを知らんのか。

 いや、悪いクセなのは理解している。理解しているんだけどな……。

 ……ともあれ、納得して頂けたのならそれが先決だ。


「世界地図……ガレットピアの、正確な地図が欲しい。緯線と経線が書き込まれてる物だとなお良い」

「ああ、それならベッドの方にあるぞ。確か……」


 幽鬼の如く立ち上がり、大きなベッドへと向かうブラン。

 はっきりと形のわかる丸尻をこちらに向けて突き出し、棚の上から何やら紙製の箱を取り出す。

 投げられたそれを前に置き、ぬいぐるみを周囲に避けて咳払い一つ。

 中身を開き広げると、そこに入っていたのは――やや文字の掠れた、ガレットピアの、地球儀であった。

 ――流石アッシュ。ガレットピアを宇宙から眺めているがゆえに最も作りやすい地図の形状が球体というのは、非常にありがたい。

 ぐるぐると球を回しながら、8ケタの数字から経度と緯度を割り出し、印字された線をなぞっていく。

 そして……。

 

「……ビンゴだ。起きろブラン。」


 場所の特定に成功した俺は、はやる気持ちを抑えきれず、にやけた顔でブランを呼んだ。


「ふわわ……。はやすぎるぞ、今から横になろうと思ったのに」

「そんな事言ってる場合じゃないぞこれは。見ろ、座標の位置を」

「ふみゅう?」


 眠気眼に向かって、指さした位置を思い切り近づける。

 爪先を前にして、三度瞬きしたブランは、眉間にシワを作り、ためつすがめつ首をかしげた。

 そして、意味を理解した彼女は、顔を青くして飛びすさる。

 ――当然の反応だ。なぜならここは。

 

「ここ、は……」

「そう。《ジリール帝国》領の真隣、《ジャンバラボッシュ》だ」

「ぬ゛アホかぁぁあああああああ!!!!!」

 

 ――『魔族狩り』の横行する、アッシュにとっては非常に危険な区域なのだから。


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