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1章 SideMix2


「はぁっ……はぁっ……とんでもないメに遭った。まったく、大人なんだからガキ追っかけるよりする事があるだろうに……」


 中央広場を挟んで反対側。

 屋台が連なる区画の一番(はじ)まで走った二人は、追手を撒ききったのを確認して、ゆっくりその場に立ち止まった。

 民家と民家が並ぶ間に、ちょうど座れそうな階段がある。

 両手を膝につき、肩で息をするブランの隣で、ミルフィも額に淡い汗を浮かべていた。


「ふぅ……どうして助けてくれたんですか?」


 火照る首筋を手の甲を撫で、桃色の髪を振る少女が小首をかしげる。

 

「『胸に正義があるなら、自分のやりたい事をするのが一番良い』ではなかったか? “ソレ”の主人公の台詞」


 ブランはそう言って、相手の斜めに掛けられたベルトを指さした。

 ――所々違う言い回しはあれど、ミストカイザーの台詞と相違ないはずだ。

 『俺は人を救いたい。でも、誰かを救うと、その人の思いを背負わなきゃいけなくなる。俺は弱いから、潰れないように、蜃気楼を見せるだけの霧でしかいられないんだ』

 そう後に続く、序盤の名シーンである。

 

「もしかして……超勇者シリーズファンの方ですか!?」

「そこそこ、だな。暇があれば見る程度だ。ワタシのお目当ては“こっち”」


 貼られたポスターの“脚本・キャロル=スタルヒン”と書かれた部分を、ブランは曲げた指先で叩いた。

 二色で刷られただけの、技術水準の低い広告。

 こつこつと、長めに切りそろえられた爪が、その紙の表面に小さく傷を付ける。

 

「有名な絵本作家さん? でしたっけ」

「ああ。代表作で言うなら、『ノーマトルドのくつみがき』『カサカサはかせ・こわいものなし』『げつようびがだいきらいのジャック』……」

「う~ん……名前だけは聞いたことある感じですね」

「3年前にデビューしたばかりだからな。知らなくてもおかしくはない。ワタシの趣味が子供っぽいだけさ」

「そうですね」


 ――フォローしないのか!?

 ミルフィがあまりにもキッパリ言うものだから、自虐までしたブランは一瞬たじろいでしまった。

 腹の中にモヤモヤが溜まった気分のまま、隣の石段に座ると、太ももの下がひんやりする感覚に、小さく体を縮こませる。


「しかし、何だ。たまには人助けというのも良いものだな」


 コホン、と喉を鳴らし、ブランは目玉の付いたフードを引き下げた。

 恩着せがましい仕草だが、恩を着せる為にやっているのだからしかたがないと、胸中で自分を正当化する。


「今回のは、よそ見してぶつかった私が完全に悪かったんですけどね」

「何だと!?」

「まぁまぁ。お陰でスカッとしましたし――そうだ、何か奢りますよ。最近やっと依頼でお給料を貰えるようになったので」


 その言葉に、ブランの目が輝いた。

 悪人から少女を救ってその礼に……という想定からズレてはいたが、結果はおおよそ思惑通りであった。

 今すぐにでもOKして屋台にくり出したい気分を抑えつつ、口の中をどもらせながらブランは言葉を継いだ。


「良いのか? 貴さ……お前の稼いだ金だろう」


 うつむき加減で聞くと、腰掛けていた石段の隣に、ミルフィがぴょこんと並んで座った。

 ツヤツヤとした桃色の髪が、最低限に清潔な香りを纏ってなびく。

 肌が触れるほどの距離に居るのに、ちっとも嫌な気分にはならなかった。

 ミルフィは体をぐっと寄せるようにして、ブランの顔を下から覗き込む。


「問題ナッシングです! そ・の・か・わ・り……」

 

 桜色の唇から、『ふふっ』と微笑びしょうが溢れる。


「今日一日、わたしの話し相手になって下さい」


 にこりと白い歯を見せ、笑いかける少女。

 その微笑みを見た瞬間、ブランは目の前の人間から、何やら得体の知れない力を得た気持ちになった。

 自分の身の回りに、これほど屈託のない笑顔を見せる者が居ただろうか。

 そう考える間もなく、ブランの口を突いて出たのは。


「――友達、居ないのか?」


 ――意趣返しであった。

 この皇女サマは相手の好意を素直に受け止められるほど、真っ直ぐな性格ではないのだ。

 まして、数分前には相当の侮辱を受けているのである。

 これくらいの軽口ならば大丈夫だろうという、謎の確信を持った上での返答だった。


「居ますよ!! いっぱい居ますけど……その、相棒とも別れちゃって、今この会場には来てないので」

「ふむ。お前は運がいい。ちょうどワタシも一人だ。遠慮なく誘いに乗らせて貰おう」


 予想通りの回答に、にたりと口の端をつり上がらせる。

 ミルフィは「決まりですね」と穏やかに言って立ち上がり、屋台の方へと再び歩き出した。

 

        ◆ 


「本当に遠慮しないんですね……」


 特設テーブルに肘をつき、じっとりとした視線を向かいの少女に向ける。

 二人の目の前には10枚ほどの皿が積まれている。

 そのうち半分はブランの完食した物だった。

 今も彼女は頬に油をつけながら、串で焼かれた肉をほおばっている。

 口先から「うまうま」と、小さな歓声が漏れていた。


「金を忘れてきたからな。何かの時用に食い溜めしておくつもりだったのだ」

「私のお金でですか!?」

「助けられた相手が悪かったな」


 「観念しろ」とブランは笑って、ミルフィの持っていた食べかけのケバブに、首を伸ばしてかぶりつく。

 

「ああ――っ!! 何するんですか!!」

「ふむ。珍しい味付けだな。ワタシの住んでる所には無い味だ」


 ブランの小さな舌が、ぺろりと唇の端を舐めた。

 コップに入った水を一気飲みし、満足そうに目を細めている。

 あまりにも傍若無人な態度であったが、ミルフィはなぜか彼女を怒る気にはなれなかった。

 俗っぽくもあり、かつ、どこか浮世離れしたような雰囲気を兼ね備えたナチュラルな魅力に、惹かれていたのだ。


「このあたりに住んでるんじゃないんですか?」

「ああ、今日は久々の旅行でな」


 周囲を見渡し、ブランは答える。


「遠く――そう、お前がどれだけ手を伸ばしても届かないほど遠くからワタシは来たのだ」


 薄っすらと残る真昼の月を見上げ、ブランは余韻の残る調子でのたまった。

 俯くと同時に、吐息が喉を吹き抜ける音が聞こえる。

 からかわれている、と思った。

 が、少女の表情にふざけた様子は一点も無かった。

 むしろ、自分の居場所に満足しているような、落ち着いた雰囲気すら感じる。


「あははははっ」


 突然、吹き出してしまった。


「何がおかしい」

「いや、やっぱりわたし、冒険者始めてよかったなって。面白い人にいっぱい出会えますから」


 言葉の裏に、嘲笑の意味が無かったと言えば嘘になる。

 が、その大半は好意で構成されていた。

 目の前の少女のような――所謂“変わった子”は、話も行動も、他の人にはない興味深さを孕んでいる事が多い。

 それでいて、自分に対しても気安く接してくれるのだから、ミルフィが彼女の事を悪く思う道理は無かった。


「冒険者か……ワタシも今の仕事が終わったら、そういうのも良いかもしれんな」


 ブランは串の最後の一本を机に置き、丸出しのお腹をさすって答える。


「今は別のお仕事を?」

「ん? ああ、性根の腐ったオジサマ連中と下らんお喋りをするだけで金が貰える楽な仕事だ」

「へぇ~……そんな貧相な体型でもお水の仕事って出来るんですね」

「お前、人のスタイルをとやかく言える義理か……?」


 半眼に閉じられた目――粘りつくようなブランの視線の奥に、ミルフィは少しだけ、自分にちかしいものを感じていた。

 

        ◆


「ああ~。楽しかったな。もう帰っても良いくらいの気分だ」


 食事を終えてからショーが始まるまで、ブランとミルフィはひたすらに町を練り歩いた。

 アクセサリーの店を覗き、スイーツを食べ、下手な大道芸を鑑賞する。

 テキ屋でぼったくられ、子供達の遊びに付き合ってやり。白い背広の男を見かけるたびに二人で路地裏へと隠れた。

 ブランにとってはどれもこれも、初めての事ばかりであった。

 当然、一流の物に慣れ親しんだ彼女にとって、庶民の、それも遅れた文明を持つ種族のサービス自体は、到底満足できる品質をしているとは言い難い。

 それでも、年の近い子とこうして遊ぶという事自体、ある種夢が叶ったような気分で、ミルフィともども失った物を取り戻すかの如く、目を輝かせて楽しんだ。

 

「駄目ですよぉ、これからが本番なんですから!」


 ショーの開始時間が近づくと、町の中央広場はやにわに人の波で溢れ始めた。

 それまでの祭りの雰囲気とは一風変わった、異様な熱気である。

 ブランは屋外ステージの席、ミルフィの隣に座り、味わった事のない妙な緊張感に胸をときめかせていた。

 周囲を気にもしない連中の会話が、鮮明に耳に入ってくる。

 硬くて軽い木製の椅子が、かたがたと揺れて心を急き立てた。

 その時。


「あっ、どもですどもです~」


 聞き慣れない声が、明らかにこちらを呼ぶ雰囲気で聞こえてきた。

 女性の声だが、低く、喉にフィルターでも貼られているかの如くくぐもっている。

 ブランは興奮を顔に出さぬよう声の主の方を向き、ほんの少しだけ会釈した。

 自分より少し年上の女の人が、隣の少女に声をかけているところであった。

 背は低く、ややぽっちゃりとした印象を受ける。

 手提げ袋にガラガラと、変身アイテムのストラップがくっついている。

 目は二重だが小さく、服も黒の長袖一枚に膝丈のスカートのみで、不細工ではないが――年相応でなく芋っぽい、と評価せざるを得ない女性であった。

 

「メレットさん!お久しぶりです!」

 

 立ち上がり、頭を下げるピンク髪の少女。

 自分の知り合いではないから、当然彼女の関係だとはわかっていた。

 雰囲気を見ると、それなりに付き合いのある仲のようだった。

 この会場に来ているというのは即ち、超勇者シリーズのファン繋がりで、たまたま遭遇したという事だろう。

 ブランは何となく居心地が悪い気がして――ついでに、知り合いと思われたくなくて、フードを下に引っ張ったまま俯いた。

 

「ミルフィさん、お久しぶりですー。そちらの方は?」


 そう言って、メレットは右手をブランに向ける。

 ブランは“友達の友達”という関係が苦手ゆえ、あまりその女と絡みたくはなかったが、ここでメレットがミルフィの名を出したのは僥倖であった。

 半日の間一緒に遊んではいたものの、お互いタイミングを見失って、名前を聞けずにいたのだ。


(こいつ、ミルフィというのか…………ん? 前にどこかで、その名を聞いた、いや、見たような……)


 ブランは小首をかしげ、曖昧な記憶を探っていく。

 それほど前ではない筈だが、最近色々な事が有りすぎて、上手く整理がつかない。

 ――すごく、大事な事だった筈なのに。


「ああ、今日遭った人で、たまたま仲良くなって……」

「相変わらずですねぇ」


 ミルフィは勝手に、ブランの紹介を始めた。

 フィクションを交えつつ語られる馴れ初めに、メレットという女も、何度か声を上げ笑っている。

 

「なぁ」


 その流れをぶつ切るように、ブランはミルフィに声をかけた。

 瞳に、メレットの姿は映っていない。

 どうでもいい奴だと、考えていた。

 

「お前最近、新聞に載ったこと、無かったか?」


 探りを入れるにしては、あまりにも直球すぎる聞き方である。

 しかし、全てが解決する質問であった。

 ミルフィは一瞬、言おうか言うまいか迷ったような複雑な表情をして。

 回答は、視界の端の“どうでもいい奴”から返ってきた。


「あ、そうそう! ドラゴン倒したってやつ!!」


 ――ッ!!

 脳のシナプスが、金属樹の如く隆起する。

 聞いた瞬間、完全に思い出した。

 ブランが《混沌の皇女》に就任した日。

 一紙だけ――人間世界の事をやたら詳しく書くことで有名な新聞社の出してるペーパーの中割に、ドウマルを退けた村娘の特集が組まれていた。

 あの日は殆どの紙面が自分の事一色であった為、ブランからすれば逆に鮮明に覚えている記事であった。

 フラッシュバックする顔写真と、目の前の少女の像は完全に一致している。

 そして、のちに彼女の事が議会で小さく話題になっていた事を、思い出した。

 歴史の授業でやった内容が、議員の口から出たことで反復され、一つのフレーズが頭に張り付いていた。

 

 ――“星掛かり”だ。

 この女は、ミルフィは、“星掛かりの証”を持つ少女と説明されていた。

 ブランにとってその称号は、気に留めずにはいられないものであった。

 “証”の伝承は、人間ではなくアッシュによって作られたものだからである。

 

 ――かつて、アッシュ……人間で言う所の魔族の統治は、《混沌の帝プログマグニ》が全て行う事になっていた。

 所謂“帝政”、中央集権的な、半独裁の社会体制である。

 しかし、およそ500年ほど前。ブランより45代前の《混沌の帝》の即位中、『星雨の虹』とよばれる大規模な武力革命が起き、今の議会制が発足した。

 その時、反皇帝派の中核――鳥帝目の貴族が利用し、クーデターを成功させた要因こそ“星掛かり”を持つ人間であったと言い伝えられているのだ。

 当然、真偽は定かではない。いや、意図的に真実が隠されていると言っても良いだろう。

 しかし、“星掛かり”がアッシュ全土を危機に晒すだけの力を持っている――あるいは、そのキーになる事は、ほぼ間違いないと考えられている。

 ゆえに、アッシュも、人間もその証の所持者を血眼になっているのだ。

 力を、手に入れるために。

 

 そして今。ブランの目の前に、“証”を持つ少女が居る。

 手を伸ばさずとも、腕を掴める距離である。

 

 “星掛かり”を探す為の遠征は、各貴族によって個人的に何度も行われ、そして失敗してきた。

 広大なガレットピアのうち、同時代に一人、ないしは二人ほどしか存在しない、それも見た目は普通と何も変わらない個人を探す行為が、途方も無い労力を要するなんてことは少し考えればわかる。

 見つかったとしても、先にヒトの集団によって匿われているか、若しくは自ら命を絶つかされ、生きたまま持ち帰る事に成功した者は、“公に知られている範囲では”一人として居なかった筈だ。

 現に今だって、彼女という存在に辿りつきながらも、貴族連中は他種目への牽制の為か、手を出そうとすらしないのだ。

 

 偽物、という可能性は、考えられなかった。

 議会で『候補』とぼかされていたものが、彼女に触れた時の不思議な感覚によって確信に変わっていた。

 ――運命だ。

 ブランは強烈な畏怖と共に、手の甲に張り付く痺れを感じていた。

 

「あはは、バレちゃいましたか」


 ミルフィはメレットの方を向き、苦笑いを浮かべている。

 あどけない。年相応の少女の顔つきだ。

 

「そうか、やはりお前が――」

 

 ブランは満足そうに頷き、これからいかにしてコイツを連れて帰るか思案を巡らせようとして。

 そこで、気がついた。

 

「いやー、でもアレ、すごかったですよね写真。『どかーん!』って地面に穴開いてて」

「えへへ。ちょっと、運が良かったというか」

 

 ――あれ、そういえばこいつ。

 

(一人でドウマルを退けるとか、実はめちゃくちゃ強いんじゃないか……?)

  

        ◆


「あの……」

「わひゃああっ!! な、何だ!?」


 ――様子がおかしい。

 メレットと別れた後から、ミルフィはブランの自分に対する態度が変わったのを、何となく感じ取っていた。

 普段、ミルフィはそれほど他人の差異に敏感なわけではない。

 しかし、ブランの変容ぶり――それは、あまりにも露骨であった。

 

(……ステージが終わったら、聞いてみますか)

 

 ショーの間も、彼女の様子はおかしなままだった。

 チラチラとミルフィの方を見ては、唇の先でなにやら呟いてばかり。

 “お目当て”と言っていた脚本家の先生がマイクを持っても、上の空。

 トークの全行程が終わり、記念撮影の時間になっても何やら元気がなさそうな彼女を、ミルフィは無理矢理引っ張る形で、待機列へと並ばせた。

 

 ぷにっ、ぷにっ。

 うつむき加減の頬を指先でつつくと、きめ細やかな肌のハリが、人差し指の腹を押し返す。

 

「な、なんだ?」

「もーすぐ先頭に着きますよー」

「そうか……」

 

 傾いた日の光が、ミルフィの髪を強く照らす。

 人が減ったからか、風がいっそう冷たく感じる。

 緑を基調としたヒーローは、大人子供別け隔てなく、硬い握手を交わし。

 手を振る子供にマスクの下で笑顔を届けている――はずだ。

 

 前の人の背に続いてゆっくり歩を進め。やっとの思いで最前列、握手台の前に立つと、塗料とゴムの香りがミルフィの鼻腔をくすぐった。

 ――やっぱり撮影会といえば、この匂いだ。

 木で作られた段を登り、お立ち台に立つと、スーツアクターの姿が客席で見たときよりも、二回りほど大きく見える。

 まだスーツが出来たばかりなのか、力強く差し出された厚い手の平にはほつれ一つ無い。

 パワフルな仕草に感銘を受けつつ、ミルフィはその手を両手で掴み、ぶんぶんと確かめるように振った。

 これからよろしくの挨拶と、応援の気持ちを送り込む――至福の一時ひととき

 しかし、それも長く続くわけではなかった。

 受付の女性が映写機をミルフィの方へと向けている。

 列の並び的に余韻を楽しむ暇がないのはわかっていた。

 

「あ、この子も一緒にお願いします!」

「う゛えっ!?」


 そう言って、ミルフィはブランを壇上へと引き上げる。

 単純に、一緒に写真を撮りたいだけ。今日一日遊んだ事を、形の有るものに残しておきたいだけであった。

 ブランは慌てたまま、アクターさんとぎこちない握手を交わし、そのまま引き込まれるようにして、段の中央でミルフィと肩を寄せる。

 その時――“ごつり”と、ミルフィの後頭部に、硬い、尖った石のようなモノが当たった。

 一瞬だけ、隣を見る。

 フードの出っ張ったトサカの部分。飾りだと思っていたその内側に、針金のたぐいではない、形をもった尖頭をハッキリと感じた。

 

「撮りますよー!」

 

 甲高い女性の声が聞こえる。

 ミルフィは違和感を振り払い、映写機に向かってピースサインととびきりの笑顔をつくった。

 三脚に乗せられた箱の内側で、レンズが軋む音を立てる。

 ――――若草色の冷たい光が、2人を空漠に包み込んでいた。


挿絵(By みてみん)


        ◆


 夕暮れの町は、平静に包まれていた。

 これから本祭だというのに、街道を行く人の数は半分くらいになり、長く地に伸びる建物の影が、その型取りを鮮明に見せる。

 ぽつり、ぽつり。

 並び歩くミルフィとブランに会話は無い。

 ただ、このまま離れがたい雰囲気のいいなりに、人混みを避けて進んでいく。

 

 ――うん、よく撮れてる。

 一枚ずつ渡された記念写真を眺め、ミルフィは胸中で頷いた。

 顔を赤くするフードの少女と、その横で両目をぱっちり開き、微笑む自分。

 これなら楽しい思い出として、残ってくれそうだと思った。


「少し、お花摘みに行ってきますね」

「あー……ワタシも同行させて貰おう」


 祭用に設置された看板を指差し、ミルフィはそちらへ足先を向けた。

 ショーの間、ずっと行けずにいたゆえ、ほんの少しだけ溜まっている感じがしたのだ。

 矢印に従い、だんだん細くなる道を抜け、町のはずれへ。そして、人気ひとけの無い森の中まで。

 仮設にしたってこんな遠くに置く必要無いのに、と思いつつ進むミルフィの隣で、フードの少女がうんうん唸っていた。

 

「どうかしたんですか?」

「――うわぁっ!! いや、その、何でもない」


 ひどく、慌てた様子だった。

 詰め寄られたからか、健康的な艶肌が赤く上気している。

 周囲に人はおらず、祭りの歓声も、既に聞こえてこない。

 ――ここなら、確かめられるかも。

 ミルフィは自分の中にある好奇心に、従う事にした。


「でも、顔赤いですし……ああ、お熱測りますから、動かないでくださいよ」


 草を踏みしめ、ずいと顔を近づける。

 弱々しく肩を縮こまらせる少女の、影に覆われた額へ、右手をのばす。

 悪寒。

 何かが自分を引き止めるような感覚。

 ――抗わなきゃ、前に進めない。

 

「なーんちゃって!」


 フードの“つば”に指がかかる、勢いをそのままに引き下ろした。

 金糸の如く輝く髪が、ふわりと空気にルミエールの曲線を描く。

 少女の小さな悲鳴が聞こえた。

 それでも、ミルフィは止まれなかった。

 自分と同じくらいの背丈を、追い抜くように踵を上げて。

 手先に感じる、服の内糸が切れる感触を、むりやり引き千切る。


「――――」


 土の匂いがする。

 喉元に、もつれ倒れた少女の吐息がかかる。

 七色のパーカーが草原くさばらを押しつぶし、飲み込まれてしまいそうなほど柔らかな体から、心音と熱が伝わってくる。

 ミルフィは呻き、重なり倒れた上体を、とっさに持ち上げた。

 謝ろうと、視線を落とす。

 

 ――見慣れないあかが、夕焼けの光を吸って煌めいていた。

 つのだ。

 赤い、角である。

 毒々しい雰囲気を放つ、二本の稲妻の如き鋭角が、透けたブロンドの内側から、生々しく突き出ているのだ。

 ミルフィは、見てはいけない物を見てしまった気持ちと、強い感興かんきょうに襲われて、思わずその場で固まってしまった。

 びくり。

 角を持つ少女は、倒れ込んだ体を震わせて、顎を引きつつ喉声を漏らす。

 頬の砂を払う、清楚な指。腰まで伸びた三ツ分けの金髪。ヒイラギの実を溶かしたような、真紅の瞳を持つ彼女の名に――覚えがあった。 

 

「ブラン…………レオパルドン!?」

「――変形ロボかワタシは」


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