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1章 SideMix1  Lifelong Nightmare

 《ブルト》から西へ数日。中央都市からやや外れた所にある、小さな町。《サウスエルリア》。

 オレンジ色のマナポートを中心に、長方形状に広がる煉瓦造りの集落は、普段の寂れた雰囲気とは打って変わって本日、喧騒に溢れかえっていた。

 家から家へと渡されたカラフルな旗が、町の空を華麗に彩り、食欲をそそる香りの屋台が道なりにずらっと並んでいる。

 秋風が、街往く人の間をすり抜けていた。

 ――今日は収穫を後に控えた、初穂の祭日。

 お祭り好きな人達が近くの都市から集まり、まだ日の登りきらぬ時分から酒をかっ喰らう。

 役所も最低限の機能を残して休業しているため、お固い顔をした役人どもも子供のようにはしゃぎ回っている。

 祭は、娯楽の少ないガレットピアの人々にとって、最高のストレス発散方法なのだ。

 しかし、今年の納涼祭が混雑している理由はそれだけではない。

 

「五線譜の羽根を~描き飛ぶぜBird~♪」


 両手を頭の後ろで組み、囁くような声で歌いながら道の真ん中を闊歩かっぽする少女――ミルフィ・アントルメ。

 ジャケットにショートパンツ姿の彼女は、いつになくソワソワした様子で、時折首を縮こませながら周囲を見渡している。


(うへへへ……待ちに待ったこの日がやってきました……!)


 今日はここ、《ノースエルリア》の中央広場で、超勇者シリーズ新作『超吟遊詩人グリモバード』の公開前発表会が行われる。

 ステージでヒーローショーを行ったのち、監督や主演が一同に介して、ちょっとしたトークを行う企画だ。

 今日の祭が例年以上に盛り上がっているのは、その発表を見るために世界各地から熱心なファンがこの町に詰め寄せているからで、道行く人の中には旧作超勇者シリーズのグッズを身に着けている者もちらほら散見できる。

 ミルフィの目的も当然、このトークショーであった。

 田舎者の彼女からすれば、近くで特撮イベントが行われる事自体ひじょうに稀で、今も買ったばかりのミストカイザーの変身ベルトをナナメ掛けしながら、『あの人の服は何シリーズの……』などとそらで浮かべてニヤついている。

 

(ウサギさんも暇なら一緒に来てくれれば……絶対面白いのにっ!!) 

 

 しかし、ミルフィの隣に、いつも居るはずのお喋りウサギ――寿人の姿はなかった。

 一緒に見に行く誘いを、『たまには一人になりたい時もある』と断ったのだ。

 ようは、『恥ずかしいから行きたくない』という意思表示である。

 ミルフィは期待の裏側で、久しぶりに話し相手の居ない手持ち無沙汰を感じており――ゆえに、二重に気が緩んでいた。

 

「あっ……」

 

 どむっ。

 厚い壁のような物とぶつかって、往来の真ん中に倒れ込む。

 硬質な音を立てるベルトを気遣ってから、すぐに顔を正面に向けると、頬に入れ墨をした酒乱の男が、眉を波打たせこちらを睨みつけていた。


(あーあ、やっちゃいましたね。これは)


 男は両手をズボンのポケットに突っ込み、柄悪く腰を折り曲げた。

 ずい、と脚を踏み出してきて、ボサボサヘアーの影が顔にかかる。

 面倒そうな男であった。

 さっさと謝って、この場を切り抜けよう。そう思った時。

 ふいに地を蹴る響きが、だむん、だむんと近づいてきた。

 

 ――ドグシャッ!!

 

 靴が、背骨にめり込んだ音。

 顔を歪め倒れ込む影を、ミルフィは腰を引いて避ける。

 誰かが男を蹴り飛ばした――そう認識した直後。


「フンっ、どこに目を付けている」


 歪な形の人影が、倒れた男の背後からぬっと現れた。

 カラフルに塗られたショートブーツが、大きな背中を踏みつける。

 危ない部分が見えそうなほど角度のついたホットパンツに、蛍光色でギラギラのパーカー。

 ミルフィは影の先端の方へと、首を少しずつもたげていき――――そこで、目が合った。

 

 爬虫類を模した巨大なフード。

 その内側で煌めく赤い眼光と、ミルフィの青い眼差しが、螺旋の如く絡み合う。

 どくり。

 スポブラの中で胸がうずいた。

 一瞬にして身体中の血液が泡立ち、強烈な興奮の波に、気を失いそうになる。

 互いの狭間はざまを縫う風が、惚けた頬を邪険に冷やす。

 鼻から息を吸う。

 不透明だった像が、急にハッキリ見えてくる。

 長い睫毛を瞬かせる少女。

 ――自分とそう年の変わらぬ女の子は、おとぎ話のプリンセスと見紛う程に高貴な輝きを放ち、ミルフィの間抜けたツラをその大きな瞳の中に収めていた。

 

        ◆

        

「なんとか宮殿を抜け出すことには成功したが――人気者は大変だな」

 

 変装用のパーカーを着込み、《ノースエルリア》に降り立ったブランは、街角に貼られた自分の顔写真を引剥返ひっぺがえしてぐしゃりと丸めた。

 慣れない人間の町。従者も居なければ友人も居ない。

 人生初の一人旅である。

 彼女がこんなさびれた町に足を運んだ理由は他でもない。

 『超吟遊詩人グリモバード』の公開イベントに、好きな絵本作家が脚本担当として参加するからであった。

 その作家のイベントは、今までも世界各地行われていたのだが、著名人が顔を見せるような大きな街の警備となると当然それだけ厳しいものになる。

 仮にブランが捕まったりでもしたら、種族間を揺るがす程の大事件になりかねない。

 自分が行っても平気そうな小さなイベントがあれば――そう思い続けてきた彼女にとって、『監督の生まれ故郷で』と開催された今回のフェスは絶好の機会に他ならなかった。

 

(人間臭い町だ。煩いのは嫌いじゃないが、馬鹿騒ぎは嫌いだからな――ん?)

 

 適当に左右を振り歩く足が、ボロっちい店の前でぴたりと止まった。

 『ブラン様就任記念まんじゅう』と書かれた土産物――デフォルメ顔の書かれた和菓子の箱が、『人気につき発売期間延長』と書かれ売られている。


「誰に許可取ってこんなもの……」


 ブランはニタニタと頬を釣り上げて、12個入りの箱を手の平でなぞった。

 指名手配書が貼られながらも、記念商品まで販売されている矛盾。

 それは即ち、国としては自分の事を悪人として扱わなければならないが、民の感情的にはそうではなく、一種のアイドル的人気を誇っているという事だとブランは考えた。

 ――悪くない気分だ。

 サリィとの笑い話にするため買って帰ろうと、ポケットに手を突っ込み、そこで気がついた。

 

「失念していた……この辺りの硬貨が無い」

 

 ポッケの中に小さながま口が入っているのだが、その中身はアッシュの商店でしか使えぬ純正の金貨だ。

 この国の硬貨に変換する為には換金所を使わなければならず、そんな所でアッシュ貴族の貨幣を出そうものなら即刻お縄となってしまうだろう。

 ぐう。

 どうしたものかと考えていると、ひもじさがブランの消化器官を強襲する。

 空腹であった。

 人体というのは都合の悪いようにできてるモノだ、と嘆くが、納得したからといって腹が膨れる筈もない。

 数年ぶりに侘しい気持ちを味わいつつ、海月くらげの如く喧騒を漂うブランの元に、妙に鮮明な声が聞こえた。 

 少女の声である。

 顔を上げ、そちらを見ると、大柄な男の背中と、その正面に倒れた女の子の姿が目に入る。

 ――この少女を助けたら、何か、奢って貰えたりしないだろうか。

 ――助けなかったとしたら、危ないメに遭わずに済む。が、この先チャンスは無いかもしれない。

 迷った。

 が、仮にも自分は人間と友好な関係を結ぼうとする者である。

 その使命感が、ブランの靴先を、少女の方へと向けさせていた。

 人の群れが男を避けて、ちょうど道に狭間が出来ている。

 その狭間を、ブランは一目散に駆け抜けた。

 男の体が、すぐに大きく近づく。

 狙いは、崩し文字で書かれた背広の腰の上辺り。

 反動を付けて跳び、足の裏全体で蹴込みを放つ。

 ――どむっ。

 鈍い音。

 ゴムが脛を跳ね返す感覚。

 確かな手応えに、頬が緩んだ。

 もともと前傾姿勢だった男は大きく咳き込み、潰れた蛙の如く正面に倒れる。

 

「フンっ、どこに目を付けている」

 

 ブランは勝ち誇るようにその背を踏みしめ、少女に視線を移した、その一瞬。

 ――時間が止まった感覚に、何を言うのか忘れてしまった。

 

「あ……。だ、大丈夫か?」

 

 3秒、4秒、それくらい固まっていただろうか。

 不思議な感覚から現実に引き戻されたブランは、開いた口から乾いた声を発した。

 呻く男の背を再度踏んづけて、見知らぬ少女に右手を差し出す。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 ミルフィは地面についた手をズボンで払い、恐る恐るその腕を伸ばした。

 血色の違う二人の手の平が、何かを確かめるように重なり、一瞬の逡巡の後、指先が、互いを掴む。

 

挿絵(By みてみん)


 ――変な感じだ。

 ブランはミルフィの肌から伝わる違和感に、胸の下あたりが疼いてまなかった。

 人間の手を握ったのは初めてだったが、この感覚は目の前の少女特有のものだと、本能的に理解する。

 指先に、力を込めた。

 いや、込めたのではない。込もってしまったのだ。

 じんわりと、視線の端が霞んでいた。

 ブランが腕を曲げ、引き上げるよりもはやく、目の前の少女は自力で立ち上がり、指先にグローブの肌触りを残して、その握手をほどく。

 自分と向き合うミルフィもまた、同じく不思議そうな顔をしていた。

 

「おい」

 

 短く太い濁声だみごえが、二人だけの世界を無作法に引き裂いた。

 敵意を含んだ呼びかけに、ブランの肌がびりびりと震える。

 巨大な人の気配が、ふたつ、みっつ――6つくらいまで増えていた。

 薄ら笑いを浮かべ振り向くと、そこには男と同じ背広を着た連中が、こちらを睨みつけ――。


「お嬢ちゃん達、ちょっと“オハナシ”良いかなぁ?」

「ハハハ、すまんな。マッチョはタイプじゃないんだ……逃げるぞ! ピンク髪!」


 ブランは彼女の腕を取り、露店の並ぶ街道へと駆け出した。

 


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