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1章 SideN 3-6

 瓦礫と化した地面が粉塵を巻き上げ、足元をもうもうと揺らしている。

 そして、その端。

 ワタシの斜め右数メートルの所から、ガラガラと鉄棒をどかす音が聞こえてきた。


「バッキャロー! 俺まで吹き飛んだじゃねえか!! あーあークリーニング嫌いなのに」


 瓦礫の山から、悪態と共に這い出る毛玉。

 煙たそうに咳をつく灰色の体には小さな石片がこびりつき、潰れたお腹をぽこっと膨らますのが可愛い。

 両手でぐしぐし毛並みを整え、近づいてくるデュオに、自然体のサリィが冷たい視線を向ける。


「陛下から好きにやれと言われましたので」

「そーかい。コッチは好きで毎回生き埋めにされちゃあ溜まったもんじゃねーんだよ。ブラン、これからサントノーレへの命令はもう少し明確に言うようにしてくれ。『お手』でも『伏せ』でも『ちんちん』でも良いから。それと――ムチ打ちで労災下りる?」

「どこから首なのだ?」

「失礼な!! ちゃんとココから動くだろうが!!」


 がくがくとオモチャの如く腹の上あたりを揺らしたデュオに、「それだけ動かせるなら何ともないな」と返す。

 薄目を開けるようにして開けた前を見つめると、壁に背をつけしゃがみ込み、冷や汗を垂らすギリエ夫妻が、震えながら視線を合わせていた。


「あなた、どうなってるの? あの檻は警察隊が罪人を閉じ込めておくのに使ってるモノと同じ素材だって……」

「わ、わわ、わからん。異邦の地で初めて出されるプディングの中身よりわからん」


 彼等が驚くのも無理はない。

 サリィは“イレギュラー”……そんじょそこらの凡アッシュとは格が違うし、ましてや役人に捕まるような連中と同じ秤にかけるなど、お門違いも甚だしい。

 元々こんなちゃちな檻で閉じ込められる筈が無く――なんか、虚しくなってきた。やっぱ身内を誇るって小物クサくて嫌いだな。


「チッ……仕方ない。少しオネンネして貰うわ、皇帝陛下様ッ!!」


 そんな事を考えていると、やけくそな声を発し立ち上がったトラメリの長袖が、またもや四角く形を変えた。

 両腕を前に突き出し、空気を縫うように飛び交う二本の白いやいば

 徐々に刃先を薄くさせながら、ジグザグ何度か折り返し迫る。

 目で、追うことが出来ない。

 恐怖心に半歩、左足を下げようとしたその瞬間、ふわりと空気の揺れを感じて、ワタシの前に大きな影が差した。

 

「――」

 

 サントノーレは語らない。

 ワタシをかばうように敵に背を向けたまま、両手で一本ずつ、伸縮する刃を捕まえていた。

 顔ほどもある大きな双丘が、目と鼻の先でたぷんと揺れる。

 白手袋に包まれた細い指の隙間で、握りつぶされた刃は布の姿に戻り。逃げるようにしゅるしゅるとトラメリのドレスに戻っていった。

 

「これは――」


 サリィが掴みそこねた手を見つめた時、横槍を入れるようにデュオが下から言葉を挟んだ。


「『流紡るぼうのボビン』」


 ……聞いたことの無い単語だ。


「あの胸のブローチは、“液体”――いや、“液状になるモノ”と言った方が正しいな。それを“布”として認識させるマジックアイテムだ。ヤツはあれを使って、“ホワイトチョコレート”を布として認識させ、ドレスとして纏っているんだな」


 ふむ。チョコレートを布に出来るという事は、本人の魔力次第で結構応用が効きそうなアイテムな気がするな。

 強い酸液を布にして相手に着せるとか――これ絶対強いぞこれ!!


「あの刃は?」

「『皺伸ばし』だろう。概念的に言えば、液体には皺しかない。ゆえに体積の許す限り、生地はどこまででも伸びていく」

「なるほど」

 

 デュオの説明を聞いたサリィは、上瞼を半眼閉じ、正面の2人をじっくりと眺めた。 

 銀色の髪をしなぐ彼女は、長い両脚を肩幅に開き、両手を軽く握っている。


「《混沌の皇女(プログリィナ)》で有らせられる陛下に、随分と無礼を働いて下さいましたね――私の前で」

 

 自分の前じゃなきゃ良いのか……。

 と、部下の忠心に疑念を感じたが、そんな事より止めないとあの二人、消し炭より酷い事になる。

 経験論だが、こうなったサリィは割と容赦をしないタイプなのだ。

 奴等にはこれからもワタシの為にポテフを作り続けて貰わないと困るのでな。


「サリィ。彼等は気の迷いで私に手を上げてしまっただけで、元は大切な民だ。加減してくれ」 

「どうですかね」


 姿勢良く前に進み出る、彼女の返答はひどくぶっきらぼうなモノだった。

 こいつもこいつで無礼だということを理解していないのだろうか。

 

「何をごちゃごちゃ言って――――!!」

 

 背を壁に付け、低めの声を張り上げるトラメリ。

 投擲の如く発射されたドレスの両袖が、明確な敵意を持ってサリィに迫った。

 四角く角張った切っ先が、色白の首を捉えようとしたその瞬間――金髪に隠れていない方の目が、ぐんと大きく開く。

 薄照り輝く片刃のたもとが、空気中に開いた穴。黒い空間に吸い込まれていたからだ。

 

挿絵(By みてみん)


「何よ、その技!」

 

 何よ、と言われても、サリィが宝物庫から物を取り出す時によく使う、空間魔術の応用としか言えない。

 相手の攻撃を『ここではないどこか』へと飛ばし回避しているらしいが、敵の攻撃を目視してから魔法を展開する必要があるから、生半可な実力じゃまず不可能な芸当なのだ。

 

「馬鹿の一つ覚えですか」

「黙れ!!」

 

 サリィの挑発にトラメリは息を荒げ、今度は腹のあたりから、長棍の如くチョコを伸ばそうとする。

 が、その抵抗は未遂に終わった。

 

「――!?」

 

 反応が、遅すぎる。

 白手袋が、ファンデーションまみれの頬を撫でていた。

 何が起きたのかわからず――トラメリはゆっくりを視線を上へと動かし。

 そこで初めて、サリィが自分の眼前まで移動した事に気付く。

 鼻先が触れ合う程の距離。

 サリィの深い深い黒目が、仇なす者を押し潰す。

 

 「ひぃ」と情けない悲鳴を漏らし、トラメリは腰を引くようにして地に尻をつけた。

 腹の先、ドレスを放とうとした位置は既に暗黒の孔が空き。

 右腕。

 左腕。

 やたらと肉付きの良い両方の脚までもが、泥沼に嵌まるかの如く黒い空間に収まっている事に、彼女はやっと理解した。

 ――生きた達磨だ。

 額から垂れた濃い汗が、化粧を巻き込み色を濁らせた。

 

「何……これ、どうなってるワケ!? ねえ、あなた! 助けて!!!」


 ずぶずぶと黒の世界に飲み込まれていく肢体。

 どこか官能的な陵辱に注視しすぎて、ワタシはギリエの姿を見失っていた。

 不意にはっきりと聞こえる、べた足で地を蹴る靴音。

 急いでそちらに目線を向けると、腰を抜かしていた筈のヤツは、その丸い体をゴムボールの如く猛らせ、ワタシの方へと駆け出すところであった。

 

「こ、このおおおおおおおおおおおおお!!」


 こいつ、まさか直接ワタシを狙ってくるだなんて。

 突き出されたワームの如き太い両腕が、圧力を伴い近づいてきて。


「――お触りは別料金だぜ、社長さん!!」


 その手が私の肌を撫でることは無かった。

 下方から飛び出したデュオが、ヤツの顔面に空中三回転捻り浴びせ蹴りを放ったのだ。

 頬を抉られたアメ玉男はものすごい勢いで正面の壁まで吹き飛ばされ――首だけになったトラメリの隣にがん、と強く背を打ち、元の透明な袋の姿に戻ってしまった。

 

「ったく……ア◯ルビーズみたいな体しやがって」

「陛下の前ではしたない言葉を使わないで頂けますか?」

「悪人に向ける方便は持ち合わせてないんでね」

 

 ……やっぱりはしたない言葉だったのか。『アナ◯』って言ってるもんな。

 ワタシは苦々しく歯を噛み締めて、ほぼ戦闘不能となった二人の元へと少しずつ近づく事にした。

 サリィは女の喉元の空間に手を突っ込んで、ブローチだけを取り出している。

 アレを失ったって事はつまり――下は全裸なわけか。

 相変わらず中々酷いことをするヤツだ。

 

「やめ、なさい、このっ……バケモノが!!」

「ユーモアの無い罵倒ですね」


 首から上だけになってもヒステリックに叫ぶのを辞めないトラメリに、サリィは呆れた視線を向ける。

 

「ねえ、あなた!! どうしてこうなるの!!」

「元はと言えばトラメリ、君が侵入者排除用スイッチを無くしたりしなければ!!」


 あーあー。遂に夫婦喧嘩か。

 首だけの女と何かゴロゴロした見た目の袋の会話って、絵面からして醜いし。

 というか侵入者排除って……やっぱり最初からワタシの事()る気マンマンだったんじゃないか!!


「その、侵入者排除用なんたらっていうのはコイツの事かい?」


 ワタシの戦慄をよそに置き、デュオは何やら不穏な台詞を言い放った。

 ふん、と偉そうに鼻を鳴らし、大きく開かれた猫口から、スイッチの付いた手のひらサイズの箱が吐き出される。

 

「ど、どうして貴様がそれを!」

「横のおマヌケなワイフに言っとけ。他人と握手をする時は握ってない方のおててもちゃんと見ろってな」

 

 袋の顔をぐねらせるギリエの慌てた様子が、箱の正体をワタシに確信させた。

 

(なるほど。だから挨拶の時、デュオはホイホイ喋りに出てきたワケか)

 

 少しだけ、感心してしまう。

 スイッチが最初からデュオの腹の中に有ったとすると、ここまでギリエが受けた不自然なハプニングの数々だって納得がいく。

 おおかた、自分で機械を操作しつつ、内心でほくそ笑んでいたのだろう。


「手癖が悪いですよ」

「俺、ネコちゃんだから」


 「にゃおにゃお」とデュオはわざとらしく言って、悠然としたサリィに笑いかける。

 

「さて、それじゃあこの一番デカいボタンを押して、フィナーレとさせて頂こうか」

 

 かち。と爪先で小箱の側面を掻く。

 幾つかスイッチがくっついたボックスの中央には、押して下さいと言わんばかりにどでんと真っ赤なボタンがくっついていた。

 

「待て、やめろ!! それだけは!!」

「やなこった!」


 ぽぴっ!

 指先で、有無を言わさず押し込む。

 ギリエの顔を構成している小さな玉から色が抜け、飴袋の如き頭が全面透明になってしまった。

 そうやって感情を表現しているのか、などと感心したのもつかの間。

 こういったシーンではお決まりの地響きが、私達の体幹を揺さぶり――。


「――なんだ、アレは」


 正面。サリィが壊した壁の隙間から見えたのは。民家の屋根より高くそびえる、巨大なケーキの姿であった。

 

「ケーキが、動いて……生きてる……!?」


 私の身長ほどもある、巨大なイチゴが重々しく上下し、その接地面のクリームが輝く。

 方角から言って、アレが出てきたのは貯蔵庫からだろう。というか――何だあれ。

 崩れた壁穴の端のあたりに、ちらりと触手の様な物が見えた。

 それは、タコの脚から吸盤を取り去ったような光沢を帯びていて、芋の皮だけをすり潰したような赤紫色をしている。

 恐らく下から覗けばあの脚がうねうね動いて上のケーキを動かしているのだろう。

 ――可愛い。ああいう脚、ワタシも欲しかったな……。

 

「わ、私のイベント用ケーキが……!!」


 ケーキを見つめて慌てふためく、ギリエのひ弱な声が耳に届く。

 まさかとは思うがこいつ……こんなでかいバケモノの存在を知らなかったのか?

 ワタシがその真偽を聞こうとした瞬間、足元で何か、灰色のモノが動き、そのギリエの喉元をぐいとひっつかむ。

 ――まんまるの目を近づけるデュオの表情は、ワタシが見たことも無いほどに必死であった。


「おい、あのケーキの脚を作ったのは誰だ。――言えッ!!」


 彼は叫んだ。

 怒りではなく、焦りを含んだ詰問に、ギリエは思わず顔を青くする。


「わ、わからん! 工場の侵入者対策は、突然売り込みに来たセールスの男に全部任せたんだ!」

「そいつは何て名乗った!? 見た目は!」

「落ち着いてくれ執事さん――こっちにだって守秘義務って物が有る」


 ぬっぺふほふ(のっぺらぼう)の如き顔をあくせく動かし言い訳をするギリエ。

 その首元? に当たる位置を思いきり突き放すようにして、デュオは一旦地面に降りる。

 彼は短い脚で床を蹴っ飛ばし、ガラ悪く舌打ちをして、喉が震えるほどの大きなため息をついた。


「サントノーレ。止めに行くから着いてきてくれ。このままじゃ街の住民がヤバい」


 らしくもない激情を飲み込み、声をかける灰色の猫。

 呼ばれたメイドは空間の穴をずり下げて、トラメリの乳房を丸出しにしたまま、振り返りもせず答えた。


「私はもう少しこの女で遊んでいきますのでお断りします」


 そう言って、青ざめた喉元に指を添わせる。


「……お前さん、サディストだったのか」

「いえ。ただ――弱い者いじめって楽しいでしょう?」

「それは同感だ」


 ――ほんと、倫理観の欠片も無い連中だ。

 ロクでもない言葉を交わしたデュオが、翼をはためかせ出口に向かう。

 ワタシはそのぷにっとした背中に吸い寄せられ、彼についていく事にした。

 ……少しだけ、話したい事も有るしな。


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